第34話 すごいな。安楽死探偵みたいだ

エピソード文字数 2,862文字

 無地の封筒だった。サイズとしてはハガキと同じくらいか、少し小さいくらいだろう。しばらくハガキを見ていないので、正確なサイズを思い出せない。間違っているかもしれない。

 そんなことを考えながら、なかに入っていた手紙を開いてみた。

 もしかしたら恋文かもしれないと考えたが、違った。

 無地の紙に、明朝体で印字されている。

『これ以上、首をつっこむな』と書かれていた。その下に、断頭台で首を切られている棒人形の絵がついていた。意外とコミカルで可愛い絵だった。印刷されたものではなく、ボールペンで描かれている。なんにせよ、あまり大した証拠とは言えなかった。

 封筒に戻し、そのまま帰宅した。その日は何も考えることなく眠った。

 翌日の五月二十四日、水曜日。

 朝、俺は教室で雑賀が来るのを待っていた。

「お早いこと」と雑賀は言った。

 上品な言葉遣いをきくと、笑えてくるのはなぜだろう。もはや、この現代にそのような口調の人間がいるか、という驚きがある。恐らく、雑賀もそれをわかっていて、あえて演じているのだろう。役者だと言えた。

 俺は、雑賀が普段座る席の隣に腰を下ろしていた。

 雑賀が鞄から荷物を取りだしている最中に、昨日あった出来事を話した。

「概ね予想の範囲内です」

「すごいな。安楽死探偵みたいだ」

「勝手に殺さないでくれる?」

「なんだ? 殺すって。安楽椅子は、安楽死とは無関係だぞ」

「あなた、さっき、安楽死探偵って言ったでしょう?」

「俺が、そんな間違いをするわけがない」言いがかりはやめて頂きたいものだった。

 雑賀は深々と溜息を吐いた。

 俺と話をしている人は、よく溜息をつく。それで呆れた、ということを伝えてくれているらしかった。これからも存分に呆れられていきたい所存である。

「次は、どうすれば良いんだ?」

「少しは自分で考えて」やや怒っているようすだ。

「ひとまず、木崎先生に話をきいてみようと思う」

「それは、良い方向性ですね」

「あとは、そうだな、名前を忘れたが、茶髪の子にも話をきいてみようと思う」

「利倉ね」雑賀が補足してくれる。

「リクライニングみたいな名前だな」

「思ったことを口に出さないで。もう少し考えてから言葉を発しなさい」

「リクライニングとは、英語で、もたれる、よりかかる、横になるという意味だ」

 雑賀は俺の二秒ほど考えに考え抜いた言葉を無視した。

「手紙を見せて頂けますか?」

「どの手紙だ?」

「昨日、あなたの鞄に入っていた手紙です。ここまで言わないとわからない?」

「そうだろうな、とは思ったけれど、一応、確認したまでだ。コミュニケーションに齟齬があると困るのでな」

「いいから。早く」

 俺は手紙を鞄から取りだして、渡した。

「なるほど」

「何かわかるか?」

「いえ、何も」

 使えないやつだった。

「昨日、雑賀は何時頃に帰ったんだ? 犯人とは会っていないのか?」

「昨日は、早かったから。五時過ぎには帰ってました」

「用事があったのか?」

「ええ」雑賀は言った。「ちょっと買い物へ」

「俺が教室に戻ったのは六時半頃だったから、その一時間半の間に学校にいたやつが犯人だな」

「早計ね」雑賀は言った。「どうせ、これも他の誰かにやらせたんでしょう」

「その可能性は高い」

「蓋然性」と鋭く指摘してくる。

 しかし、蓋然性という言葉を知らなかった。あとで辞書を引いておこう。

 雑賀との会話がちょうど終わったタイミングで、苅部がやって来た。

「昨日は楽しかった?」と雑賀。

 意外にも、雑賀から苅部に声をかけた。このパターンは珍しいと言える。

「まあ、楽しかったといえば楽しかったよ」

「楽しかったって、昨日は何をしたんだ?」

「あなたと一緒に街を歩いたでしょう」雑賀が指摘する。

「なるほど」俺は、苅部が家に帰ってから、楽しいことをしたのかと考えたのだ。「苅部よ、雑賀は、もうすでに犯人がわかっているようだぞ」

「え? そうなの? すごいね。誰? 誰が犯人なの? やっぱり木崎先生?」

「それは、まだ話すときではない」

「そういうことを言うやつは、犯人に殺される可能性が高いぞ」定番である。

「蓋然性」また雑賀に直された。なるほど、可能性という言葉が不適切なのか、とようやく学習することができた。「それは推理小説の話でしょう?」

「あとは、犯人がわかっていると言うやつが犯人のパターンもある」

「わたしが犯人ね、まあ、それも面白いけれど」

「え? 雑賀さんが犯人なの?」苅部は混乱しているようだった。

「そんなわけないでしょう」雑賀は突然言った。「阿喰さん、あなたにプレゼントがあります」

「それは驚きだ。俺の誕生日を覚えていてくれたなんて」

「いえ、知りませんけど」

「そうか。では、単なる偶然というわけか」

「え? 阿喰くんって、今日が誕生日なの?」

「ああ、そうだ。五月二十四日は、恐らく、俺の生まれた日だ」

「恐らくって、なんで?」苅部が尋ねた。「もしかして、阿喰くんって……」

「俺自身には、生まれたときの記憶がないからな。もしも親が嘘を吐いていたらわからん」

「ああ、そう。それは良かった」苅部は溜息を吐いた。「ちょっと悲しい路線の話かなって、想像しちゃった」

「どんな路線だ?」

「たとえば、拾われてきた子とかさ」

「その可能性もある」

 俺は雑賀が怒るだろうと思って、わざと可能性という言葉を使ってみたのだ。しかし、雑賀はなんの反応も返さなかった。不思議なことである。どういう条件で可能性という言葉を使ったら怒るのだろう。ちなみに、拾われてきた子であるのは本当のことだが、まあ良い。それもまた大したことではない。

「プレゼントです」雑賀が話の流れを無視して、紙袋を取りだした。

 その袋には、ヨドバシカメラと書かれていた。

 いったい、何をプレゼントしてくれるのだろう。

「ありがとう」受け取って、鞄にしまおうとした。

「ストップ。袋を開けなさい」

 言われるがまま、袋を開けた。箱が入っていた。その表面には時計の画像が印刷されている。しかし、普通の時計ではない。文字盤の部分が画面になっている。時計型の携帯端末だ。スマートウォッチとか言ったか。

「こんな高価なもの、いいのか?」

「大丈夫。中国製の安いものだから」雑賀は言った。「お風呂に入るとき以外は、ずっとつけていなさい」

「シャワーのときは、つけていても良いか?」シャワーはお風呂に含まれるか、という疑問だ。もちろん冗談である。

「外しなさい」雑賀が言った。「安物なので、防水機能はついていない。水は厳禁」

「お湯も厳禁だな?」お湯は水に含まれるか、という疑問だ。

「怒りますよ?」

 もうすでに怒っているだろう、と思った。
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