サイキョウさん、リリムちゃんを探しに街を行く 1

文字数 2,514文字

 リリムちゃんが自分の状況を理解しつつ溜息を吐いていたときとだいたい同じ頃。
 サイキョウさんもリリムちゃんがトラブルに巻き込まれただろうことに気付いていました。
 最初ははしゃいで時間を忘れてるのかなと思っていたのですが、流石に夕食を食べ終わる頃になり、だいたいの人間が寝静まるだろう時刻になっても宿屋に戻ってくる気配がないとなれば、誰だって事態を察します。
 ……半ば予想はしていたんだが。
 まさか着いた翌日にトラブルに巻き込まれるとはなぁ。
 サイキョウさんはぼやくようにそう呟いた後で、宿屋を出ました。
 もう夜も遅く、外を出歩く人影は少なく静かな街中を、サイキョウさんは迷いの見えない足取りで進んでいきますが――その方向はリリムちゃんが居る場所ではありませんでした。
 では、どこに向かっているのかと言えば、それは誰でも思いつくような場所です。
 ――さて、この街の警察連中はどれくらい勤勉なのかねぇ。
 サイキョウさんが向かっているのは、この街の警察が居るだろう建物でした。
 とは言え、困ったことがあれば警察に――などと常に頼りに出来るほど、この世界の警察組織は真面目な人たちばかりではありません。
 しかし、その街の治安維持を行っている組織を無視して動けば、彼らが彼らなりに持っている矜持を悪い意味で刺激してしまうことは火を見るよりも明らかで。
 もしもそうなってしまえば、街に滞在することが難しくなるのです。
(まぁ正直、俺個人としてはどうでもいいんだが……ちいひめちゃんの方はそうもいかんだろう)
 まぁ相手の顔を立てるという意味でも、一度話はしておかないとな。
 それに、情報が少しでも得られる可能性があるのなら、寄ってみるのも悪い選択肢じゃないだろう、うん。
 サイキョウさんは自分に言い聞かせるようにそう呟いた後で頷くと、警察の居る建物の扉を叩きます。
 そして当然というべきか――いくら待っても中から誰かが出てくる気配はありませんでした。
 警察だって人の子です。
 日が沈めば家に帰りたいと思うだろうし。当然誰かが常に居るようにしているとはいえ、夜も遅くに誰かが来たら面倒くさがって出ないこともあるでしょう。
 だって、そんな時間に来るような訪問者は必ずと言っていいほど厄介事を持ち込んでくるのですから。
 それでもサイキョウさんは扉を再度叩きましたが、
 …………。
 やっぱり誰かが出てくることはなく、その事実に思わず溜息をこぼしました。
 普通の人間ならここで大人しく諦めて帰って、話はそこで終わりだったのでしょう。
 ただ、今日この建物に残っていた人たちは運が悪かった。
 ここに居るのは普通の人間ではなく、サイキョウさんなのです。
 ああ、残念だ。――穏便に済ませる機会を蹴られるとはな。
 サイキョウさんが吐き捨てるようにそう呟くと。
 直後に、何かが壊れるような大きな音が響きました。
 ……な、何事だ!?
 静かな夜に大きく響いたその音に、建物の中につめていた人たちが一斉に音源へと殺到し、響いた音の原因を理解しました。
 散らばる瓦礫や破片、大きく開けた壁の一部、その中心に立つ一人の男の姿――この状況を見れば誰だって何が起きたかわかります。
 警察の建物、その入り口が壊されたのです。
 
 貴様がこれをやったのか? ここがどこだかわかっているのか!?
 惨状に駆けつけた誰かが、サイキョウさんに向かってそんなことを言いました。
 怒鳴りつけるような言葉に、サイキョウさんは笑って応えます。
 知ってるさ。この街の警察だろう?
 ノックの音が小さすぎて聞こえなかったようだから、思わず強く叩きすぎちまっただけだぜ。大目に見てくれよ。
 馬鹿か貴様は!? こんなことをしてどうなるかわかって――
 サイキョウさんの皮肉に、先ほどとは別な誰かが口を開きましたが、それ以上言葉を続けられませんでした。
 理由は至極単純です。
 誰だって、宙を舞って壁に叩きつけられるほどの勢いで殴られれば言葉を続けることなどできるはずがありません。
 聞くのは俺だ。お前らは聞かれたことにだけ答えてりゃそれでいい。
 必要以上に、ここで時間を使う気は無いんだっての。
 サイキョウさんの言葉の内容と蛮行に、ここに集まった人間が思わず黙りこんでしましました。
 まぁ当然といえば当然の反応でしょう。
 彼らはこの街を治める組織に属するのです。
 普通に生きている人間からすれば、街ひとつを抑えることのできる警察という組織は歯向かうことのできないものでしょうから、彼らに歯向かう人間など滅多にいないのです。
 しかし、彼らにとっては非常に不幸なことですが――ここに居るのはサイキョウさんその人です。
 得体の知れない異形でさえ傅き従うこの人が、たかだか街ひとつを抑える程度の力しかない集団に恐れを感じるわけがありません。
 だいたいな、お前らが真面目に仕事して悪事を働く連中にきっちり対応してれば、こんな面倒くさい状況にはなってねえんだよ。
 俺は今日一日、次の街に向かうための足を確保するって用事でこの街を歩き回って疲れてるわけでな。早く終わらせて寝たいのよ。わかる?
 い、いきなり何をわけのわからんことを言って――
 サイキョウさんの愚痴に反応した誰かがまた殴られて吹き飛びます。
 サイキョウさんにとっては何と言うこともない行動でしたが、ここに集まった彼らはサイキョウさんが何をしたのか全く見えませんでした。
 彼らに理解できたのは、吹き飛んで動かなくなった同僚がいることと、それをサイキョウさんがやったという事実だけです。
 ……っ。
 そして、その事実からどういう相手が目の前に居るのかを理解した彼らは、一斉に顔色を悪くして押し黙りました。
 静かになった彼らを見て、サイキョウさんは溜息を吐いた後で口を開きます。
 夜も遅いが急ぎの案件でな。ガキが一人攫われたんだ。大事だろう?
 だから、そういうことをやりそうな連中に心当たりがあれば情報をもらいたくてここに来たんだ。
 ……善良な一般人からのお願いだ。まさか断ったりはしないよな?
 サイキョウさんの問いかけに、彼らは首を縦に振る以外の選択肢を採れませんでした。
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登場人物紹介

サイキョウさん。主人公。

得意なこと:体を使うこと全般
苦手なこと:異性や子どもとのコミュニケーション

一般的な常識を理解した上で、暴力という解決方法を採ることが多かったりする人。悪人でも善人でもない、俺ルールの行使者。

リリムちゃん。小さい姫さん。略してちいひめちゃん。
得意なこと:虚勢を張ること
苦手なこと:体を使うこと

トラブルメーカーそのいち。
遊興すれば襲われる、街を歩けば攫われるといいことなし。
サイキョウさんの理不尽な扱いにもそろそろ慣れてきた。

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