夏蕾・Ⅷ

文字数 1,869文字

 

 獣人達が色めき立った。
 ここへ来る前に様々な情報を下調べして来た用心深い彼らは、今代の長が過去に西風で色恋沙汰を起こした噂まで知っていた。
 ユゥジーンはしゃっくりしたみたいに唾を飲み込んでいる。

「本来の跡取り候補のリリが味噌ッカスだから、僕が呼ばれたんだ。里でも一部の偉いヒトしか知らない。今までだって、西風の里に何かあったら、蒼の長は一目散に駆け付けた。僕がいたからだよ!」

 トンでもないハッタリだ。
 しかし、獣人達にはマメに調べた事が仇となり、説得力があった。

「僕を人質にしておけば、蒼の一族はあんた達に逆らえない。だから、ユゥジーンには何もしなくていいでしょ!」

「小僧!」
 リーダーとおぼしき一際(ひときわ)大きな獣人がズシズシと迫り、子供の青銀の髪を掴んで顔を引き上げた。血の色の口に、カミソリみたいな歯がギラギラしている。
「人質というのは、交渉が決裂したら八つ裂きにされるモノだ。知っているか?」

「……こ、交渉する気があるのなら、今すぐユゥジーンに向けている刃(やいば)を降ろさせて……」
 少年は震え声なのに、言葉は引き下がらなかった。

「カノン、もういい、よせ」
 ユゥジーンが言い終わる前に

 ――パンパンパン、パパン!!

 破裂音!
 緊張が途切れた!

「ひ、人質の小屋の方だあ!」

 村人が外へ飛び出した。
 一人飛び出したら連動して全員が飛び出した。
 獣人達も怯んで集中が分散した。

 カノンの髪を掴んでいたリーダーも一瞬手を緩めた。
 それを見計らったように、窓から複数の小さい黒玉。
 カノンには見覚えがあった。

「ユゥジーン、目を守って!」

 ――パパパパン!

 炸裂音がして、部屋中に刺激臭が満ちる。

「こ、胡椒?」
「唐辛子も入っている筈だよ」

 丸い爆竹を凝視していた獣人達は、目をやられて悲鳴をあげている。
 素早く伏せて粉塵を逃れた二人は、床を低く走って、包囲を抜ける事に成功した。

 表に飛び出すと、カノンの予想通りの顔があった。

「レン!」
「カノン、僕を置いて行くなよな!」

 赤いバンダナが草の馬の上から、白い歯を見せて親指を立てている。

「見張り連中、こっちに気が行っていたから、簡単に『必殺の武器』を浴びてくれた。人質の人達はもう逃げ出したよ」

 村端の小屋の前で、黒い獣人達が顔を覆ってうずくまっている。
 しかし難を逃れた数人が、逃げ足の遅い村人を追い掛けようとしている。

「レン! 馬貸せ!」

 レンは素早く飛び降りて、乗って来た馬をユゥジーンに渡した。
「また盗んで来たんだ、後で弁護してよ!」
「後だ後! 今は安全な場所に隠れてろ!」
 馬上のユゥジーンは二刀を抜いて、風のように獣人に向かって行った。

「僕達もずらかろうぜ」
 少年二人は何処かの建物に隠れようと走りかけた。

 ――ガシッ!

 カノンの頭が後ろからわし掴みにされた。

「小僧ォ・・! 許さん・・許さん・・!」

 目を真っ赤にしたさっきのリーダーだ。
 鉤みたいな爪が額にズブズブと食い込むのが分かった。

「あ゛あ゛・・!」

「はなせ、はなせ――!」
 レンが毛むくじゃらの腕にぶら下がって噛み付く。

「小僧が!」
 獣人はもう片手で、後ろからレンの首を掴もうとした。
 細い子供の首なんかひと捻りにしてしまいそうな容赦の無い鉤爪。

「レン、逃げて! お願い逃げて!」

 ――ガツン!!

 額に食い込んでいた爪が外れた。
 落とされた地面から振り向くと、鍬(すき)を握りしめて必死の形相の村人。
 さっき逃げ出した村の男達が、手に手に武器を持って、視界のない獣人の足を払って叩きのめしていた。

「ぼうや、ぼうや、大丈夫か?」
「は、はい、ありがとぅ」
「礼を言いたいのはこっちだ……」


 獣人達はほとんどが打ち倒された。残った数人が縛り上げられ、皆に取り囲まれたが、まだ目を剥いて毒づいている。
「俺達をこの人数だけだと思うなよ! 本隊はもっと肝心の、別の所を強襲している!」

「蒼の里か? お前達には見付ける事も出来まい」
 ユゥジーンが二刀を収めながら冷静に言った。

「ふふん、もっと効率のいい場所だ。砂漠の西風の集落を押さえられたら、貴様ら、身動きが取れまい」

 レンとカノンはその場で跳ね上がった。
 朝の双子石は、それだったんだ!

「俺らの待遇をどうするか、今から気を付けておいた方がいいぞ!」


 ―― お生憎サマ! 

 頭上に紫の光が広がった。

「あんた達のショボい鉤爪なんて、父さまの剣の一振りで、一網打尽だったわよ。西風のヒト達に指一本触れる前にね!」

 紫の前髪の女の子が、愛馬若紫と共に上空から降りて来る。

「リリ!」




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登場人物紹介

カノン:♂ 西風の妖精

西風の長ルウシェルの息子。今年十一歳。

記憶が曖昧な母と暮らす、イヤでもしっかりせねばならない子。

レン:♂ 西風の妖精

シドとエノシラさんちの長男。

カノンとは同い年で親友。健全な両親に健全に育てられた陽キャ。

ルウシェル:♀ 西風の妖精

当代の西風の長。カノンの母親。

カノン出産の時よりランダムに記憶が飛び始める。

シドさん一家

シド:♂ 西風の妖精、外交官、ソラ(カノンの父)の親友  

エノシラ:♀ 蒼の妖精、助産師、医療師、ルウシェルの親友

子供たち レン:♂ ファー:♀ ミィ:♀  カノンと仲良し

モエギ:♀ 西風の妖精

カノンの祖母、ルウシェルの母。

病気がちで、長を娘に譲った後は田舎で隠遁している。

今回はモブの人々

フウヤ ♂ 三峰の民、旅の彫刻家。ルウシェルやシドと昔馴染み。

カーリ ♀ 砂の民、砂の民の総領の養女で、モエギの義妹。

アデル ♂ 砂の民、モエギとハトゥンの子供。ルウシェルの歳の離れた弟。

リリ:♀ 蒼の妖精

蒼の長ナーガ・ラクシャの娘。

成長の仕方がゆっくりで、幼く見えるがレンやカノンより年上。

ユゥジーン:♂ 蒼の妖精

執務室のエースだが、好んでリリの世話係をやっている。

叩き上げの苦労人なので、子供達には甘そうで甘くない。

リューズ:♂ 海霧の民

アイシャの夫。巫女を支える神職。

アイシャ:♀ 海霧の民

リューズの妻。予言者、巫女。

ナーガ・ラクシャ:♂ 蒼の妖精

当代の蒼の長。リリの父親。

近年で最も能力的に信頼されている長。

ホルズ:♂ 蒼の妖精

長の執務室の統括者。

若者の扱いが上手な、ゆるふわ中間管理職。

ノスリ:♂ 蒼の妖精

ホルズの父。ナーガの前の蒼の長。

血統外の繋ぎ長だったが、人望厚く、いまだ頼られる事が多い。


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