ホライズン・ⅩⅦ
文字数 1,169文字
「それでは、お祖母様、行って参ります」
カノンはしっかりとモエギに対峙して言った。
「行っておいで」
モエギは柔らかく目を細めた。
「お前は、私の誇るべき西風のカノンだ。どこへ行ってもそう言って胸を張るがいい」
「はい」
少し離れた滝下のリューズとアイシャにも目礼し、カノンは、待たせていた三人の所へ走った。
そうして、二人乗りの二頭の馬は、煌めく水平線(ホライズン)を越えて、大空高く上昇して行った。
その影が見えなくなるのを見届けてから、モエギはグラリと揺れた。
「悪いな、肩を貸してくれ」
アイシャが慌てて彼女を支え、立ち上がれないままのリューズの側に座らせた。
「久々に会ったと思ったら、お互いボロボロだな、ソラ」
「…………」
青銀の髪のリューズは、じっと彼女の瞳を見つめた。
懐かしい、暖かなオレンジ色が、すっと心を呼び覚ます。
子供の頃からこの瞳を知っている。
この瞳の前では何も繕えないって事も。
「僕は……すみません。ソラの名を、名乗れる者ではありません」
「リューズとしてここに暮らすか?」
「……はい」
「そうか……うん、お前らしいな。ここにはお前を必要とする者が沢山いる」
「ルウシェルって女性(ヒト)は?」
アイシャが躊躇(ためら)いがちに聞いた。
「ルウには、あの子がいる」
モエギが静かに言った。
灰色の女性は口を結んで、オレンジの瞳の少年が飛び去った方向を見上げた。
「そしてあの子には、支えてくれる素晴らしい友人達がいる」
リューズも同じ方向の空を見上げた。
「あの……私、私の罪……」
アイシャが、モエギの前にしゃがんで俯(うつむ)いた。
「私はあの子に恐ろしい事をした。ルウシェルってヒトにも。罰してくれ」
リューズは慌てて顔を上げて、懇願するようにモエギを見る。
「そうだな、だがお前を罰する刃(やいば)を、私は持っていない」
「でも……」
「では、彼らに託そう」
モエギは滝上を指さした。幼い顔が二つ並んで、心配そうに見下ろしている。
「お前が償いたい気持ちのすべてを、あの子らに注げ。これから海霧で生まれる全ての命に。そういうのが巡り巡って、うんと未来に、皆を助くる事となる」
「ああ、分かった、必ず」
「リューズ、助けてやってくれ」
「――はい」
***
「ええっ??」
鯨岩の街の中央広場。
最後の舞天使の像を制作中のフウヤは、いきなり現れたモエギに、仰天した。
「どうしたの? 出歩いたりして、大丈夫?」
駆け寄るフウヤの両手を、いきなりガッシリ掴んでモエギは言った。
「カーリを頼む。砂漠と病人以外の世界を見せてやってくれ」
フウヤは真顔になった。
「何だよ、それ。縁起でもない」
「あははは、確かに縁起でもないな」
モエギは笑顔で、心配そうなフウヤの額を弾いた。
「ただ、一日も早くカーリの幸せな姿を見たくて、もう待ちきれなくなったのだ」
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