サイキョウさん、リリムちゃんを探しに街を行く 1
文字数 2,514文字
リリムちゃんが自分の状況を理解しつつ溜息を吐いていたときとだいたい同じ頃。
サイキョウさんもリリムちゃんがトラブルに巻き込まれただろうことに気付いていました。
最初ははしゃいで時間を忘れてるのかなと思っていたのですが、流石に夕食を食べ終わる頃になり、だいたいの人間が寝静まるだろう時刻になっても宿屋に戻ってくる気配がないとなれば、誰だって事態を察します。
サイキョウさんはぼやくようにそう呟いた後で、宿屋を出ました。
もう夜も遅く、外を出歩く人影は少なく静かな街中を、サイキョウさんは迷いの見えない足取りで進んでいきますが――その方向はリリムちゃんが居る場所ではありませんでした。
では、どこに向かっているのかと言えば、それは誰でも思いつくような場所です。
サイキョウさんが向かっているのは、この街の警察が居るだろう建物でした。
とは言え、困ったことがあれば警察に――などと常に頼りに出来るほど、この世界の警察組織は真面目な人たちばかりではありません。
しかし、その街の治安維持を行っている組織を無視して動けば、彼らが彼らなりに持っている矜持を悪い意味で刺激してしまうことは火を見るよりも明らかで。
もしもそうなってしまえば、街に滞在することが難しくなるのです。
サイキョウさんは自分に言い聞かせるようにそう呟いた後で頷くと、警察の居る建物の扉を叩きます。
そして当然というべきか――いくら待っても中から誰かが出てくる気配はありませんでした。
警察だって人の子です。
日が沈めば家に帰りたいと思うだろうし。当然誰かが常に居るようにしているとはいえ、夜も遅くに誰かが来たら面倒くさがって出ないこともあるでしょう。
だって、そんな時間に来るような訪問者は必ずと言っていいほど厄介事を持ち込んでくるのですから。
それでもサイキョウさんは扉を再度叩きましたが、
やっぱり誰かが出てくることはなく、その事実に思わず溜息をこぼしました。
普通の人間ならここで大人しく諦めて帰って、話はそこで終わりだったのでしょう。
ただ、今日この建物に残っていた人たちは運が悪かった。 ここに居るのは普通の人間ではなく、サイキョウさんなのです。
サイキョウさんが吐き捨てるようにそう呟くと。
直後に、何かが壊れるような大きな音が響きました。
静かな夜に大きく響いたその音に、建物の中につめていた人たちが一斉に音源へと殺到し、響いた音の原因を理解しました。
散らばる瓦礫や破片、大きく開けた壁の一部、その中心に立つ一人の男の姿――この状況を見れば誰だって何が起きたかわかります。
警察の建物、その入り口が壊されたのです。
惨状に駆けつけた誰かが、サイキョウさんに向かってそんなことを言いました。
怒鳴りつけるような言葉に、サイキョウさんは笑って応えます。
サイキョウさんの皮肉に、先ほどとは別な誰かが口を開きましたが、それ以上言葉を続けられませんでした。
理由は至極単純です。
誰だって、宙を舞って壁に叩きつけられるほどの勢いで殴られれば言葉を続けることなどできるはずがありません。
サイキョウさんの言葉の内容と蛮行に、ここに集まった人間が思わず黙りこんでしましました。
まぁ当然といえば当然の反応でしょう。
彼らはこの街を治める組織に属するのです。
普通に生きている人間からすれば、街ひとつを抑えることのできる警察という組織は歯向かうことのできないものでしょうから、彼らに歯向かう人間など滅多にいないのです。
しかし、彼らにとっては非常に不幸なことですが――ここに居るのはサイキョウさんその人です。
得体の知れない異形でさえ傅き従うこの人が、たかだか街ひとつを抑える程度の力しかない集団に恐れを感じるわけがありません。
だいたいな、お前らが真面目に仕事して悪事を働く連中にきっちり対応してれば、こんな面倒くさい状況にはなってねえんだよ。
俺は今日一日、次の街に向かうための足を確保するって用事でこの街を歩き回って疲れてるわけでな。早く終わらせて寝たいのよ。わかる?
サイキョウさんの愚痴に反応した誰かがまた殴られて吹き飛びます。
サイキョウさんにとっては何と言うこともない行動でしたが、ここに集まった彼らはサイキョウさんが何をしたのか全く見えませんでした。
彼らに理解できたのは、吹き飛んで動かなくなった同僚がいることと、それをサイキョウさんがやったという事実だけです。
そして、その事実からどういう相手が目の前に居るのかを理解した彼らは、一斉に顔色を悪くして押し黙りました。
静かになった彼らを見て、サイキョウさんは溜息を吐いた後で口を開きます。
夜も遅いが急ぎの案件でな。ガキが一人攫われたんだ。大事だろう?
だから、そういうことをやりそうな連中に心当たりがあれば情報をもらいたくてここに来たんだ。
……善良な一般人からのお願いだ。まさか断ったりはしないよな?
サイキョウさんの問いかけに、彼らは首を縦に振る以外の選択肢を採れませんでした。