サイキョウさん、リリムちゃんと話をする

文字数 3,704文字

 サイキョウさんがリリムちゃんのために必要だろうものを用意してから居間に入ると、居間の中央にあるテーブルの一席に着いたリリムちゃんの後姿が見えました。
(……ガタガタ震えていらっしゃる)
 まぁ滅茶苦茶濡れた服を着続けたまま座っていたのならそうなるか、とサイキョウさんは納得します。
 サイキョウさんはテーブルに近づくと、まずはリリムちゃんの横から温かい飲み物の入ったコップを差し出しました。
 そして、彼女が何か反応するよりも早く体を拭く布を頭の上に乗せて、着替えも目の前に置きます。
 すまんな、用意に時間がかかった。子ども用の着替えなんて、普段使わないものの筆頭だからな。
 とは言え、放置して埃臭いってこともないだろう。洗ってあるからな。清潔なはずだぞ、一応。
 サイキョウさんはトラブルによく巻き込まれます。そして、そのトラブルには子どもが関わるものもありました。だから、着替えなども子ども用のものが揃っているわけですが――
 …………。
 事情を知らない他人からすると、独り身だろうおっさんが子ども用の衣類を持っていることを不自然に感じるのは当たり前です。
 リリムちゃん、子ども服を見てドン引きしていました。
 ただ、サイキョウさんはその辺の反応も慣れっこです。
 最初に断っておくが、俺は幼女趣味じゃねーぞ。ガキに興味はない。体が相応に育っているのが好みであって年齢には頓着しないほうではあるが――少なくとも、お嬢ちゃんには興味が湧かない。
 そんなことを意識するのはもっと育ってからにしろ。
 言い放った内容は最低の一言に尽きますが、サイキョウさんの言葉はただの本音です。
 リリムちゃんはサイキョウさんの言葉に驚愕して、思わずサイキョウさんの顔を見てしまいますが――サイキョウさんはその視線を受けても驚く様子もありませんでした。
 その反応から、サイキョウさんが本気で言っていることを理解したリリムちゃん。しばらくわなわなと震えていたかと思いきや、テーブルを強く叩いて立ち上がって。
 い、いくらなんでも失礼でしょうが! 王族を相手にしているって自覚はある!? ――い、いや、それを差し置いても女性にかける言葉じゃないでしょう!?
 そんなことを大声で怒鳴り散らしました。
 当然の反応です。
 しかし、サイキョウさんはリリムちゃんの文句もどこ吹く風と、気にした風もなく笑うだけです。笑いながらリリムちゃんの対面にある椅子に座ると、自分の分の飲み物を口にした後で言います。
 そう怒るなよ。襲う気はないとはっきり言っただけだろ。安心していいところだと思うがなぁ。
 ……それとも要らないか? こんな失礼な奴に助けを請うのは嫌か? ん?
 最初に言ったが、また雨に打たれたいというなら好きにしていいんだぞ。んん?
 リリムちゃんは顔をしかめながら歯軋りして、自分の中の何かと必死に戦うような間を置いた後で、サイキョウさんから目を背けるように俯きつつ言いました。
 ……い、いただきます。ありがとうございます。
 はい、結構。冷める前にどうぞ。
(くっそぅ、本当になんなんだこいつぅ!)
 言いたいことは言っておいた方がいいぞ。
 聞き入れる気がないでしょうがっ!
 はっはっは。聞き入れる理由がないことを聞いてやる必要もないからな。
 そもそも厄介事だとわかってるのに構ってやってるだけマシだろ。
 ……文句を言う元気があるなら、さっさと着替えて来い。更衣室なんて上等なもんはないから、居間から出て行って扉閉めてそこで着替えろ。
 あなたの寝室とかあるんじゃないの? ねえ? そこに案内すればいいだけじゃないの!?
 濡れた奴入れんのやだもんよ。
 廊下は既に濡れちゃったからいいけど、掃除の手間が増えるだろ。
 ~~~~っ!
 言葉もないとはまさにこのことか。
 リリムちゃんは最早何を言うでもなく、憂さ晴らしをするようにテーブルをばんばんと何度も叩いていましたが、一度大きなくしゃみをして体をぶるぶると震わせると、諦めたように居間を出て行って扉を閉めました。
 待つことしばし。
 サイキョウさんに渡された子ども服に着替えたリリムちゃんが居間に戻ってきて言います。
 ……濡れた服はどうすればいいの。
 横の椅子にでも置いてろ。あとで洗濯してやる。お嬢ちゃんが望むように綺麗になるかどうかは知らんが。
 リリムちゃんは最早文句を言うのも疲れたのか、サイキョウさんの言葉通りに濡れた服を椅子の上に放ると、コップが置かれた席に着いて、大人しく、温かい飲み物を飲み始めます。
 しばらくそのまま時間が過ぎて。
 リリムちゃんに渡されたコップの中身が殆どなくなった頃になってから、サイキョウさんが口を開きました。
 それで、何があってこんなところに王女様がいらっしゃるんですかね。事情を説明する気はある?
 リリムちゃんはサイキョウさんの言葉を聞いて、何かを言おうと口を開きかけましたが、何も言わずに口を閉じてしまいました。
 ……? どうした? 厄介事に巻き込まれてるんじゃないのか。それとも実は迷ってただけか?
 ……そもそも、お前は私が王族だと言い張ってることを信じてるのか?
 急に子どもがそんなことを言い張ったら、普通は疑うものじゃないのか。
 ……なんだ、腹に少し食べ物が入って冷静になったのか?
 あのな、俺は子どもが戯言を抜かしたからって気にするほど狭量じゃねーの。厄介事に巻き込まれた子どもが助けて欲しくて嘘を言ったり、何かを言わなかったりするのを責めたりする気もないのよ。わかる?
 話は聞いてやる。俺はそう言ってるんだ。好きに喋ればいい。
 ……正直なところを言えば、私にもよくわからない。それでも聞いてくれるか?
 くどい。
 ……わかった。ありがとう。
 リリムちゃんはサイキョウさんにそう言った後で、事情を話し始めました。
 リリムちゃんは自分の頭の中にある言葉を必死に使って説明します。子どもだからか、まだ混乱が続いているのかはわかりませんが――その説明はやはり拙いものでした。
 しかし、サイキョウさんはそれに文句を言うでもなく、リリムちゃんの話を辛抱強く聞き続けました。
 リリムちゃんはやがて説明したい言葉が尽きたのか、口を閉じました。
 とても要領のいい説明とは言えませんでしたが、サイキョウさんは聞いた話を頭の中でまとめます。
(外遊中に突然襲われて命からがら逃げ出した。追ってくる人間も居たけれど、なんとか撒けた。事情がわからないからどう動いたらいいかわからない。そんなところか)
 サイキョウさんは溜息を吐きながら、すっかり冷たくなってしまったコップの中身を一気にあおりました。
(このお嬢ちゃんが本当に国の人間なら、城に帰してやればそれで済むか?
 ただなぁ、何が起こってこうなってんのかわからねえんじゃ動きにくいんだよなぁ。
 ……追手の連中が来てくれれば都合がいいんだけど、どうだろうな)
 どうしたもんかな、とサイキョウさんが天井を仰いで悩んでいると、
 ――ひう!?
 玄関の扉が強く何度も叩かれて、大きな音が響いてきました。
 気を抜いていたのか、リリムちゃんが驚いて体をびくりと震わせましたが――サイキョウさんは驚いた様子もなく、玄関のほうを睨むように眺めていました。
 リリムちゃんが来たときとは大違いですが、それも当然です。
 サイキョウさんはトラブルに慣れています。
 だから、トラブルに巻き込まれた可能性が高いと判断したときから気を抜くことはないのです。
 ……まぁちょうどいいか。
 サイキョウさんは響き続ける扉を叩く音を聞きながら、しばらく考えるように目を瞑った後でそう呟くと、リリムちゃんを見て言います。
 面倒な客人のようだ。うるさくてかなわんから見てくるわ。ちょっと待ってろ。
 サイキョウさんはそう言いましたが、すぐに玄関に向かうかと思えばそんなことはありませんでした。
 ……何してるの?
 壊れたらまずいものを片付けてる。
 ……なんで?
 いやまぁ、なんだ。……念のため?
 サイキョウさんはリリムちゃんの方を見ずに質問にそう答えると、扉が叩かれる音も気にせずに淡々と居間の片付けを始めました。
 相当焦れているのか、扉を叩く音の間隔は短くなるし、大きくなってきているのですが、そんなことを気にする様子もありません。
 ……もしかして私の追手が来てるの?
 なんとなく事態を察してしまったリリムちゃんが追加でそう聞いてみますが、サイキョウさんは答えませんでした。
 何度も居間とどこかを往復して物を片付けたサイキョウさんは、居間の中を見て一度満足したように頷いた後で玄関に向かいます。
 ……ねえ、ちょっと。どうなの? ねぇ、どうなの!? これあんたの借金取りとかそんなオチじゃなかったらどう考えても私の追手よね!? 答えなさいよ! ねぇちょっと!?
 リリムちゃんがそんなことを喚いてみたものの、サイキョウさんが答えるわけもなく。
 ~~っ! もう、本当になんなのあいつはぁああああ!
 リリムちゃんがテーブルをばんと強く叩きながら喚いた大声は、他に誰も居ない居間に虚しく響くだけでした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

サイキョウさん。主人公。

得意なこと:体を使うこと全般
苦手なこと:異性や子どもとのコミュニケーション

一般的な常識を理解した上で、暴力という解決方法を採ることが多かったりする人。悪人でも善人でもない、俺ルールの行使者。

リリムちゃん。小さい姫さん。略してちいひめちゃん。
得意なこと:虚勢を張ること
苦手なこと:体を使うこと

トラブルメーカーそのいち。
遊興すれば襲われる、街を歩けば攫われるといいことなし。
サイキョウさんの理不尽な扱いにもそろそろ慣れてきた。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色