最終章三節 六月一三日夕、祭り前夜の儀式(中)
文字数 3,367文字
「敦生、待たせたな。夕食の準備が出来上がった。今から集会所の方に来てもらおうか」
日没を迎え、徐々に室内も闇夜に包まれてきた頃合い。鍵の掛けられた戸が開け放たれ、倉が一段と不敵な笑みを浮かべ、こう言い放った。
「悪いがあんたの目的は、先程初音の方から聞かせてもらったよ。俺たちの仲間になりたいんだって? 願っても無い! 今夜はその歓迎の夕食だ。忙しい中、数名の村の衆も集まってくれている」
そのまま会所へと歩を進める倉に従い、僕は黙って外へと出る。途上、祭りの設営途中の木材に、夏の虫が涼しげな音色を奏でている。僕はその音に地元の夏を想起しながら、やがて煌々と灯りのともる集会所へ辿り着いた。
「木戸君、支度の方は大丈夫かい? 連れてきたよ。彼が俺たち村の理念に共感し、口寄女様と生活を共にしたいと願ってきた〝水木清敦〟君だ」
会所に入ると、偶々目の前で膳を運んでいたうら若き青年に、彼は気軽に話しかけた。
「はい。へぇ、君が水木君! 外の世界で随分と苦労したんですってね。でももう大丈夫です。私たちは皆、あなたの入村を心より歓迎します!」
そう述べ、彼は膳を置き、僕に歓迎の意を示す。僕は訳もわからず、ただ従うまま、彼によろしくお願いしますと頭を下げた。
「うんうん、良かった。どうやら彼も君を受け入れてくれるようだ」
肩越しにそう無表情で呟いた倉は、会場はこっちだよと告げ、颯爽と二階へと上がる。
「お待たせしました、倉です! 件の男を連れてきました!」
襖の前にて彼は跪き、声を上げる。途端に、おぉ倉さん、お待ちしていました入って下さい、という声が響き、彼は戸を開ける。
「いやぁ、倉さん。おかげさまで祭りの準備の方は順調です。少し早いですけど、今日は前祝いですな!」
「あなたが水木君か! 外の人間の入村は初めてだけど、心配はいらない。口寄女様への信仰さえあれば、あなたは立派な村の男になれます!」
既に夕食は始まっていたのか、目の前には年配の六人の男性が、ほろ酔い気分で地元の食材をつまみあっていた。
「ほら、水木君! 駆けつけた皆様に、一人ずつ、お酌をして」
「あっ、はい!」
僕は慌てて目の前の男性にお酌をする。あぁ、なんだろう、この感じ。
「しかしいい男だな。身体は細いけど、十分うちの労働力になる」
「飯田さんの娘をあてがうんだって? 少し若いけど、問題なかろうて」
既視感がある。何年も幼い僕を捉えた、親族の下卑た好奇と期待の視線。
降り注がれる質問に、僕はかねて考えておいた過去の生活、村への希望をでっち上げる。
彼らは僕の言葉に、通り一遍の同情を告げる。だが僕の存在どうこうよりも、村に人手が増えたことそれ自体に、彼らは激しい喜びを感じているようだった。
この間、倉は黙って酒の肴をつついていた。まるでこの夕食には、特段意味も無いとばかりに。
やがて夕食はお開きになり、六人の村人は次々と帰っていく。だが僕は倉の命の下、別室にて待機させられた。
数分経った頃、突然階下より、悲鳴に似たざわめきが聞こえた。とその時、少し酒酔い下倉が再び顔を出し、
「敦生、漸くお前の念願の女に会えるぜ。最悪の形、最悪のタイミングでな」
言い終わらぬ内に、廊下の方から、芯の通った女性の声が響く。あぁ、この声、長い時が経っても変わらない。
「倉さん。私たち、しかも香奈さんまで呼び出して、何の用? 祭りの準備で、皆疲れているのに、集会所に来てくれって……」
髪を束ね、紫の衣装に身を包んだ女性が、和服姿の男性と共に、スッと視界に現れる。何気なくこちらに目を向けた彼女は、途端に信じられないといった表情に変わり、
「驚いたろう。長い時が経ってもこの男は、お前のことが忘れがたく、この村での生活を願い出てきた。俺はその勇気と決断に敬意を示し、今から課す試験をこなせば、それを受け入れることにした」
倉の言葉が耳に入っているか否か、彼女はわなわなと身体を震わせながら、硬直したように僕から視線を外さなかった。
「試験……?」
僕の問いに、いつの間にか後ろに控えていた初音が、造作もない課題とばかりに、
「そう。あなたは彼女と同じ村で暮らしたいと願い出ているだけで、彼女への好意は否定している。でもその真意はわからない。だから彼女たち夫婦の交わりを、あなたに見せつけることで、強引にでもその未練を断ち切ってもらうの」
淡々と、耳を疑うべき提案を口にする。続けざま倉も、これまでの笑みを消し、張りのある声で極めて厳かに、
「そしてお前も、飯田香奈、この女との交わりを千寿に見せつけ、彼女と結婚してもらう。お前の望みに応えてやったんだ、断る訳ないだろ?」
そう言い、彼らの後ろで俯く袴姿の女性をちらりと見やり、彼は用意が整ったようだと先ほどの大部屋へと向かった。
広々とした室内の中央に、数台の行灯に囲まれる形で、一枚の布団が敷かれていた。その異様さに、僕は今から起こるであろう性戯が、一気に現実味の帯びたものとして胸を捉えた。
さすがに用意された座布団は、行為場所から数メートル程離されていた。僕は薄暗闇の下、入口隅の一枚に腰を据える。その後、後ろに倉と初音が控え、最後に飯田香奈が折り目正しく、僕の隣に座した。
「倉さん、初音さん……私たちの方は、準備が完了しました」
ややあり、入口から震える声で、彼女の夫が姿を現す。と同時に、純白の夜着に身を包んだ千寿が、何ら迷いのない表情で僕たちを横切った。
「よし、いつでも構わん。お前たちのペースで始めろ」
倉の掛け声と共に、彼女の夫も慌てて寝具へと向かった。
性行は二〇分足らずで滞りなく終わった。行灯の光に照らし出される、彼女らのむき出しの裸 体。初めはお互い意識してか、荒い息遣いのみが部屋を充満したが、やがて挿入を機に、二人の嬌声が徐々に辺りに反響した。
夫の快楽に満ちた声が、室内を揺さぶる。とりわけ大きく叫ぶのは、素の性格か、それともこの常軌を逸した蛮行を少しでも振り払わんとするためか。
対照的に彼女の喘ぎは最後まで、乱れることを知らなかった。綺麗だ。僕は二人が絶頂を迎えてもなお、その感情しか心奥から生じなかったことに、自分でも仰天しながら、そっと後ろを振り返った。
「どうだ、二人のセックス。しっかりと目に焼き付けたか」
倉の問いかけに、僕は小さく首肯した。彼は無言で件の笑みを浮かべると、即座に、
「おし、よく完遂してくれた! 見事だった! 続いて清敦と香奈の初行だ。木戸君、準備の方、頼む」
「はっ、はい! 了解です!」
そう言い、入口に合図を送ると、いつしか例の青年が用意周到に、僕たちの夜着を持ち構えていた。
「あれ、僕たちだけだと思っていたのに、君も残っていたのか」
部屋を出、先ほどの別室へと案内する彼に、僕はそっと声をかける。部屋に入ると、倉さんから頼まれましてと頭をポリポリと掻き、呼ばれるまで一階に待機していましたと、律儀に答えてくれた。
「そっか……」
階下にいるとはいえ、天井の薄い部屋だ。先ほどの二階の嬌声は、彼の耳にも恐らく届いていたことだろう。
再び繰り返されるはずの彼への負担に、僕は申し訳なさげに、それでも着付けを進めてもらう。しかし彼は表情を変えることなくやがて、完了しました! と健気な声で僕の背中をポンッと押してくれる。
「これで準備万端です。さっ、お二階の方にお上がりください」
彼の言葉に、僕はそのまま部屋を出かかる。しかし彼の無垢な表情を一目見ようと、今一度後ろを振り向く。瞬間、それを見越していたかのように、彼は間髪入れず、
「ねぇ、水木さん。外の世界は、一体どんな暮らしが待ち受けているのですか」
純粋な瞳で、でもどこか試すように、僕の目を覗きこんだ。
「……誰も過度に干渉してこない、自分の努力次第でどうとでもなる、そんな世界だ」
僕が咄嗟に応じると、彼はそうですか、いずれ参考にさせていただきますと、大人びた声で小さく呟いた。
僕は反射的に彼を見返した。しかし、その表情は、先ほどの好青年の姿のまま、
「さっ、早く行かないと、皆様に叱られますよ!」
そう言うと、僕に背を向け、散らかり切った衣服の後片付けに取り掛かった。僕はなおも彼を見続けたが、やがて急いで部屋を後にした。
日没を迎え、徐々に室内も闇夜に包まれてきた頃合い。鍵の掛けられた戸が開け放たれ、倉が一段と不敵な笑みを浮かべ、こう言い放った。
「悪いがあんたの目的は、先程初音の方から聞かせてもらったよ。俺たちの仲間になりたいんだって? 願っても無い! 今夜はその歓迎の夕食だ。忙しい中、数名の村の衆も集まってくれている」
そのまま会所へと歩を進める倉に従い、僕は黙って外へと出る。途上、祭りの設営途中の木材に、夏の虫が涼しげな音色を奏でている。僕はその音に地元の夏を想起しながら、やがて煌々と灯りのともる集会所へ辿り着いた。
「木戸君、支度の方は大丈夫かい? 連れてきたよ。彼が俺たち村の理念に共感し、口寄女様と生活を共にしたいと願ってきた〝水木清敦〟君だ」
会所に入ると、偶々目の前で膳を運んでいたうら若き青年に、彼は気軽に話しかけた。
「はい。へぇ、君が水木君! 外の世界で随分と苦労したんですってね。でももう大丈夫です。私たちは皆、あなたの入村を心より歓迎します!」
そう述べ、彼は膳を置き、僕に歓迎の意を示す。僕は訳もわからず、ただ従うまま、彼によろしくお願いしますと頭を下げた。
「うんうん、良かった。どうやら彼も君を受け入れてくれるようだ」
肩越しにそう無表情で呟いた倉は、会場はこっちだよと告げ、颯爽と二階へと上がる。
「お待たせしました、倉です! 件の男を連れてきました!」
襖の前にて彼は跪き、声を上げる。途端に、おぉ倉さん、お待ちしていました入って下さい、という声が響き、彼は戸を開ける。
「いやぁ、倉さん。おかげさまで祭りの準備の方は順調です。少し早いですけど、今日は前祝いですな!」
「あなたが水木君か! 外の人間の入村は初めてだけど、心配はいらない。口寄女様への信仰さえあれば、あなたは立派な村の男になれます!」
既に夕食は始まっていたのか、目の前には年配の六人の男性が、ほろ酔い気分で地元の食材をつまみあっていた。
「ほら、水木君! 駆けつけた皆様に、一人ずつ、お酌をして」
「あっ、はい!」
僕は慌てて目の前の男性にお酌をする。あぁ、なんだろう、この感じ。
「しかしいい男だな。身体は細いけど、十分うちの労働力になる」
「飯田さんの娘をあてがうんだって? 少し若いけど、問題なかろうて」
既視感がある。何年も幼い僕を捉えた、親族の下卑た好奇と期待の視線。
降り注がれる質問に、僕はかねて考えておいた過去の生活、村への希望をでっち上げる。
彼らは僕の言葉に、通り一遍の同情を告げる。だが僕の存在どうこうよりも、村に人手が増えたことそれ自体に、彼らは激しい喜びを感じているようだった。
この間、倉は黙って酒の肴をつついていた。まるでこの夕食には、特段意味も無いとばかりに。
やがて夕食はお開きになり、六人の村人は次々と帰っていく。だが僕は倉の命の下、別室にて待機させられた。
数分経った頃、突然階下より、悲鳴に似たざわめきが聞こえた。とその時、少し酒酔い下倉が再び顔を出し、
「敦生、漸くお前の念願の女に会えるぜ。最悪の形、最悪のタイミングでな」
言い終わらぬ内に、廊下の方から、芯の通った女性の声が響く。あぁ、この声、長い時が経っても変わらない。
「倉さん。私たち、しかも香奈さんまで呼び出して、何の用? 祭りの準備で、皆疲れているのに、集会所に来てくれって……」
髪を束ね、紫の衣装に身を包んだ女性が、和服姿の男性と共に、スッと視界に現れる。何気なくこちらに目を向けた彼女は、途端に信じられないといった表情に変わり、
「驚いたろう。長い時が経ってもこの男は、お前のことが忘れがたく、この村での生活を願い出てきた。俺はその勇気と決断に敬意を示し、今から課す試験をこなせば、それを受け入れることにした」
倉の言葉が耳に入っているか否か、彼女はわなわなと身体を震わせながら、硬直したように僕から視線を外さなかった。
「試験……?」
僕の問いに、いつの間にか後ろに控えていた初音が、造作もない課題とばかりに、
「そう。あなたは彼女と同じ村で暮らしたいと願い出ているだけで、彼女への好意は否定している。でもその真意はわからない。だから彼女たち夫婦の交わりを、あなたに見せつけることで、強引にでもその未練を断ち切ってもらうの」
淡々と、耳を疑うべき提案を口にする。続けざま倉も、これまでの笑みを消し、張りのある声で極めて厳かに、
「そしてお前も、飯田香奈、この女との交わりを千寿に見せつけ、彼女と結婚してもらう。お前の望みに応えてやったんだ、断る訳ないだろ?」
そう言い、彼らの後ろで俯く袴姿の女性をちらりと見やり、彼は用意が整ったようだと先ほどの大部屋へと向かった。
広々とした室内の中央に、数台の行灯に囲まれる形で、一枚の布団が敷かれていた。その異様さに、僕は今から起こるであろう性戯が、一気に現実味の帯びたものとして胸を捉えた。
さすがに用意された座布団は、行為場所から数メートル程離されていた。僕は薄暗闇の下、入口隅の一枚に腰を据える。その後、後ろに倉と初音が控え、最後に飯田香奈が折り目正しく、僕の隣に座した。
「倉さん、初音さん……私たちの方は、準備が完了しました」
ややあり、入口から震える声で、彼女の夫が姿を現す。と同時に、純白の夜着に身を包んだ千寿が、何ら迷いのない表情で僕たちを横切った。
「よし、いつでも構わん。お前たちのペースで始めろ」
倉の掛け声と共に、彼女の夫も慌てて寝具へと向かった。
性行は二〇分足らずで滞りなく終わった。行灯の光に照らし出される、彼女らのむき出しの裸 体。初めはお互い意識してか、荒い息遣いのみが部屋を充満したが、やがて挿入を機に、二人の嬌声が徐々に辺りに反響した。
夫の快楽に満ちた声が、室内を揺さぶる。とりわけ大きく叫ぶのは、素の性格か、それともこの常軌を逸した蛮行を少しでも振り払わんとするためか。
対照的に彼女の喘ぎは最後まで、乱れることを知らなかった。綺麗だ。僕は二人が絶頂を迎えてもなお、その感情しか心奥から生じなかったことに、自分でも仰天しながら、そっと後ろを振り返った。
「どうだ、二人のセックス。しっかりと目に焼き付けたか」
倉の問いかけに、僕は小さく首肯した。彼は無言で件の笑みを浮かべると、即座に、
「おし、よく完遂してくれた! 見事だった! 続いて清敦と香奈の初行だ。木戸君、準備の方、頼む」
「はっ、はい! 了解です!」
そう言い、入口に合図を送ると、いつしか例の青年が用意周到に、僕たちの夜着を持ち構えていた。
「あれ、僕たちだけだと思っていたのに、君も残っていたのか」
部屋を出、先ほどの別室へと案内する彼に、僕はそっと声をかける。部屋に入ると、倉さんから頼まれましてと頭をポリポリと掻き、呼ばれるまで一階に待機していましたと、律儀に答えてくれた。
「そっか……」
階下にいるとはいえ、天井の薄い部屋だ。先ほどの二階の嬌声は、彼の耳にも恐らく届いていたことだろう。
再び繰り返されるはずの彼への負担に、僕は申し訳なさげに、それでも着付けを進めてもらう。しかし彼は表情を変えることなくやがて、完了しました! と健気な声で僕の背中をポンッと押してくれる。
「これで準備万端です。さっ、お二階の方にお上がりください」
彼の言葉に、僕はそのまま部屋を出かかる。しかし彼の無垢な表情を一目見ようと、今一度後ろを振り向く。瞬間、それを見越していたかのように、彼は間髪入れず、
「ねぇ、水木さん。外の世界は、一体どんな暮らしが待ち受けているのですか」
純粋な瞳で、でもどこか試すように、僕の目を覗きこんだ。
「……誰も過度に干渉してこない、自分の努力次第でどうとでもなる、そんな世界だ」
僕が咄嗟に応じると、彼はそうですか、いずれ参考にさせていただきますと、大人びた声で小さく呟いた。
僕は反射的に彼を見返した。しかし、その表情は、先ほどの好青年の姿のまま、
「さっ、早く行かないと、皆様に叱られますよ!」
そう言うと、僕に背を向け、散らかり切った衣服の後片付けに取り掛かった。僕はなおも彼を見続けたが、やがて急いで部屋を後にした。