サイキョウさん、リリムちゃんと話をする
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サイキョウさんがリリムちゃんのために必要だろうものを用意してから居間に入ると、居間の中央にあるテーブルの一席に着いたリリムちゃんの後姿が見えました。
まぁ滅茶苦茶濡れた服を着続けたまま座っていたのならそうなるか、とサイキョウさんは納得します。
サイキョウさんはテーブルに近づくと、まずはリリムちゃんの横から温かい飲み物の入ったコップを差し出しました。
そして、彼女が何か反応するよりも早く体を拭く布を頭の上に乗せて、着替えも目の前に置きます。
サイキョウさんはトラブルによく巻き込まれます。そして、そのトラブルには子どもが関わるものもありました。だから、着替えなども子ども用のものが揃っているわけですが――
事情を知らない他人からすると、独り身だろうおっさんが子ども用の衣類を持っていることを不自然に感じるのは当たり前です。
リリムちゃん、子ども服を見てドン引きしていました。
ただ、サイキョウさんはその辺の反応も慣れっこです。
最初に断っておくが、俺は幼女趣味じゃねーぞ。ガキに興味はない。体が相応に育っているのが好みであって年齢には頓着しないほうではあるが――少なくとも、お嬢ちゃんには興味が湧かない。
そんなことを意識するのはもっと育ってからにしろ。
言い放った内容は最低の一言に尽きますが、サイキョウさんの言葉はただの本音です。
リリムちゃんはサイキョウさんの言葉に驚愕して、思わずサイキョウさんの顔を見てしまいますが――サイキョウさんはその視線を受けても驚く様子もありませんでした。
その反応から、サイキョウさんが本気で言っていることを理解したリリムちゃん。しばらくわなわなと震えていたかと思いきや、テーブルを強く叩いて立ち上がって。
そんなことを大声で怒鳴り散らしました。
当然の反応です。
しかし、サイキョウさんはリリムちゃんの文句もどこ吹く風と、気にした風もなく笑うだけです。笑いながらリリムちゃんの対面にある椅子に座ると、自分の分の飲み物を口にした後で言います。
そう怒るなよ。襲う気はないとはっきり言っただけだろ。安心していいところだと思うがなぁ。
……それとも要らないか? こんな失礼な奴に助けを請うのは嫌か? ん?
最初に言ったが、また雨に打たれたいというなら好きにしていいんだぞ。んん?
リリムちゃんは顔をしかめながら歯軋りして、自分の中の何かと必死に戦うような間を置いた後で、サイキョウさんから目を背けるように俯きつつ言いました。
はっはっは。聞き入れる理由がないことを聞いてやる必要もないからな。
そもそも厄介事だとわかってるのに構ってやってるだけマシだろ。
……文句を言う元気があるなら、さっさと着替えて来い。更衣室なんて上等なもんはないから、居間から出て行って扉閉めてそこで着替えろ。
言葉もないとはまさにこのことか。
リリムちゃんは最早何を言うでもなく、憂さ晴らしをするようにテーブルをばんばんと何度も叩いていましたが、一度大きなくしゃみをして体をぶるぶると震わせると、諦めたように居間を出て行って扉を閉めました。
待つことしばし。
サイキョウさんに渡された子ども服に着替えたリリムちゃんが居間に戻ってきて言います。
リリムちゃんは最早文句を言うのも疲れたのか、サイキョウさんの言葉通りに濡れた服を椅子の上に放ると、コップが置かれた席に着いて、大人しく、温かい飲み物を飲み始めます。
しばらくそのまま時間が過ぎて。
リリムちゃんに渡されたコップの中身が殆どなくなった頃になってから、サイキョウさんが口を開きました。
リリムちゃんはサイキョウさんの言葉を聞いて、何かを言おうと口を開きかけましたが、何も言わずに口を閉じてしまいました。
……なんだ、腹に少し食べ物が入って冷静になったのか?
あのな、俺は子どもが戯言を抜かしたからって気にするほど狭量じゃねーの。厄介事に巻き込まれた子どもが助けて欲しくて嘘を言ったり、何かを言わなかったりするのを責めたりする気もないのよ。わかる?
話は聞いてやる。俺はそう言ってるんだ。好きに喋ればいい。
リリムちゃんはサイキョウさんにそう言った後で、事情を話し始めました。
リリムちゃんは自分の頭の中にある言葉を必死に使って説明します。子どもだからか、まだ混乱が続いているのかはわかりませんが――その説明はやはり拙いものでした。
しかし、サイキョウさんはそれに文句を言うでもなく、リリムちゃんの話を辛抱強く聞き続けました。
リリムちゃんはやがて説明したい言葉が尽きたのか、口を閉じました。
とても要領のいい説明とは言えませんでしたが、サイキョウさんは聞いた話を頭の中でまとめます。
サイキョウさんは溜息を吐きながら、すっかり冷たくなってしまったコップの中身を一気にあおりました。
(このお嬢ちゃんが本当に国の人間なら、城に帰してやればそれで済むか?
ただなぁ、何が起こってこうなってんのかわからねえんじゃ動きにくいんだよなぁ。
……追手の連中が来てくれれば都合がいいんだけど、どうだろうな)
どうしたもんかな、とサイキョウさんが天井を仰いで悩んでいると、
玄関の扉が強く何度も叩かれて、大きな音が響いてきました。
気を抜いていたのか、リリムちゃんが驚いて体をびくりと震わせましたが――サイキョウさんは驚いた様子もなく、玄関のほうを睨むように眺めていました。
リリムちゃんが来たときとは大違いですが、それも当然です。
サイキョウさんはトラブルに慣れています。
だから、トラブルに巻き込まれた可能性が高いと判断したときから気を抜くことはないのです。
サイキョウさんは響き続ける扉を叩く音を聞きながら、しばらく考えるように目を瞑った後でそう呟くと、リリムちゃんを見て言います。
サイキョウさんはそう言いましたが、すぐに玄関に向かうかと思えばそんなことはありませんでした。
サイキョウさんはリリムちゃんの方を見ずに質問にそう答えると、扉が叩かれる音も気にせずに淡々と居間の片付けを始めました。
相当焦れているのか、扉を叩く音の間隔は短くなるし、大きくなってきているのですが、そんなことを気にする様子もありません。
なんとなく事態を察してしまったリリムちゃんが追加でそう聞いてみますが、サイキョウさんは答えませんでした。
何度も居間とどこかを往復して物を片付けたサイキョウさんは、居間の中を見て一度満足したように頷いた後で玄関に向かいます。
リリムちゃんがそんなことを喚いてみたものの、サイキョウさんが答えるわけもなく。
リリムちゃんがテーブルをばんと強く叩きながら喚いた大声は、他に誰も居ない居間に虚しく響くだけでした。