第27話 つまり、ふたりは性的な行為をするために、ホテルへ入ったということか

エピソード文字数 3,033文字

 携帯端末が鳴った。開いてみると、柳井からメッセージが届いていた。

『ごめんなさい。柳井です。そっちに行くつもりだったんだけど』

『なにがあった?』と返事を出す。

『池永さんが教室を出ていったから、後をつけたんだけど、飼育小屋じゃなくて、そのままロッカーまで行っちゃって。学校を出たあとも、尾行してます』

「どうやら、約束は、すっぽかされたらしい」俺は苅部に向けて言った。

「すっぽかすって、変な言葉だよね。語源はなんだろう?」おかしなことを言いはじめた。

「すっぽんが関係しているだろうな、きっと」もちろんジョークだった。でたらめである。

「柳井さんも来ないの?」急に話が元の路線に戻る。

「そうらしい。なぜか、池永を尾行してくれている」

「どうしたんだろうね、池永さん、何か用事でもあったのかな」

「それでも、一言くらいあっても良さそうなものだ」俺は言った。「池永によって、俺と苅部の時間が、三十分も盗まれたことになる」

「僕は、阿喰くんと一緒にいられて、結構楽しかったけど」

「楽しかったのであれば、良いが」

 しりとりなどという原始的なゲームで、よく楽しめるものだ。もちろん、しりとりをしよう、と言いだしたのは苅部である。

「じゃあ、今日はどうする? 帰ろっか?」

「仕方ない。そうしよう」

 荷物を教室に置いたままだったので、第三多目的室へと戻った。

 まだ雑賀は教室にいた。いまは、世界史の資料集をじっと眺めているところだった。

「どうなったの?」雑賀は顔をあげ、こちらを見た。

「どうもなっていない」俺は言った。「約束は破られた」

「そう」雑賀は興味を失ったようで、資料集に視線が戻った。

 鞄を手にしたところで、また柳井からメッセージが届いた。

 『激写』という二文字に、画像データが添付されている。

 その画像を開いてみると、街中で三十代と思しき男と腕を組んで歩いている池永の姿が映っていた。

『デートなら、仕方ない』俺は返事をした。

『いまね、学校から六駅くらい離れたところにいます。いつまで尾行をつづけたらいい?』

『いつやめても良い』そもそも、頼んでいなかった。『池永と男性の関係は、親子のように見えるか、それとも恋人のように見えるか、どちらだ?』

『親子って感じはしないなぁ。恋人じゃない? わからないけど』

 特に感想はなかった。池永の恋愛事情には、まったく興味がない。

 そもそも、俺は自分の恋愛にさえ興味がないのだ。雑賀との関係がどうなっているのか、よくわからない。つきあう前と、何が変わったわけでもない。ちょっと席が近くなったくらいだ。会話量もほとんど増えていない。膝枕だってしてもらっていない。

『激写しちゃいました。これは、本当に激写』というメッセージが送られてきた。

 画像を開くと、池永と男のふたりが、小綺麗な建物に入ってくところが映っていた。門の近くには、椰子の木のような植物が植えられている。やや南国風だった。付近には看板が立っていて、ショート、休憩、宿泊などの文字が見える。ショートは八十分で二千円。休憩が三時間で五千円となっていた。宿泊の金額は、角度と画質の問題でよく見えなかった。

『三時間も休憩をするなら、家に帰ったほうが良いと思う』俺は返事をした。

『いや、そうじゃなくて、この写真の意味、わかってる?』

『意味には様々な意味がある(冗談ではない)。作品にこめられた意図などのことを、意味というようだが、この偶然取れたような写真に、どのような意図があるんだ?』

『ラブホテルに、大人と入ってるんだよ?』

 そうか、この建物がラブホテルというのか、とはじめて認識した。似たような建物は街で幾度か見かけていたが、単なる宿泊所、あるいは休憩所であるとしか理解していなかった。それにしては料金が高いと思っていた。

『つまり、ふたりは性的な行為をするために、ホテルへ入ったということか』

『性的な行為って、なんかいやらしい言い方だね』

『正確な表現を試みただけだ』

「阿喰くん、帰らないの?」苅部が、すでに帰る仕度を終え、待機していた。

「帰ろう」

 雑賀に別れを告げ、俺と苅部は教室を出た。

「誰と話してたの?」

 正確にはメッセージを交換していただけだ。しかし、デジタルネイティブな世代にとって、メッセージの交換は、会話に等しい。現実世界で話すよりも、メッセージを交換しているほうが気が楽だ、という人間さえいる。好きなときに、好きなように言葉を返すことができるのだ。端末を通じた会話は、本来の会話が持つスリリングさ、面白さは減るが、安全性は上がる。

「ねえ、教えてくれないの?」

 苅部の質問に対して思考に没頭していた結果、返答するのを忘れていた。

「柳井だ。画像が送られてきてな」

「どんな画像?」

「ちょっと待て」

『苅部にも画像を見せて良いか?』とメッセージを送る。

 本文には、『良いよ。ふたり、しばらくホテルから出て来ないだろうし、帰ります』と書かれていた。

 苅部は廊下の途中で立ち止まり、俺の端末に表示された画像をじっと見ていた。

「すごいね、これ」

「愛し合っているのであれば、性交に至るのは自然だ。なんらすごいことではない」

「えっと、阿喰くんって、童貞じゃないの?」

「未経験だ」俺は正直に答えた。「性というのはデリケートな話題だ。俺にとってはどうでも良い問題だが、人によっては深刻な問題だ。あまり、他人に直接的に尋ねないほうが良いぞ」

 気配りのできる俺は、苅部が他の場所で空気を悪くしないよう、注意しておいた。

「阿喰くんだからきいたんだよ」

「舐められている、ということか」

「違う違う。阿喰くんなら、怒ったりしないだろうなって、信頼してきいたの」

 それは甘えではないか、と感じたけれども黙っておいた。甘え、甘えるのが人間関係だ。

「関心はないが、礼儀として、一応きいておこう。苅部は、性経験があるのか?」

「あるような、ないような」微笑む。

「曖昧だな」

「そうなんだよね。まあ、僕にも、いろいろあるのさ」

「いろいろのない人間など存在しない」俺は言った。「自身の性体験について言いたくないのであれば、尚更、性の話題を他人に振るのはやめておいたほうが無難だ」

「うん、そうなんだけどね。でも、気になったから」

 俺の性体験が気になるとは、不思議な男だった。

「雑賀さんとは、もうキスとかした?」

「いや、していない」俺は言った。「手はつないだ」

「そうなんだ。どうだった?」

「どうだったと言われても、特に感想はない。ああ、手を繋いだな、というだけのこと。そんなに大したことでもあるまい」

「そうかなぁ。女の子の手って、ふわふわしていて、さわり心地が良いじゃない?」

 俺は苅部の手をつかんだ。

「きみの手のほうが、雑賀よりも綺麗だぞ。ふわふわだ」

 雑賀は全体的に肉づきが悪いのである。

 苅部は、さっと手を引いた。

「急につかまないでよ。びっくりするじゃん」なぜか頬を赤く染めている。

「手を繋ぐのは、大したことではない」

「大したことだよ。どきどきするし」

「どきどきしたのか?」

 俺の質問に、苅部は答えなかった。
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