第22話 魔力を産む機械

文字数 3,337文字

 ガラスの砕ける音でアルルは目を覚ました。
 こっそりと外へと顔を出すと、黒っぽい人たちに囲まれている。
 
 見咎められ、
「ひゃっ!」
 とアルルは身を低くして、部屋から出る。

「大変だよ! リューズ! ロイス!」
 ぱたぱたと忙しなく走り、
「……いたい」
 こけた。
 
 アルルはおでこをさすりながら広い部屋へと駆け込むと、
「リューズ! ロイス……もなにしてるの?」
 見ての通り、と二人は手にしていたパンとカップを持ち上げた。

「腹が減ってちゃ、戦はできないってな」
「実を言うと、朝は強くないんだ」
「そりゃ、低血圧ってやつだ。食えば治るから詰め込んどけ」
  
 部屋にもガラスが散っていた。
 ここの窓は一番大きく、見晴らしはよかった。

「ねぇ……いいの?」
 
 アルルは指差し、尋ねる。
 何度も喚起を促すように腕を振り、指先を揺らす。

「ちっちぇー手だな」
「あ、本当だ」
「今それっ! 関係ないよねっ!」
 
 アルルは手を後ろに隠して、声を張り上げた。

「なんだ? ちゃんとテメーのぶんもあるから、怒んなよ」
 
 ロイスはパンを放り、アルルは抱え込むようにキャッチする。

「袋開けてから食えよ」
 
 緩んだ頬と響きから、リューズが袋ごと口にしたのをアルルは悟る。
 口いっぱいにパンを詰め込んでいるリューズは、目だけでロイスに牙を剥いていた。

「……で、いいの?」
 
 席に着き、足をぶらぶら口をもぐもぐさせながら、アルルは再度同じ質問をする。

「いんだよ。テメーの力が使えない時点で、こっちから打って出るメリットはねぇかんな」
 
 アルルがいれば簡単に統率を乱せた。
 その隙――混乱に乗じるのであれば攻め入る価値はあるが、そうでなければ自殺行為でしかないとロイスは説明する。

「オレじゃ驚かせることはできても、混乱にまではいかねぇ。いくら〝上〟にいても、向こうが冷静なら、簡単に撃ち落とされちまう」
 
 パンを咥えたまま、アルルは首を傾げる。

「自分よりも高い位置にいる相手を撃つのは難しいんだよ。しかも、予測しようのない動きをする奴が相手だと、な」
 
 自賛するロイスは軽くスルーして、リューズに視線を移す。

「こいつが時間かけたほうがいいって言うから。あとは、単にお腹減ってたし」
 
 どうやら作戦を持っているのはロイスだけのようだ。リューズは自分の間合いに入った者を斬る以外になにも考えていない。
 きっと、斬ることしか頭にないんだとアルルは決め付ける。

「んな顔するな、クソガキ。こいつは戦いの基本だぜ? 相手の予想を裏切る。それで思慮深い奴は勝手に深読みしてくれるし、馬鹿は簡単に手玉に取れる」
 
 確かに、相手の想像は裏切っているだろう。
 包囲されている状況で食事を始めるなんて、普通じゃない。

「案の定、向こうに殺す気はないみたいだかんな。好都合だぜ、まったく」
 
 昨夜聞かされた与太話を思い出す。フィロソフィアはマゲイアと共同歩調を取っていないどころか、出し抜こうとしている。
 もしそれが事実なら、ハーミットは来ていない。
 そのことに期待を抱きながら、アルルも倣うように食事を続けた。




 ――なにをやってんだよ、まったく。
 
 聞こえてくる報告と指示に、カズマは小さく笑う。
 作戦の指揮を執っている中将の顔には、困惑が滲み始めていた。

「あの男は……誰だ? あの場所を任されている軍の者では……」
 
 最後まで聞かなくても、言わんとしていることはわかった。
 軍人を騙るには、ロイスの容姿はチャラ過ぎる。

「違います。あそこを任されていた者は既に死んでいるようです。それをあの男が成りすましていると私は聞きました」
 
 眉間にシワの寄った中将の顔から、知らずに情報を流してしまった失策が察せられた。

「それでは、あの男は何者なんだ?」
「彼はロイスと名乗っていました。この近辺ではトリックファイターと呼ばれている荒くれ者のようです」
 
 カズマは慇懃としか呼べない口調で答えるも、中将はそれどころではないようだ。

「あの男は何故、彼女らに協力している? きみと同じように脅されていたのか?」
「いえ、違うと思います。単に、彼が彼女らと同郷の者だからでしょう」
 
 その真実に中将は笑い出した。
 くぐもっていたので最初はわからなかったが、それは実に嫌な笑い方であった。

「ふふ、そうか! そうか……! やはり、いたか。この土地に……あの男が、マゲイアの人間か!」
 
 中将の口から漏れ出す単語は、この場に相応しくなかった。

「貴重……資源……種……純粋……魔力……子供……」
 
 理解どころか推測も成り立たないまま、事態が急変する。
 中将自らが前線へ、カズマも連行される。





 「聞こえるか! マゲイアの民たちよ!」

 騒音でしかないボリュームに、リューズとアルルは両手を耳に当てる。

「おっ、カズマがいんぞ」
 
 ロイスだけは平然としており、知った顔を見つけ出した。

「あ、本当だ」
「え! どこどこー?」
 
 前線で一人だけ違う軍服。
 武器も持たず立っている姿はさながら捕虜である。

「特にロイスとやら! 聞こえるか?」
 
 名指しされたロイスは怪訝な声を上げ、携帯を取り出す。

『お、カズマか? そこのオッサンに代わってくれ』
『……わかった……どうぞ』
 
 礼儀正しいカズマの声に続いて、野太い音が割り込む。

『もしもし? きみがロイスか?』
『あぁ、そうだ。ところで、なんでオレを指名した?』
『取引をしないか? 悪いようにはしない』
『……とりあえず、聞こうか?』
 
 二人は周囲を放って話しを進めていく。

『先に言っておくが、我々はきみたちに危害を加えるつもりはない』
『知ってんよ。生け捕りが目的だろ? 人体実験でもすんのか?』
『……中々、聡明のようだな。だが、違う。人体実験などするつもりはない』
『じゃぁ、なんだ?』
『ただ、欲しいだけだ。純粋な魔力というものが、な』
 
 下卑た響きから、ロイスは察する。
 リューズを見て、呆れたように笑う。

『マジで言ってんのか?』
『あぁ、本気だ。我々が望むのはそれだけだ。協力してくれるのなら、きみには最高の生活を提供しよう』
 
 金、女、酒……中将はすらすらと並べ立てる。まるで歌うように、この世で最も価値があると言わんばかりに欲望を羅列させる。

『どうだ? きみにとって悪い案ではないだろう?』
『そうだな、確かに悪くはねぇ……』
 
 二人の間に沈黙が走る。
 
 一方は期待を胸に、もう一方は笑いを堪え……

『ぶっ! はははっ!』
 
 きれずにロイスは吹き出した。

『なぁ、リューズ。こいつら笑えんぞ? オレとテメーで子作りすりゃ、助けてやるってさ』
『死にたいの?』
『ばっ……!? テメー、オレが言ってんじゃねぇよ!』
 
 期待を抱いていた中将は、電話越しの騒々しさに言葉を失っていた。

『他にも、安全や暮らしを保障するってよ?』
『そんなのいらないわよ! こちとら生き急いんでのよ!』
『だってよ、聞こえたかオッサン?』
 
 問われ、中将は我に返る。

『……きみはどうだ!』
『どうだって? いいわけねぇだろ、バカが』
『何故だ! 子供さえ作ってくれれば……女を抱くだけで、金や酒を与えると言っているんだぞ?』
『あーとりあえずな。そういうのを並べたてりゃぁ、なんとかなるって思ってるテメーの精神がムカつく』
 
 前半は軽く、後半は転調――ドスを効かせた低音をロイスは響かせた。

『次に。承諾すりゃ、オレもそういうムカつく奴らと同レベルになっちまうから嫌だ。んでもって最後に、オレはテメーらが大っ嫌いなんだよ』
『……な、何故だ? 我々がきみになにをした?』

『なにも。ただ、オレの恩人が嫌ってた』
 あっけらかんと言いきると、
『それだけで、充分だろ?』
 ロイスは一方的に電話を切った。
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登場人物紹介

カズマ、22歳。

ハフ・グロウスの軍人だが、忠誠心に欠ける為、左遷される。

支配国からの独立を目論んではいるものの、具体的な計画性は皆無。

拳銃で接近戦をこなす、グリットリア式の変わった銃術を扱う。


リューズ、おそらく16歳。

マゲイアの住民。禁忌とされるリミット《限定魔術》に手を出したフール《愚者》。

長いこと追われる身であるものの、諦めず亡命計画を企てるほど強かで逞しい。

かつて、望んだ願いは『剣の最強の証明』

ゆえに彼女のリミット――白兵戦最強《ソードマスター》は剣を召喚し、遠距離からの攻撃を無力化する。

アルル、12歳。

マゲイアの第16王女でありながらも、リミットに手を出したフール。

もっとも、その立場から裁かれることはなく、軟禁に留まっている。

かつて、望んだ願いは『窓から見える風景だけでも自由にしたい』

ゆえに彼女のリミット――キリング・タイム《カナリアの悪戯》は窓越しの世界を自由に操る。

ロイス、おそらく16歳。トリックファイター《伝統破壊者》の通り名を持つ。

14歳の時に、マゲイアから亡命を果たしたフール。

その為、魔術師でありながらグリットリア式銃術も扱う。

かつて、望んだ願いは『一人でも平気な世界』

ゆえに彼のリミット――プレイルーム《独りぼっちの楽園》は自分にだけ見え、感じ、触れられる空間を具現化する。

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