とぅん とぅん・Ⅰ

文字数 2,360文字

 
 

―――とぅん―――
 ――――とぅん―――


 鼻先も分からない真っ暗。
 細い子供が空間を蹴って歩く波紋だけが、チラチラ波打ちながら遠ざかって消えていく。

 子供の背中には片方だけの緋い羽根。
 一間歩(いっかんぽ)跳ぶごとに、すこぅし開き、ひるがえって綴じて着地する。


 ―――とぅん―――
 ――――とぅん―――

 ――きゅん
 後ろから、槍で突くような光が伸びた。

 あちらの砂の原に現れた怖いのを、またあのヒトがやっつけた。
 もう大丈夫、あのヒトとっても強いから。

 ・・っっ??
 あれあれ、怖いのが消えない?
 ――横? 
 もう一匹いた、わわっ!!

 強い手に引っ張られた。
 それから眩しい光。
 怖いのが、やっつけられて消えて行く。

 あれ? この手、誰の手? 
 えっと…… 
 あ、大丈夫
 これは大好きなヒトの手。


 この世には三種類のヒトがいる。

 大好きなヒト
 好きなヒト
 知らないヒト


 ***


「シンリィ、無事か?」

 額飾りを揺らして長い髪のナーガが、羽根の子供を抱え、反対の腕で剣を撃ち降ろしていた。
 そちら側でまっぷたつになった大蠍(さそり)が、闇に吸い込まれて消えて行く。

「ナーガ様?」
 青銀の髪の妖精が、錫杖を杖がわりに、ゆっくりと空間を渡ってきた。
「討ち洩らしがあったようで、すみません」

「いや、たまたまです。僕が来なくても、シンリィなら逃げられただろう」

「ああ、その子」
 ソラ……今の名はリューズだが……は、懐かしそうに子供を見た。
 垣間見ではなく、きちんと対峙するのは、三日月湖の森で初めて会った時以来だ。

「魔性退治の為に結界を張ると、たまに端っこを横切るんですよ。何か手伝ってくれているのかもしれません、僕には知り得ませんが」

「どうなんでしょう、私にもこの子の事は、全部は分かっていなくて。ああ、貴方は、砂漠に入り込もうとする魔を祓ってくれているのですね、ご苦労様です」
 ナーガは眦(まなじり)を細めて、青銀の男性を見た。

 男性は少し慌てた。
「あの、けして西風の長様の浄化の力が劣る訳ではないのです。モエギ様が亡くなられたのと、あと色々重なって、付け狙われやすい状態といいますか……」

「分かっていますよ。ルウシェルはモエギ殿と同じで、高止まりの無い大器晩成だ。貴方もいてくれるし、砂漠の地はこれから安泰となって行くでしょう」

「そう言って頂けると嬉しいです」

 二人の大人は立ち話を始め、羽根の子供は、離れてその辺をスキップし始めた。

 ・と、暗闇にもう一人誰かいる。
 緊張して不安そうに突っ立っている、オレンジの瞳の少年。

 子供と目が合って、少年は所在なく会釈をした。
「えと……こんにちは?」

 羽根の子供は後ずさって身構える。

「カノン」
 呼ばれて少年は、子供を気にしながらも、大人達の方へ走って行った。

「予知の力が色濃くなって来た……って事ですか?」
 リューズが少年の額に手を当てた。
 カノンはちょっとピリッとしたが、我慢してじっと立っている。

「蒼の里では予知能力は稀で、最後の能力者カワセミ殿以来、出現は見られません。東西の古い部族に訊ねても、系統立ててはっきりとした教育方が見付からないのです」

「海霧(かいむ)も、予言の能力は巫女の家系だけで、それも女性にしか継承されません」

「何にしても、ノウハウはそちらの方がありそうですね」


 カノンは、ナーガ長の隣で大人達の会話を聞きながら、内心後悔していた。

 長殿に術の手ほどきを受けるようになってから、夜、やたらと夢を見るようになった。
(予知夢の力が引き出されて来たのかもしれない……)
 夢の中でそう意識した途端、恐怖で金縛りになる。ユゥジーンの青黒い死体を見てしまったのがトラウマになっているのだ。一歩遅れたらそれは現実になっていたのだと。

 今度は何を見てしまうの?
 どんな責任を背負い込むの?
 嫌だ、もうあんなの見たくない!

 朝起きると汗びっしょりで、眠る前より疲れている。
 顔色も悪くてフラフラしているのを長殿に問われて、正直に打ち明けたら、こんな事になった。

『今のカノンに必要な者』と、指先の血で探索術を掛けたら、またこの結界に飛ばされて、このヒトに会ってしまったのだ。

 現在の蒼の里には予知について指導出来る者がいない、とナーガ長は言っていた。
 このままだと、リューズさんに預けられるか、下手したらあのおっかないアイシャという巫女さんに委託されてしまう。
 嫌だ、それだけは絶対に嫌だ。

 リューズが手を当てたまま口を開いた。
「『打ち明けなきゃよかった』なんて思っちゃいけませんよ。ナーガ様が貴方のお師匠である事に変わりはありませんからね」

 カノンはビックリして後ずさった。そうだ、このヒトも軽々心を読んでしまうヒトだった。
「そ、そんな、師匠を選り好みするような不相応な事、僕……」

「安心なさい、僕は弟子を取るような立場にないし、巫女の家系も一子相伝だから」
「は……い」

 カノンは俯(うつむ)いた。
 だからこのヒトに会いたくなかったのだ。皆見透かされて、ナーガ長にバラされてしまう。
 こんな予知みたいな厄介な能力のせいで……

 青銀の男性は、少年の目の高さに屈んだ。
「その能力について、自分で、どう思う?」

「えっと、正直、重いです。ユゥジーンの役に立てたのは良かったけれど、この先予知があっても、間に合わない場合もあるんだろうなぁ、とか色々考えちゃって。それに……」
「うん」
「誰の力でもどうしようもない、大きな災厄を視てしまったら……って……」
「…………」
「考えないようにしようと思っても、考えちゃうんです。頭から離れないと、本当に視てしまうような気がして。怖いです、目を閉じる事すら、凄く凄く怖い」

 後ろでナーガが目を見開いた。
 彼の口から、これは初めて聞いたのだ。
 

 





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登場人物紹介

カノン:♂ 西風の妖精

西風の長ルウシェルの息子。今年十一歳。

記憶が曖昧な母と暮らす、イヤでもしっかりせねばならない子。

レン:♂ 西風の妖精

シドとエノシラさんちの長男。

カノンとは同い年で親友。健全な両親に健全に育てられた陽キャ。

ルウシェル:♀ 西風の妖精

当代の西風の長。カノンの母親。

カノン出産の時よりランダムに記憶が飛び始める。

シドさん一家

シド:♂ 西風の妖精、外交官、ソラ(カノンの父)の親友  

エノシラ:♀ 蒼の妖精、助産師、医療師、ルウシェルの親友

子供たち レン:♂ ファー:♀ ミィ:♀  カノンと仲良し

モエギ:♀ 西風の妖精

カノンの祖母、ルウシェルの母。

病気がちで、長を娘に譲った後は田舎で隠遁している。

今回はモブの人々

フウヤ ♂ 三峰の民、旅の彫刻家。ルウシェルやシドと昔馴染み。

カーリ ♀ 砂の民、砂の民の総領の養女で、モエギの義妹。

アデル ♂ 砂の民、モエギとハトゥンの子供。ルウシェルの歳の離れた弟。

リリ:♀ 蒼の妖精

蒼の長ナーガ・ラクシャの娘。

成長の仕方がゆっくりで、幼く見えるがレンやカノンより年上。

ユゥジーン:♂ 蒼の妖精

執務室のエースだが、好んでリリの世話係をやっている。

叩き上げの苦労人なので、子供達には甘そうで甘くない。

リューズ:♂ 海霧の民

アイシャの夫。巫女を支える神職。

アイシャ:♀ 海霧の民

リューズの妻。予言者、巫女。

ナーガ・ラクシャ:♂ 蒼の妖精

当代の蒼の長。リリの父親。

近年で最も能力的に信頼されている長。

ホルズ:♂ 蒼の妖精

長の執務室の統括者。

若者の扱いが上手な、ゆるふわ中間管理職。

ノスリ:♂ 蒼の妖精

ホルズの父。ナーガの前の蒼の長。

血統外の繋ぎ長だったが、人望厚く、いまだ頼られる事が多い。


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