サイキョウさん、リリムちゃんの追手を追い返す 1

文字数 3,393文字

 背後から聞こえる喚き声に笑いながら、サイキョウさんは玄関へと向かいます。
(しかしまぁ、追手だとわかってるなら声を出さないようにするとかするもんだと思うがね。
 声くらい覚えてるだろう、追ってる側も。
 ……まぁ、あれだけ興奮してたら冷静さは皆無か。そこまで考えられんだろうな)
 リリムちゃんが思わず憤ってしまう原因となっている自分ことは棚上げにして、そんなことを考えるサイキョウさんでしたが、考えても仕方ないかと玄関へ向かう足を速めます。
 いい加減、扉を叩く音が耳障りになってきたからです。
 はいはい、今あけますよって。
 そう言いながら扉を開けると、再び妙な手応えを感じて扉を動かす手が止まりました。
 扉越しに伝わってきた妙な手応えと、別な意味で騒がしくなった外の様子に、サイキョウさんは思わず頭をかきました。
(……なんだ、こいつら全員アホなのか。
 扉が外開きかどうかくらい、見ればわかるだろうに。それすらわからんほどのアホか?
 ――まぁそんなわけないわな、さすがに。いやもう、余裕のない連中ってのはやだねぇ、本当に)
 自分で自分の考えを内心で笑ってから、扉の前に居る連中のことを思って溜息を吐いた後で、サイキョウさんは扉に再び手をかけます。
 サイキョウさんはリリムちゃんのときのように、わざわざ窓の外を確認して声をかけてあげる、なんてことはしませんでした。
(馬鹿な大人に親切にする理由もないわな。……年齢知らんけど。まぁ、こんなことをやっている人間に年齢的な意味での大人とか子どもとか関係ないが)
 そう考えながら動かした扉は、今度は抵抗なく開きました。
 扉を開くと、玄関先には数人立っている状態でした。
 その全員がすべて、同じようなデザインの頭から足の先まで隠れるようなコートを着込んでいました。雨具としての機能もあるのでしょうが、顔の大部分を覆うようなそのフードを見ると、どうにも胡散臭い雰囲気が漂っているように見えてしまいます。
(実際胡散臭いんだよなぁ。こういう時に見かける連中はだいたいがこんな格好をしているが……疑念をもたれる可能性を考えないのかね)
 目の前の輩を見るなり、うんざりした表情になるサイキョウさん。
 いきなりそんな視線を向けられた彼らは戸惑った様子を一瞬だけ見せましたが、すぐに気を取り直すと、先頭に立つ一人が口を開きます。
 夜分に突然申し訳ない。人を――
 申し訳ないと思ってる人間があんなに扉ノックしてくるんじゃねーよ。迷惑考えてないだろアホか。
 話し始めた誰かが用件を切り出すより先に、サイキョウさんは思わず口を挟んでしまいました。
 扉を叩き続ける理由のひとつには、サイキョウさんが暢気に部屋の片付けをしていて出るまでに時間がかかったから、というものもあるのですが――サイキョウさんの言葉も間違いではないでしょう。
 普通は叩き続けて反応がなければ立ち去ります。それをしなかったのは彼らです。
 とは言え、普通はそんなことを指摘する人間もいないのでしょうが。それはさておき。
 話を始めようとした矢先に言いがかり――彼らからすれば――をつけられたせいで、彼らはどう反応していいかわからないように黙ってしまいました。
 しかし、それも短い時間だけです。
 ……こ、こちらも慌てていたものでね。うるさくしたことは謝ろう。申し訳なかった。
 謝れば済むってもんじゃないがな。……そんなに人の迷惑を考えない有様になるほど慌てる用件ってのは、いったい何なんですかね?
 人を探している。こちらに来ていないだろうか。
 いきなり来ていないだろうか、なんて言われたってわかるもんかよ。普通はどんな人間を探しているか、説明してから聞くもんだろうが。
 サイキョウさんの言葉に、彼らは少し迷うような時間を置いた後で、一枚の紙を差し出しました。
 そこに書かれていたのは人の顔。似顔絵という奴です。
 その似顔絵は、リリムちゃんによく似ていました。
 
 サイキョウさんは、その似顔絵を少し眺めた後で言います。
 ……さて、知らない顔だが。あんたら、なんでこの子を探してるんだ?
 ……いや、知らないならそれでいい。
 しかし、先ほど奥のほうから大声が聞こえたが、誰か居るのかな?
 ああ、居るぜ。それがどうした。
 子どもの声だったな。独り身のように見えるが。
 おっまえ、決め付けで話すのやめてもらえませんかね。彼女居なさそうに見えるとか言われてるみたいでちょっと傷つくじゃねえか。まぁ確かに独り身だけど!
 サイキョウさんの言葉に――というよりもその語気に、彼らは戸惑った様子を見せました。
 どう反応すればいいのかわからない言葉というのが世の中にはあります。
 ……まぁ確かに、うちにはガキが一人居るよ。知り合いから預かってるガキだよ。
 確かに? 独り身ですけど? 知り合いくらい居るんですよ。わかります?
 サイキョウさんは彼らに向かってそう言った後で、溜息を吐きながら追い払うように手を振ります。
 用件はそれだけか? ここにあんたらの探してる奴はいない。わかったらさっさと帰ってくれる?
 サイキョウさんの言葉に、彼らは何かを示し合わせるように顔を見合わせます。
 そして何かを決めたように頷きあうと、誰かが言い出します。
 ……実は、私たちは誰かがこの家に入っていくのを見ていてね。
(……だろうなぁ。そうじゃなきゃ、あんなに長々と扉叩かんだろ)
 サイキョウさんはそんなことを考えましたが、口には出しません。わかりきっていることをさも意外なことのように言ってみせている――と思っている相手への気遣いです。
 彼らはこの家に誰かが居るとわかっていたから、サイキョウさんが扉を開けるまで粘ってノックし続けることができたのでしょう。
 サイキョウさんでなくてもそんなことはわかります。もしもそうでなかったなら、ノックをし続ける彼らはただのアホです。
 そうかい。それがどうした。あんたらに関係のあることだとは思えないが。
 サイキョウさんは彼らの言葉を否定しませんでした。認めた上で、話の続きを促します。
 もしかしたら、その人が私たちの探している相手かもしれない。……家に入れてもらうことはできないだろうか?
 こ・と・わ・る。お前らみたいに、見るからに怪しげな連中なんざ、誰が家に入れたがるんだ。バカか。
 サイキョウさんは彼らの言葉を即座に拒否しました。ついでに思ったことも罵倒として口に出ていましたが。
 サイキョウさんの直接的な罵倒は誰の心にも響かなかったのか、特に反応はありませんでした。
 ……それは残念だ。とてもとても残念だ。
 そして、サイキョウさんの言葉に、誰かがそう答えた直後のことです。
 ――うきゃああああ!?
 何かが盛大に壊れる音とリリムちゃんの悲鳴が聞こえてきました。
 続くのは複数の足音です。
(……やっぱり片付けておいて正解だったなぁ)
 誰かが家の壁を破壊して侵入してきたことを理解したサイキョウさんは、やっぱり自分のやったことは正しかったという実感を得ながら頷きます。
 君が無駄に知らない振りをしなければ――
 玄関にいる誰かが得意げに演説のような長台詞を話し始めましたが、サイキョウさんはまったく聞いていません。
 普通の人間であれば、まず間違いなく動揺したことでしょう。
 しかし、サイキョウさんはこの程度の事態であれば慣れっこです。この展開を想定済みだったので、慌てることもありません。
(素直に引き返せばそれでもいいかと思ってたが、流石に無理か。
 しかし、先に手を出してもらわないと気分的な意味で嫌だったから放置したら、また盛大にやらかしやがったなぁ。誰が直すと思ってんだ。俺じゃないけど。
 ……さっさとお嬢ちゃんの様子を見に行くか)
 あー、うん。うわー、すごいこわいわー。だからちょっと居間の様子を見てきますね。
 サイキョウさんは誰かの演説にテキトーな返事をした後で、居間のほうに向かいます。
 あ、ちょっと待て貴様! いくらなんでもその反応はあんまりだ――ってもういない!?
 演説をしていた誰かがサイキョウさんの背中に向けてそう叫びましたが、サイキョウさんは気にも留めません。
(いくらなんでも、住んでる家でガキが死ぬような事態は御免だからな)
 そんなことを考えながら、サイキョウさんは居間の中へと駆け込みました。
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登場人物紹介

サイキョウさん。主人公。

得意なこと:体を使うこと全般
苦手なこと:異性や子どもとのコミュニケーション

一般的な常識を理解した上で、暴力という解決方法を採ることが多かったりする人。悪人でも善人でもない、俺ルールの行使者。

リリムちゃん。小さい姫さん。略してちいひめちゃん。
得意なこと:虚勢を張ること
苦手なこと:体を使うこと

トラブルメーカーそのいち。
遊興すれば襲われる、街を歩けば攫われるといいことなし。
サイキョウさんの理不尽な扱いにもそろそろ慣れてきた。

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