夏紫・Ⅴ
文字数 2,266文字
三人、玉砂利の上に並んで座る。
リリを真ん中に、右にレン、左にカノン。ただ黙って、風に揺れる草原が星明かりにチラチラ反射するのを見つめていた。
割って分けた麦菓子は甘くて苦くて、凍てついた頬の内側も溶かされて行くようだ。
「ごめんねぇ、付き合わせて」
リリがポツッと言った。
「は? リリに振り回されるのなんて、僕らにゃ通常運行だし」
「なによ、それ」
レンの言い草に、反対側のカノンもククッと笑った。そして、菓子の入っていた麻袋の口を開いて、リリに向けた。
娘は口をキュッと結んで、手の中に握り締めていた緑の石を、袋の中に滑り込ませる。
カノンは横目でそっと見た。
掌(てのひら)に収まる程の、少し白濁した翡翠石…… リリは何でこんなモノが欲しかったのだろう。下手したら取り返しの付かなくなる罪まで犯して。
でも、そこは聞かないで、そっとして置いてあげた方がいいんだろう。
ノスリさんは、ただこの石が返ってくればいいだけみたいだったし、僕らに頼んだのは、大事(おおごと)にしたくなかったからだろう。
「へぇえ! そんな平らな石が欲しかったの?」
いつの間にか覗き込んでいたレンが大声で叫んで、カノンは心臓が跳ね上がった。
リリも驚いた顔を上げる。
「リリが欲しがるなんて、どんな秘宝かと楽しみにしていたら、どこにでもありそうな石じゃん。ああでも、さっき呪文みたいなの唱えていたよね。もしかして、すっごい魔法が含まれていたり?」
あたふたするカノンを尻目に、レンは軽々と垣根を越えて踏み込んで行く。
「そ、そんなんじゃないわよ、ただ」
リリは、さっきみたいに、つい喋らされてしまっている。
「ただ、この石を作ったヒトに、会いたかっただけ……」
「へえ? やっぱり何処かの術者さんが作った魔法石なんだ、誰なの?」
「知らない……」
「お? じゃあ今唱えてたのって、もしかして、『物から持ち主を探す』術? 凄いなリリ、その術、難しいんだろ?」
「うぅん、出来た事ないし、やっぱり出来なかった。諦めたわ、これでおしまい」
娘は俯(うつむ)いて首を左右に振った。
左のカノンは黙って唾を呑み込む。
右のレンは、「そっかそっか」と軽く頷いているけれど、真顔で何かを考えている。
おしまいと言っているんだし、もう触れないでその辺で止めてあげて欲しい。カノンは切に思ったが、親友はそんなつもりはないみたいだ。
「理由を言って頼めば、ノスリさんはその石、貸してくれたんじゃないの?」
更に追求を続けるレン。
カノンはヒヤリとし、娘は黙ったまま肩をピクリと震わせた。
「っていうか、その石の作者さんに会ってどうしたかったの? ノスリさんにも言えないんだろ? お父さんにも。ひょっとして、里の規則に反する術でも頼むつもりじゃ……」
「もういいじゃないっ。返したんだからぁっ!」
図星だったみたいで、リリは真っ赤になって叫んだ。
左のカノンはビビって飛び上がったが、それでも頑張って口を開いた。
「だ、駄目だよ、掟破りの術を他人に頼んだりしちゃ」
「このヒトは里を出たヒトなのっ。石からそれが分かったからっ。だから頼もうとしたんじゃないっ!」
「で、でも、リリは里の一員だし、良くないよ、やっぱり」
「うるさ――いっ! カノンの癖にうるさ――いっ! そう思うんなら離れて頂戴。呆れて嫌って見捨てればいいんだわ。他の皆もそうしてんだし!」
娘は肩で荒い呼吸をし、髪の毛の先まで電気が通ったみたいに逆立てている。
カノンはもう、チキチキと音を立てる、真っ赤な釜戸の前に座らされている気分だった。
そこへ一歩も退かず、湿った生栗を次々と放り込むレン。
「それは無理だ、僕らリリが好きだモン」
「ど、どこが好きっていうのよ…… もう帰って、消えて……!」
「すぐにそうやって切り捨てようとする。ほんとガキンチョ。まぁリリだもんな」
「う、うるさい、うるさい、うるさ……ゲホゲホ」
叫び過ぎて、とうとうリリは声を涸らした。咳き込んで涙ぐみながらも、まだ口をパクパクさせている。
「分かった、黙るからさ。その前に一個教えて」
対照的に、レンは落ち着いてゆっくりになった。
「リリの目的って、『その石を使って探し出したヒトに、望みの術を使って貰う事』。それでオッケ?」
娘は力尽きた感じで、大人しく頷いた。
「うん、そう……」
「りょ~かいっ」
レンは膝を叩いて立ち上がった。
そして、さっきからリリの左で青くなったり赤くなったりしているカノンの前へ行って袋を取り上げ、中の石を彼の掌(てのひら)に転がした。
「じゃ、頼むわ」
「うへっ、そうなるの?」
「そうなるだろ」
「もぉ・・あんまり期待しないでよ」
青銀の髪の少年は、両手で石を握りしめて、神妙な面持ちで立ち上がった。
「えっ? なに? 何なの?」
呆気に取られるリリの前髪に、レンがポケットから出した何かをくっ付けた。
昼間カノンの髪に刺しっ放しにした、胡桃の櫛。
「ねえリリ、なんで僕らが初めてのこの場所に、リリを目指して一直線に来られたと思うの?」
「あ」
「『物から持ち主を探し出す術』。何気に十八番(おはこ)なんだぜ、カノン。この間の予知夢を見て以来、急激に色々出来るようになってさ」
「だから期待しないでってば」
丘の一番高い所まで登ったカノンが、足場を決めてから振り向いた。
「遠すぎると無理、古すぎてもダメ。半分はガッカリする気持ちでいて」
そう言うと、石を摘まんで包帯の眉間に付けた。
リリにはその瞬間、石が光を増したのが見えた。術は本物だ、効いている。
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