第29話 各人、もっとも似合う服を着るのが良いのではないかと思うが
文字数 3,170文字
俺ひとりの手に負える話ではなかった。しかし、誰かに話をすると、死ななければならない。そのような契約になっていた。俺はいろいろ考えた挙げ句、雑賀に助力を求めることにした。
教室に戻ると、雑賀はいつものように黙って勉強をしていた。近づいていって、声をかける。
「少し、話をきいて欲しいんだが」
「ききましょう」雑賀は手を止めて、俺を見た。
「これはあくまでも、すべて架空のストーリーだ」
俺は、そう前置きをして、雑賀の隣に座った。そして、さきほどヨッシーからきいた話を、すべて伝えた。ヨッシーの存在だけは架空ということにしておいた。
「どうすれば良いのだろう」
「好きなようにしなさい」
「池永を捕まえて、今後、このようなことをしないように注意する」
「好きなようにするのは、やめたほうがいいかもしれない」さっきと言っていることが違うではないか。「あなたは、まだ、本質が見えていないのですね」
「なんの本質だ?」
雑賀は俺の質問を無視して言った。
「まずは、池永の情報を集めなさい。そうですね、その架空の女の子に頼んで、池永が友達と遊ばない日を調べ、尾行すると良い」
「さきほど言った女の子は架空なので、頼めないが、わかった。頼んでみよう」
「行くときは、苅部と一緒に」雑賀は言った。「あとは、どうでもいいけれど、苅部は変装させたほうが良いかもしれない」
「なぜ、変装する必要がある? よくわからないんだが」
「あなたとは頭のつくりが違うので、わたしには、いろいろ先が見えている。よって、未来を想像した上で、アドバイスをしている」
「なぜ苅部が変装をする必要があるんだ?」俺は同じことをきいた。
「それは、苅部が変装をしたいから」どうやら、雑賀には苅部の心の内までわかっているらしい。「ハミルさんに用意してもらうと良いでしょう。苅部とハミルさん、体格が似ているから」
「うん、まあ、わかった」あまり納得がいかないけれども。
「いいから、わたしの言う通りにしなさい。あなたは、わたしの彼氏ですから、命令をきく義務があります」
恋人には、相手の命令をきく義務はないように思われたが、反論しなかった。
家に帰りながら、各所にメッセージを送った。
苅部には、近いうちに尾行をするのでついてきて欲しいと送った。すぐに、任せてよ、という返事があった。
ハーモニーには、苅部と一緒に尾行をするので、苅部を変装させるアイディアがあればよろしく頼む、と送った。任せて。明日、学校に持ってくる。という返事があった。
ヨッシーには、池永が友達と遊ばない日がいつか、調べてメッセージを送ってくれと送った。明日ですね。明日は、どこかに行く用事があって遊べない、みたいなことを話していましたよ、という返事があった。
夜、布団に寝転び、いままでの自分の行動を振り返る。
いろいろな行動をしているようで、何も進んでいないような気がした。ずっと、同じ場所で足踏みをしているかのようだ。もっと、シンプルに物事を解決できないものだろうか。池永に直接問い質すのが、もっとも簡単だと思われる。しかし、それは雑賀に禁じられていた。
雑賀は、何を見据えて俺に指示を出したのだろう。
彼女には、何が見えているのか。あるいは、見えていると錯覚しているのか。
もちろん、答えなど出なかった。
俺は、あまり思考をするのが得意ではないらしい。雑賀のように、先を見通すことはできない。ひとまず、目の前の問題を、ひとつひとつこなしていこうと思った。そうしているうちに、何かわかってくることもあるだろう。
俺は眠り、目を覚ました。
五月二十五日、木曜日。
いつものように学校へ向かった。
雑賀はひたすらに勉強をしており、苅部はいつものように柔らかい笑みを浮かべていた。しかし、ハーモニーだけが、いつもとは違った。彼女は、いつもの鞄に加えて、小型のキャリーバッグを持参していた。そのバッグについて気になったので、二時間目が終わったあとの休み時間、俺は尋ねた。
「旅行にでも行くのか?」
「違う。変装用の服を、いろいろ考えてみたんだけど、どれが良いかなって」
「ハミルさんも、一緒に尾行に行くの?」苅部がきいた。
「いかない」ハーモニーは素っ気なく答える。「これは、あんたの変装」
そう言って、ハーモニーは苅部を指した。
「え? 僕が着るの? どんな服?」
苅部はハーモニーのほうへと近づいていった。
ハーモニーがキャリーバッグを開き、中身を見せる。
「女ものじゃん」苅部の表情から笑顔が消えていた。
「ほら、これとか、似合うと思うけど」
ハーモニーが取りだしたのは、丈の短いパンツだった。たしか、ホットパンツとか言っただろうか。ジーンズと同じ青い素材で出来ていた。デニムという名前だったような気もするが、定かではない。
俺も近づいていき、服を観察する。
そのホットパンツには、ところどころ穴が空いていた。
「そんなボロボロの服は、みすぼらしいから捨てたほうが良いだろう」と俺は言った。
「こういうデザインなの」むっとしたようす。「ほら、これに、この白いシャツと、シースルーのトップスを着れば完璧。超美少女」
苅部は男だから少女というのは不適切な表現だと思った。アンフェアだ。
「やめてよ」苅部は静かに言った。「そういうの、好きじゃないな」
「なんか怒ってる?」ハーモニーは不満そうに言った。「もしかして、生理?」
その瞬間、苅部はハーモニーの細い手首を掴んだ。
「ちょっと。痛いから。やめてよ。ただの冗談でしょ」
「苅部、暴力は良くない」俺は苅部の手を握った。
三人の手が複雑に連結していた。おかしなオブジェになった気分だった。
「ごめん」苅部は、ハーモニーの手を離した。つづけて、俺も苅部の手を離した。
「わたしは謝らないから」ハーモニーは言った。「苅部に似合うと思って、わざわざ、重いバッグを引き摺って、持ってきてあげたんだから。そこの変態の命令で」
そう言って、ハーモニーは俺に第二指を向けた。人差し指のことだ。
「へえ、そうなんだ。これ、阿喰くんの趣味なの?」と苅部。
「違う。いろいろな誤解があるようだ。まず、俺は雑賀に命令されたんだ」
「ちょっと、わたしのせいにしないでくれる?」と雑賀が口を挟む。
俺は雑賀を無視して言葉をつづけた。
「池永を尾行するなら、苅部が変装をしたほうが良いということになった。変装の衣装は、ハーモニーに持ってきてもらうと良い、と雑賀に言われたので、俺が頼んだ。しかし、このような服だとは想像もしていなかった」
「そっか。まあ、わかったけど」苅部は言った。「どうして、女ものなの?」
「それが、もっともあなたに似合うから」雑賀が言った。
「でも、こんなの、おかしいよ」
「そうか?」俺は、そうは思わなかった。「苅部が着たくないのであれば、無理に着る必要はないけれど。似合うとは思う」
「でも、こんなの、絶対変だから。男が、女の服を着るなんて、変でしょ?」
「性別など些事だ。どうでもいい。各人、もっとも似合う服を着るのが良いのではないかと思うが」
「そうかな……そういうものなのかな」
「そういうものです」雑賀は言った。「御節介をしたようで、ごめんなさいね。でも、あなたは、自分の気持ちに素直になったほうが良い。本当にしたいことは、なにか。本当は、どういう自分になりたいのか。ちゃんと、自分の気持ちと向きあいなさい」
雑賀は、諭すような、やさしい口調で語った。
教室に戻ると、雑賀はいつものように黙って勉強をしていた。近づいていって、声をかける。
「少し、話をきいて欲しいんだが」
「ききましょう」雑賀は手を止めて、俺を見た。
「これはあくまでも、すべて架空のストーリーだ」
俺は、そう前置きをして、雑賀の隣に座った。そして、さきほどヨッシーからきいた話を、すべて伝えた。ヨッシーの存在だけは架空ということにしておいた。
「どうすれば良いのだろう」
「好きなようにしなさい」
「池永を捕まえて、今後、このようなことをしないように注意する」
「好きなようにするのは、やめたほうがいいかもしれない」さっきと言っていることが違うではないか。「あなたは、まだ、本質が見えていないのですね」
「なんの本質だ?」
雑賀は俺の質問を無視して言った。
「まずは、池永の情報を集めなさい。そうですね、その架空の女の子に頼んで、池永が友達と遊ばない日を調べ、尾行すると良い」
「さきほど言った女の子は架空なので、頼めないが、わかった。頼んでみよう」
「行くときは、苅部と一緒に」雑賀は言った。「あとは、どうでもいいけれど、苅部は変装させたほうが良いかもしれない」
「なぜ、変装する必要がある? よくわからないんだが」
「あなたとは頭のつくりが違うので、わたしには、いろいろ先が見えている。よって、未来を想像した上で、アドバイスをしている」
「なぜ苅部が変装をする必要があるんだ?」俺は同じことをきいた。
「それは、苅部が変装をしたいから」どうやら、雑賀には苅部の心の内までわかっているらしい。「ハミルさんに用意してもらうと良いでしょう。苅部とハミルさん、体格が似ているから」
「うん、まあ、わかった」あまり納得がいかないけれども。
「いいから、わたしの言う通りにしなさい。あなたは、わたしの彼氏ですから、命令をきく義務があります」
恋人には、相手の命令をきく義務はないように思われたが、反論しなかった。
家に帰りながら、各所にメッセージを送った。
苅部には、近いうちに尾行をするのでついてきて欲しいと送った。すぐに、任せてよ、という返事があった。
ハーモニーには、苅部と一緒に尾行をするので、苅部を変装させるアイディアがあればよろしく頼む、と送った。任せて。明日、学校に持ってくる。という返事があった。
ヨッシーには、池永が友達と遊ばない日がいつか、調べてメッセージを送ってくれと送った。明日ですね。明日は、どこかに行く用事があって遊べない、みたいなことを話していましたよ、という返事があった。
夜、布団に寝転び、いままでの自分の行動を振り返る。
いろいろな行動をしているようで、何も進んでいないような気がした。ずっと、同じ場所で足踏みをしているかのようだ。もっと、シンプルに物事を解決できないものだろうか。池永に直接問い質すのが、もっとも簡単だと思われる。しかし、それは雑賀に禁じられていた。
雑賀は、何を見据えて俺に指示を出したのだろう。
彼女には、何が見えているのか。あるいは、見えていると錯覚しているのか。
もちろん、答えなど出なかった。
俺は、あまり思考をするのが得意ではないらしい。雑賀のように、先を見通すことはできない。ひとまず、目の前の問題を、ひとつひとつこなしていこうと思った。そうしているうちに、何かわかってくることもあるだろう。
俺は眠り、目を覚ました。
五月二十五日、木曜日。
いつものように学校へ向かった。
雑賀はひたすらに勉強をしており、苅部はいつものように柔らかい笑みを浮かべていた。しかし、ハーモニーだけが、いつもとは違った。彼女は、いつもの鞄に加えて、小型のキャリーバッグを持参していた。そのバッグについて気になったので、二時間目が終わったあとの休み時間、俺は尋ねた。
「旅行にでも行くのか?」
「違う。変装用の服を、いろいろ考えてみたんだけど、どれが良いかなって」
「ハミルさんも、一緒に尾行に行くの?」苅部がきいた。
「いかない」ハーモニーは素っ気なく答える。「これは、あんたの変装」
そう言って、ハーモニーは苅部を指した。
「え? 僕が着るの? どんな服?」
苅部はハーモニーのほうへと近づいていった。
ハーモニーがキャリーバッグを開き、中身を見せる。
「女ものじゃん」苅部の表情から笑顔が消えていた。
「ほら、これとか、似合うと思うけど」
ハーモニーが取りだしたのは、丈の短いパンツだった。たしか、ホットパンツとか言っただろうか。ジーンズと同じ青い素材で出来ていた。デニムという名前だったような気もするが、定かではない。
俺も近づいていき、服を観察する。
そのホットパンツには、ところどころ穴が空いていた。
「そんなボロボロの服は、みすぼらしいから捨てたほうが良いだろう」と俺は言った。
「こういうデザインなの」むっとしたようす。「ほら、これに、この白いシャツと、シースルーのトップスを着れば完璧。超美少女」
苅部は男だから少女というのは不適切な表現だと思った。アンフェアだ。
「やめてよ」苅部は静かに言った。「そういうの、好きじゃないな」
「なんか怒ってる?」ハーモニーは不満そうに言った。「もしかして、生理?」
その瞬間、苅部はハーモニーの細い手首を掴んだ。
「ちょっと。痛いから。やめてよ。ただの冗談でしょ」
「苅部、暴力は良くない」俺は苅部の手を握った。
三人の手が複雑に連結していた。おかしなオブジェになった気分だった。
「ごめん」苅部は、ハーモニーの手を離した。つづけて、俺も苅部の手を離した。
「わたしは謝らないから」ハーモニーは言った。「苅部に似合うと思って、わざわざ、重いバッグを引き摺って、持ってきてあげたんだから。そこの変態の命令で」
そう言って、ハーモニーは俺に第二指を向けた。人差し指のことだ。
「へえ、そうなんだ。これ、阿喰くんの趣味なの?」と苅部。
「違う。いろいろな誤解があるようだ。まず、俺は雑賀に命令されたんだ」
「ちょっと、わたしのせいにしないでくれる?」と雑賀が口を挟む。
俺は雑賀を無視して言葉をつづけた。
「池永を尾行するなら、苅部が変装をしたほうが良いということになった。変装の衣装は、ハーモニーに持ってきてもらうと良い、と雑賀に言われたので、俺が頼んだ。しかし、このような服だとは想像もしていなかった」
「そっか。まあ、わかったけど」苅部は言った。「どうして、女ものなの?」
「それが、もっともあなたに似合うから」雑賀が言った。
「でも、こんなの、おかしいよ」
「そうか?」俺は、そうは思わなかった。「苅部が着たくないのであれば、無理に着る必要はないけれど。似合うとは思う」
「でも、こんなの、絶対変だから。男が、女の服を着るなんて、変でしょ?」
「性別など些事だ。どうでもいい。各人、もっとも似合う服を着るのが良いのではないかと思うが」
「そうかな……そういうものなのかな」
「そういうものです」雑賀は言った。「御節介をしたようで、ごめんなさいね。でも、あなたは、自分の気持ちに素直になったほうが良い。本当にしたいことは、なにか。本当は、どういう自分になりたいのか。ちゃんと、自分の気持ちと向きあいなさい」
雑賀は、諭すような、やさしい口調で語った。