天人唐草・Ⅲ

文字数 2,012文字

   

 三分割されたゴールポストが地面にドシンドシンと落ち、その上にレンがひらりと降りた。
 そして、空中をひらひら落ちて来る三つに切れた朴(ほお)の葉を掴んで叫んだ。

「幾ら何でもこりゃないだろ! どういうセンスしてんだよ!」

「え? え?」

 カッコウみたいな声しか出せないカノンの頭上で、甲高い声がした。

「だって、『砂漠の追っ掛け妖怪』なんてあやふやな情報しか言ってくンないから、そんなのしか思い浮かばなかったのよ!」

 背後の朴(ほお)の木のてっぺんから、さっきベッドで怒っていた娘が降って来た。

「だいたいヒトのコト言えるの? なに? あのダイコン演技。緊迫感も何もあったモンじゃない! あんなのに騙されるのなんて、カノンくらいじゃないの!?」

「うっさいな! あんなの見せられて笑うなって方が無理だろ! それを言うならお前の作ったワラジ虫を本気で怖がるのなんか、せいぜいカノンぐらいだぜ!」

「あ、あのぉ……」
 ケンケン言い争う二人の間で、青銀の少年が遠慮がちに片手を挙げた。

「えっと、今の流れで判断すると…… 二人で共闘して僕を担(かつ)いだ……ってコトで、いいのカナ……?」

 二人同時にカノンを振り向いた。
「当ったり前でしょ! ちょっと黙っててよ!」
「それ以外のなんだってんだ! この状態でまだ気付かないんなら深刻だぞ、カノン!」

「…………」

 カノンは黙った。そして、二人の楽しそうな口喧嘩が終息するのを辛抱強く待った。


「要するにね、あんたがあんまり自分を卑下しているから、自信を付けてあげたかったのよ」

 紫のリリは相変わらずの居丈高で、腕組み。
 嘘がバレたんだから、もうちょっと申し訳なさそうにしてもいいのに。

「しっかし、カノン、ホンットにド天然な。あのワラジ虫の出来損ないが出た時点で、何か変だと気付かないか? あぁ、口の中、渋っ」

 目の下の隈のメイクを拭き取りながら、レンも悪びれなく言った。紫色は、校庭の桑の木の実を思い切り頬張ったらしい。
 騙されて怖い思いをした当のカノンは、二人に叱られているみたいに小さくなっていた。
 何か違うくないか? 

「でも、まあ、最後は予定外だったわ」
「え?」
「シナリオでは、あんたに妖怪は倒せなくて、あたしがカッコよく助けに入る事になっていたのよ。そしてあんたは、修行して力を付けておく事の大切さを思い知る、っと!」
「…………」
「悔しいわよ。自分にはその力があった筈なのに、いざという時何も出来なかったら」
「…………」

 リリはそこの所は真顔でゆっくり言った。過去にそんな経験をしたのかもしれない。
 カノンも神妙に受け取った。

「長殿も加担してらしたの?」

「まさか!」
 リリは腕組みをほどいて掌(てのひら)を上に向けた。
「父さまがそんなに器用なもんですか。あれは、そのマンマの反応よ」

「あれが、そのまんま?」

「もしかして父さまが、父親でいる時まで立派な『蒼の長』だと思っていた? まさか、娘に対してはホント、平々凡々よ」

「……うん」
 その辺の平々凡々とはちょっと違う気がする…… と、カノンは思ったが口にはしなかった。

 この二人が、自分の為に骨折ってくれた事だけは真実。そこはちゃんと感謝しよう。
 それを証拠に、確かにさっき土手を駆け降りた自分とは違う自分が、今土手を登っている気がする。

 カノンの持って来たチャパティは草の上に落ちていたが、砂を払って三人で分けた。
 かじりながら三日月の下、並んで歩く。

「カノン、騙してごめんな」
 リリの自宅が見えた辺りで、今更ながら、レンが謝った。

「ううん、芝居でよかった」
「んン?」

「あらぁ、あたしがレンにキッスされたってのが、嘘でよかったって? ホンットお子ちゃまね! このあたしがキッスの一つや二つで動揺する訳・・」

 紫の前髪の下のピンクの唇が、不意を衝いて両肩を掴んだカノンに塞がれた。

「これでおあいこだ!」

 突き飛ばされてレンに受け止められながら、カノンはチャパティのカケラがくっついた舌先を引っ込めた。
「なぁにが『お子ちゃま』だよ。自分の事だろ、口端に食べかすくっ付けて」

「あ・あ・あんた!」

「明日から宜しくって長殿に伝えておいてくれ。行こう、レン!」

 カノンは彼とは思えない不敵な笑みを浮かべて、レンの手を引いてたちまち駆け去った。

「何よぉ!」

 リリは叫んだが、追い掛けはしなかった。
「何よ、まったく……ガキンチョなんだから、バカよ、バカ……」

 バカと言いながら、今日、二人の男の子が駆け抜けて行った唇に触れる。
 
 西風の少年達も、やがては自分を追い抜いて、先に大人になって行くんだろう。
 大人になるって複雑で、見えなくなって行く事だ。それは仕方のないコト。
 あの子らの透明な少年時代のひとときに、自分がいられた事に感謝しよう。
 子供の頃だけに見えていた、道端の花のように。

 リリは顔を上げて、細い三日月の家路を歩いた。



 ~天人唐草・了~
 








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登場人物紹介

カノン:♂ 西風の妖精

西風の長ルウシェルの息子。今年十一歳。

記憶が曖昧な母と暮らす、イヤでもしっかりせねばならない子。

レン:♂ 西風の妖精

シドとエノシラさんちの長男。

カノンとは同い年で親友。健全な両親に健全に育てられた陽キャ。

ルウシェル:♀ 西風の妖精

当代の西風の長。カノンの母親。

カノン出産の時よりランダムに記憶が飛び始める。

シドさん一家

シド:♂ 西風の妖精、外交官、ソラ(カノンの父)の親友  

エノシラ:♀ 蒼の妖精、助産師、医療師、ルウシェルの親友

子供たち レン:♂ ファー:♀ ミィ:♀  カノンと仲良し

モエギ:♀ 西風の妖精

カノンの祖母、ルウシェルの母。

病気がちで、長を娘に譲った後は田舎で隠遁している。

今回はモブの人々

フウヤ ♂ 三峰の民、旅の彫刻家。ルウシェルやシドと昔馴染み。

カーリ ♀ 砂の民、砂の民の総領の養女で、モエギの義妹。

アデル ♂ 砂の民、モエギとハトゥンの子供。ルウシェルの歳の離れた弟。

リリ:♀ 蒼の妖精

蒼の長ナーガ・ラクシャの娘。

成長の仕方がゆっくりで、幼く見えるがレンやカノンより年上。

ユゥジーン:♂ 蒼の妖精

執務室のエースだが、好んでリリの世話係をやっている。

叩き上げの苦労人なので、子供達には甘そうで甘くない。

リューズ:♂ 海霧の民

アイシャの夫。巫女を支える神職。

アイシャ:♀ 海霧の民

リューズの妻。予言者、巫女。

ナーガ・ラクシャ:♂ 蒼の妖精

当代の蒼の長。リリの父親。

近年で最も能力的に信頼されている長。

ホルズ:♂ 蒼の妖精

長の執務室の統括者。

若者の扱いが上手な、ゆるふわ中間管理職。

ノスリ:♂ 蒼の妖精

ホルズの父。ナーガの前の蒼の長。

血統外の繋ぎ長だったが、人望厚く、いまだ頼られる事が多い。


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