サイキョウさんとリリムちゃん、旅に出る 2

文字数 2,321文字

 サイキョウさんが宿の人間に料理を指定した時間に持ってくるようにお願いした後で向かったのは、同じ宿に取っておいた、リリムちゃんが居るのとは別な部屋でした。
(流石に同じ部屋で寝泊りをするのはなぁ。仮にも王族だって話だし。女の子だし)
 もっと他に気を遣うべき点がありますよねぇ!?
 そんなリリムちゃんのツッコミが聞こえてきそうなことを考えた結果なのですが、サイキョウさんはサイキョウさんなりにしか気を遣えないので仕方がありません。
(それに、他人が居たんじゃ話せない相手もいる)
 サイキョウさんは部屋に入ると、椅子に腰掛けて溜息を吐きます。
 さて、あのお嬢ちゃんには何か考えがあるのかどうか。
 できれば何か案を出してもらいたいもんだがなぁ。
 ――おまえさんはどう思う? 何か出てくると思うかね?
 そして、誰も居ないはずの部屋の中で、誰かに向かって話しかけるように言葉を発しました。
 部屋の中にはサイキョウさん以外には誰も居ません。
 しかし、サイキョウさんははっきりと、誰かに向かって喋りかける口調で話しています。
 そして。
 どうでしょうな私にはわかりかねます
 少し時間を置いて。
 どこからともなく、サイキョウさんの発した声に反応するような音が聞こえました。
 同時に、部屋の中に異臭が漂い始めて――やがてそれが形を作ったかのような、見ているだけで正気を失ってしまうような異形が姿を現しました。
 それはサイキョウさんの目の前に、傅くように、うずくまる様に固まって音を作ります。
 経過報告に参りました主殿
 その音がそれの言葉、声なのでしょう。
 サイキョウさんは驚いた様子も無く、会話を続けます。
 おまえさんは相変わらず固いねぇ。良いように使ってる側が言っていいことなのかはわからんが。
 私が望んでやっていることです
 主殿が気にする必要はありません
 ……まぁおまえさん自身の好きにすりゃいいけど。
 ただひとつ聞いてもいいでしょうか
 何だ?
 なぜ場所を移す必要があったのでしょうか?
 あの子どもが居る場でも報告はできたのですが
 ガキがおまえさんを見たらそれだけで死んじまうよ。
 おまえさんは元々そういう存在だろうに。
 ……これは私も失念しておりました
 主殿のような人間は稀でしたな
 一言余計だっつの。嫌味を言いに来たのかおまえは。
 サイキョウさんは言われた内容に嫌そうに表情を歪めます。
 それはサイキョウさんの反応を見て奇妙な音を立てます。
 サイキョウさんの表情が更に嫌そうに歪みました。
 おそらく先ほどの奇妙な音は、それが笑ったか何かしたときの音なのでしょう。
 サイキョウさんは溜息を吐いて表情をリセットした後で、視線でそれに会話の先を促します。
 それは一頻り奇妙な音を立て続けた後で、サイキョウさんの視線に応じるように言葉を作ります。
 全てが終わったわけではありませんが
 ひとまず預かった物の処分は済みました故お届けに参りました
 それがそう言うと、部屋の中に突然大きな音が響きました。
 重量のある音の出所は、この部屋にあるテーブルの上です。
 見れば、そこには口の開いた大きな布袋が置かれています。開かれた口から覗くのは、金貨や銀貨などの貨幣、お金です。
 ……思っていたより多いな。そんなに価値のあるもの持ってたのか、あの連中。
 サイキョウさんがそれに頼んでいたことのひとつは、リリムちゃんの追手から巻き上げた品物の換金でした。
(命とどっちが大事だ、と聞いたときの連中の顔は傑作だったな)
 生きて逃げる権利の対価として身包みを剥がすというのが褒められた行為でないことは、サイキョウさんも理解しています。ただ、それを行うことに抵抗はないという、それだけの話です。
 人間の死体というのは思ったよりも需要があるものです
 少なくとも我らのような者には
 なるほどね。まぁ、金はあればあるだけいいからいいけど。
 ……今の住処を引き払う件と新しい住処を確保する件については今しばらく時間を頂きたく
 急いでたのは換金だけだ。他はゆっくりで構わんよ。
 目処が立つまではテキトーに旅行でもしてるさ。
 しかしまぁ、いつも頼ってしまって悪いな。正直助かってる。
 主殿から礼をいただけるだけでも十分です
 ……ではまた何か報告する内容があれば伺います
 それはそう告げると、まるで幻だったかのように、その場から姿を消しました。
 普通であればその場に染み付いて残ってしまいそうな異臭でさえも、一瞬で消えてしまいます。
 ただ、それは確かに居たのだという証拠のように、テーブルの上にお金の詰まった袋が残っていました。
 …………。
 サイキョウさんはやれやれと吐息を吐いた後で、テーブルの上にある袋の口を縛って閉じて手に持ちます。
 これだけあれば、まぁ、大抵の場所には行けるかな。
 手に持った袋の重さに対して、サイキョウさんがそんなことをぽつりと呟くと、
 お客様。ご注文の品をお届けに参りました。
 控えめなノックの音の後で、扉の向こうから声が響きました。
(……相変わらず出鱈目な奴だな、あれは)
 あれが現れてから、サイキョウさんとあれは少ししか会話をしていないはずですが――部屋の外ではもう随分と時間が経っていたようでした。
(これだから、他人がいるところではうっかりあいつを呼べないんだよなぁ)
 ……お客様? いらっしゃいませんか?
 ああ、待て待て。居るよ。今出る。
 扉の外から聞こえてくる声に、サイキョウさんはそう応じてから扉の方に向かいます。
(さて、お嬢ちゃんはちゃんと考えがまとまっていればいいんだがね)
 サイキョウさんはそんなことを考えながら、出来たての料理を受け取るべく扉を開きました。
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登場人物紹介

サイキョウさん。主人公。

得意なこと:体を使うこと全般
苦手なこと:異性や子どもとのコミュニケーション

一般的な常識を理解した上で、暴力という解決方法を採ることが多かったりする人。悪人でも善人でもない、俺ルールの行使者。

リリムちゃん。小さい姫さん。略してちいひめちゃん。
得意なこと:虚勢を張ること
苦手なこと:体を使うこと

トラブルメーカーそのいち。
遊興すれば襲われる、街を歩けば攫われるといいことなし。
サイキョウさんの理不尽な扱いにもそろそろ慣れてきた。

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