第37話 セックスは面倒だが、メロンソーダを飲めるならば我慢しようと思った

文字数 3,312文字

 俺は柳井とキスをした。正直なところ、キスは、したくないというわけでもなければ、したいというわけでもなかった。どうでも良かった。感想もない。手で触れるのと、唇が触れるのと何が違うのだろう、と思う。

「ごめんね」柳井は申しわけなさそうだった。

「非常事態だ。仕方がないと言える」俺は言った。「柳井は、良かったのか?」

「うん、まあ、阿喰くんって、あんまり人間って感じがしないし」失礼な。「それに、なんだかね、阿喰くんなら良いかなって」

 そう言って、柳井は力なく微笑んだ。

 あとで雑賀には謝っておいたほうが良いだろうか。あるいは、秘密にしておけば問題はないのではないか、とも思える。しかし、それは誠実ではないかもしれない。わからない。

 そうしていると、柳井の端末が震えた。画面を見て、動きを止める。

「どうしよう」助けを求めるような表情だった。嫌な予感がした。

「どうしたんだ?」ききたくなかったが、きいた。

「次は、その、セックスをしろって」

「なるほどな」俺は微かな希望を込めて言った。「誰と、誰がするんだ?」

「わたしと、阿喰くん」望みは粉々に砕け散った。

 性行為は、俺には、まだ早い。大人になってからで良い。勘弁して頂きたいものだった。

「きみの秘密を暴露されるのと、俺と性的な行為を行うのでは、どちらがマシだ?」

「僅差で、セックスがマシかな」

「僅差ならば、秘密をばらされてくれ」俺を巻きこまないで欲しかった。

「なんか、そこまで拒絶されたら、傷つくなぁ。わたし、そんなに魅力ないかな」

「じゃあ、セックスをしたことにして、それで解決にしよう」俺は言った。「犯人には、セックスをつつがなく終えたと報告しておいてくれ」

「ちゃんと、してる最中の写真を送れって書いてある」

「うまいこと、モザイクとか、撮影の角度とかで、どうにかならないか?」

「そんなの、無理だよ」

「途中まで俺で、実際に行為をするのは、別の男とか無理だろうか? 柳井は、恋人とかいないのか?」

「いるわけないでしょ。わたし、全然モテないし」

「まあ、顔はそこそこ良いし、体も成熟しているのだから、モテないことはないだろう」

「わたしじゃ、ダメ?」

「ダメというわけでもないが」おかしなことになっているな、と感じた。「困る」

「ねえ、阿喰くん」上目遣いをする。「お願い。わたしを、助けてくれない?」

 俺は十一秒考えたが、思考がまとまらない。大抵のことは十秒思考すれば解決する。しかし、どうすれば良いのか、わからなかった。十二秒、十三秒と時間は過ぎていく。十五秒で、諦めた。

「わかった」

 仕方ない、と諦める。長い人生、諦めも肝心だろう。それに、そこまで性行為をしたくないというわけでもない。してもしなくても、どうでも良い。些細なことだと言える。本当は嫌だったが、そう思い込むことにした。

 うんざりとした気分になりつつ、柳井と共に学校を出た。

「どこでするんだ?」さっさと終わらせたかった。

「隣の駅に、カラオケがあるみたい」柳井は端末を見ていた。「そこでしろって」

「そういうのは、違反では?」

 公序良俗とかに違反していると思う。迷惑防止条例などにも違反しているかもしれない。

「でも、みんな、結構してるみたいだよ」

「料金は、どうするんだ?」

「わたしが払うから」

「そうしてくれるとありがたい」近頃、尾行などをしていたので、交通費で金欠なのである。

 電車に乗って、隣の駅へと移動した。目当てのカラオケボックスは、駅のホームから看板が見えていた。改札を出て、三分ほど歩いたところにあった。一階はTSUTAYAが入っていて、二階から四階にかけてカラオケボックスになっていた。階段を上って二階の受付へ進む。

 受付の近辺で待っている人は、誰もいなかった。空いている時間帯らしい。俺は利用したことがなかったので、受付は柳井に任せることにした。カラオケは、無料でドリンクが飲み放題らしい。素晴らしいシステムだと言える。折角の奢りなのだから、存分に飲んでおこうと思った。まずは、大好きなメロンソーダをコップに注いだ。セックスは面倒だが、メロンソーダを飲めるならば我慢しようと思った。

 幸いなことに、奥の部屋が割り当てられた。もしも受付の近くの席であれば、どうやって行為をすれば良かったのだろう。一瞬で脱ぎ、さっと入れて、さっと抜くのだろうか。なんとも風情のないことである。まあ、べつにそれでも構わないけれど。むしろ、そのほうが良いかもしれない。

 部屋は暗かった。俺と柳井は、隣り合うようにして席についた。

「監視カメラとか大丈夫なのか?」俺はきいた。

「このカラオケ店の系列は、部屋に監視カメラがないって、公式サイトに書いてあるんだって。友達が言ってたけど……。だから、手軽に使えるんだってさ」

「じゃあ、するか」俺は言った。「どうすれば良いんだ?」

「なんか、ロマンチックが足りない」

「そういうものを求められても困る」俺は、この世でもっともロマンに欠ける男だ。

 柳井は、そっと手を俺の太腿に置いた。少しくすぐったい。

「あの、わたしも未経験だから、よくわからないけど、頑張るから」

 柳井の手は、徐々に太腿から足の付け根のほうへと移動していく。そのまま股間を撫でられる。果たして正常に機能するかどうか不安だった。しかし、俺の不安はすぐに解消される。さすがに撫でられると気持ちが良い。問題なく硬度は増していき、窮屈になった。

「すごい。硬いんだね。出して良い?」

 公衆の面前、というわけではないが、安心できる場所ではない。風呂場以外で露出させるのは、はじめてだった。多くの人間がそうだろう。物心がついて以来、自室でも出したことはないと思う。下着まで着替えるときは、いつも風呂場かトイレで着替えることにしていた。

 柳井は俺の返答を待たず、チャックを下ろし、下着のなかに手を突っんだ。

 外気に触れた。

「でかくない?」

「他の人と比べたことがないので、わからない」

「こんなの入るかな」柳井は言った。

「それは、俺の問題ではない。きみの問題だ」

「うん。まあ、頑張ってみる」そして柳井は耳元に顔を寄せてきた。「わたしもさわって」

 手を取られる。太腿へと導かれた。柳井の太腿は太かった。太腿なのだから当然かもしれない。脂肪がついている。さわり心地は悪くなかった。そういえば、太腿と大腿と、同じ部位を指す言葉が二つあるけれど、どう違うのだろうかと考えた。いや、よく考えてみると太股もある。三種類もあるのだ。不思議なものだった。

「ねえ、興奮してる?」

「太腿について考えていた」なぜ三種類も表記法があるのか。不思議だ。

「太腿、好きなの?」

「人体のなかで、特に好きなパーツはない」俺は言った。「柳井には、好きなセロハンテープがあるか? それと一緒だ」

「わたしは、ニチバンのセロハンテープが好きだけど」

 まあ、そういう人もいるだろう。レアケースだと言える。

 それからしばらく、柳井の太腿をさわった。その先をさわるよう促されたので、さわってみた。とにかく熱いということだけはわかる。そして濡れていた。不快な粘液が指についてきた。とても手を洗いたくなったが、我慢した。

「わたしも、興奮してるみたい」柳井は、上気した声で言った。「入れていい?」

「構わん」本当は構うのだが我慢した。

「じゃあ、するね」と言って、柳井は俺の体にまたがってきた。柳井の胸部が眼前に広がる。豊満ではあるが、こんな脂肪の塊がついていて、日常生活で不便はないのだろうか、と思った。

 ゆっくりと体が下ろされていき、そして粘膜が接触しようとした、そのとき。

「ちょっと待ったぁ」ドアを開けると同時に、声がかかった。

 そこにいたのは、苅部だった。後ろには雑賀の姿もある。

 はたして、俺は助かった……のだろうか?
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