ホライズン・ⅩⅣ

文字数 2,828文字

   


 本当に、一目で分かった

 西風の子供達の中で異質に浮いていた自分と同じ、色素の薄い肌、瞳、髪。
 そして何より、この身体中の血液が引き寄せられる感じ!!

 高揚した心は、しかし次の瞬間、地底に叩き落とされた。
 少女と男の子がそのヒトを振り向いてこう言ったからだ。

「父様!」
 
 さすがにリリも驚きの目を見開いた。
 カノンは完全に凍り付いている。
 だって、この姉弟の姉の方は明らかにカノンよりも年上だ。

「ソ、ソラ・・?」
 カノンが震え声で小さく呟いた。

 しかしその声は、彼の大声で打ち消された。
「さっきの流れ星は、君達かぁ! 凄いな!」
 後ろめたさなど微塵もない、好奇心一杯の子供みたいな声。

 口をパクパクさせるカノンの前にアイシャが立ち塞がり、男性から見えなくした。
「ね、リューズ、子供達を連れて家へ戻ってくださる。この少年は私にご用なの」
 さっきまでの冷徹さとは打って変わって、女性を感じさせる柔らかい声だ。

「そうなの? 分かった。おいで、シア、タゥト」
 リューズと呼ばれた男性はあまりにあっさり、姉弟を連れて霧の道を歩き去ってしまった。
 
 後にはカノンとリリ、それから炎のような瞳で二人を睨む、アイシャと呼ばれた女性。

「人違いだ」
 アイシャはきっぱりと言い放った。
「以前も間違えられた。似た人物がいるようだな。さしずめお前の父親といった所か? 成る程、少しばかりは似ているな」

 灰色の女性はスゥッとカノンに近寄り、頬に手を掛けて覗き込んだ。

「じゃ、じゃあ、何で隠すみたいに先に帰らせちゃったのさ」
 その手を払い除けながら、カノンは言い返した。

「子供達に妙な話は聞かせる物ではなかろう。人違いだったとしても」
 女性はカノンの前を離れて、リリに向いた。
「リューズは我が村で生まれて今日まで育った。嘘だと思うなら村人に確かめてみればよい」

「村人は大切な巫女様の為なら、偽りを口にするのをためらわないでしょうね」
 リリは腕組みして、アイシャに負けない視線で睨み返した。

「その幼子(おさなご)の姿は、まやかしだな?」
「ふふん、海神の巫女様ってのも、伊達じゃあなさそうね」
 睨み会う二人の間でギリギリと空気が軋む。
 次に一体どうなるのか、カノンは身を固くして後ずさった。

 やがて紫の瞳の方がフッと力を抜いた。
「やめた」

「え、えっ?」
 慌ててそちらを二度見するカノン。

「よく考えたら、何であたしがこんなおっかないヒトと渡り合わなきゃならないのよ。そんな筋合い無いじゃない」
「リ、リリ、そんな」
「元々はあんたの事でしょ。自分で何とかしなさいよ」
 リリは不機嫌にダン! と足を踏み鳴らした。

 いきなり豹変した女の子に、アイシャも驚いた眼差(まなざ)しを向けている。

 女の子は肩を怒らせたまま、大股で自分の馬に歩み寄り、ヒラリと飛び乗った。
「いつまでもヒトに頼って、ほんっとウンザリ。付き合ってらんない!」
 そうして男の子の方をチラとも見ないで、旋風を起こして飛び去ってしまった。


 あんまりだ……
 茫然と立ち尽くすカノン。

 その姿があまりに哀れだったのか、アイシャが力を抜いて声を掛けて来た。
「置き去りとは随分な友達だな」

「と、友達なんかじゃない。昨日知り合ったばかりだよ。手伝ってくれるって言ったのに、あんなに気紛れな子だったなんて」
 言っている内にカノンは鼻声になった。気の毒そうにされると余計に惨めになる。

「……一人では帰れなかろう。外に通じる海岸まで連れて行ってやる」
 余程カノンの様子が不憫に見えたか、アイシャは態度を和らげて、案内を申し出てくれた。
 見かけは怖いが、芯から氷みたいなヒトでもないようだ。

「さっきのそっくりさんに、もう一度会えない?」
 素直に後ろを歩きながら、カノンはそっと聞いてみた。

「ヒト違いだと言ったろう。それとも会ってはっきり否定されれば諦めが付くのか?」
「諦め? どうだろ?」
 意味ありげな言い方に、女性は振り向いた。

「僕、諦めなきゃならない程の執着は無いもの。生まれた時からいないお父さんなんて」

 女性は怪訝な表情をした。
「では何故捜しに来た?」
「……書物の部屋が、取り壊しになるんだ……」
「は?」

 唐突な話にアイシャは困惑したが、言った少年も、思いもせず転がり出た自分の言葉に戸惑っている。
 ちょっとしてからカノンは、頭の中を整頓して喋り始めた。

「ルウシェルが……ルウシェルとソラとを繋ぐ場所が、無くなってしまう。その前にきちんとケジメを付けてあげないと、ルウシェルは永遠にあの部屋から出られなくなる。そんな気がするんだ」

「……ルウシェルというのは、お前の母親か?」
「うん」
「母親を呼ぶには変わった呼び方だな」
「だってルウシェル、僕に対して、『誰だっけ?』とか聞くんだもん。あと稀に、自分の名前も忘れる」
「……」

「ソラがいなくなってから、過去の記憶が穴だらけになっちゃったんだって」
「……」

「未来が、生きて来た過去の上に重ねて行く物だとしたら、ルウシェルの土台は穴だらけのスカスカなんだ。そのスカスカの穴の上じゃ、ルウシェルはいつまで経っても未来へ行けない。
 穴を埋めてあげなきゃ。例え悲しい悔しい真っ黒な土砂ででも、埋めてあげなくちゃならない」

 ドウドウという水音が近付いて来た。
 繁みを抜けると広い岩盤の河原になっていた。海岸に落ちる竜返しの滝の真上らしい。
 平らな水の流れが崖淵で速度を速め、霧の空に途切れている。
 その遠く、霧が緩んだ隙間に、空と海を分ける紺碧の横一線が見える。

 砂漠の砂以外の、海の地平線。初めて見た……

「こっちだ」

 茫然と海を見つめるカノンの脇をすり抜け、アイシャは慣れた感じで、流れの緩い所の飛び石を渡った。
 カノンもへっぴり腰で着いて行く。

 嵩の高い大岩の上に、太い縄梯子が巻き上げられ、先端が大岩にくくり付けられている。
「ここを降りると、海沿いに道がある。外との唯一の交通手段だ。決まった商人が来る日にだけ梯子を下ろす。先日はリューズが、滝下で倒れている子供を見付けて、つい降りてしまったようだが」

 カノンはそぉっと平石から首を伸ばして下を覗いた。垂直に落っこちる水が、遥か下の方で白煙を上げている。
「こ、ここを降りるの?」

「何だ、男の子の癖に恐いのか?」
 アイシャがゆっくりと梯子を降ろし始めた。
「まあ、どうしても怖かったら、私が先に降りて下で支えていてやってもいいぞ」

 カノンは、女性の白い横顔をマジマジと見た。
「優しいんだね」

「子供の癖に世辞なんか言っているんじゃない」
 アイシャはちょっと黙り込んでから、口を開いた。
「さっき言っていた……母親の過去の穴をどうやって埋めるか、考えているのか?」

「分かんないよ。いっそ、寂しい事も全て忘れさせてくれる術でもあればいいのに」

 ガラガラと激しい音がして、半分降りていた梯子が一気に下まで落ちてしまった。
 アイシャがビクッと揺れて手を滑らせたからだ。



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登場人物紹介

カノン:♂ 西風の妖精

西風の長ルウシェルの息子。今年十一歳。

記憶が曖昧な母と暮らす、イヤでもしっかりせねばならない子。

レン:♂ 西風の妖精

シドとエノシラさんちの長男。

カノンとは同い年で親友。健全な両親に健全に育てられた陽キャ。

ルウシェル:♀ 西風の妖精

当代の西風の長。カノンの母親。

カノン出産の時よりランダムに記憶が飛び始める。

シドさん一家

シド:♂ 西風の妖精、外交官、ソラ(カノンの父)の親友  

エノシラ:♀ 蒼の妖精、助産師、医療師、ルウシェルの親友

子供たち レン:♂ ファー:♀ ミィ:♀  カノンと仲良し

モエギ:♀ 西風の妖精

カノンの祖母、ルウシェルの母。

病気がちで、長を娘に譲った後は田舎で隠遁している。

今回はモブの人々

フウヤ ♂ 三峰の民、旅の彫刻家。ルウシェルやシドと昔馴染み。

カーリ ♀ 砂の民、砂の民の総領の養女で、モエギの義妹。

アデル ♂ 砂の民、モエギとハトゥンの子供。ルウシェルの歳の離れた弟。

リリ:♀ 蒼の妖精

蒼の長ナーガ・ラクシャの娘。

成長の仕方がゆっくりで、幼く見えるがレンやカノンより年上。

ユゥジーン:♂ 蒼の妖精

執務室のエースだが、好んでリリの世話係をやっている。

叩き上げの苦労人なので、子供達には甘そうで甘くない。

リューズ:♂ 海霧の民

アイシャの夫。巫女を支える神職。

アイシャ:♀ 海霧の民

リューズの妻。予言者、巫女。

ナーガ・ラクシャ:♂ 蒼の妖精

当代の蒼の長。リリの父親。

近年で最も能力的に信頼されている長。

ホルズ:♂ 蒼の妖精

長の執務室の統括者。

若者の扱いが上手な、ゆるふわ中間管理職。

ノスリ:♂ 蒼の妖精

ホルズの父。ナーガの前の蒼の長。

血統外の繋ぎ長だったが、人望厚く、いまだ頼られる事が多い。


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