サイキョウさんとリリムちゃん、旅に出る 5
文字数 3,930文字
サイキョウさんはそう時間も経たないうちに部屋に戻ってきました。
部屋に戻ってきたサイキョウさんは、二人分の飲み物と一人分と思しき軽食を持っていました。
サイキョウさんはそう言って、飲み物の入ったコップをリリムちゃんの目の前に置くと、対面に座ります。
サイキョウさんはリリムちゃんの言葉にそう応じると、軽食を頬張りながら続けます。
リリムちゃんは軽食を食べ続けるサイキョウさんをしばらく半目で見つめていましたが、態度を変える気配がないのを察すると、溜息を吐いてから口を開きます。
リリムちゃんはサイキョウさんの物言いに呆れた様子を見せた後で、今更よねと溜息を吐いて考えるのをやめると、肩を竦めながら言います。
サイキョウさんがリリムちゃんの言葉に笑いながらそう言うと、街の名前を教えます。
リリムちゃんはサイキョウさんから街の名前を聞くと、考えるように腕を組んで目を瞑ります。おそらく地理関係を頭の中で思い浮かべているのでしょう。
しばらくそのまま時間が流れて。
サイキョウさんが軽食を平らげて一息ついた頃になってから、リリムちゃんが目を開いて口を開きます。
リリムちゃんは目的地となる街の名前を答えます。
サイキョウさんはその名前を聞いて、ああ、と何かに納得するような頷きを返しました。
四六時中一緒に居るわけじゃないんだ。その間に、誰かがお嬢ちゃんをどうにかしちまう可能性はあるだろ。
……勘違いしてもらっちゃ困るのがな、俺は無事に送り届けてやるって言ってるわけじゃねえってことだ。
見えてる範囲に居る間くらいは守ってやるが、基本的には自分で気をつけろ。
リリムちゃんはサイキョウさんの言葉を聞いて、その意味するところについて考えます。
頼れる相手がいるだけマシか、とリリムちゃんは内心で溜息を吐きました。
サイキョウさんはそう言うと、布袋をテーブルの上に乗せてから、リリムちゃんの方に滑らせるようにして渡しました。
リリムちゃんは怪訝そうな表情を浮かべて袋を見た後で、サイキョウさんに視線を向けます。
サイキョウさんからそう言われて、リリムちゃんは疑わしげな表情は変えないまま、袋の口を開いて中を確認して――驚きました。
袋の中には、サイキョウさんの言葉通りにお金が入っていたからです。
それも、リリムちゃんですら想定外の、かなり大きな額でした。
その袋は、サイキョウさんが別の部屋で異形の者から受け取った袋です。
リリムちゃんはサイキョウさんの答えに、思わず顔をしかめました。
当然の反応といえば当然の反応ではありました。
大抵の人間は悪事で得たお金には嫌悪感を示すものです。
むしろ、声をあげずに居られただけ、リリムちゃんは大人と言えるでしょう。
リリムちゃんは言いたいだろう言葉を飲み込んで、サイキョウさんに別な問いを投げました。
サイキョウさんは迷うようにしばらく黙っていましたが、リリムちゃんの視線に根負けしたのか――あるいは考えるのが面倒くさくなったのか、吐息をひとつ吐いてから口を開きます。
サイキョウさんの答えに、リリムちゃんは愕然とします。
理解が追いつかない、というところなのでしょう。
王族とはいえ、リリムちゃんはまだ幼い子どもです。仮にそういった悪事が存在すると知識として把握していたとしても、それが目の前に成果として現れて反応できるわけがありません。
サイキョウさんはリリムちゃんの様子をしばらく無言で眺めていましたが、このままでは話が進まないと判断して口を開きます。
返って来る保障がないから出す気はせんな。
おまえさんが素で口が悪いのと同じように、王族や貴族ってのは手前勝手な連中だ。
他人は自分に有利に動いてしかるべき、って考えてる。
俺が出したと言っても、本当に礼を言うだけで終わりだろうさ。よくやった、ってな。
……他人が仕える立場にある人間に特に多い病気だな。
言葉が出てこない様子のリリムちゃんを見て、サイキョウさんは溜息を吐きながら続けます。
受け取りたくないってんなら俺がもらってやる。
どんな手段で得られた金だろうと、金は金だからだ。
使えるものは使うさ。
……ただな、その金を受け取らないとしてどうする気だ?
王族ってのが事実だとしても、肩書きだけじゃ何もできんぞ。
二つも街を移動するのにかかる費用はそれなりだ。
ガキが用意するには体を売るくらいしか道はないぜ。
リリムちゃんはサイキョウさんの言葉を聞いて、俯きました。サイキョウさんの言葉が正論であることを理解できているからです。
リリムちゃんは確かに王族かもしれませんが、ここは彼女の国ではなく、リリムちゃんを知らない人のほうが多いのです。
そうでなくても、いきなり子どもが自分を王族だと言って見せたところで信用されるわけもありません。それは、リリムちゃん自身も口にした事実です。
リリムちゃんは目を瞑りながら色々と考えます。考えますが――現状を打破できるような策は何も浮かんできません。
サイキョウさんはそんなリリムちゃんを無言で見つめながら、内心で溜息を吐きます。
気まずい沈黙が二人の間に落ちました。
そうなってからしばらく経って。
サイキョウさんの飲み物が無くなってしまった頃になってから、リリムちゃんは俯いたままで口を開きました。
そう言ったリリムちゃんの表情は、俯いているせいで伺えません。
サイキョウさんはリリムちゃんの震える肩を見て何かを言いかけましたが、その言葉を飲み込んでから別な言葉を口にします。
……旅の支度は明日の昼までに終わるように努めよう。
準備が済んだらまた部屋に来る。
もしもその前に俺に用が出来たら宿の人間に聞け。
この部屋を取っている人間がどこに居るか教えてくれ、ってな。
それだけで伝わるだろう。
リリムちゃんの返事を聞いてから、サイキョウさんは席を立ちます。
部屋を出る直前に、何か声をかけようかとも思いましたが、
そう考えながら頭を掻いて、結局何も言わずに部屋を出て行きました。
扉が閉まった後で、扉の向こうから強く何かを叩くような音と嗚咽に似た響きが漏れてきましたが、サイキョウさんは聞こえなかったふりをして部屋の前から立ち去りました。