一章六節 真実(前)
文字数 2,215文字
それから僕たちは再び慌ただしい日々を過ごす。翌日から中間テストの試験期間になり、親の期待に応えるべく、昼は学校、夜は塾と勉強に打ち込んだ。それは千寿も同じで、学校に通わせてもらえる身、決して清水の家に迷惑をかけないよう、自室で黙々とテスト勉強に励んでいた。
元来彼女は、勉強は得意だったらしく、テスト初日・二日目とそれなりに手応えを得たようだ。一方、僕は得意な社会はものにしたものの、苦手な理科で苦戦を強いられ、目標の学年順位一桁が微妙なまま、最終日国語を残す身となった。
その日塾から帰った僕は、夕飯もそこそこ、自室で課題とする文法の最終確認を行っていた。一通り頭に叩き入れ、ふと時計を見やると二時を少し回っていた。もうこんな時間か。
「テスト期間も終盤になると、寝不足との戦いになるな」
シャワーを浴び寝床に着こうと、僕は部屋を出た。千寿の部屋を通ると、既に室内の明かりは消えていた。彼女は時間管理もしっかりしている。僕はあくびを噛み殺しながら階下を降りると、居間から灯りがうっすらと漏れていた。
「ん? 親父、お袋?」
何やら言い争う声に耳をそばだてると、珍しく父と母の口論が聞こえた。
「やっぱり、養護施設に入れるべきよ! 敦生にとって、あの娘は危険だわ! あの娘が来てから、随分彼女に執着しているみたい。だからいったでしょ、私は彼女を家で引き取るべきではないって!」
「どこが危険だ! はとこの心配をすることの何が悪い! それに一度家で受け入れてしまった以上、そうやすやすと施設に入れるのはどうだい? 世間体もある! 来年の議員選挙まで事を荒立てたくない!」
「でも……実は私、こっそり山根さんに調べさせてもらったんです、彼女の出自。そうしたら彼女の父系……皮剥ぎの仕事を生業としていたんですって……」
「はぁ!?」
父の滅多に出さない大声に、僕はとっさに二階を見やった。やや長い静寂。その後、父の深い嘆息と共に、
「このことが周囲に知れてしまったら、議員選挙はおろか、私たちがこの地で生きていくことすら難しいわ! お願い。私たちはともかく、敦生の今後のために! 近い内に彼女をこの家から外して頂戴!」
「……とにかく、このことは他言無用だ。山根にも、俺から口止め料を払っておく。くそっ、あのじじい、肝心なことは意図的に伏せやがって」
「でも、おじいさんとの約束は、彼女を家に置いておくのは彼がいる間までなのでしょ……おじいさんまだ元気そうだし、そうすぐには――」
瞬間彼女のはっという声と共に、乾いた音が耳に届いた。即座に大きな足音がこちらに近づき、僕は慌てて隣室の脱衣所に駆け込む。
幸い父は真逆の寝室へと戻っていった。僕は急いでそのままシャワーを浴びると、夜通し皮剥ぎの意をネットで調べた。なお著しい睡魔と闘いながらも、最終試験はなんとか切り抜けることが出来た。
4
試験勉強後の虚脱もそこそこ、テストが終われば、僕たちには中学生最後の夏の大会が待ち受けていた。とはいえ僕の所属する卓球部は随分とゆるく、練習も普段と変わらないままだ。対照的に剣道部やソフト部は県大会を目標に、最後の追い込みへと励んでいた。
そんな矢先、外海から今度千寿を連れて「角田屋」に行こうと話をもちかけられた。
「なぁ、いいだろ、一度千寿ちゃんと話してみたいんだよ~。紗英も興味あるのか、私も行くって言ってるし。なっ、お願いっ!」
彼の頼みに僕は特段反対する理由もなく、その件を彼女に話した。彼女自身別に不満などなく、早くも次の土曜の一六時「角田屋」前で四人は落ち合うこととなった。
「敦生、遅くなってごめん! あれっ、芳樹まだ来てないの?」
「おっ、お疲れ。うん、なんか練習が長引いてるって、さっき連絡があった」
曇天の空模様。店前のベンチに腰掛けていた僕は、ボーイッシュな私服姿での紗英の問いかけに、改めてスマホを見返す。一六時五分。彼女は急いで損したと小言を漏らし、
「まぁ、芳樹はどうでもいいか。それより千寿ちゃんは一緒じゃないの? えっ、もしかしてドタキャン?」
「いや、夕飯の買い物を済ませてから来るらしい。時間には向かうって……あっ!」
彼女の背中越しに、スーパーの買い物袋を携える千寿の姿があった。振り向いた紗英に彼女はぺこんと頭を下げ、
「すみません、時間に遅れてしまい……はじめまして、美山千寿と申します。今日はよろしくお願いします」
申し訳なさげに彼女を見据えた。
「千寿ちゃん、こんにちは。富田紗英です。お買い物なんて、偉いね……ってか、その私服、すっごく可愛くない!? えっ、普段どこで服買ってるの?」
レースのカットソーにチェックスカートを身にまとった彼女は、見かけとは裏腹に可愛いもの好きの紗英の心を掴んだようだ。千寿も同世代のファッション好きに、すぐに心を許し、暫く自身そっちのけで話に花を咲かせていた。
「あつきー、遅くなってすまないー! あっ! はじめまして、千寿ちゃーん! 敦生の幼馴染のー外海芳樹でーす!」
遠くから猛スピードで自転車を飛ばす外海が、周りも気にせず大声でこちらへと叫ぶ。一瞬何事かと彼へと視線を向ける千寿に、紗英が呆れ顔で、
「千寿ちゃん、気にしなくていいからね。基本ノリと勢いでしか生きていない男だから……あれで周りから評価が高いんだから、大したもんよ」
彼女のつぶやきに、千寿はただただ曖昧な笑みを浮かべた。
元来彼女は、勉強は得意だったらしく、テスト初日・二日目とそれなりに手応えを得たようだ。一方、僕は得意な社会はものにしたものの、苦手な理科で苦戦を強いられ、目標の学年順位一桁が微妙なまま、最終日国語を残す身となった。
その日塾から帰った僕は、夕飯もそこそこ、自室で課題とする文法の最終確認を行っていた。一通り頭に叩き入れ、ふと時計を見やると二時を少し回っていた。もうこんな時間か。
「テスト期間も終盤になると、寝不足との戦いになるな」
シャワーを浴び寝床に着こうと、僕は部屋を出た。千寿の部屋を通ると、既に室内の明かりは消えていた。彼女は時間管理もしっかりしている。僕はあくびを噛み殺しながら階下を降りると、居間から灯りがうっすらと漏れていた。
「ん? 親父、お袋?」
何やら言い争う声に耳をそばだてると、珍しく父と母の口論が聞こえた。
「やっぱり、養護施設に入れるべきよ! 敦生にとって、あの娘は危険だわ! あの娘が来てから、随分彼女に執着しているみたい。だからいったでしょ、私は彼女を家で引き取るべきではないって!」
「どこが危険だ! はとこの心配をすることの何が悪い! それに一度家で受け入れてしまった以上、そうやすやすと施設に入れるのはどうだい? 世間体もある! 来年の議員選挙まで事を荒立てたくない!」
「でも……実は私、こっそり山根さんに調べさせてもらったんです、彼女の出自。そうしたら彼女の父系……皮剥ぎの仕事を生業としていたんですって……」
「はぁ!?」
父の滅多に出さない大声に、僕はとっさに二階を見やった。やや長い静寂。その後、父の深い嘆息と共に、
「このことが周囲に知れてしまったら、議員選挙はおろか、私たちがこの地で生きていくことすら難しいわ! お願い。私たちはともかく、敦生の今後のために! 近い内に彼女をこの家から外して頂戴!」
「……とにかく、このことは他言無用だ。山根にも、俺から口止め料を払っておく。くそっ、あのじじい、肝心なことは意図的に伏せやがって」
「でも、おじいさんとの約束は、彼女を家に置いておくのは彼がいる間までなのでしょ……おじいさんまだ元気そうだし、そうすぐには――」
瞬間彼女のはっという声と共に、乾いた音が耳に届いた。即座に大きな足音がこちらに近づき、僕は慌てて隣室の脱衣所に駆け込む。
幸い父は真逆の寝室へと戻っていった。僕は急いでそのままシャワーを浴びると、夜通し皮剥ぎの意をネットで調べた。なお著しい睡魔と闘いながらも、最終試験はなんとか切り抜けることが出来た。
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試験勉強後の虚脱もそこそこ、テストが終われば、僕たちには中学生最後の夏の大会が待ち受けていた。とはいえ僕の所属する卓球部は随分とゆるく、練習も普段と変わらないままだ。対照的に剣道部やソフト部は県大会を目標に、最後の追い込みへと励んでいた。
そんな矢先、外海から今度千寿を連れて「角田屋」に行こうと話をもちかけられた。
「なぁ、いいだろ、一度千寿ちゃんと話してみたいんだよ~。紗英も興味あるのか、私も行くって言ってるし。なっ、お願いっ!」
彼の頼みに僕は特段反対する理由もなく、その件を彼女に話した。彼女自身別に不満などなく、早くも次の土曜の一六時「角田屋」前で四人は落ち合うこととなった。
「敦生、遅くなってごめん! あれっ、芳樹まだ来てないの?」
「おっ、お疲れ。うん、なんか練習が長引いてるって、さっき連絡があった」
曇天の空模様。店前のベンチに腰掛けていた僕は、ボーイッシュな私服姿での紗英の問いかけに、改めてスマホを見返す。一六時五分。彼女は急いで損したと小言を漏らし、
「まぁ、芳樹はどうでもいいか。それより千寿ちゃんは一緒じゃないの? えっ、もしかしてドタキャン?」
「いや、夕飯の買い物を済ませてから来るらしい。時間には向かうって……あっ!」
彼女の背中越しに、スーパーの買い物袋を携える千寿の姿があった。振り向いた紗英に彼女はぺこんと頭を下げ、
「すみません、時間に遅れてしまい……はじめまして、美山千寿と申します。今日はよろしくお願いします」
申し訳なさげに彼女を見据えた。
「千寿ちゃん、こんにちは。富田紗英です。お買い物なんて、偉いね……ってか、その私服、すっごく可愛くない!? えっ、普段どこで服買ってるの?」
レースのカットソーにチェックスカートを身にまとった彼女は、見かけとは裏腹に可愛いもの好きの紗英の心を掴んだようだ。千寿も同世代のファッション好きに、すぐに心を許し、暫く自身そっちのけで話に花を咲かせていた。
「あつきー、遅くなってすまないー! あっ! はじめまして、千寿ちゃーん! 敦生の幼馴染のー外海芳樹でーす!」
遠くから猛スピードで自転車を飛ばす外海が、周りも気にせず大声でこちらへと叫ぶ。一瞬何事かと彼へと視線を向ける千寿に、紗英が呆れ顔で、
「千寿ちゃん、気にしなくていいからね。基本ノリと勢いでしか生きていない男だから……あれで周りから評価が高いんだから、大したもんよ」
彼女のつぶやきに、千寿はただただ曖昧な笑みを浮かべた。