第11話 栗の花の匂いとは?

エピソード文字数 3,388文字

 四時間目が終わるまでは、休み時間も短いので、行動に出ることはできなかった。

 昼休みとなる。ひとまず、昼食を四人で摂ることになった。ようやく特別クラスがまとまりはじめたような気がした。

 教室の窓側に置かれた、ふたつの机を合体させる。教室の前方、ホワイトボード側にハーモニーと苅部が隣り合って座った。そして、向かい合うようにして俺と雑賀が並んで座る。普通は、俺と苅部、ハーモニーと雑賀という組み合わせではないかと思われるが、なかなか誰も雑賀の隣に座ろうとしなかったので、仕方なくこうなった。

 ハーモニーはサンドイッチである。苅部は弁当で、俺はあんパン。そして雑賀は、野菜ジュースとウイダーinゼリー、それにカロリーメイトだった。

「毎日同じものを食べて、美味しいのか?」俺は雑賀に尋ねた。

 俺が観察する限り、雑賀は毎日同じメニューだ。もしかしたら、カロリーメイトの味が違うのかもしれないが、その程度の差違しかない。

「あなたのような、アンパンマンにだけは言われたくない」

「俺はアンパンマンではない」ついでに言えばカレーパンマンでもない。「あんパンは美味しい。そのゼリーは、美味しいのか?」

「一口食べてみる?」雑賀は、口にしていたウイダーinゼリーを俺のほうに向ける。

「頂こう」迷わず吸いついた。

「ちょっと。冗談だから。ああ、もう」雑賀は俺を睨む。

「冗談だったのか。すまない」俺は口を離して言った。

「やーい。間接キスしてやんの」ハーモニーがはやし立てる。

「僕も一口もらっていい?」苅部が空気を読まずにきく。

 雑賀は、二秒ほどウイダーinゼリーの口につける部分を見ていたが、そのまま苅部に渡した。

「汚染されたから、苅部、あなたに恵んであげる」汚染扱いされていた。

「やった。ありがとう」苅部は満面の笑みで受け取る。

 他人から食事を奪うなど、意地汚いやつだ。

「わあ、乱交よ。乱交。不潔だわ」ハーモニーの口調が、若干、おかしなことになっていた。

「ハミルさんも飲む?」苅部が飲み口から口を離してきいた。

「要らない」

 食事を終えて、ようやく本題に入ることができる。

「まず、最終目標を決めよう」俺は言った。「雑賀の靴を盗んだ犯人を見つけだし、そのあと、どうするんだ?」

「半殺しにしましょう」雑賀が毒を吐いた。実際に毒物を吐き出した、ということではない。

「そういうのは、よくないと思うなぁ」苅部が毒を中和する。「あのさ、靴って高価でしょ? ちゃんと謝ってもらって、弁償してもらって、仲直りできないかなぁ」

「仲直りというのは、もともと仲の良かった人との間でのみ可能」雑賀は言った。「わたしに仲の良い人間はいないので、仲直りなどできない」

「どうするかなんて、犯人を見つけてから決めたら?」ハーモニーが口を挟む。「まずは、どうやって犯人を捕まえるのかを議論したほうが良くない?」

「一理ある」俺はうなずいた。「まず、犯行の手口を考えよう。ロッカーには鍵がかかっていたはずだ。それを、どうやって開けて靴を盗んだのか。あるいは雑賀が鍵をかけ忘れたのか」

「わたしは、そこまで間抜けじゃない。鍵は掛けていました」

「あの鍵って、何通りあるのかわからないけど、そう簡単には開けられないよね」と苅部。

 ロッカーにはダイヤル式の鍵がかかっていた。零から九までの数字が、四つ横に並ぶタイプのものである。数字に関しては、各自で設定することができる。

「十の四乗」雑賀は言った。「一万通り」

「ひとつ合わせるのに三秒として」俺は言った。「三万秒は必要な計算になるな」

「三万秒って、何秒?」苅部がきく。

「三万秒は三万秒だ」俺は答えた。

「間違えた。何分?」苅部がさらに尋ねる。

「八時間二十分」と雑賀が補足する。「あなた、わかっているのにきいていますね? あるいは、本当にバカなの?」

「ごめん。計算が面倒で」苅部は正直者のようだった。「八時間二十分も、人のロッカーをガチャガチャできるかな? すごく怪しいと思うけど」

 毎日、十分ずつチャレンジしたとしても、すべての数を試すのに五十日もかかる。

「雑賀、あんた、ロッカーの番号は何番にしてた?」ハーモニーが尋ねる。

「機密情報なので」雑賀は答えなかった。

「誕生日にしてない?」

 雑賀は黙ってハーモニーを睨む。

「なぜ、それを知っているのです。番号を知っているということは、あなたが犯人ですね」と雑賀は言った。

 どうやら図星だったらしい。

「違う違う。まあ、四桁の番号って、誕生日にしてる人、少なくないからさ」そしてハーモニーは言った。「もしも誕生日に限定すると、三百六十五通りしかないわけ」

 そういえば、俺も誕生日に設定していた。

「三百六十六だ」と俺は補足する。閏年がある。一回あたり三秒とすると。「一〇九八秒」

「十八分十八秒」と雑賀がさらに補足してくれる。

「そもそも、一個揃えるのに三秒もかからないからね」ハーモニーが言った。「ひとつずつずらしていくだけだし。一秒でいけるでしょ。それなら三百六十六秒。たったの六分でいける」

「六分六秒だ」俺は補足した。

「それに……」ハーモニーはさらに言う。「一月から試していったとして、途中で開くこともあるわけで、一日一分回すと決めて回していったら、そのうち開くよね」

「しかし、雑賀のように単純な人間でなければ、ロッカーの鍵を、誕生日ではない数字に設定しているかもしれない」俺は言った。「途方もない時間が掛かることもある」

「べつに、それならそれで、良かったんじゃない? 試してみたら、ロッカーがあいたから、盗んでみたとか。そんなもんでしょ。あんま考えてないって」とハーモニー。「それにさ、ロッカーにどんな数字を設定してるかなんて、結構簡単に見えちゃうよね。みんな、一応、見てないふりはするけどさ」

 たしかに、ロッカーを開く際、鍵の番号を誰にも見られないように気をつけている者は少ないだろう。たまたま隣の人と一緒になることもある。お互い、一応、鍵をかけているときはそっぽを向いているが、こっそり見られていたとしても、わからないだろう。

「そういえば、ひとつ思いついたんだけど」苅部が言った。「僕さ、入学したばっかりの頃、鍵の番号を忘れちゃって、開かなくなって、大変なことになったんだよ」

「愚劣」と雑賀が評した。

 しかし、苅部は愚劣という言葉を知らないようで、にこにこしていた。

「先生に言ったら、マスターキーで開けてもらえたんだよね。あの鍵があれば、どのロッカーでも開けられるんじゃないかな」

「なるほど」俺はうなずいた。「たしかに、生徒だけでなく、先生が犯人の可能性もある」

「わたしは、生徒だと思うけど」ハーモニーが言った。「生徒の靴を盗んで、傷つけて、捨てて。それ、先生にとって、面白いかなぁ」

「面白いかどうかで、盗むわけではないと思うが」俺は指摘した。

「発覚したときのリスクに、リターンが見合わないでしょ? せめて、靴が捨てられてなくて、ボロボロになってなくて、栗の花の匂いでもしてれば、男の先生が犯人ってことも考えられるけど」

「栗の花の匂いとは?」俺には、ハーモニーが何を言っているのか、よくわからなかった。

「苅部、あとで教えてあげなさい」と雑賀が指示を出す。

「え? いや、困るよ。そういうのは、ちょっと。恥ずかしいなぁ」

 俺以外の皆は通じ合っているようである。若干の疎外感を覚えた。

「結局、誰もが雑賀のロッカーを開けられる、ということがわかったな」まとめてみた。

「それ、何もわかってないのと一緒だから」ハーモニーは言った。「もっと具体的に、どうやって犯人を見つけるか、その方法について考えたほうが良いと思うけど」

 そのとき、昼休みの終了を予告するチャイムが鳴った。あと五分で五時間目が始まる。

「やば」といって、ハーモニーが教室から出ていこうとする。

「あと五分で授業がはじまるぞ」

 俺の声を無視し、ハーモニーは慌てたようすで教室を出ていった。トイレでも我慢していたのだろうか。
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