とぅん とぅん・Ⅱ
文字数 2,299文字
青銀のリューズは、目線を合わせたまま、手を伸ばして少年の肩に触れた。
カノンは反射で身を引きそうになったが、思い直してじっとした。
「昔、子供の頃かな、僕の最初に師事したお師匠さん……カワセミ殿が、同じ話をしてくれた。そこの羽根の子供のお父さんだよ」
カノンは、離れた所でぽてぽて歩き回っている子供を見た。
「あのヒトも、予知能力が目覚め始めた子供時代に、同じような理由で悩んでいた。そしたら当時の彼の師匠の大長様が、『辛いのなら、その能力は封印してもいい』と仰った。そんな力よりも、お前の身の方が大切だと」
「……」
「僕は短い期間だけれど、大長様にも教えを受けた事もある。ああこのヒトなら言うだろうな、と思った。どう? 君が望むなら、あのヒト達の弟子として、僕が封印してあげるよ。二度と悪夢を見なくて済むように」
「け、消せるんですか、この能力」
少年は今日一番のリアクションをした。
リューズは屈んだまま、少年の後ろのナーガを見上げた。長殿は黙って、優しい目で双方を見つめている。彼にだって勿論封印は出来るのだろうが、ここでリューズに頼る事を選ばせたいのだろう。
「消滅は無理だ。そこに通じる道を断つ、と考えてくれればいい。箱に閉じ込めて鍵を掛けるイメージでもいいな」
「んと?」
「予知は発動するが、君の頭には伝わらない、夢も見ない、予知があった事すら分からない。発動分疲れる程度だ」
少年は考え込んでいる。
聡い子だな……
「あの、さっきの話の、カワセミさんは何と答えたんですか? 大長さんに予知の力を封印してあげるって言われた時」
「カノン、他者にならわず、まず自分で考えなさい」
ナーガが思わず口出しして、眉根を寄せたリューズに振り返られた。
すまないすまない、という感じで、ナーガは三歩下がる。
と、背中が羽根の子供にぶつかった。
見上げて来るシンリィの目も、咎めているように見える。
(そうだな、今のはリューズが言う台詞だったな)
カノンは神妙に、再び口を開いた。
「じゃあ、予知の力がまたユゥジーンの危機を報せてくれても、僕は知る事が出来ないんだ」
「そうなるな」
リューズは少年の肩に手を置いたまま、ゆっくりと喋る。
「でも君のせいじゃない。先の事なんて誰も知らなくて当たり前なんだから」
「そんな事ないです。予知って必要だから報せてくれるんでしょ。それに耳を塞いで、見殺しにするって事じゃないですか。ユゥジーンだけじゃない、リリやレンの危機を報せてくれるかもしれない、ルウシェルかもしれないのに」
言いながらカノンは、先日リリに言われた事を思い出した。
『自分には能力があると分かっていたのに使えるようにしていなかったら、後で後悔する羽目になる』
これだ、こういう事だったんだ。
「あの、やっぱり封印はいいです。大事なヒトに危険を知らせられるなら、そっちの方を取ります。怖い夢なんか……やっぱり怖いけど……いい、そのうち慣れるから」
リューズは、少年の肩に掛けた手に力が入りそうになるのをこらえた。
自分にこの子を称える資格はない。
「はい、分かりました。カワセミ殿と同じ答えでした。封印は無しにしましょう」
青銀の男性は、立ち上がって退いた。
ナーガが静かに、少年の後ろで彼に頭を下げる。
それから交代するように、ナーガがカノンの前に回った。
「怖い時は独りで抱え込まず、すぐに周囲にぶちまけなさい。貴方には、貴方を支えたい友も、親も師も、ちゃんといてくれる」
「は、はい」
「そうして、どうしても耐え難いモノを視てしまったら、私か、このリューズを頼りなさい。その先は我らが引き受けて、貴方の頭からは消し去ってあげます」
当たり前に振られてリューズは動揺したが、顔には出さないようにした。
『特定の記憶だけを抜き出して消し去る術』…… それ、結構難しくないですか? 何で僕が使えるのを当たり前みたいに思っているんですか? 相変わらず基準が無茶苦茶なヒトだなぁ。
(帰ったら練習しておかなくちゃ)
「あっ!」
カノンが頓狂な声を上げた。
二人の大人が彼を見る。
「あの羽根の子、消えちゃいました。たった今までそこにいたのに」
確かに、ふよふよと三人の周囲を歩き回っていた子供が居なくなっている。
「シンリィ? 結界から出て行ったのか…… いや、境目がそこまで迫っているな。遊んでいて落っこちたのか」
「ああ、本当だ、ナーガ様、そろそろ結界が切れます」
「ええっ、落ちちゃったんですか、あの子供、大丈夫なんですか?」
慌てるカノンに、二人の大人は振り向いてシレッと言った。
「「大丈夫ですよ、シンリィは」」
辺りが白い靄に包まれて、ナーガが暇の言葉を述べた。
ではこれで、との別れ際、リューズがフィッと身体を伸ばして、少年に何か耳打ちした。
「??」
怪訝な顔をする少年の視界から青銀の男性は遠ざかり、
次の間には、ナーガとカノンは出発したハイマツの丘に立っていた。
「何て言われたんですか?」
チキチキ鳴く虫の声を背景に、ナーガ長ににこやかに聞かれて、カノンは焦って口を空回りさせた。
「あわっ、いえっ、あの、『師匠は選んでも良いんだよ』って…… どういう意味なんでしょう? ナーガ長に失礼じゃないですか? 僕、ナーガ長に指導して貰う以外考えていませんよっ。っていうか、もうあのヒトに会いたくありません、いえ、あのヒトが嫌いって訳じゃなくて……」
長殿はにこやかに少年を見ている
「どっちかというと好きなんだけれど、今は、離れていたいんです……」
「承知しました。最初の頃と違って、沢山話してくれるようになって、とても嬉しいです」
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