第12話 カメラを監視するカメラを監視するカメラを買えば良い
文字数 3,318文字
放課後、俺たち四人は雑賀のロッカーを見るため、ロッカールームへ移動していた。他の学校で言うところの下足場に、各生徒のロッカーが置かれている。縦は五十センチ、横三十センチほどのロッカーが並んでいた。各ロッカーには、生徒番号のシールが貼ってある。
下校ラッシュの時刻から十五分ほどずらしたので、下足場は空いていた。
雑賀はダイヤルを操作して、ロッカーを開けた。
ロッカーのなかには、体操シューズや、学校指定の体操服バッグなどが入っている。他の生徒も、ロッカーの中身は似たり寄ったりだろう。
「何か減っているものはないか?」俺は尋ねた。
「特には」雑賀はロッカーを漁りながら言った。「大丈夫」
「いま入れている荷物も、誰かに盗まれる可能性がある」俺は言った。「少しの間であれば、俺のロッカーに入れておいても構わない」
「それはどうも」しかし、雑賀は三秒後に表情を一変させた。「わたしの体操服の臭いを嗅ぐ気ですね?」
「俺は、きみの体操服にも、きみの体臭にも、些かの興味もない」
「わたしの体臭には興味あったよね?」ハーモニーが口を挟んでくる。
「香水がきついので、そこが気になっていたのは事実だ」
俺は雑賀を見た。
「俺のロッカーが嫌なら、ハーモニーのロッカーにでも入れておけばいい」
「ちょっと待って」苅部が言った。「そもそもさ、ダイヤルの番号を再設定すれば、もう大丈夫なんじゃない?」
「なるほど」俺は言った。「しかし、念には念を入れて、なくなっても構わないもの以外は、待避させておいたほうが良いと思うが」
「わたしも阿喰に賛成」ハーモニーが言った。「逆に、囮として、何かを入れておくという手もあるけど。もう使わない、昔の靴とかないの? それを入れておいたら?」
「ある」雑賀は言った。「明日、持ってきましょう」
俺は、ロッカールームを見まわした。玄関から直通ということもあり、常に誰かいる、とまでは言わないが、人通りは多いほうである。雑賀のロッカーは、ロッカー室の隅のほうにあるが、それでも、鍵を開けようと何度も挑戦していれば、通り掛かった人が不思議には思うだろう。
「どうやって犯人を見つけるかだが」俺は言った。「監視カメラをつけるのが良いと思う」
「無理でしょ」ハーモニーは即座に俺のアイディアを切り捨てる。「あんた、カメラを用意する金、あんの?」
「ないが」
「それに、勝手に設置するのは、いろいろ問題があるんじゃない。プライバシー的な」
たしかに、もしも監視カメラを設置すれば、雑賀以外のロッカーが開かれるシーンも見てしまうことになる。設定されたダイヤルを録画できてしまうかもしれない。そうなると、悪用しようと思えばできかねない状況になる。
「カメラ自体が狙われるかもしれないしね」と苅部が言った。「カメラが盗られるよ」
「カメラを監視するカメラを買えば良い」我ながら、良いアイディアだ。
「じゃあ、カメラを監視するカメラが盗まれたら?」とハーモニー。
「カメラを監視するカメラを監視するカメラを買えば良い」
「バカがうつる。黙って」雑賀が言った。「今日は皆、ありがとう。解散にしましょう」
「あんた、ありがとうとか、言えたんだ」ハーモニーが言った。「びっくり」
「あなた以外のふたりに言ったの」と雑賀が返す。
「あ、そう。まあいいけど」ハーモニーは歩きはじめる。「じゃ、帰るわ」
ハーモニーは、自身のロッカーへと移動して、靴を履き替えていた。俺と苅部、それに雑賀は荷物を教室に置いていたが、ハーモニーだけは、すぐに帰宅できるよう、肩掛けの鞄を持参していたのだ。周到なことである。
「ハミルさん」雑賀が言った。「あなたは、臭いがきついです」
「わたしは腋臭じゃない」ハーモニーは俺を指した。「こいつで試したし」
「そうではなくて、香水がきついの」
「それは失礼。けど、仕方ない」ハーモニーは手を振った。「じゃあね」
ハーモニーは、玄関から外へ出ていった。
三人になった俺たちは、なぜか見つめあってしまった。
「戻りましょう」
雑賀の声に従い、移動することになった。
教室に戻り、バッグを取った。雑賀は教室に残り、もう少し勉強をしていくようだった。
校門で苅部と別れ、ひとり、帰路につく。電車に揺られながら、ぼんやりと考える。いったい、犯人は何の目的で雑賀の靴を盗んだのか。虐めか。単なる愉快犯ということも考えられる。雑賀のことが嫌いなのだろうか。もし嫌いだとして、その程度はどうなのだろう。いまはまだ、靴にしか被害は及んでいない。けれども、それが雑賀自身に向いたら、どうなるか。
無駄なことばかり考えているな、と思った。妄想に過ぎない。このように思考を繰り広げたとしても、事件の解決には、なんの役にも立たないだろう。
結局、その日は何も進展せずに終わった。
そして翌日。
五月十九日、金曜日。
その日は、一時間目から体育だった。特別クラスの体育は、種目にもよるが、基本的には男女合同で行うと浜砂先生が言っていた。俺と苅部は、ロッカールームにて体操服バッグと運動シューズを回収し、グランドの端にある男子更衣室へと移動した。
服を脱ぎ、袋から取りだした体操服を頭から被る。
しかし、おかしい。引っかかって進まない。そして、洗剤の良い匂いがした。
「苅部、助けてくれ」俺は言った。「体操服が急に縮んだ」
「そんなバカなことあるわけないじゃん」苅部がこちらを見たようだ。「うわ、ちっさ。本当に縮んでるじゃん」
「急激に縮んだらしい。なんらかの妨害工作を受けている可能性もある」
犯人に体操服をすり替えられたか、と想像した。
苅部が近づいてきて、体操服を確認してくれる。
「やばいよ」と小さな声でつぶやく。
「何がやばいんだ?」
「これ、雑賀さんのだ」
「なるほど」俺は三秒考えた。「体操バッグを間違えたようだ」
学校指定の袋は、男女ともに同じ色だった。雑賀がいつの間にか、彼女の体操バッグを俺のロッカーに入れていたらしい。俺は何も考えず、一番上に置かれていた袋を取ってきたのだ。
雑賀の体操服を脱いだ。
どうしたものかと思案していると、男子更衣室のドアが激しく叩かれた。
「いま着替えている」俺は言った。
嘘ではない。俺は、まだ着替えていないが、苅部は下半身が下着の状態である。
「袋を間違えている」外から雑賀の声がした。「間違えて着たりしないように」
「時既に遅し」俺は雑賀にきこえないよう、小さな声で言った。
「開けます」そう言って、雑賀は男子更衣室のドアを開け放った。
「あ、ちょっと待ってよ」ボクサーブリーフ姿の苅部が、慌ててハーフパンツを履いた。
「汚いものを見せないでちょうだい」雑賀が苅部を睨む。
「見せてない。見られたんだよ」
「ほら、これだ」俺は体操服の入った袋を、雑賀に渡した。
雑賀が持ってきていた、俺の体操服袋と交換する。
「着てないでしょうね?」
「着ようとしたが、引っかかって着られなかった」
「ああ、最悪」雑賀は言った。「着る前に気づきなさい。サイズがおかしいでしょう?」
「良い匂いだったぞ」雑賀は怒っているようなので、褒めておくことにした。
「なぜ臭いを嗅いだの」雑賀の怒りはさらに増したようだった。
「臭いを嗅いだわけではない。生きていれば呼吸くらいする。勝手に洗剤の匂いが、俺の鼻に入ってきただけだ」
「そのことを、言わなければ良いでしょう」
「姉に、怒っている女性は、とりあえず褒めておけと教わったので、その通りにしたまでだ」
「べつに怒ってない」雑賀は怒りながら言った。
雑賀が去ったあと、俺は改めて自分の体操服に着替えた。
「雑賀の匂いがする」どうやら、雑賀も俺の体操服を間違えて着たようだった。
「それ、絶対に、雑賀さんには言わないようにね」そう言って、苅部は微笑んだ。
下校ラッシュの時刻から十五分ほどずらしたので、下足場は空いていた。
雑賀はダイヤルを操作して、ロッカーを開けた。
ロッカーのなかには、体操シューズや、学校指定の体操服バッグなどが入っている。他の生徒も、ロッカーの中身は似たり寄ったりだろう。
「何か減っているものはないか?」俺は尋ねた。
「特には」雑賀はロッカーを漁りながら言った。「大丈夫」
「いま入れている荷物も、誰かに盗まれる可能性がある」俺は言った。「少しの間であれば、俺のロッカーに入れておいても構わない」
「それはどうも」しかし、雑賀は三秒後に表情を一変させた。「わたしの体操服の臭いを嗅ぐ気ですね?」
「俺は、きみの体操服にも、きみの体臭にも、些かの興味もない」
「わたしの体臭には興味あったよね?」ハーモニーが口を挟んでくる。
「香水がきついので、そこが気になっていたのは事実だ」
俺は雑賀を見た。
「俺のロッカーが嫌なら、ハーモニーのロッカーにでも入れておけばいい」
「ちょっと待って」苅部が言った。「そもそもさ、ダイヤルの番号を再設定すれば、もう大丈夫なんじゃない?」
「なるほど」俺は言った。「しかし、念には念を入れて、なくなっても構わないもの以外は、待避させておいたほうが良いと思うが」
「わたしも阿喰に賛成」ハーモニーが言った。「逆に、囮として、何かを入れておくという手もあるけど。もう使わない、昔の靴とかないの? それを入れておいたら?」
「ある」雑賀は言った。「明日、持ってきましょう」
俺は、ロッカールームを見まわした。玄関から直通ということもあり、常に誰かいる、とまでは言わないが、人通りは多いほうである。雑賀のロッカーは、ロッカー室の隅のほうにあるが、それでも、鍵を開けようと何度も挑戦していれば、通り掛かった人が不思議には思うだろう。
「どうやって犯人を見つけるかだが」俺は言った。「監視カメラをつけるのが良いと思う」
「無理でしょ」ハーモニーは即座に俺のアイディアを切り捨てる。「あんた、カメラを用意する金、あんの?」
「ないが」
「それに、勝手に設置するのは、いろいろ問題があるんじゃない。プライバシー的な」
たしかに、もしも監視カメラを設置すれば、雑賀以外のロッカーが開かれるシーンも見てしまうことになる。設定されたダイヤルを録画できてしまうかもしれない。そうなると、悪用しようと思えばできかねない状況になる。
「カメラ自体が狙われるかもしれないしね」と苅部が言った。「カメラが盗られるよ」
「カメラを監視するカメラを買えば良い」我ながら、良いアイディアだ。
「じゃあ、カメラを監視するカメラが盗まれたら?」とハーモニー。
「カメラを監視するカメラを監視するカメラを買えば良い」
「バカがうつる。黙って」雑賀が言った。「今日は皆、ありがとう。解散にしましょう」
「あんた、ありがとうとか、言えたんだ」ハーモニーが言った。「びっくり」
「あなた以外のふたりに言ったの」と雑賀が返す。
「あ、そう。まあいいけど」ハーモニーは歩きはじめる。「じゃ、帰るわ」
ハーモニーは、自身のロッカーへと移動して、靴を履き替えていた。俺と苅部、それに雑賀は荷物を教室に置いていたが、ハーモニーだけは、すぐに帰宅できるよう、肩掛けの鞄を持参していたのだ。周到なことである。
「ハミルさん」雑賀が言った。「あなたは、臭いがきついです」
「わたしは腋臭じゃない」ハーモニーは俺を指した。「こいつで試したし」
「そうではなくて、香水がきついの」
「それは失礼。けど、仕方ない」ハーモニーは手を振った。「じゃあね」
ハーモニーは、玄関から外へ出ていった。
三人になった俺たちは、なぜか見つめあってしまった。
「戻りましょう」
雑賀の声に従い、移動することになった。
教室に戻り、バッグを取った。雑賀は教室に残り、もう少し勉強をしていくようだった。
校門で苅部と別れ、ひとり、帰路につく。電車に揺られながら、ぼんやりと考える。いったい、犯人は何の目的で雑賀の靴を盗んだのか。虐めか。単なる愉快犯ということも考えられる。雑賀のことが嫌いなのだろうか。もし嫌いだとして、その程度はどうなのだろう。いまはまだ、靴にしか被害は及んでいない。けれども、それが雑賀自身に向いたら、どうなるか。
無駄なことばかり考えているな、と思った。妄想に過ぎない。このように思考を繰り広げたとしても、事件の解決には、なんの役にも立たないだろう。
結局、その日は何も進展せずに終わった。
そして翌日。
五月十九日、金曜日。
その日は、一時間目から体育だった。特別クラスの体育は、種目にもよるが、基本的には男女合同で行うと浜砂先生が言っていた。俺と苅部は、ロッカールームにて体操服バッグと運動シューズを回収し、グランドの端にある男子更衣室へと移動した。
服を脱ぎ、袋から取りだした体操服を頭から被る。
しかし、おかしい。引っかかって進まない。そして、洗剤の良い匂いがした。
「苅部、助けてくれ」俺は言った。「体操服が急に縮んだ」
「そんなバカなことあるわけないじゃん」苅部がこちらを見たようだ。「うわ、ちっさ。本当に縮んでるじゃん」
「急激に縮んだらしい。なんらかの妨害工作を受けている可能性もある」
犯人に体操服をすり替えられたか、と想像した。
苅部が近づいてきて、体操服を確認してくれる。
「やばいよ」と小さな声でつぶやく。
「何がやばいんだ?」
「これ、雑賀さんのだ」
「なるほど」俺は三秒考えた。「体操バッグを間違えたようだ」
学校指定の袋は、男女ともに同じ色だった。雑賀がいつの間にか、彼女の体操バッグを俺のロッカーに入れていたらしい。俺は何も考えず、一番上に置かれていた袋を取ってきたのだ。
雑賀の体操服を脱いだ。
どうしたものかと思案していると、男子更衣室のドアが激しく叩かれた。
「いま着替えている」俺は言った。
嘘ではない。俺は、まだ着替えていないが、苅部は下半身が下着の状態である。
「袋を間違えている」外から雑賀の声がした。「間違えて着たりしないように」
「時既に遅し」俺は雑賀にきこえないよう、小さな声で言った。
「開けます」そう言って、雑賀は男子更衣室のドアを開け放った。
「あ、ちょっと待ってよ」ボクサーブリーフ姿の苅部が、慌ててハーフパンツを履いた。
「汚いものを見せないでちょうだい」雑賀が苅部を睨む。
「見せてない。見られたんだよ」
「ほら、これだ」俺は体操服の入った袋を、雑賀に渡した。
雑賀が持ってきていた、俺の体操服袋と交換する。
「着てないでしょうね?」
「着ようとしたが、引っかかって着られなかった」
「ああ、最悪」雑賀は言った。「着る前に気づきなさい。サイズがおかしいでしょう?」
「良い匂いだったぞ」雑賀は怒っているようなので、褒めておくことにした。
「なぜ臭いを嗅いだの」雑賀の怒りはさらに増したようだった。
「臭いを嗅いだわけではない。生きていれば呼吸くらいする。勝手に洗剤の匂いが、俺の鼻に入ってきただけだ」
「そのことを、言わなければ良いでしょう」
「姉に、怒っている女性は、とりあえず褒めておけと教わったので、その通りにしたまでだ」
「べつに怒ってない」雑賀は怒りながら言った。
雑賀が去ったあと、俺は改めて自分の体操服に着替えた。
「雑賀の匂いがする」どうやら、雑賀も俺の体操服を間違えて着たようだった。
「それ、絶対に、雑賀さんには言わないようにね」そう言って、苅部は微笑んだ。