第4話 魔術の力

文字数 3,140文字

 どうしてこうなってしまったのだろうかと、カズマは思い悩む。
 言われた通り、大人しくしていた。
 施設内をぐるりと回ったあとは、自機のメンテナンス。

 いつでも飛び立てるように機内で待っていたというのに……
「動くと殺す。ちなみに、この子はこの国の王女さまだから」
 わかり易い脅しに、カズマは従う。

 少女は沢山の兵隊らしき人物に追われながらここにやって来た。
 そして、兵たちが少女の命令に従った以上、彼らに倣うほかないだろう。

「あんたは黙って私たちを乗せて、ここから飛び立てばいい」
 
 少女の前に王女が立っている。小さい体に長い髪。ふりふりのドレスと相まって、王女さまというよりも、お姫さまという表現のほうが似合っている。

「なに? 断るの?」
 
 お姫さまの首筋に刃が当てられる。
 カズマは必死の形相で首を振り、

「でもこれ、二人乗りなんだけど?」
「えっ! 嘘!?」
 
 少女らしい反応にカズマの手が動く。拳銃は所持していた。訓練も真面目にしていたので、少女を撃ち抜くのに一秒もかからない。

 ――が、躊躇う。

 まず、マゲイアの法律がわからない。
 次に魔術の力。少女たちはともかくとして、後ろの兵たちは有り得ない速度でここまでやって来た。二本の足で車並みの速度は、常識的に考えて不可能。
 
 となれば、魔術を認めるしかなく、それはこちらの常識が役に立たないことを意味する。
 最後は情けないのだが、少女の姿が妹と重なってしまった。

「……どうしても、無理?」
 
 しかも、打って変わった響きでお願い。いや、おねだりというべきであろう。
 気づけば、カズマは手を差し伸べていた。

「後ろに乗って。いろんな機械あるけど触れないように」

 なにをやっているのだろうかと思うも、カズマの動きに無駄はなかった。
 エンジンをかけ、

「ねぇ、まだ?」
「チェックを省いたとしても……五分はかかる」
 
 始動するまでは待つしかない。
 今すぐにでも飛びたい気持ちはわかるが、こればかりは仕方がない。

「五分も! アルル、どう思う?」
「ほとんどの兵は、街中に散っていないはずだから……」
「ここにいる奴らを蹴散らせばいいわけね!」
 
 少女が開けてと命令するので、カズマは従う。

「手伝おうか?」
 
 姫さま――アルルが申し出る。人質と犯人の関係性にしてはやけにフレンドリーに思えるが、カズマは気づかないふりをした。

「いや、大丈夫。むしろ、こいつが壊されないようにここにいて」
 
 少女は颯爽と飛び降り、着地した。
 これで、兵たちが動かない理由がなくなった。人質から離れるなんて、迂闊にもほどがある。
 かといって、少女の為に拳銃をアルルに当てる真似はしなかった。
 
 カズマは、黙って見届ける。
 
 兵たちは距離を保っていた。
 少女の武器は剣。遠距離攻撃が可能なら、わざわざ近づく意味はない。
 そして、カズマのイメージでは魔術はその最たるもの――

「かかれ!」

 期待を裏切らず、兵たちの手から無数の光が放たれた。

「なぁ、よかったら解説してくれないか? ……お姫さま」

 振り返ると、アルルはきょとんと首を傾げる。

「お姫さま?」

 再度、カズマは呼びかける。

「あー、わたしか!」

 アルルは手を打ち、納得したように笑った。

「アルルでいいよ。お姫さまは……なんか嫌だ」
「了解、アルル」
 
 お言葉に甘えてカズマは呼び捨て、自分も名乗る。

「俺はカズマだ」
「えーと、カズマは魔術についてどこまで知ってる?」
「魔力という万能エネルギーを用いた技術……くらいだな」
「それじゃ、魔術の種類からだね」
 
 アルルは指差し、説明していく。

「魔力をありとあらゆる、別のエネルギーや物質に転換させるのが転換魔術(チェンジ)。ああいう雷や炎だけじゃなくて、単純な体力とか熱量(カロリー)なんかにも変えられるんだ」
 
 雨のように攻撃――炎、雷、氷、水、石、刃などが降り注ぐも、少女は無傷で佇んでいた。

「そして、ああやって物凄く早く動いたりするのが付加魔術(チャージ)。いわゆる魔力による強化。肉体だけじゃなくて、様々なエネルギーや物質にもできるんだよ」
 
 兵たちは、瞬く間に間合いを詰める。
 手には剣や槍といった様々な武器――チェンジで生み出したのだろう。

「つまり、ゼロから生み出し操るのがチェンジ。存在するなにかを組み換え、操るのがチャージ……かな?」
「それは一体、どういう仕組みなんだ?」
「仕組み?」
 
 科学の存在しない国に根拠を求めても無駄かと、カズマは笑って誤魔化す。
 理論もなにもない。存在している以上、そういうモノだと受け入れる。

「だとすると、あの少女はなんだ? 見た感じ、どちらにも当てはまらないようだが?」
 
 兵たちと違い、少女の動きは目で追えた。
 刃は納めたまま。鞘の半ば辺りを左手で掴んだ状態から抜き、一閃。敵を切り伏せると、また鞘へと戻し、同じように繰り返す。
 
 ――詐欺だろ、アレ。

 振るわれる剣――一メートルは優に越える鞘から奔る銀光は明らかに短かった(・・・・・・・・)
 少女の剣は持ち手も鞘も長く、一目で両手剣だと判断できる。それでいて、鞘が刀身を覆うタイプとなれば、抜くのには時間がかかる。

 そんな、誰もが一見して辿り着く思考を裏切る一太刀。
 彼女の剣は抜く度に長さを変えていた。
 
 これでは予測はつかず、間合いも掴めない。初見ではまず防げず、一刀のもと切り捨てられる。
 少女の技量はさることながら、恐ろしいのはそこに至るまでの過程――

「剣の長さが変わるのは、まぁいいとして。どうして、攻撃を受け付けないんだ?」
 
 少女には魔術の集中砲火が届かなかった。
 だからこそ、相手は白兵戦へと切り替えた。一切避けなかった少女もこれには防御の姿勢を取り、兵たちも活路を見出してか突撃した。

「盾を作ったようには見えない。そもそも、同じチェンジでああも完璧に防げるものなのか?」
 
 単純に考えるのなら、魔力の総量が多いほうが強い。
 複雑だと、それプラス現実の理論――火は水で消える。

 兵たちの攻撃が統一されていないところを見ると前者――

「魔力が多ければ防げるよ」

 ――正解。
 カズマは更に頭を働かせる。元となる魔力の存在は荒唐無稽だが、生活に根付いている技術であるならば、推論は成り立つ。

「そうなると、あの子が桁外れに凄いか……〝アレ〟はチェンジでもチャージでもない」
 
 おそらく、後者。
 マゲイアの内政は知らないが、兵であるならば戦闘訓練を受けていてしかり。そんな彼らが手に負えないほど彼女が凄いと考えるよりは、扱っている『武器』に差があるほうが無理はない。

 カズマも訓練を受けている軍人だが、武器次第では素人にも負ける。自軍でさえ、重機関銃の類を持ち込まれたら、同じ展開に陥りかねない。

「正解っ!」
 
 ぱちぱちと褒めるように、後ろから拍手が響く。
 なんだか気恥ずかしくて、カズマは少女の奮闘を眺めていた。

「あれはね、限定魔術(リミット)っていうんだ」

 少女の動きはカズマの常識の範疇で研ぎ澄まされていた。
 無闇に振り回す真似はせず、最小限の動きで抜刀。足は長いスカートで隠され、動きを読ませない。
 血なまぐさい、原始的な戦いなのに流麗だった。
 
 最後のひと振りまで――
 まるで聖域にでもいるかのように少女は穢れなかった。
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登場人物紹介

カズマ、22歳。

ハフ・グロウスの軍人だが、忠誠心に欠ける為、左遷される。

支配国からの独立を目論んではいるものの、具体的な計画性は皆無。

拳銃で接近戦をこなす、グリットリア式の変わった銃術を扱う。


リューズ、おそらく16歳。

マゲイアの住民。禁忌とされるリミット《限定魔術》に手を出したフール《愚者》。

長いこと追われる身であるものの、諦めず亡命計画を企てるほど強かで逞しい。

かつて、望んだ願いは『剣の最強の証明』

ゆえに彼女のリミット――白兵戦最強《ソードマスター》は剣を召喚し、遠距離からの攻撃を無力化する。

アルル、12歳。

マゲイアの第16王女でありながらも、リミットに手を出したフール。

もっとも、その立場から裁かれることはなく、軟禁に留まっている。

かつて、望んだ願いは『窓から見える風景だけでも自由にしたい』

ゆえに彼女のリミット――キリング・タイム《カナリアの悪戯》は窓越しの世界を自由に操る。

ロイス、おそらく16歳。トリックファイター《伝統破壊者》の通り名を持つ。

14歳の時に、マゲイアから亡命を果たしたフール。

その為、魔術師でありながらグリットリア式銃術も扱う。

かつて、望んだ願いは『一人でも平気な世界』

ゆえに彼のリミット――プレイルーム《独りぼっちの楽園》は自分にだけ見え、感じ、触れられる空間を具現化する。

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