一章七節 真実(後)
文字数 1,993文字
「悪い、大会が近いのもあってか、柴田ちゃん、乱取りもう五本追加だーって。あっ、汗臭かったら勘弁な。制汗シートで一通り拭いたはずなんだけど」
店の座敷奥、定位置に腰を据えた僕らは、主の羽山のばあちゃんにお好み焼きを注文する。アイス・駄菓子とは異なり、僕らにとってここのお好み焼きは、特別な時の、いわばハレのメニューだ。
「私はいいけど、千寿ちゃん気になったらいつでも言ってね。すぐに外へとほっぽり出して、シャワー浴びて出直すよう指示するから」
「なんだよ、お膳立てした張本人がいなくなるなんて、そんなことがあってたまるか」
相変わらずの紗英と芳樹の掛け合いに、彼女はすぐに緊張の糸を解き、楽しげな笑みを浮かべた。
その後、徐々に彼らに心を許していく千寿を前に、僕たちは学校や日々の瑣末な出来事を語った。事前に二人には、彼女の過去や生い立ちは今回NGと伝えていたため、特に気まずい思いもせず、あっという間に一時間が経過する。
「あっ、もう一七時……すみません、ご飯の準備をせねばならなく、私はこの辺で失礼します」
時計を確認した彼女はこう述べ、名残惜しげにゆっくりと腰を上げた。
それを見て芳樹はえーっと不満の声を露骨に漏らし、
「なんだよー、もう帰っちゃうのかよー。夕飯の準備って……あれ、敦生、お前帰んなくていいの?」
彼の何気ない問いかけに、千寿の表情が一瞬曇る。慌てて紗英が彼の肩をバシッと叩き、
「千寿ちゃん、今日はありがとうねー、凄く楽しかったよ! それじゃ今度は学校で、またファッションの話、しようね」
優しい笑みを浮かべ手を振る彼女に、千寿は、はい是非、と笑顔を取り戻し、パタパタと店を出て行った。
母の美和が千寿に夕飯作りを命じたのは、テスト明けの早朝のことだ。彼女にも家事を手伝ってもらわねばとの母の言葉に、千寿は二つ返事でこれを承諾した。
その週の日曜、夕方から自室で手持ち無沙汰であった僕は、彼女の夕飯でも手伝おうかと部屋を出た。たまたまその日は母も家におり、廊下にて偶然鉢合わせした。
「あれ、こんな時間にお出かけ?」
「いや、暇だし、千寿の晩飯作りに手を貸そうと思って」
彼女の問いに、僕は隠しもせず正直に答えると、突然彼女は不機嫌な顔を浮かべ、
「敦生、あなた、受験生なのよ! せっかくあの娘があなたに代わって家事に励んでいるんだから、その間だけでも、集中して勉強に励みなさい!」
そう述べると、有無を言わさぬ勢いで、僕を自室へと押し戻した。
その日の夕飯は、トマトチーズハンバーグであった。以前彼女が家事はよくやっていたと言っていただけあり、味は申し分ない美味さであった。
しかし母は一口口にすると、即座に表情を歪め、
「千寿ちゃぁん、この味付け、相当薄くない? これ、明日のお弁当に入れていくのよね。
だったらもう少し濃いめの味にしないと……全く、これくらい、言われなくても気づいてほしいわ」
彼女の言葉に、千寿は慌ててすみませんと頭を下げ、作り直しますとまた台所へと戻っていった。
それからも母は、食卓で顔を合わせる度、露骨に一言二言、千寿に悪態をつけ続けた。そして、それまで僕が担っていた家事の多くを、彼女へ押し付け、僕と彼女との接点を意図的に消していった。
その一部顛末を二人に話すと、芳樹は神妙な顔で僕に謝った。既に自身の家庭事情を二人は熟知しているが、暫く重たい空気がその場を覆った。
しかし久々の幼馴染三人の再会ともあり、すぐに話は転じ、僕たちはとりとめもない話をもう十数分程続けた。
閉店時間が迫り店を出ると、丁度西の空に大きな夕陽が沈みかけていた。
芳樹が自転車を引いて戻ると、僕たちはゆったりと歩き始めた。暫く無言のまま、丁度次の角で紗英と別れる時、僕は例の真実を二人に打ち明けた。
「実は以前……親が話していたのをこっそり耳に入れてしまったんだけど……千寿の実家、
皮剥ぎの家だったらしい……」
僕の呟きに、真っ先に反応したのは意外にも芳樹の方であった。
彼はマジかよ、と小さく呟いた後、
「敦生、それ真実だとしたら、相当まずいぞ。ただでさえこの町は、余所者に排他的なのに。しかもそれが周囲に知れ渡ったら、彼女だけでなく、お前ら家族も辛い立場になる」
芳樹の返事で会話の意を理解した紗英は、まさかと驚きと困惑の入り混じった表情で、
「でも、そうしたら千寿ちゃん、この地で居場所がなくなってしまうじゃない。このことが外に漏れなけりゃいいのよね。そうしたら彼女は普通に……」
予想以上に動揺する二人を見て、僕は打ち明けるのが少し早かったかと半ば後悔した。それと同時に、彼女の出自が、僕たち周囲に大きな災いをもたらすことも痛感した。そう、このことは決して周りに知られてはならない。こうしてこの件は、以降僕の頭の片隅に押し込め、清水家と芳樹、紗英のみの重大な秘密となった。
店の座敷奥、定位置に腰を据えた僕らは、主の羽山のばあちゃんにお好み焼きを注文する。アイス・駄菓子とは異なり、僕らにとってここのお好み焼きは、特別な時の、いわばハレのメニューだ。
「私はいいけど、千寿ちゃん気になったらいつでも言ってね。すぐに外へとほっぽり出して、シャワー浴びて出直すよう指示するから」
「なんだよ、お膳立てした張本人がいなくなるなんて、そんなことがあってたまるか」
相変わらずの紗英と芳樹の掛け合いに、彼女はすぐに緊張の糸を解き、楽しげな笑みを浮かべた。
その後、徐々に彼らに心を許していく千寿を前に、僕たちは学校や日々の瑣末な出来事を語った。事前に二人には、彼女の過去や生い立ちは今回NGと伝えていたため、特に気まずい思いもせず、あっという間に一時間が経過する。
「あっ、もう一七時……すみません、ご飯の準備をせねばならなく、私はこの辺で失礼します」
時計を確認した彼女はこう述べ、名残惜しげにゆっくりと腰を上げた。
それを見て芳樹はえーっと不満の声を露骨に漏らし、
「なんだよー、もう帰っちゃうのかよー。夕飯の準備って……あれ、敦生、お前帰んなくていいの?」
彼の何気ない問いかけに、千寿の表情が一瞬曇る。慌てて紗英が彼の肩をバシッと叩き、
「千寿ちゃん、今日はありがとうねー、凄く楽しかったよ! それじゃ今度は学校で、またファッションの話、しようね」
優しい笑みを浮かべ手を振る彼女に、千寿は、はい是非、と笑顔を取り戻し、パタパタと店を出て行った。
母の美和が千寿に夕飯作りを命じたのは、テスト明けの早朝のことだ。彼女にも家事を手伝ってもらわねばとの母の言葉に、千寿は二つ返事でこれを承諾した。
その週の日曜、夕方から自室で手持ち無沙汰であった僕は、彼女の夕飯でも手伝おうかと部屋を出た。たまたまその日は母も家におり、廊下にて偶然鉢合わせした。
「あれ、こんな時間にお出かけ?」
「いや、暇だし、千寿の晩飯作りに手を貸そうと思って」
彼女の問いに、僕は隠しもせず正直に答えると、突然彼女は不機嫌な顔を浮かべ、
「敦生、あなた、受験生なのよ! せっかくあの娘があなたに代わって家事に励んでいるんだから、その間だけでも、集中して勉強に励みなさい!」
そう述べると、有無を言わさぬ勢いで、僕を自室へと押し戻した。
その日の夕飯は、トマトチーズハンバーグであった。以前彼女が家事はよくやっていたと言っていただけあり、味は申し分ない美味さであった。
しかし母は一口口にすると、即座に表情を歪め、
「千寿ちゃぁん、この味付け、相当薄くない? これ、明日のお弁当に入れていくのよね。
だったらもう少し濃いめの味にしないと……全く、これくらい、言われなくても気づいてほしいわ」
彼女の言葉に、千寿は慌ててすみませんと頭を下げ、作り直しますとまた台所へと戻っていった。
それからも母は、食卓で顔を合わせる度、露骨に一言二言、千寿に悪態をつけ続けた。そして、それまで僕が担っていた家事の多くを、彼女へ押し付け、僕と彼女との接点を意図的に消していった。
その一部顛末を二人に話すと、芳樹は神妙な顔で僕に謝った。既に自身の家庭事情を二人は熟知しているが、暫く重たい空気がその場を覆った。
しかし久々の幼馴染三人の再会ともあり、すぐに話は転じ、僕たちはとりとめもない話をもう十数分程続けた。
閉店時間が迫り店を出ると、丁度西の空に大きな夕陽が沈みかけていた。
芳樹が自転車を引いて戻ると、僕たちはゆったりと歩き始めた。暫く無言のまま、丁度次の角で紗英と別れる時、僕は例の真実を二人に打ち明けた。
「実は以前……親が話していたのをこっそり耳に入れてしまったんだけど……千寿の実家、
皮剥ぎの家だったらしい……」
僕の呟きに、真っ先に反応したのは意外にも芳樹の方であった。
彼はマジかよ、と小さく呟いた後、
「敦生、それ真実だとしたら、相当まずいぞ。ただでさえこの町は、余所者に排他的なのに。しかもそれが周囲に知れ渡ったら、彼女だけでなく、お前ら家族も辛い立場になる」
芳樹の返事で会話の意を理解した紗英は、まさかと驚きと困惑の入り混じった表情で、
「でも、そうしたら千寿ちゃん、この地で居場所がなくなってしまうじゃない。このことが外に漏れなけりゃいいのよね。そうしたら彼女は普通に……」
予想以上に動揺する二人を見て、僕は打ち明けるのが少し早かったかと半ば後悔した。それと同時に、彼女の出自が、僕たち周囲に大きな災いをもたらすことも痛感した。そう、このことは決して周りに知られてはならない。こうしてこの件は、以降僕の頭の片隅に押し込め、清水家と芳樹、紗英のみの重大な秘密となった。