第8話 放浪する三人
文字数 2,954文字
未だ甲高い声に慣れず、カズマは幾度となく後ろ髪を引かれてしまう。
車の中、後部座席ではリューズとアルルが興味深げに液晶を眺めていた。
簡単な口頭説明と説明書を渡しただけで、アルルは楽しめるぐらいにはタブレットを扱えるようになっていた。
リューズは説明を聞いていなかったものの気にはなるのか、男同士ではありえない距離で肩を寄せ合っている。
二人を盗み見て、カズマはこれからのことを考える。
彼女らに行く当てはなく、カズマは隊舎暮らし。さすがに軍の施設に置いておく訳にはいかず、こうして宿泊場所を求めて車を走らせていた。
既にカズマは軍を抜けている。
自分で望み、決めたことだ。
ただ、トドロキの計らいで表向きは強制となっていた。
真相はどうであれ、リューズはアルルを人質にして亡命した。それほどの重罪者に身内が協力したとなれば、トドロキも責任に問われてしまう。
とはいえ、決して保身のみの判断ではない。
カズマの側にはリューズがいた。トドロキの目の前でカズマの申し出を受け入れ、サポートを望んだ。
それは遠まわしな脅迫とも言えた。
その気になれば、リューズは全員を殺せたのだから――
現に彼女を恐れてか、軍施設から色々と持ち出すカズマを咎める者はいなかった。
「着いたぞ」
住宅街を抜け、カズマが車を止めたのは街の入口。密集したビル群は、アルルとリューズの二人には外壁のように映っていることだろう。
ハフ・グロウスで一番人の多い街。人口密度世界二位を誇るだけあり、地上には道らしい通りはなかった。
道路は地下。といっても、そちらも業者や緊急車両しか使用は許されていない。
その代わり、市街の外周と縦横に貫くように歩く歩道 が設置されている。
生活するにあたり、この街で揃わないものはなかった。物だけでなく、様々な仕事やサービスに娯楽と、一生涯でも暮らしていけるほどの充実ぶり。
「とりあえず、今夜はこの街に泊まる」
軍から一番近い繁華街なのだが、日は暮れていた。カズマはトラベレーターに足を踏み出し、おっかなびっくりと二人も続く。
「しかし、目立つな……」
私服に着替えているカズマはともかくとして、二人は酷かった。
リューズの白いワンピースは血と泥で汚れ、アルルに至ってはいかにもなドレス。多少な奇抜さであれば黙認する住民たちでさえ、一瞥を寄越してくる。
中には携帯のカメラを向けている人間もおり、早急に着替えが必要だとカズマは判断した。
反対側のトラベレーターへと移り、一旦車へと戻る。
「おまえら、服のサイズは?」
自分一人で買ったほうがいいとカズマは尋ねるも、
「サイズって? 見たとおりだけど」
リューズの反応は予想外であった。
カズマは助けを求めるように、アルルへと視線を落とす。
「自分で選んだことないから、わかんない。それと、マゲイアだと一繋ぎの服が主流だから、細かいサイズとか知らないんだよね」
更に予想外だが、納得のいく説明も添えられていた。
「見たとおりね……」
カズマは二人の上から下まで目をやる。
よく見ればアルルの言った通り、大雑把な作りが窺えた。
「動きやすければ、なんだっていいけど?」
「えー、わたしは可愛いのがいいな」
嫌そうな顔をするどころか、素直に要望を告げる二人を見比べる。
アルルはワンピースを買うとして、問題はリューズ。動きやすさを考慮するとズボンだが、これはサイズがシビアになってくる。
「ちょっと待ってくれ」
カズマは携帯を取り出し、電話をかける。
『なに、お兄ちゃん?』
「なぁ、おまえの服のサイズ教えてくれ」
見た感じ、リューズは妹と似た体型。
少なくとも、大きな差はないだろうとカズマは期待するも、
『……最低最悪死ねばいいのに』
切られた。
「もしもし! なんで切るんだよ?」
カズマは速攻でかけ直した。
『いや、それこっちの台詞。久しぶりに電話してきたと思ったら、なんで私のサイズに興味持ってんの? なにに使う気? 怖っ!』
「別にスリーサイズを聞いてる訳じゃあるまいし……」
『デリカシーのない。それだから彼女いない歴=年齢なのよ』
「おまえなぁ……、ってか服のプレゼントを考えているとか思わないのか?」
『うわぁ、女の子にいきなり服のプレゼントを考えてる男サイテー、キモっ! それだから以下略』
「待てこら。別におまえのサイズなんてどうでもいいんだよ。ただ、早急におまえに似た体型の子に、服を買ってやらないといけない状況だから聞いてんだ」
一方的な言い分にも我慢の限界がきてカズマは捲し立てるも、
『……お兄ちゃん、自首しなよ』
妹の反応は予想の斜め下をいった。
「……なんで、そうなる?」
『いやだって、早急に女の子の服が必要。だけど、その子は一緒にいけない……その状況下ってアレじゃない?』
「おまえの頭の中はどうなってんだ?」
『……ん? 買い物ってことはお兄ちゃん、今街にでてんの?』
「あぁ、そうだ」
『あー! ってことは、やっぱりアレお兄ちゃんだったんだ。似てるなーっとは思ってたんだけど』
話が掴めないでいるカズマに、妹は笑いながら説明した。
『いやさ、コスプレさせた? 幼女と少女を連れている変態がいるって、友達からメールがきてね……』
続きは聞かなくてもわかった。
画像は既にネットにも流れているようで、もはやどうしようもない。
『お兄ちゃんも軍服着てれば、ただのコスプレ集団に見られてたのに』
想像以上に人目を引いていた理由が自分にあったのを知り、カズマは軽く落ち込む。
「俺のは制服だ……」
『まぁ、いいや。犯罪に使わないってんなら教えてあげる』
想像もしていなかった紆余曲折を経て、カズマはやっとサイズを聞き出せた。
『誕生日には期待しているからね。ちょうど新作の……』
これで妹に用はないと、カズマは電話を切った。
そして、恥ずかしい思いをしながらも女性用の衣服を買い揃え、アルルたちに手渡す。
形状的に、口頭のみで二人は問題なく着替えを終えていた。
アルルにはピンクを基調とした生地に、フリルやレースをあしらったワンピース。
リューズはゆとりのあるデニムに無地の黒Tシャツと地味な組み合わせなはずなのに……下着を付ける文化がないからか、胸元がえらいことになっている。
「……リューズ、こいつを羽織れ」
目のやり場に困ると、カズマは自分用に買った革のジャケットを手渡す。自覚していなかったのか、リューズは腑に落ちない表情で袖を通していた。
これで問題ないと、三人は改めて街へと繰り出す。
「ねぇ、あれは?」
カズマは道中、アルルの様々な質問に答えていく。二十四時間休むことのない街。地上に道という概念はほとんどなく、建物と建物の間が道と認識されている。
アルルと違い、リューズは相槌を打つだけ。
目をやりはするものの、質問まではしてこなかった。
車の中、後部座席ではリューズとアルルが興味深げに液晶を眺めていた。
簡単な口頭説明と説明書を渡しただけで、アルルは楽しめるぐらいにはタブレットを扱えるようになっていた。
リューズは説明を聞いていなかったものの気にはなるのか、男同士ではありえない距離で肩を寄せ合っている。
二人を盗み見て、カズマはこれからのことを考える。
彼女らに行く当てはなく、カズマは隊舎暮らし。さすがに軍の施設に置いておく訳にはいかず、こうして宿泊場所を求めて車を走らせていた。
既にカズマは軍を抜けている。
自分で望み、決めたことだ。
ただ、トドロキの計らいで表向きは強制となっていた。
真相はどうであれ、リューズはアルルを人質にして亡命した。それほどの重罪者に身内が協力したとなれば、トドロキも責任に問われてしまう。
とはいえ、決して保身のみの判断ではない。
カズマの側にはリューズがいた。トドロキの目の前でカズマの申し出を受け入れ、サポートを望んだ。
それは遠まわしな脅迫とも言えた。
その気になれば、リューズは全員を殺せたのだから――
現に彼女を恐れてか、軍施設から色々と持ち出すカズマを咎める者はいなかった。
「着いたぞ」
住宅街を抜け、カズマが車を止めたのは街の入口。密集したビル群は、アルルとリューズの二人には外壁のように映っていることだろう。
ハフ・グロウスで一番人の多い街。人口密度世界二位を誇るだけあり、地上には道らしい通りはなかった。
道路は地下。といっても、そちらも業者や緊急車両しか使用は許されていない。
その代わり、市街の外周と縦横に貫くように
生活するにあたり、この街で揃わないものはなかった。物だけでなく、様々な仕事やサービスに娯楽と、一生涯でも暮らしていけるほどの充実ぶり。
「とりあえず、今夜はこの街に泊まる」
軍から一番近い繁華街なのだが、日は暮れていた。カズマはトラベレーターに足を踏み出し、おっかなびっくりと二人も続く。
「しかし、目立つな……」
私服に着替えているカズマはともかくとして、二人は酷かった。
リューズの白いワンピースは血と泥で汚れ、アルルに至ってはいかにもなドレス。多少な奇抜さであれば黙認する住民たちでさえ、一瞥を寄越してくる。
中には携帯のカメラを向けている人間もおり、早急に着替えが必要だとカズマは判断した。
反対側のトラベレーターへと移り、一旦車へと戻る。
「おまえら、服のサイズは?」
自分一人で買ったほうがいいとカズマは尋ねるも、
「サイズって? 見たとおりだけど」
リューズの反応は予想外であった。
カズマは助けを求めるように、アルルへと視線を落とす。
「自分で選んだことないから、わかんない。それと、マゲイアだと一繋ぎの服が主流だから、細かいサイズとか知らないんだよね」
更に予想外だが、納得のいく説明も添えられていた。
「見たとおりね……」
カズマは二人の上から下まで目をやる。
よく見ればアルルの言った通り、大雑把な作りが窺えた。
「動きやすければ、なんだっていいけど?」
「えー、わたしは可愛いのがいいな」
嫌そうな顔をするどころか、素直に要望を告げる二人を見比べる。
アルルはワンピースを買うとして、問題はリューズ。動きやすさを考慮するとズボンだが、これはサイズがシビアになってくる。
「ちょっと待ってくれ」
カズマは携帯を取り出し、電話をかける。
『なに、お兄ちゃん?』
「なぁ、おまえの服のサイズ教えてくれ」
見た感じ、リューズは妹と似た体型。
少なくとも、大きな差はないだろうとカズマは期待するも、
『……最低最悪死ねばいいのに』
切られた。
「もしもし! なんで切るんだよ?」
カズマは速攻でかけ直した。
『いや、それこっちの台詞。久しぶりに電話してきたと思ったら、なんで私のサイズに興味持ってんの? なにに使う気? 怖っ!』
「別にスリーサイズを聞いてる訳じゃあるまいし……」
『デリカシーのない。それだから彼女いない歴=年齢なのよ』
「おまえなぁ……、ってか服のプレゼントを考えているとか思わないのか?」
『うわぁ、女の子にいきなり服のプレゼントを考えてる男サイテー、キモっ! それだから以下略』
「待てこら。別におまえのサイズなんてどうでもいいんだよ。ただ、早急におまえに似た体型の子に、服を買ってやらないといけない状況だから聞いてんだ」
一方的な言い分にも我慢の限界がきてカズマは捲し立てるも、
『……お兄ちゃん、自首しなよ』
妹の反応は予想の斜め下をいった。
「……なんで、そうなる?」
『いやだって、早急に女の子の服が必要。だけど、その子は一緒にいけない……その状況下ってアレじゃない?』
「おまえの頭の中はどうなってんだ?」
『……ん? 買い物ってことはお兄ちゃん、今街にでてんの?』
「あぁ、そうだ」
『あー! ってことは、やっぱりアレお兄ちゃんだったんだ。似てるなーっとは思ってたんだけど』
話が掴めないでいるカズマに、妹は笑いながら説明した。
『いやさ、コスプレさせた? 幼女と少女を連れている変態がいるって、友達からメールがきてね……』
続きは聞かなくてもわかった。
画像は既にネットにも流れているようで、もはやどうしようもない。
『お兄ちゃんも軍服着てれば、ただのコスプレ集団に見られてたのに』
想像以上に人目を引いていた理由が自分にあったのを知り、カズマは軽く落ち込む。
「俺のは制服だ……」
『まぁ、いいや。犯罪に使わないってんなら教えてあげる』
想像もしていなかった紆余曲折を経て、カズマはやっとサイズを聞き出せた。
『誕生日には期待しているからね。ちょうど新作の……』
これで妹に用はないと、カズマは電話を切った。
そして、恥ずかしい思いをしながらも女性用の衣服を買い揃え、アルルたちに手渡す。
形状的に、口頭のみで二人は問題なく着替えを終えていた。
アルルにはピンクを基調とした生地に、フリルやレースをあしらったワンピース。
リューズはゆとりのあるデニムに無地の黒Tシャツと地味な組み合わせなはずなのに……下着を付ける文化がないからか、胸元がえらいことになっている。
「……リューズ、こいつを羽織れ」
目のやり場に困ると、カズマは自分用に買った革のジャケットを手渡す。自覚していなかったのか、リューズは腑に落ちない表情で袖を通していた。
これで問題ないと、三人は改めて街へと繰り出す。
「ねぇ、あれは?」
カズマは道中、アルルの様々な質問に答えていく。二十四時間休むことのない街。地上に道という概念はほとんどなく、建物と建物の間が道と認識されている。
アルルと違い、リューズは相槌を打つだけ。
目をやりはするものの、質問まではしてこなかった。