サイキョウさんとリリムちゃん、最後の騒動を終わらせる 9
文字数 2,760文字
サイキョウさんの言葉に応じるように、ちょっと拗ねるような声音でそんなことを言いながら突然姿を表したのは、一人の女性でした。
彼女はサイキョウさんの隣に降り立つと、片膝をつき、頭を下げて言います。
彼女――アンリさんはそう言うと、サイキョウさんからの言葉を待つように、そのままの姿勢で身動きを止めました。
突然現れたアンリさんを見て、驚いたように目を見開いているリリムちゃんと刺客でしたが――その表情には驚きよりも、純粋な恐怖の色が強く出ていました。
その理由は単純で。
アンリさんが放つ威圧感が尋常ではなかったからです。
それは狩猟者が獲物に与えるものと同じ――立場、あるいは格の違いを理解せしめる類のものでした。
捕食者と被捕食者。
奪う者と、失う者。
視界に入っているだけでそんな関係を容易く想起できるほどに、アンリさんは恐ろしい存在なのだと、リリムちゃんと刺客は一瞬で理解したのです。
ただ、それはあくまでもその二人から見た場合の話です。
呼び出した本人であるサイキョウさんは当然、そんなことを気にするはずもありません。
むしろ、そんな力を見せびらかすようにしているアンリさんに対して、うんざりしたような様子でそんなことを言っていました。
サイキョウさんの言葉に、アンリさんは照れたような声音でそう応じます。
そしてそれとほぼ同時に、リリムちゃんと刺客が感じていた威圧感が消えて――二人はようやく、思い出したように呼吸を再開しました。
そんな二人の様子を眺めた後で、サイキョウさんは溜め息を吐いてからアンリさんに向かって口を開きます。
サイキョウさんはそう言って、自嘲するような笑みを浮かべましたが。
アンリさんはそう言って、むしろ嬉しそうに笑うのでした。
しかし、そんな笑みを浮かべていたのは一瞬だけのことでした。
次の瞬間には笑みを消して、サイキョウさんに確認するように問いかけます。
アンリさんからの問いかけに、サイキョウさんは頷いて言います。
サイキョウさんの言葉を聞いて、リリムちゃんと刺客の二人はほぼ同時に素っ頓狂な声をあげていましたが、どこ吹く風とサイキョウさんは気にした様子もありません。
ただ、アンリさんも思うところはあるのか、すぐに命令を実行するようなことはせずにサイキョウさんに問いかけます。
サイキョウさんはアンリさんの言葉に笑って応じます。
アンリさんはサイキョウさんのことをよく知っているので、自分の意見を基本的に曲げないことも理解しています。
そう考えてから、アンリさんは立ち上がると、リリムちゃんの方へと近づいていきました。
今でこそ感じることが出来なくなっているものの、元々アンリさんが放っていた威圧感を覚えているリリムちゃんからすれば、その接近は命を奪われる可能性も十分に想像させられる行動です。
怯えが過ぎて、むしろ攻撃的な言葉遣いになってしまうのも無理からぬことだったでしょう。
ただ、あくまでアンリちゃんが従うのはサイキョウさんであってリリムちゃんではありません。
リリムちゃんの言葉を反抗と受け取ったのか。
アンリさんは鋭い目つきで見据えながらそんな言葉を口にしました。
リリムちゃんはアンリさんの言葉に短い悲鳴をあげた後で、その言葉通りに身動きを止めました。
サイキョウさんはそんな二人の様子を見て、残念なものを見るような目つきで溜め息を吐いていましたが。
そんなサイキョウさんの反応をよそに、アンリさんは言葉通りに――主であるサイキョウさんの要望を叶えるための作業を実施します。
とは言え、その作業そのものもアンリさんの言葉通りに一瞬だけの出来事でした。
アンリさんがリリムちゃんの眼前に手のひらを示し、そう呟いた直後に一瞬だけ目が眩むような閃光が走り――それ以上の何かは起こることもありませんでした。
あまりにも呆気なく終わってしまった出来事に、リリムちゃんが思わずそう呟きます。
刺客のほうも、口には出さないものの、アンリさんの行動に対して本当にそうなったのかどうかがわからないために、疑問符だけが頭に浮かんでいる状態でした。
その作業が正しく完了したことを認識しているのは、この場においては行為者であるアンリさんと、命令者であるサイキョウさんだけでしたが。
その二人からすれば、作業の対象者である二人が自分たちの身に起こった出来事を認識しているかどうかは問題ではありません。
サイキョウさんの言葉を聞いて、アンリさんは一度頭を下げると、その場から忽然と姿を消しました。