サイキョウさん、新しい住居で夜を過ごす 3

文字数 2,977文字

 サイキョウさんとアンリさんは、アンリさんに先導される形で新居の中を進んでいって、居間へと入りました。
 居間に置かれたテーブルの上には既に、いくつかの料理と何本もの酒瓶が乗っています。
 その状況を目にしたサイキョウさんは、感心したような表情で小さな口笛を吹き。

 アンリさんはそんなサイキョウさんが見せた態度に、満足そうに頷いてから言います。

 さぁ、主殿。立っていないで座ってくださいな。

 ゆっくりと楽しみましょう。

 サイキョウさんはアンリさんの言葉に頷きを返すと、テーブルに近づいて、その下に入れ込まれていた椅子を引っ張り出してから座りました。
 アンリさんも同じように椅子に座ったわけですが、彼女が選んだのはサイキョウさんのすぐ隣にある椅子でした。
 妙に距離が近いお二人でしたが、互いにとっては当たり前――あるいいは慣れたものなのでしょう。特に気にする様子もありませんでした。
 早速自分で酒を選んで手酌で飲み始めようとしたサイキョウさんを、アンリさんが咎めるような場面もありましたが。

 二人は互いのグラスにお酒を注いだ後で、軽く掲げるようにぶつけ合うと、それぞれ自分のグラスを傾けました。

 そして、グラスの中身を一口含むやいなや――サイキョウさんは少し驚いたような表情を浮かべて言います。
 ――これはまた、本当に上等なやつを持ってきたな。
 アンリさんはサイキョウさんの反応を見て、どことなく嬉しそうに見える笑みを浮かべながら口を開きます。
 だから言ったではないですか。

 とびきりのお酒を用意しましたよ、と。

 疑うつもりは勿論無かったが、想像以上だったもんでな。

 ……いやぁ、長生きはするもんだ。

 こんなにうまい酒が飲めるとは、ついぞ思っていなかったよ。

 ご満足いただけましたか?
 アンリさんの問いかけに、サイキョウさんはああと頷いてから言います。
 当然だ。

 これに文句をつけるのは、酒の味がわからない馬鹿だけだろう。

 そこまで言って頂けるのなら、用意した甲斐もあるというものです。
 とは言え、俺には少し過ぎた贅沢な気もするがね。

 ――まぁ、たまにはいいだろうさ。

 サイキョウさんはそう言って笑うと、グラスを勢いよく傾けて、中身を一息で空けてしまいました。
 アンリさんはそんなサイキョウさんの見せた飲みっぷりに、少し驚いたような表情を浮かべましたが、すぐに楽しそうな笑みへと変えて、サイキョウさんの空いたグラスに新しいお酒を注ぎます。
 それからしばらくの間は、特に会話らしい会話もなく、二人ともそれぞれお酒と肴を楽しんでいましたが。

 ふと何かを思いついた様子で、アンリさんが口を開いて言いました。

 主殿、ひとつ聞いてみたいことがあるのですが。
 ……うん? なんだ、何か気になることでもあるのか?
 サイキョウさんのその言葉を許可と受け取ったのか、アンリさんはそのまま話を続けます。
 先ほど玄関先でした話と似たようなものですが。

 ……主殿が誰かを助ける理由は何なのかが、少し気になりまして。

 アンリさんの質問に、なんだそんなことかと、サイキョウさんは何でもないことを話すように答えます。
 端的に言えば、縁があるとそう思ったからではあるが。

 ……そうだな、これじゃあ伝わりにくいか。

 一息。

 サイキョウさんはグラスを静かに傾けてお酒を一口含み、考えるような間を置いて飲み干してから続けます。

 今回の場合で言えば、あのガキが生きて前の住処に辿り着いたから、というのが理由になる。なぜかわかるか?
 サイキョウさんの問いかけに、アンリさんは首を横に振って応じました。だから、サイキョウさんは更に言葉を重ねます。
 ここもそうだが、俺の住む場所は大抵人里から離れた場所にある。

 今の世の中において、森や山というのは危険な場所だ。

 だから大抵の場合において、ガキがそこに一人で足を踏み入れるということは、死体がひとつ増えるのと同義なんだよ。

 ……実際に、街から家に帰る道中で死体を見かけたのも、二度や三度じゃきかん。

 サイキョウさんはそこまで言って、いったん言葉を切りました。

 アンリさんはその沈黙の間に、少し思案顔になって考えてから口を開きます。

 ……つまり、あの子どもが偶然家にまで辿り着いたから、面倒を見たということですか?
 字面だけなら、正解だな。
 どういう意味です?
 偶然という言葉に対する認識が、違うんじゃないかと思ってね。

 ……まぁ、大した差でもないんだろうし。

 色々と面倒だから端折って言ってしまうが。

 俺にとって偶然というものは、だいたいの人間が考える必然と似たような意味合いの言葉だ。要は、この世に起こる出来事は全て、起こるべくして起こっているという考え方だな。

 ……主殿は運命論者でしたか?
 おいおい、勘弁してくれよ。そんなもんと一緒にされちゃあ困る。

 なるようにしかならないものをそうだと受け入れて自ら考えて行動するのと、それらがあらかじめ決まっているものとして思考停止することは一緒じゃないだろう。

 笑ってそんなことを言ったサイキョウさんに、アンリさんは降参だと言わんばかりに溜め息を吐いてから言います。
 主殿が説明下手なのは十分理解しているつもりではいますが。

 もう少し簡単な、わかりやすい言葉を使っていただけませんか?

 アンリさんのそんな言葉を聞いて、サイキョウさんは悪い悪いと軽く謝ってから言いました。
 極めて簡単に言うならば。

 結局のところは、そういう気分になったからそうしたというだけの話でしかないんだがね。

 何かが違えば早々に切り上げたかもしれないが、そうはならなかった。だから今、俺はこうしておまえさんと酒席を楽しんでいる。

 ただただ、それだけの話だよ。

 アンリさんはサイキョウさんのそんな言葉を聞いて、がっかりした様子も見せずに、なるほどと頷きます。
 ようするに――何も理由など無かったのですね。
 今を楽しんで生きるタチなもんでな。悪いね。
 いいえ、面白い話を聞けたと思っていますよ。

 ……本当に、羨ましい考え方をしていらっしゃる。

 

 馬鹿にされてるようにしか聞こえないんだが?
 どう捉えるかは、主殿にお任せしますよ。
 その返し方じゃ肯定してるのと変わらねえよ……。
 そう言って、サイキョウさんはうんざりした様子で吐きかけた溜め息を飲み込むように、お酒に口をつけました。
 アンリさんはそんなサイキョウさんの反応を見て、楽しそうに笑った後で言います。
 まあまあ、主殿。そう機嫌を悪くしないでくださいな。

 こんなのは、長い夜を過ごすための雑談でしかありません。

 ――まだおいしいお酒も肴も残っているのですから。

 楽しまなければ損ですよ?

 そしてそう言うと、サイキョウさんが空けたグラスに新しく開けたお酒を注ぎました。
 サイキョウさんはしばらくの間、不機嫌そうな表情でアンリさんによってお酒が追加されたグラスを眺めていましたが。

 やがてそれにも飽きたのか、溜め息を吐いて表情を戻すと、そのグラスを手に取って。

 ……まぁ、それもそうだな。

 関わっちまった面倒事と自分の気分に区切りがついた、酒を楽しむには最高の夜だ。そこに上等な酒があるんだから、申し分も無い。

 せいぜい楽しく飲むとしよう。

 そう言ってから、再びその中身を空にするのでした。
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登場人物紹介

サイキョウさん。主人公。

得意なこと:体を使うこと全般
苦手なこと:異性や子どもとのコミュニケーション

一般的な常識を理解した上で、暴力という解決方法を採ることが多かったりする人。悪人でも善人でもない、俺ルールの行使者。

リリムちゃん。小さい姫さん。略してちいひめちゃん。
得意なこと:虚勢を張ること
苦手なこと:体を使うこと

トラブルメーカーそのいち。
遊興すれば襲われる、街を歩けば攫われるといいことなし。
サイキョウさんの理不尽な扱いにもそろそろ慣れてきた。

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