夏紫・Ⅵ

文字数 1,853文字

 

「ああ――」

 意外と早くにカノンが声を上げた。

「見つけたのか?」
「この石を作ったヒト、もう亡くなっているみたい」

 レンとリリは顔を見合わせた。
 本当に分かるんだ、カノン凄い。

「ねえ、だったらこのヒトの『継承者』を探す?」
「出来るのかよっ!?」
「これだけ使い込まれた石だと、正確に術を継承しているヒトが存在したら、出来るかも…… ちょっと待って……」

 青銀の少年は、また集中を始める。
 今度は長期戦な雰囲気だ。
 暗い草原に二人立ちながら、レンとリリはじっと待つ。

「ねぇレン、結果がどうでも、貴方達は『細かい事を知らないで、頼まれたから協力した』って事にして」
「え、実際知らないし、いいんじゃない?」

「掟破りだと分かって協力するのが駄目なのよ」
「やだよ、嘘吐きは盗人のハジマリだし。ああ、リリはもう盗人か」
「茶化していないで。あんた達、西風の代表でもあるのよ」
「言ったじゃん、僕らリリが好きだって。好きって言ってて全部追っ被せて嘘ついて逃げるなんて、そんなカッコ悪りぃ事出来る訳ないじゃん。それこそ母さんに西風から蹴り出されるわ」
「もぉっ・・」

 言ってもノラリクラリ逃げられるので、リリはその話は止めた。後で自分で何としてでも庇おう。
 それより今は、見付けたヒトに如何に術を使って貰うかだ……

 一度カノンに「シッ」と言って怒られて、離れて立っている二人は小声になった。

「継承者さん、存在するといいな。出来れば里との縁が無くて、尚且つ近くに居てくれればベストだね」
「そんな都合のいい事ある訳ないでしょ」
「近かったらこのまま会いに行っちゃえばいい。ノスリさんには僕からうまく言っておくから」
「ヒトの話を聞きなさいよ」

 また声が大きくなりそうだったので、リリはもう黙った。


 ***


 カノンが丘の上で一言も発しなくなって、半刻がすぎた。
 夏とはいえ、湿気を帯びた草原の夜は、砂漠の少年達の手足を凍えさせる。
 彼らの身体は寒さに弱い。

「ね、ありがとカノン、もういいわ……」
 自分が諦めないと少年達も家に帰れない。そう決心したリリは、丘の上に向かって歩きかけた。

 ――と・・?

 踏み出した一歩が空をきった。そこにある筈の玉砂利の地面が無い?

「ひゃっ!?」

 バランスを崩す娘の身体を、後ろにいたレンが慌てて支えようとした。
 しかし踏み出した彼の足の下の地面も消えた。

「うぁっ!」

 ――落ちる!
 ――いや落ちない? 

 二人の身体は、空振った一歩の分その場で大きく縦回転した。
 レンが目一杯腕を伸ばしてリリの袖を掴み、引き寄せて回転を止めた。

 星が消えた。さっきまで立っていた後ろの地面もない。
 二人はお互いを掴んで支えにし、懸命に空中でバランスを取った。

「リリ、大丈夫か?」
「ええ、何なのよ、これ」
 いつの間に、うっすら見えていた草原の景色も闇に溶けている。

「カノン、お――い、カノン!」
 闇の中に青銀の髪が、さっきと変わらない位置に見える。

「何なんだよ、これ? お前の仕業か?」
「知らないよ。レン、そっちはどんな風になってる?」
「足元がなくなって浮いてる」
「こっちと同じだ……あっ!」

 カノンが振り向いた後ろの空間が揺らいだ。
 真っ暗な中、ぬらぬら光る巨大な『壁』が現れ、少しづつ横滑りしている。

 ――ジュリッ・・ジュリッ・・

 重量感のある湿った音が響く。
 壁は一か所ではなく、三人を囲むように現れ、繋がった。

 それがウロコのある巨大な胴体だと気付いた時、上空に縦の瞳孔を持った黄色い眼(まなこ)がカッと開いた。目と目の間からして、とんでもなくでかい。

「け、継承者が、爬虫類とか、あり?」
「冗談! あったとしても願い下げだわっ。カノン、あんた、何やったの!?」
「僕にだって分かんないよ!」

 シュルシュルと舌を出し入れする音が響く。
 知性のある魔性でもなさそう。
 明らかに野生の本能で攻撃しようとしている。

 妖しく光る瞳孔が狭まって。
 生臭い息が、三人に向かって降って来た。

 ――!!
 リリが両足を振り上げて、レンを思いきり蹴った。

「うわあっ」
 支えのない少年は簡単に飛ばされ、カノンにぶつかり二人絡まって、蛇の視界から遠ざかった。

「カノン、レンを連れて遠くへ逃げて!」
 リリは手の中に熱風のエネルギーを作りながら叫んだ。

 蛇は空気の温度に曳かれて、娘の方に集中してくれている。
(あたしの風つぶてって、どのくらい効くのかしら……)
 足元が定まらない中、こんな大きな相手に何が出来るだろう。でもあの子達は逃がさなきゃならない。





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登場人物紹介

カノン:♂ 西風の妖精

西風の長ルウシェルの息子。今年十一歳。

記憶が曖昧な母と暮らす、イヤでもしっかりせねばならない子。

レン:♂ 西風の妖精

シドとエノシラさんちの長男。

カノンとは同い年で親友。健全な両親に健全に育てられた陽キャ。

ルウシェル:♀ 西風の妖精

当代の西風の長。カノンの母親。

カノン出産の時よりランダムに記憶が飛び始める。

シドさん一家

シド:♂ 西風の妖精、外交官、ソラ(カノンの父)の親友  

エノシラ:♀ 蒼の妖精、助産師、医療師、ルウシェルの親友

子供たち レン:♂ ファー:♀ ミィ:♀  カノンと仲良し

モエギ:♀ 西風の妖精

カノンの祖母、ルウシェルの母。

病気がちで、長を娘に譲った後は田舎で隠遁している。

今回はモブの人々

フウヤ ♂ 三峰の民、旅の彫刻家。ルウシェルやシドと昔馴染み。

カーリ ♀ 砂の民、砂の民の総領の養女で、モエギの義妹。

アデル ♂ 砂の民、モエギとハトゥンの子供。ルウシェルの歳の離れた弟。

リリ:♀ 蒼の妖精

蒼の長ナーガ・ラクシャの娘。

成長の仕方がゆっくりで、幼く見えるがレンやカノンより年上。

ユゥジーン:♂ 蒼の妖精

執務室のエースだが、好んでリリの世話係をやっている。

叩き上げの苦労人なので、子供達には甘そうで甘くない。

リューズ:♂ 海霧の民

アイシャの夫。巫女を支える神職。

アイシャ:♀ 海霧の民

リューズの妻。予言者、巫女。

ナーガ・ラクシャ:♂ 蒼の妖精

当代の蒼の長。リリの父親。

近年で最も能力的に信頼されている長。

ホルズ:♂ 蒼の妖精

長の執務室の統括者。

若者の扱いが上手な、ゆるふわ中間管理職。

ノスリ:♂ 蒼の妖精

ホルズの父。ナーガの前の蒼の長。

血統外の繋ぎ長だったが、人望厚く、いまだ頼られる事が多い。


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