サイキョウさん、新しい住居で夜を過ごす 3
文字数 2,977文字
サイキョウさんとアンリさんは、アンリさんに先導される形で新居の中を進んでいって、居間へと入りました。
居間に置かれたテーブルの上には既に、いくつかの料理と何本もの酒瓶が乗っています。
その状況を目にしたサイキョウさんは、感心したような表情で小さな口笛を吹き。
アンリさんはそんなサイキョウさんが見せた態度に、満足そうに頷いてから言います。
サイキョウさんはアンリさんの言葉に頷きを返すと、テーブルに近づいて、その下に入れ込まれていた椅子を引っ張り出してから座りました。
アンリさんも同じように椅子に座ったわけですが、彼女が選んだのはサイキョウさんのすぐ隣にある椅子でした。
妙に距離が近いお二人でしたが、互いにとっては当たり前――あるいいは慣れたものなのでしょう。特に気にする様子もありませんでした。
早速自分で酒を選んで手酌で飲み始めようとしたサイキョウさんを、アンリさんが咎めるような場面もありましたが。
二人は互いのグラスにお酒を注いだ後で、軽く掲げるようにぶつけ合うと、それぞれ自分のグラスを傾けました。
そして、グラスの中身を一口含むやいなや――サイキョウさんは少し驚いたような表情を浮かべて言います。
アンリさんはサイキョウさんの反応を見て、どことなく嬉しそうに見える笑みを浮かべながら口を開きます。
アンリさんの問いかけに、サイキョウさんはああと頷いてから言います。
サイキョウさんはそう言って笑うと、グラスを勢いよく傾けて、中身を一息で空けてしまいました。
アンリさんはそんなサイキョウさんの見せた飲みっぷりに、少し驚いたような表情を浮かべましたが、すぐに楽しそうな笑みへと変えて、サイキョウさんの空いたグラスに新しいお酒を注ぎます。
それからしばらくの間は、特に会話らしい会話もなく、二人ともそれぞれお酒と肴を楽しんでいましたが。
ふと何かを思いついた様子で、アンリさんが口を開いて言いました。
サイキョウさんのその言葉を許可と受け取ったのか、アンリさんはそのまま話を続けます。
アンリさんの質問に、なんだそんなことかと、サイキョウさんは何でもないことを話すように答えます。
一息。
サイキョウさんはグラスを静かに傾けてお酒を一口含み、考えるような間を置いて飲み干してから続けます。
サイキョウさんの問いかけに、アンリさんは首を横に振って応じました。だから、サイキョウさんは更に言葉を重ねます。
ここもそうだが、俺の住む場所は大抵人里から離れた場所にある。
今の世の中において、森や山というのは危険な場所だ。
だから大抵の場合において、ガキがそこに一人で足を踏み入れるということは、死体がひとつ増えるのと同義なんだよ。
……実際に、街から家に帰る道中で死体を見かけたのも、二度や三度じゃきかん。
サイキョウさんはそこまで言って、いったん言葉を切りました。
アンリさんはその沈黙の間に、少し思案顔になって考えてから口を開きます。
偶然という言葉に対する認識が、違うんじゃないかと思ってね。
……まぁ、大した差でもないんだろうし。
色々と面倒だから端折って言ってしまうが。
俺にとって偶然というものは、だいたいの人間が考える必然と似たような意味合いの言葉だ。要は、この世に起こる出来事は全て、起こるべくして起こっているという考え方だな。
おいおい、勘弁してくれよ。そんなもんと一緒にされちゃあ困る。
なるようにしかならないものをそうだと受け入れて自ら考えて行動するのと、それらがあらかじめ決まっているものとして思考停止することは一緒じゃないだろう。
笑ってそんなことを言ったサイキョウさんに、アンリさんは降参だと言わんばかりに溜め息を吐いてから言います。
アンリさんのそんな言葉を聞いて、サイキョウさんは悪い悪いと軽く謝ってから言いました。
極めて簡単に言うならば。
結局のところは、そういう気分になったからそうしたというだけの話でしかないんだがね。
何かが違えば早々に切り上げたかもしれないが、そうはならなかった。だから今、俺はこうしておまえさんと酒席を楽しんでいる。
ただただ、それだけの話だよ。
アンリさんはサイキョウさんのそんな言葉を聞いて、がっかりした様子も見せずに、なるほどと頷きます。
そう言って、サイキョウさんはうんざりした様子で吐きかけた溜め息を飲み込むように、お酒に口をつけました。
アンリさんはそんなサイキョウさんの反応を見て、楽しそうに笑った後で言います。
そしてそう言うと、サイキョウさんが空けたグラスに新しく開けたお酒を注ぎました。
サイキョウさんはしばらくの間、不機嫌そうな表情でアンリさんによってお酒が追加されたグラスを眺めていましたが。
やがてそれにも飽きたのか、溜め息を吐いて表情を戻すと、そのグラスを手に取って。
そう言ってから、再びその中身を空にするのでした。