サイキョウさん、新しい住居で夜を過ごす 2

文字数 1,841文字

 知り合いへの対応を考えながら新居の扉を開いたサイキョウさんでしたが。

 扉を開いた先に待っていたのは、誰も居ない空間――ではなくて。

 おかえりなさいませ、主殿。
 リリムちゃんたちが居た屋敷からサイキョウさんよりも先に立ち去ったアンリさんの、小さな笑みを浮かべながら出迎える姿がそこにありました。
 ただ、サイキョウさんはアンリさんが居ることを予想していたようで。特に驚いた様子もなく言います。
 ……やっぱり来てたか。

 物好きだねぇ、おまえさんも。

 アンリさんはサイキョウさんの物言いには慣れているので、気軽な調子で応じます。
 きちんと対価を頂いておかなければ、悪魔としての立場がありませんもの。

 ――まぁそれは建前ですけどね。

 アンリさんはそれはそれは楽しそうな笑みを浮かべながら続けます。
 他者が納得し得る理由がなければ、あなたと一夜を過ごすことさえ難しいのです。

 その理由がある今日このときに、私がここに居るのは当然のことでしょう。

 人間なんて軽く滅ぼせる力を持っていても自由に立ち振る舞えないとは。

 世の中ってのはほんと、よく出来てるもんだと思うよ。

 その程度であればこなせる者など、ざらに居るでしょう。

 自慢にもならないことです。

 ――もっとも、そんなつまらないことに時間や手間を割く馬鹿の方は、滅多にいないでしょうけれど。

 違いない。
 サイキョウさんはアンリさんの言葉を聞いて、おかしくてたまらないと笑い出しました。
 アンリさんもサイキョウさんの笑い声につられるように笑みを少し深めた後で、言葉を続けます。
 ――立ち話はここまでにしておきましょう。

 折角の機会なのですから、ここで時間を浪費するのは勿体無い。

 そしてそう言うと、アンリさんはサイキョウさんに背を向けて、家の奥に向かって歩き出そうとした――のですが。
 その背中を止めるように、サイキョウさんが言葉を繋げます。
 ……前にも聞いた覚えはある気がするんだが。

 おまえらは、どうしていつもそんな感じなのかね?

 サイキョウさんの質問に、アンリさんは足を止めると、首だけを傾けて振り返りながら言います。
 ……それは、どういう意味でしょう?
 そう聞くアンリさんの表情に浮かぶのは、単純な疑問符です。

 サイキョウさんはその疑問符に答えるように言葉を作ります。

 単純な話さ。何でおまえさんらはそんなに好意的な姿勢を見せるのかがわからないって、そういう話でな。

 ……俺は使えるものなら何でも使う性質だから、遠慮なく頼らせてもらっているがね。それに対する対価は、その殆どがささやかなもんだ。

 だから、普通の人間であるところの俺はたまにこう思うわけだ。

 おまえさんらはいったい何を考えて、俺に付き合ってるんだろうな、と。

 サイキョウさんが告げた疑問に、アンリさんはああと何か納得した様子で頷いた後で、なんでもないことを言うような気軽さで答えます。
 それは、別段難しい話ではありませんよ。

 ――私たちはそれなりに強いせいで、自らの承認欲求を満たす機会に乏しいのです。

 天使であれば神が在るのでしょうが。

 私たち悪魔にはそういうものはない。

 だからこそ、あなたのような存在を有り難がるのです。

 サイキョウさんはアンリさんの返答を聞いて、なるほどな、と納得したような表情で頷いてから言います。
 ――はは、いい回答だ。これ以上ないほどわかりやすい。

 ああ、納得したよ。

 そしてそうだと言うのなら、頼れるだけ頼っておくとしよう。

 

 ええ、是非そうして下さい。

 ――ただ、私たちにも飽きや呆れの感情はありますので。

 そのことは十分にご考慮の上、用心してご活用くださいね?

 ああ、肝に銘じておこう。
 サイキョウさんとアンリさんはそんな言葉を交わしながら、互いに口端をつり上げるような笑みを浮かべました。
 それから、少しの間だけ沈黙が降りて。

 アンリさんはサイキョウさんから視線を外すと、家の奥に向かって歩き出します。

 ――ふふ、じゃれ合いはここまでにしておきましょうか。

 今夜はとびきりいいお酒と肴を用意してあるんです。どうぞ中へ。

 俺の家なんだけどね。いいけどさ。

 ――ただな、わかってると思うが。俺は酒にはうるさいぞ?

 ええ、勿論存じておりますとも。

 今夜の品は主殿にもきっとご満足いただけると、確信していますわ。

 そりゃあ楽しみだな。
 そしてそんな会話を交わしながら、サイキョウさんもアンリさんの後を追うように、家の奥へと進んでいくのでした。
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登場人物紹介

サイキョウさん。主人公。

得意なこと:体を使うこと全般
苦手なこと:異性や子どもとのコミュニケーション

一般的な常識を理解した上で、暴力という解決方法を採ることが多かったりする人。悪人でも善人でもない、俺ルールの行使者。

リリムちゃん。小さい姫さん。略してちいひめちゃん。
得意なこと:虚勢を張ること
苦手なこと:体を使うこと

トラブルメーカーそのいち。
遊興すれば襲われる、街を歩けば攫われるといいことなし。
サイキョウさんの理不尽な扱いにもそろそろ慣れてきた。

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