第33話 いっそのこと、結婚してしまえば問題ないだろう
文字数 3,248文字
「犯人は、木崎先生だと思うな」
いきなり結論から入った。無駄が省けて良いと評価できる。ただ、俺が読む推理小説では、ロジックを幾つも積み上げ、最終的に犯人を指摘することが多い。それとはまったく別の手法である。斬新かもしれない。
「なんで公雄(きみお)が犯人なわけ?」
「公雄って誰だ?」公の字をカタカナにすればハム雄だ、と思ったが口には出さなかった。
「木崎先生の名前だよ。たぶん」苅部にも正確なところはわかっていないようだ。「いろいろなことを総合的に考えると、犯人は、木崎先生以外には考えられない」
そこまで言うからには、証拠があるに違いない。いまの俺には皆目見当もつかないけれど。
「まずね、鍵を自由に使えるでしょ? そこが怪しいと思ったんだよね。いくら、彼女から鍵を貸してって言われても、素直に貸すかなぁ? 普通なら、彼女が犯罪者になるのを止めるんじゃない?」
「普通であることに価値を感じていないのかもしれない」俺は言った。
「ちょっと黙っててね」苅部は微笑む。「なんで雑賀さんの靴に、あんなことをしたのかは知らないけど。まあ、雑賀さんのことだから、木崎先生に暴言でも吐いたんじゃない?」
勝手に暴言女扱いされていた。雑賀が少し可哀想だった。
「もともと、木崎先生は女子高生が好きなんだと思うな。それで、いろいろなことをしたってわけ」
徐々に雲行きが怪しくなってきた。いろいろというワードが出てくると、もう完全にダメだ。
「もしもそうだったとして」池永は言った。「なんで、公雄は、わたしに売春させるわけ?」
「そういう趣味なんじゃない? 寝取られってやつだけど」
「寝取られとは、なんだ?」
「自分の愛する人が、他の人に犯されているのを見て、気持ち良くなるってこと」
「ふーん。わけがわからんな」俺は素直な感想を述べた。
しかし、わけがわからないのが、人間の基本的な性質だと言える。そういう意味では実に人間らしいと評価できた。
「僕がこの説を考えた根拠のひとつは、池永さんがネットにアップしていた画像では、顔が隠されていたってこと。彼氏だから気づいたんだよ。その写真を撮られている本人なんだから」
「その画像とは、結局のところ、どういう画像なんだ?」俺はきいた。
「あんたたちに見せろって?」
「捜査のためだ。仕方がない」俺も見たいわけではない。
「家に帰ってから、わたしの画像を思い出して、する気でしょう」
「するって、何をするんだ?」俺は素直な疑問を口に出した。
「苅部、こいつ、セクハラしてくるんだけど」
「うーん、どっちもどっちだと思うなぁ」苅部は言った。「まあ、でも、そうだね、見る人が見ればわかるのか、それとも写真を撮られた本人だからわかったのかは、大事かも」
池永は少し迷っていたようだが、携帯端末をテーブルの上に広げた。
「もっと近寄って。囲んで。他の人に見られたくないから」
「俺たちには、見られても構わないのか?」
「うん、まあ、なんというか、見られて、興奮しないわけでもないし」
興奮しないで頂きたいものだった。
池永が端末を操作すると、画面に画像が表示された。それは気持ちの悪い、卑猥な画像であった。俺は思わず目を背けてしまった。視界の端でちらりと見る。屹立した肉の塊が中央にあり、それに沿わせるような形で池永の顔があった。ピースをしていた。
俺は、なぜ、このようなグロテスクな画像を、公共の場で見ているのだろう。わけがわからない。少しだけ泣きたくなった。まあ、泣けないのだが……。
苅部は、まったく動じているようすはなかった。セクシャルな画像を見慣れているのだろうか。心強いといえば心強い。俺の代わりに、じっくりと画像を眺めていた。
「これじゃなくて、ネットにアップした画像が見たいんだけど」と苅部。
「それなら、これだけど」と画像が切り替わる。
大した変化はない。池永の顔が、可愛い犬のスタンプで埋められているだけだった。男のシンボルと一緒になった犬のスタンプが、とても可哀想に思えてならなかった。犬に謝って欲しかった。
「うーん、これは、微妙だなぁ。わかるような、わからないような」苅部は、画像と実際の池永を交互に見比べる。「クラスメイトなら、ぎりぎりわかるかな?」
「たとえわかったとしても、相手が木崎かどうかはわからないだろう」俺は画像を少しだけ見て言った。「陰茎しか映っていない」
画像のなかの木崎は、下着を履いていない。
「だよね。だからさ、やっぱり木崎先生が犯人なんだよ。そして、池永さんを操ってたわけ。どう? この推理」
「良いか、苅部。それは推理ではない。単なる当てずっぽうというんだ」
まったくもって論理的ではない。それに、証拠も何もない。つまりは言いがかりに近かった。
「そうかな、いい線いってると思うけど」
「まだ妄想の域を出ない。ただ、この推理をもとに、自分なりにいろいろ推理し、捜査してみると、また新しい何かを思いつくかもしれない。気を落とさないように」
苅部を慰めておいた。
「阿喰くんに慰められると、なんか複雑だなぁ」
苅部は言葉通り、複雑な表情をしていた。喜んでいるわけではない。悲しんでいるのでもない。困惑しているのかもしれない。
「これから、どうしたらいいんだろう」と端末を手に取り、池永はつぶやいた。
「犯人のメールアドレスから、突き止めることはできないだろうか?」
「無理だろうね」苅部は言った。「メールアドレスなんて、いまどき、誰でも持てるし。事件性があるから、警察に言えば、なんとかなるかもしれないけど。海外のサーバーだったらお手上げだしさ、それに、このこと、警察に言える?」
「言えば良いじゃないか」
「無理。絶対無理」池永は言った。「わたしも、いろいろひどいことしてるし」
そう、池永は単なる被害者ではない。ある意味では加害者でもある。そのことが、事件を非常にややこしくしていた。犯人の狡猾な部分だと言える。
「しかし、どうしても耐えられなくなったときは、すべてを捨てて逃げ出したほうが良いだろう。身軽になって、どこか遠くで暮らせば良い」
「軽々しく言わないでよ」
「軽々しく言っているわけではない」俺は言った。「結局のところ、最善は公権力を借りることだ。ちゃんと相談に乗ってくれるだろうし、未成年が被害にあっている事案ということもあり、万全の対策を取ってくれるだろう」
「でも、そうしたら、公雄は……」
「いっそのこと、結婚してしまえば問題ないだろう」
「結婚って、そんなの、無理に決まってるじゃん」
「どうしてだ? きみも、もうすぐ結婚可能な年齢だ。そうなれば、社会人とつきあっていても、なんらおかしいことではない。文字通り結婚しなくとも、婚約していれば許される。俺はべつに、ふたりの愛が社会に許される必要はないと思うが、そういう、社会の人々に認めてもらいたいという欲求もわからないでもない」
なんだか自分の話が長かったな、と反省した。
「阿喰って、変だけど、でも、すごいね」
「そう。阿喰くんはね、変だけど、すごいの」
「変だけどすごいというのは、すごい変とは違うんだよな?」
「まあ、同値かな」そう言って、苅部は微笑んだ。
結局、その日は何もわからないまま、解散することになった。
池永は反対の方面へ、そして俺と苅部は共に学校へ戻ることになった。日はすっかり暮れており、あと三十分で完全下校時刻という頃合いになっていた。教室に戻ってみたが、雑賀の姿はない。荷物はロッカーに入れていなかったが、なくなっているものはなかった。少し不用心だったな、と反省する。しかし、何もなくなってはいなかったが、増えていた。通学鞄に手紙が入っていたのだ。
いきなり結論から入った。無駄が省けて良いと評価できる。ただ、俺が読む推理小説では、ロジックを幾つも積み上げ、最終的に犯人を指摘することが多い。それとはまったく別の手法である。斬新かもしれない。
「なんで公雄(きみお)が犯人なわけ?」
「公雄って誰だ?」公の字をカタカナにすればハム雄だ、と思ったが口には出さなかった。
「木崎先生の名前だよ。たぶん」苅部にも正確なところはわかっていないようだ。「いろいろなことを総合的に考えると、犯人は、木崎先生以外には考えられない」
そこまで言うからには、証拠があるに違いない。いまの俺には皆目見当もつかないけれど。
「まずね、鍵を自由に使えるでしょ? そこが怪しいと思ったんだよね。いくら、彼女から鍵を貸してって言われても、素直に貸すかなぁ? 普通なら、彼女が犯罪者になるのを止めるんじゃない?」
「普通であることに価値を感じていないのかもしれない」俺は言った。
「ちょっと黙っててね」苅部は微笑む。「なんで雑賀さんの靴に、あんなことをしたのかは知らないけど。まあ、雑賀さんのことだから、木崎先生に暴言でも吐いたんじゃない?」
勝手に暴言女扱いされていた。雑賀が少し可哀想だった。
「もともと、木崎先生は女子高生が好きなんだと思うな。それで、いろいろなことをしたってわけ」
徐々に雲行きが怪しくなってきた。いろいろというワードが出てくると、もう完全にダメだ。
「もしもそうだったとして」池永は言った。「なんで、公雄は、わたしに売春させるわけ?」
「そういう趣味なんじゃない? 寝取られってやつだけど」
「寝取られとは、なんだ?」
「自分の愛する人が、他の人に犯されているのを見て、気持ち良くなるってこと」
「ふーん。わけがわからんな」俺は素直な感想を述べた。
しかし、わけがわからないのが、人間の基本的な性質だと言える。そういう意味では実に人間らしいと評価できた。
「僕がこの説を考えた根拠のひとつは、池永さんがネットにアップしていた画像では、顔が隠されていたってこと。彼氏だから気づいたんだよ。その写真を撮られている本人なんだから」
「その画像とは、結局のところ、どういう画像なんだ?」俺はきいた。
「あんたたちに見せろって?」
「捜査のためだ。仕方がない」俺も見たいわけではない。
「家に帰ってから、わたしの画像を思い出して、する気でしょう」
「するって、何をするんだ?」俺は素直な疑問を口に出した。
「苅部、こいつ、セクハラしてくるんだけど」
「うーん、どっちもどっちだと思うなぁ」苅部は言った。「まあ、でも、そうだね、見る人が見ればわかるのか、それとも写真を撮られた本人だからわかったのかは、大事かも」
池永は少し迷っていたようだが、携帯端末をテーブルの上に広げた。
「もっと近寄って。囲んで。他の人に見られたくないから」
「俺たちには、見られても構わないのか?」
「うん、まあ、なんというか、見られて、興奮しないわけでもないし」
興奮しないで頂きたいものだった。
池永が端末を操作すると、画面に画像が表示された。それは気持ちの悪い、卑猥な画像であった。俺は思わず目を背けてしまった。視界の端でちらりと見る。屹立した肉の塊が中央にあり、それに沿わせるような形で池永の顔があった。ピースをしていた。
俺は、なぜ、このようなグロテスクな画像を、公共の場で見ているのだろう。わけがわからない。少しだけ泣きたくなった。まあ、泣けないのだが……。
苅部は、まったく動じているようすはなかった。セクシャルな画像を見慣れているのだろうか。心強いといえば心強い。俺の代わりに、じっくりと画像を眺めていた。
「これじゃなくて、ネットにアップした画像が見たいんだけど」と苅部。
「それなら、これだけど」と画像が切り替わる。
大した変化はない。池永の顔が、可愛い犬のスタンプで埋められているだけだった。男のシンボルと一緒になった犬のスタンプが、とても可哀想に思えてならなかった。犬に謝って欲しかった。
「うーん、これは、微妙だなぁ。わかるような、わからないような」苅部は、画像と実際の池永を交互に見比べる。「クラスメイトなら、ぎりぎりわかるかな?」
「たとえわかったとしても、相手が木崎かどうかはわからないだろう」俺は画像を少しだけ見て言った。「陰茎しか映っていない」
画像のなかの木崎は、下着を履いていない。
「だよね。だからさ、やっぱり木崎先生が犯人なんだよ。そして、池永さんを操ってたわけ。どう? この推理」
「良いか、苅部。それは推理ではない。単なる当てずっぽうというんだ」
まったくもって論理的ではない。それに、証拠も何もない。つまりは言いがかりに近かった。
「そうかな、いい線いってると思うけど」
「まだ妄想の域を出ない。ただ、この推理をもとに、自分なりにいろいろ推理し、捜査してみると、また新しい何かを思いつくかもしれない。気を落とさないように」
苅部を慰めておいた。
「阿喰くんに慰められると、なんか複雑だなぁ」
苅部は言葉通り、複雑な表情をしていた。喜んでいるわけではない。悲しんでいるのでもない。困惑しているのかもしれない。
「これから、どうしたらいいんだろう」と端末を手に取り、池永はつぶやいた。
「犯人のメールアドレスから、突き止めることはできないだろうか?」
「無理だろうね」苅部は言った。「メールアドレスなんて、いまどき、誰でも持てるし。事件性があるから、警察に言えば、なんとかなるかもしれないけど。海外のサーバーだったらお手上げだしさ、それに、このこと、警察に言える?」
「言えば良いじゃないか」
「無理。絶対無理」池永は言った。「わたしも、いろいろひどいことしてるし」
そう、池永は単なる被害者ではない。ある意味では加害者でもある。そのことが、事件を非常にややこしくしていた。犯人の狡猾な部分だと言える。
「しかし、どうしても耐えられなくなったときは、すべてを捨てて逃げ出したほうが良いだろう。身軽になって、どこか遠くで暮らせば良い」
「軽々しく言わないでよ」
「軽々しく言っているわけではない」俺は言った。「結局のところ、最善は公権力を借りることだ。ちゃんと相談に乗ってくれるだろうし、未成年が被害にあっている事案ということもあり、万全の対策を取ってくれるだろう」
「でも、そうしたら、公雄は……」
「いっそのこと、結婚してしまえば問題ないだろう」
「結婚って、そんなの、無理に決まってるじゃん」
「どうしてだ? きみも、もうすぐ結婚可能な年齢だ。そうなれば、社会人とつきあっていても、なんらおかしいことではない。文字通り結婚しなくとも、婚約していれば許される。俺はべつに、ふたりの愛が社会に許される必要はないと思うが、そういう、社会の人々に認めてもらいたいという欲求もわからないでもない」
なんだか自分の話が長かったな、と反省した。
「阿喰って、変だけど、でも、すごいね」
「そう。阿喰くんはね、変だけど、すごいの」
「変だけどすごいというのは、すごい変とは違うんだよな?」
「まあ、同値かな」そう言って、苅部は微笑んだ。
結局、その日は何もわからないまま、解散することになった。
池永は反対の方面へ、そして俺と苅部は共に学校へ戻ることになった。日はすっかり暮れており、あと三十分で完全下校時刻という頃合いになっていた。教室に戻ってみたが、雑賀の姿はない。荷物はロッカーに入れていなかったが、なくなっているものはなかった。少し不用心だったな、と反省する。しかし、何もなくなってはいなかったが、増えていた。通学鞄に手紙が入っていたのだ。