ホライズン・Ⅹ
文字数 2,592文字
「エノシラさんが、蒼の里と交信を取れる手段を持っていたの、知らなかったかい?」
焚き火に薪を放り込みながら、コバルトブルーのユゥジーンは、畏(かしこ)まって座る二人の少年を、交互に見た。
二人ともフルフルと首を横に振る。
「ソラさんが行方知れずになった時、シドさんが不眠不休で蒼の里まで飛んで、ナーガ長に助けを求めたんだ。それで、今後何かあった時すぐSOSを届けられるようにと、ナーガ様がエノシラさんに双子石を貸したんだ、これ位の」
ユゥジーンが手で示す拳大の大きさを見て、レンは思い当たった。高い棚の奥の厳重に包まれた翡翠石を引っ張り出して、こっぴどく叱られた事がある。
「その石を鋼(はがね)で叩くと、キィンと音が鳴る。双子石は離れていても共鳴するんだ。片割れは蒼の里の執務室にあるから、西風が連絡を取りたがっているのがすぐ分かるって寸法。ゆっくり三回叩くと『通信用の鷹を寄越せ』、連打で『緊急SOS』」
「へえぇ、スゴいや。母さん、なんで内緒にしてたんだろ」
「あんたが面白がって連打しないようにでしょ」
「するかよ、ガキじゃあるまいし!」
ちょっと、したかも……と思いながら、レンはイーッと舌を出した。
「で、今朝早くに石が鳴った。あ、夜間は俺が石を預かっているんだ。んで、執務室に行って鷹を飛ばした。エノシラさんからの通信は滅多にないけれど、いつもあまり明るい内容じゃなかった。大概、重い病気の治療法の相談だったからね。でも今回は、鷹が帰って来た途端、蜂の巣をつついたみたいな騒ぎになった」
そこまで話して、ユゥジーンはリリと顔を見合わせて、ニッと肩を竦めた。
「何で? 何で、蜂の巣をつついたみたいになったの?」
レンが焦れて聞いた。
「そりゃあさ」
「『西風のルウシェル』の子供がやって来るってんだもの!」
リリが薪枝をボキッと折って、焚き火に放り込んだ。
「へ?」
聞き役に徹していたカノンが、呆けた顔を上げた。
「あんたのお母さんは、それだけ人気者だったのよ」
「に・ん・き・もの……」
カノンの頭の中のルウシェル年表では、確かに蒼の里に留学した履歴はあるが、十一歳の時のホンの五ヶ月程だ。しかもあのヒトが人気者だなんて、どうにもピンと来ない。
「明日は高空気流に乗せてやる。あっという間に蒼の里へ着くぞ。着いた瞬間揉みくちゃになる覚悟しとけよ」
「何だよ、それじゃ僕はオマケかよ?」
レンがふてくされる。
「いいや」
ユゥジーンは、今度はレンに向き直って身を乗り出した。
「エノシラさんね、若い時からハウスの皆のお母さん役をやっていたんだ。ハウスって、親のいない子供達の施設。俺もそこで育ったから、お前の兄貴みたいなもんだ。里にはお前の兄貴姉貴が一杯だぞ」
「うひゃ、ホント? 僕もう長男やらなくていいの?」
「ああ、末っ子だ。兄貴達の言う事をよく聞くんだぞ」
「それは嫌だぁ」
ニコニコするユゥジーンの前で、レンも嬉しそうにカノンを見た。
「ね、母さん達、結構簡単に留学を許してくれたでしょ」
「うん」
「大丈夫だって。ナーガ長さんに会ったら……」
レンはその後は口をパクパクだけして、親指を立てた。カノンの目的は忘れちゃいないぞってサインだ。
二人の素振りにあまり気に止めないで、ユゥジーンは話を続けた。
「俺、見習い時代、成り行きで西風で駐在員をやった事があってさ。シドさんには随分世話になったんだ。あと、シドさんが蒼の里に手伝いに来た時も、同じ下宿だったんで夜中まで飲み明かしたりしたよ」
「へぇ、父さん、どんなだったの? どうやって母さんを射止めたの?」
「その辺は彼の名誉の為に口を閉じていよう」
「あぁん!」
ここでユゥジーンは、レンとばかり話しているのに気を遣って、青銀の髪の少年にも話し掛けた。
「ソラさんは、すっごい術者でさ。物静かで大人って感じで」
「あ、はい……」
たちまち少年の額に縦線が入る。
「あの、えと、僕、水汲んで来ます」
「水は足りているぞ」の声を尻目に、少年はとっとと水筒を掴んで、水場へ駆けて行ってしまった。
戸惑うユゥジーンの肩に、後ろからレンが手を置いて首を横に振った。
三日月形の湖の畔で、カノンは水筒を抱えて座り込んだ。
ここでちょっと時間を潰そう。皆が眠くなる頃に戻れば、ソラの話をあまり聞かずに済む。
「なぁにやってんのよ」
紫の前髪が繁みから出て来た。
リリと呼ばれていたその女の子は、あちらで話していた時よりも声のトーンが低い。
「夜営の時の行動は二人一組だわ。そんな事も知らないの?」
「ごめん……」
「まったく、口答え坊主も嫌いだけれど、あんたみたいに何を怒られているのか考えもしないですぐに謝る子供も嫌いだわ」
ずっと年下の女の子に居丈高に叱られて、さすがにカノンもムッとしてそっぽを向いた。
しかしリリはお構いなしにツカツカ歩いて、隣にドッカと座った。
「まぁでも、ユゥジーンも無神経だったわね。会った事もないお父さんを誉められてもねぇ」
「……」
「話の雰囲気から、あんたが喜ばなきゃいけない流れじゃない。全然嬉しくもないのにねっ」
カノンは目を見開いて紫の女の子を見つめた。
「ああ、あたしも似たような気持ちになった事があるから、ちょっと分かるだけ。あんた程じゃないけれど、父さまと離れて育って、どうにも好きになれなかったから」
「そうなの?」
「皆が父さまの事をあれやこれや誉めて来るけれど、喜べ喜べって強要されてるみたいで。ああいう事されると、本人はいないのに、どんどん拒絶反応ばかり募(つの)っちゃって」
「ああ、うん、何となく分かる」
「ふふ、ありがと」
リリは、今度は、考えないで答えているとか言って怒らなかった。本当に考えて答えているかどうか判るみたいだ。
「でも、今はまあまあの仲良しなのよ」
「そっか……」
カノンがまた黙り込みそうになったので、リリは話を替えた。
「さっきナーガ長に会ったら……とか言っていたけれど、父さまに何か御用かしら?」
「えっと?」
「蒼の長、ナーガ・ラクシャって、あたしの父親」
「えっ」
「偉いのは父さまで、あたしは全然偉くないわよって……・・どしたの?」
カノンがオレンジの瞳をたぎらせてにじり寄って来たので、さすがのリリもたじろいだ。
「出来るの? 君も?」
「えっ、何? 何なの?」
「蒼の長の術っての。『同じ血を持つ者を特定する』って術!」
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