とぅん とぅん・Ⅲ

文字数 2,578文字

   
    

 ―さわさわ――
 ――――さわわん――

 青い空、高い梢、あお向けで動かないからだ。

 イバラはトゲトゲ、はりつけ、動けない。

 ・・・う――んと・・・なんでこんなことに?

 近付くあしおと。
 バサバサ。

「ー・ー・ー」

 葉っぱの間から、真っ黒な顔の男の子。
 目の白い所だけ、雪みたいに真っ白。

「ー・ー・ー・ー・ー」

 刃物をキンと抜いて、その子は枝を払いながら、トゲトゲの中へ踏み込んで来た。

 ――しらない子
 でもこわくない
 だってこの子のことは
 きっと大好きになる――


 ***


「なに、絡まってんの? ああ、動くな動くな。今外してやる。いてて」

 黒い肌に黒い瞳の少年は、慣れた感じでイバラの中へ踏み込み、ナイフで枝を切って、仰向けに倒れていた子供を救出した。

「生っ白いな、お前、どこから来たの。背中にそんなモン生やしてる癖に、こんな所に飛び込むなよ」

 片羽根の子供は、ポケッとはなだ色の目を見開いている。

(変な羽根・・? 見ない種族だな、言葉、通じないのかな?)

 ここは三日月湖を擁する森。
 草原地帯と乾燥地帯の境目。


 湖畔の曲がりくねった大木に、今、羽根の子供が危なっかしい手付きでよじ登ろうとしている。
 すぐ下で支える黒い少年。
 子供の小さい手が懸命に伸ばす先には、黄色い丸い実。

「まったく、その羽根、飛べないのかよ。まぁ片方だけならしようがないか。ほれ、もうちょっと」

 イバラに倒れていたこの子供は、どうやら頭上の黄色い実を採ろうとして落っこちたようなのだ。採って来てやると言っても、どうしても自分で木に登りたがる。

「気持ちは分からなくもない。俺もこの実は自分で採りたいからな。しかし今日俺が収穫に来なかったら、お前何日ハリツケになってたよ」

 ようやく指が届いて手繰り寄せ、子供はパチンと実をもいだ。

「一個でいいのか?」

 子供は枝に腰かけて、嬉しそうに黄色いゴツゴツした実を見つめている。

「それで満足出来るなんて燃費の良い奴だな。ああ、そのままかじるな。口が曲がるほど酸っぱいんだぞ」

 黒い男の子は、軽々と高い枝に足を掛け、上の方の実を持参の袋に詰め始めた。パチンパチンと実がもがれ葉が揺れる度に、あたり一杯清々しい香りが満ちる。

「俺の母者が、この実が好きだったんだ。採って帰って見せると、嬉しそうに笑ってさ。毎年、実のなる季節が待ち遠しかった」

 男の子の横で、羽根の子供は、枝に腰掛けて足をブラブラさせている。
 言葉が通じているのかどうかも分からないが、男の子の声にちゃんと耳を傾けているのは分かる。
 中途半端な相槌を打たれるよりも、何でかずっと安心出来て、男の子はついつい沢山の事を喋っていた。

「もういないんだけどさ…… 習慣で採りに来ちまう。いないからって止めちまうと、本当にどんどんいなくなって行く気がしてさ」


 ――ザザ

 風が吹いて、いきなり眼下の地面に、青銀の長い髪の男性が立っていた。
 歩いて来る足音すらしなかった。

「誰だ!?」

 男の子は緊張してナイフに手を掛けた。
 男性は足が不自由そうで、身体が傾いて錫杖を杖がわりにしている位なのに、馬がいない。
 こんな森中へどうやって来た? 

「ああ、妖しい者じゃない。その羽根の子にちょっと聞きたい事があって、追って来ただけ」

 子供は足のブラブラをやめて、男性の方を向いた。

「ねぇシンリィ。ナーガ様は『今のあの子に必要な者』を求めて、僕の結界へ飛び込んで来たけれど、必要な者ってもしかして、君の事『も』じゃないの?」

 子供はキョンとして首を傾げる。

「それとも、『今のあの子』じゃなくて『未来のあの子』に、君が必要になるのかな?」

 羽根を揺らして子供は立ち上がる。
 そうして手の中の実に指をかけて、二つに割った。
 濃厚な酸っぱい香りがあたりに満ちる。
 その瑞々しい半分を、隣の男の子に差し出した。

「え? えっと、俺、一杯採ったし。お前、それ一個しかないじゃん」

「受け取ってやってくれ」

 地上の男性が、目を見開きながら言った。

 男の子が戸惑いながら実を受け取ると、子供は羽根を広げて枝から跳んで、男性の前に降りた。
 そうして残った半分を、青銀の髪の彼に差し出す。

「僕にも?」

 男性が受け取ると、子供は片手を空に向けて上げた。
 周囲に風が渦巻いて、白濁した草の馬が、落っこちるように降りて来る。

「わっ!」
 男の子は風圧に怯んだが……
「待って!」
 馬に跨がった子供を呼び止め、袋の中の一番大きい実を掴み出して、彼に向かって投げた。

「俺、アデル! 砂の民のアデル!」

 投げて寄越された実を両手で受け止め、羽根の子供は、溢(こぼ)れるような笑顔を見せた。

「なあ、えっと、シンリィ! また会える?」

 つむじ風に巻かれる木の葉のように、馬は垂直に昇って行き、男の子が目を戻すと、地上の青銀の男性も消えていた。

 何だったのか……
 手元の半分の実が清しく香り、アデルはしばらく呆然と突っ立っていた。


 ***


「あの片羽根の子供は、何なんですか? 蒼の妖精? 最初、狭間の精霊かと思いましたよ」

 里へ帰る馬上、カノンの問いに、ナーガはゆっくりと答える。

「蒼の妖精だよ。僕の亡くなった妹の子供」
「あ……」
「本能の赴くままに動いているのは、精霊に似ているかもしれないね。ただ、あの子の行動は一本筋が通っている。本人は意識していないと思うけれど」

 カノンは質問をやめて黙った。蒼の長の血筋にはあんな存在もいるのだな・・ 底知れなさを感じて、何だかゾッとしたのだ。

「カノンもまた会えたらいいね」
「い、いや、僕なんか相手にされないでしょう? 今も興味なさ気だったし」
「今はまだ、繋ぐ手が見えなかったのかもしれないね」
「??」

 ナーガは里へ向けて馬を降下させた。

 シンリィの役割のひとつは、『繋ぐ』事だ。
 ヒトとヒトとを繋ぐ事。その手を未来へ繋ぐ事。
 未来(さき)を見透し、必要となる縁(えにし)を、あらかじめ繋いで置く事だ。

 予知能力どころじゃない。


   ***


 再び作った結界の帰り道を、リューズは半分の蜜柑に頬を寄せながら海霧(かいむ)へ急ぐ。

「僕もまだ輪の中に居るんだ、嬉しいな」





  ~とぅん とぅん・了~


  ~ホライズン・完了~




 To be next
 

 
 

ここまでお付き合い頂き、まことにまことにありがとうございました。


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登場人物紹介

カノン:♂ 西風の妖精

西風の長ルウシェルの息子。今年十一歳。

記憶が曖昧な母と暮らす、イヤでもしっかりせねばならない子。

レン:♂ 西風の妖精

シドとエノシラさんちの長男。

カノンとは同い年で親友。健全な両親に健全に育てられた陽キャ。

ルウシェル:♀ 西風の妖精

当代の西風の長。カノンの母親。

カノン出産の時よりランダムに記憶が飛び始める。

シドさん一家

シド:♂ 西風の妖精、外交官、ソラ(カノンの父)の親友  

エノシラ:♀ 蒼の妖精、助産師、医療師、ルウシェルの親友

子供たち レン:♂ ファー:♀ ミィ:♀  カノンと仲良し

モエギ:♀ 西風の妖精

カノンの祖母、ルウシェルの母。

病気がちで、長を娘に譲った後は田舎で隠遁している。

今回はモブの人々

フウヤ ♂ 三峰の民、旅の彫刻家。ルウシェルやシドと昔馴染み。

カーリ ♀ 砂の民、砂の民の総領の養女で、モエギの義妹。

アデル ♂ 砂の民、モエギとハトゥンの子供。ルウシェルの歳の離れた弟。

リリ:♀ 蒼の妖精

蒼の長ナーガ・ラクシャの娘。

成長の仕方がゆっくりで、幼く見えるがレンやカノンより年上。

ユゥジーン:♂ 蒼の妖精

執務室のエースだが、好んでリリの世話係をやっている。

叩き上げの苦労人なので、子供達には甘そうで甘くない。

リューズ:♂ 海霧の民

アイシャの夫。巫女を支える神職。

アイシャ:♀ 海霧の民

リューズの妻。予言者、巫女。

ナーガ・ラクシャ:♂ 蒼の妖精

当代の蒼の長。リリの父親。

近年で最も能力的に信頼されている長。

ホルズ:♂ 蒼の妖精

長の執務室の統括者。

若者の扱いが上手な、ゆるふわ中間管理職。

ノスリ:♂ 蒼の妖精

ホルズの父。ナーガの前の蒼の長。

血統外の繋ぎ長だったが、人望厚く、いまだ頼られる事が多い。


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