第35話 ハーモニーにも、真犯人がわかったのか?

エピソード文字数 2,841文字

 箱から時計を取りだして、腕に装着する。

「どうだろう」

「似合っています」雑賀は無表情で言った。「良いですか。わたしが良いというまで、絶対に時計をさわってはいけませんよ」

「どうしてだ?」

「どうしてもです」雑賀は言った。「さわったら、本気で怒りますからね」

「心得た」しかし。「もし、うっかりさわってしまったときは、どうすれば良い?」

「わたしに電話をください」

「この時計で、かけるのか?」

「普通に、自身の携帯端末でかけてください。時計は、絶対に、時間を確認する以外の用途で使わないように」

 細かい制約があって大変だった。

 しばらく雑賀の隣で、時計を眺めていた。

「なかなか良いじゃない」と苅部が言ってくれた。「どうして阿喰くんにプレゼントしたの?」

「それは」雑賀は五秒黙った。理由を考えているらしい。「感謝の気持ちを形にしたのです」

「感謝されるほどのことはしていないが」

「そうでしょうね」雑賀は、わけのわからないことを言っていた。

 そうしているうちに時間は過ぎていき、ハーモニーがやってきた。そしてすぐに寝始める。いったい、なんのために学校へ来ているのだろう。不思議なやつである。

 授業時間には何事もなかった。平和な一日だったと言える。

 放課後になったので、俺は苅部と木崎先生を訪ねることにした。

「ハーモニーもくるか?」

「パス。興味ない」そしてハーモニーは俺の手首を指した。「それ、どうしたの?」

 今頃気づいたのか。

「これは、雑賀からプレゼントとして頂いたものだ」

「へえ、センス悪いね」雑賀がきいているのに、堂々と言った。「わたしなら、お金もらっても、そんなのつけたくないな」

「雑賀、気にすることはない。俺は気に入っているぞ」

「それはどうも」雑賀は小さな声で言った。

「しかし、あんた、雑賀に愛されてるね。あんたなんかの、どこを愛せるのか、不思議だけど」

 そう言って、ハーモニーは俺をじろじろと見ていた。

 しかし、不意に、視点が腕時計型端末に集中する。

 そして、動きを完全に止めた。

「あ? ああ、なるほど。そういうことか」ハーモニーは、わけのわからないことをつぶやいて、生き返る。「しかし、でも、そうすると、どうなる?」

「何の話をしているんだ?」俺はハーモニーに尋ねた。「何がどうなるんだ?」

「ちょっと黙って。考えてるから」

 俺は黙らざるを得なかった。

 それからハーモニーは三十秒ほど黙っていた。

「うーん、なるほど」ハーモニーは言った。「わかったわ。そういうことね」

「だから、どういうことなんだ?」

「あんたは知らなくて良い。いままで通り、そうね、操られていなさい」

「それ以上は」雑賀が言った。

「うん、そうね。そのほうが良いね。なかなか面白いじゃん」ハーモニーは微笑む。

「ハーモニーにも、真犯人がわかったのか?」

 俺も苅部も、昨日の情報をハーモニーに伝えていない。

「ぴんと来たってこと。わたしのなかでは解決。もう、興味一切なし」

 ハーモニーは、軽い足取りで帰っていった。御機嫌なようだった。

 俺は苅部の近くへ歩いていって、時計を見せた。

「何かわかるか?」

「いやぁ、さっぱり……」

「あなたたちは、それでよろしい」雑賀が言った。「さあ、調査に行ってきなさい」

 そして教室を送り出された。去り際、雑賀を確認してみたのだが、彼女はイヤホンをつけていた。雑賀が音楽をきいているところなど、はじめて見た。どのような音楽をきくのだろう。きっとクラシックではないか、と想像した。根拠はないが、なんとなくそのような気がしたのだ。

 俺と苅部は職員室へと移動した。カウンターで、木崎先生を呼びだして欲しいと頼む。

 二十秒ほどで、木崎はカウンターに姿をあらわした。

「少しお話がしたいのですが、構いませんか?」俺は言った。

「ああ。わかった。問題ない」木崎は言った。「場所を変えよう」

 物わかりの良い教師だ。

「それでは、第三多目的室の隣にある、カウンセリング室にしましょう」

「あそこは、浜砂先生がいるんじゃないか?」木崎は不安そうにしていた。

「少しの間、外にいてもらいます」

「ああ、そう。それなら良いけれど」

 三人でカウンセリング室へと向かった。ノックをしたら、どうぞという声。

 浜砂先生は、いつものように壁のテーブルに向かい、ノートパソコンの画面を睨んでいた。くるり、とリクライニングチェアがこちらを向く。

「勢揃いだな」と浜砂先生。「何か用事か?」

「ちょっと内密に話をしたいことがあるので、この部屋を貸して下さい」

「男三人で、か?」

「はい、そうですけど」

「ふーん……」浜砂先生は、俺、苅部、木崎先生へと視線を移動させた。「わかった。三十分で良いのか?」

「お願いします」

「まあ、仕方がない」

 そう言い残して、浜砂先生は教室を去っていった。

 俺と苅部がソファに腰を下ろす。木崎先生は向かいのソファに腰を下ろした。

「僕たちが木崎先生を呼んだ理由は、わかりますか?」苅部が言った。

「ああ。昨日、郁恵(いくえ)からきいたよ」

「郁恵とは誰だ?」俺は疑問を口に出した。うっかり敬語を忘れていた。

「池永さんのこと」苅部はなんでも知っている。「先生は、どうして池永さんに、鍵を渡したんですか?」

「ああ、そのことなんだが」木崎は陰鬱な雰囲気だった。「実は、俺も脅迫されているんだ」

 さらに複雑化なことになってきた。困ったものだ。

「何か、弱みを握られているんですか?」苅部がきいた。

「ああ、まあ、いろいろな。詳しくは言えないが」

「池永とつきあっている、ということではないのか?」少々無礼だったな、と思い、俺は言い直すことにした。「ないのですか?」

「ああ、それもある」

「木崎先生は、女子高生が好きなのですか?」俺はきいた。

 木崎先生は言葉をすぐには返さなかった。予想外の質問だったのかもしれない。

「阿喰くん、失礼だよ」苅部が窘める。

「しかし、そう推理していたのは、昨日の苅部だぞ?」

「そういうのはさ、デリケートな問題だから、たとえ本当だったとしても、答えづらいよ」

「いや、ちょっと待て。俺を女子高生好きのロリコンにするのはやめてくれ」木崎は慌てている。

「それでは、女子高生は好きではないのだな?」

「俺が好きなのは郁恵で、たしかに彼女は女子高生だ。郁恵は女子高生という集合に含まれるので、俺が女子高生を好きかどうかという命題は、真だ。けれど、それを認めるのは、なんだかまずいことになるような気がする」

 ややこしい話になっていた。

 もしかしたら、見かけによらず、木崎先生は数学の教師なのかもしれない。
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