二章四節 千寿の故郷(中)

文字数 2,091文字

「道祖神。あー、これか」
 退店後、近くの交差点を探していた僕は、数十分程歩き、お目当ての石像を発見した。
 どこか獅子舞を彷彿とさせる、高さ二メートルを超える石像は、そこだけ意図的に、雪が取り除かれていた。
「だけど、本当にここで合っているのか」
 手元の時計は八時四五分を指し示している。しかし像近辺には、バス停はおろか待合所の類も全く見受けられなかった。
「ん?」
 その時、一人の中年女性が僕の隣に立ち止まった。あぁ、やはり間違っていなかったか。ほっと息を撫で下ろし、買い物袋を携えた彼女を見据え、とっさに違和感を抱いたのは、その服装である。
 彼女の身にまとうコートは、明らかに隔世の感があり、服装に疎い僕でも、一昔前のファッションであることは明白だった。その後も四五人程が続々と彼女の列に連なったが、皆昭和レトロな防寒具を羽織り(中には丹前を締める老婆も!)僕の不安を一層掻き立てた。
 バスが到着すると、僕はいの一番に車内へと乗り込む。妙に薄暗いなと辺りを見回し、その全ての窓が〝遮蔽〟されていることに気づく。
「お客さん、支払い」
「あっ……すいません」
 運転手に運賃を促され、慌てて小銭を投入する。興味本位で集落を訪れようとした僕を、この時初めて動揺と恐怖の嵐が襲った。
 外界から遮断されたバスは、それから二時間近く、途中停車することなく、走り続けた。一人不安に苛まれた僕は、何度も祖父の紙片と紗英のメッセージを確認し、その高鳴る鼓動を鎮めた。

 バスの到着した場所は、森と小さな集落の境目であった。他の乗客に続き、集落に足を踏み入れると、雪降り積もる茅葺き屋根の家並みが連なり、とっさに岐阜の白川郷が連想された。
「それでも、これまでメディアに取り上げられなかったってことは、やはり情報は遮断されているのか」
 多少心の余裕を取り戻した僕は、スマホのマップを開く。既に電波は圏外であったものの、予め件の住所を保存していた僕は、ここからの道のりを確認する。
 幸いなことに、目的の場所は徒歩二〇分程の距離であった。僕は意を決すると、住民の視線に臆することなく、一目散に目的地へと駆けた。

 朽ち果てた玄関には一面びっしり雪が覆われており、軒下の地面からは理性の効かなくなった雑草がその猛威を奮っている。
 それが今回、僕が探し求めた、住所の有り様であった。
 傾ききった表札に「美山」の字が刻まれていたことから、ここがかつて、千寿親子が暮らしていた場所であろうことは、ほぼ明白となった。
 しかし新たな住居者や近隣の住民から、情報を得ようと意気込んでいた僕は、その浅はかさを恥じるように、辺りをぐるりと見回した。
 この地は集落でも外れの辺りに位置しており、周囲も空き家がポツポツと点在している状況であった。
 何を忘れていたんだ僕は。彼女たちが地域コミュニティから〝隔離され断絶される存在〟であることを。そして彼女たちの関与したものには全て〝ケガレ〟として他の人からは嫌忌されることを。
 情報を引き出しそこから分析するはずが、そもそも情報すら手に入れることが出来ない。不意にチリンチリンと自転車音が聞こえ、視線を向けると、謎の老人が大量の落木を積み走っていた。
 僕はそんな彼に声をかけるでもなく、黙ってその場を後にした。どこかから漂う焚き火の汚臭が、嫌にねっとりと僕の鼻にまとわりついた。
 
 こうして今回僕の旅の目的は、開始半日足らずであっさり幕を下ろす羽目となった。例の古びた衣装に身を包んだ住民の、どこか不審の目を感じながら、僕は集落の境目へと舞い戻ってきた。
 相変わらず近くには、時刻表の類は無い。でもどうせ暫く待っていれば、いずれあの外界を遮断したバスが迎えに来るだろう。僕は先程の失敗に加え、この集落全体に漂う閉塞性と言いようの無い薄気味悪さに、無意識の内に危ない、去らなきゃという思いが、膨らみつつあった。
 はたして十数分後に、和服姿の老夫婦が空の買物袋を携え、僕の少し後ろに立ち止まる。よし、恐らくもう少ししたらバスが来るはずだ。
 その時、世間話に花を咲かせていた老夫婦が、急にくぐもった声で、
「にしても、失念しちょったとはいえ、今から町に繰り出して間に合うかのう。今夜は孫の病気祓いに、なんとしても口寄女様の祈りが必要じゃって」
「おーおー、心配いらん。もし間に合わのうても、あの小汚い娘に頼めばよかろう。口寄女様の従者のようじゃし、少し頼めば日ぐらい改めてくれおる」
(口寄女様、小汚い娘? それって……)
「あの、すいません。口寄女様とは一体……後、その従者って」
 それまで身の安全性から極力集落の住民への接触を避けていたが、頭に生じた確信に近い疑念に、咄嗟に老夫婦に尋ねてしまう。
「口寄女様は口寄女様じゃ。従者……あんた、ここの者じゃないとな」
 老婦人から放たれる敵意に似た視線に、即座に住民に接触したことを後悔する。と、その時迎えのバスが来車し、二人は特に気にせず僕の下を離れる。
 しかし僕はそのバスに乗車するのを断った。再び集落に引っ返すと、さっきとは真逆の道をがむしゃらに進んだ。
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