二章二節 二人の幼馴染(後)

文字数 1,868文字

 夏休みが明けた。千寿がいなくなって、もうすぐ一ヶ月となるが、僕の学校生活はさして変わらなかった。それでも塾に通う傍ら、僕は九月下旬の生徒会選挙に立候補し、見事当選を果たした。役職は書記ではあるものの、二学期に多い学校行事に向け、以降忙しない日々を過ごすようになった。
 家の方では、父が先の選挙で何とか辛勝し、変わらず町政に励んでいる。一方母親の方も、家事と夫のサポートに加え、友人のカフェを手伝うようになった。週二日程、高揚した表情で家を空ける母を見て、つくづくこの人は主婦には向いていないのだなと実感している。
 
「よし終業式の手配はこれで。清水君、各部活動の報告書、これで全部だよね」
 ポニーテールがトレードマークの生徒会長に、僕はこくりと頷く。
 師走に入り、今年最後の生徒会打ち合わせ。慌ただしい二学期ではあったが、無事皆で乗り越え、気づけば後一週間で冬休みへと突入する。
「はい。唯一未提出のバスケ部も、本日提出されこれで全部です。内容も一通り確認しましたが、特に問題ないかと」
 僕の言葉に、彼女は了解と告げ、生徒会メンバーを一通り見渡し、
「それじゃ今日の会議はこれにて終了かな。皆、この三ヶ月怒涛の日々だったけど、頑張ってくれてありがとう。それじゃまた来年、最後までよろしく!」
 彼女が頭を下げると、一番頑張ったのは会長じゃないですかと、他のメンバーが口々に労いの語を向ける。その言葉に彼女は、清々しい笑みを浮かべる。こうして今年最後の生徒会会議は、和やかに幕を閉じた。

「清水―、冬休み、お前なんか予定でもあんのか」
 帰路、同じ生徒会会計の白浜とこの二学期間を振り返っていると、不意に彼から尋ねられた。
「残念ながら、勉強漬け。昨日も親が、塾に冬期講習の申し込みに行っていたらしくてさ」
 僕の言葉に、白浜は同類だなと苦笑いを浮かべる。同じクラスながら一言も会話したことのなかった彼とは、生徒会入会を機に、一気に仲良くなった。文化系の僕と、体育会系の彼とでは多少性格で隔たりはあったものの、勉強への姿勢、とりわけ親の指導方針で相通ずるものがあり、こうして時々一緒に帰ったりしている。
「あぁ、でも、ひょっとすると年明けに富山に行くかな」
「えっ、富山、なんで?」
 何言か質問する彼に応えながらも、僕は先月の出来事を一人回想する。
 きっかけは祖父の遺品整理であった。死後祖父の部屋に一切立ち入らない両親に変わって、僕が細々と出来る範囲で後片付けを進めていた。
 そんなある日、埃のかぶった書類の下にひっそり隠れたブリキ箱を目にした僕は、何の気無しにそれを開けた。そこには祖父の個人的なやり取りをした相手との手紙が大量にまとめられており、文さんとの手紙も数枚見受けられた。
「ん?」
 その手紙の間に、色焼けした紙片で祖父の殴り書きが記されていた。富山県で始まる住所に、僕は一瞬にして心を奪われた。
「もしかしてこの住所って、以前千寿たちが暮らしていた場所じゃ……」
 真相を確かめに、僕が年始の富山行きを決めたのは、それから数日後のことである。親には友人と二泊三日の旅行に行くと偽り、それまでに勉強に打ち込むことを条件に許しを貰った。

「ただいま」
 帰宅すると今日は自宅にいる母親が、夕食の準備を進めていた。
「お帰りなさい。丁度シチューが煮上がったから、手洗いうがいして、早くいらっしゃい。もうすぐ、お父さんも帰ってくるみたいだから」
 母の言葉に、僕はわかったよと告げると、急いで洗面所へ向かった。
 久しぶりの家族総出の食卓は、相も変わらず会話のないまま、淡々と進められた。
 味わうでもなく、ものの数分で全て腹に入れた父が、おもむろに立ち上がる。再選を果たしたものの、何の理由か住民の支持が徐々に離れていることに、最近焦りと苛立ちの顔を露骨に浮かべている。
「敦生、お前もうすぐ冬休みだっけか。生徒会活動は順調なのか」
 退室前、珍しく僕の近況を尋ねてきた父に、僕は無言で頷く。
「冬休みは、明けのテストに向け、課題と講習をしっかり頑張るよ。生徒会も今日最後の会議を終えて、後は来週の終業式進行を残すのみ」
 僕の言葉に、父は特に表情を変えるでもなく、
「勉強も大事だけど、生徒会の方はしっかりやりきれよ。人心を指導するのがいかに重要か、お前もそろそろ覚えていってもらわねば困る」
 こう述べると颯爽と部屋を去って行った。
「人心を指導するだなんて。敦生は、あなたのような人生を、送るわけないでしょ」
 小声で父への悪態をつく母に、僕は気にもとめず、パンをかじった。
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