第29話 最強の攻略
文字数 2,998文字
「アルル!」
カズマの叫び声で、リューズたちはもう一人の隠者 に気付いた。
「ちっ、挟まれたか」
ロイスは空を見上げ、戦闘機を無手で退けた少年を睨みつける。
音から、風を纏っているのが窺えた。
銃弾なんかものともしない強風。この距離では攻撃のしようがない。
「テメーがアイオロスで、向こうがイツラコリウキか」
少年はアルルと同じくらいに幼かった。
その外見に惑わされてか、中年の瞳には戦う意思が宿っていない。
「ロイス、そっちは任せた」
リューズはあっさりと、アイオロスに背を向けた。
「降臨 ――白兵戦最強 !」
聞こえるように呪文を唱え、イツラコリウキの意識を引きつける。
「あなたが、アルル様をたぶらかしたフールですか」
イツラコリウキは呟き、白い息が口元から漏れ出す。
「あんたが、ハーミットか」
凍った車の上に悠然と立つ女性は、明らかにリューズよりも年上だった。
幼さを微塵も残していない顔立ちと体つき。真っ白い肌に雪のようなローブを纏っている。
「見た限り、あなたの〝願い〟はその棒きれにあるようですね」
「棒きれかどうか、その体で試してやろうか!」
いつものようにリューズは加速しようとするも、凍った大地に足元をすくわれる。いつの間にか、辺り一帯が凍っていた。
「えぇ、すぐに教えて差し上げます」
「なら、逃げんな!」
イツラコリウキは流麗な滑りで、リューズから距離を取った。
「――ホワイトアウト」
聖域外からの攻撃にリューズは鼻で笑うも、足は止まっていた。
「悪いけど、その距離からじゃ効かないわよ?」
相手の位置が掴めないので、大声で告げる。
聖域内の視界は良好だが、外は雪の帳が下りていた。
「――氷雪崩 」
まるで、どしゃ降りの音。
不揃いな氷片が迫るも、リューズは冷静だった。自分の間合いに入ったものだけを相手にすればいいと、待ち構える。
「――アバランチ」
怒涛の雪が襲いかかる。
もう聖域の外がどうなっているか、リューズには判断つかなくなっていた。
「――万年雪 」
隙間なく、白に覆われる。
外から見れば荘厳で静かな雪世界だが、その中は暗い闇が広がっている。
一筋の光も、音も、熱も届かない深淵――リューズはやっと悟った。
「あのくそ女っ!」
イツラコリウキの目的に気づいて、叫ぶ。
「ざけんな! こらっ!」
閉じ込められた。
押し固められた雪は聖域の力とは関係なしに空洞を保っている。リューズが壁面に近づいても崩れない。反対の壁は四メートルよりも離れているのに。
「――エスカリボール!」
当たりさえすれば、なんでも斬れる剣。透き通った輝きを放つ刃は、聖域内であればどこにでも届く。
音もなく、雪の壁を四メートル切り裂き――隙間から雪が零れ落ちてくる。
「……え?」
斬っても、斬っても、斬っても……光は見えてこなかった。
「……嘘っ!」
リューズは混乱に陥る。
現在、寒さも呼吸も不便に感じないのは聖域の恩恵――魔力によるものである。
すなわち、この状況が続けばいずれ魔力が尽き……死に至る。
「――エスカリボール!」
剣を肩に担ぎ、一閃――裂かれた穴を塞ぐように、雪が落ちてくる。
「……嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!」
がむしゃらに剣を振るうも、結果は変わらない。
「なんで……嘘でしょ? こんな、こんな風に死ぬなんて……!」
リューズの口から、弱音が吐き出される。
思ってもいなかった。自分が戦い以外で死ぬなんて。こんな惨めに朽ち果てるなんて……。
一人きり。光も声も届かない。なにも見えない。
敵さえも――
「あぁぁぁぁっ!」
発作的に叫ぶも、状況は変わらない。ヒステリックに剣を振り回しても、雪の牢獄は一切の光を遮断したまま。
崩れても崩れても……。
「うそ……だ。嫌だっ! 嫌だっ! 嫌だぁぁぁっ!」
どうしようもない状況に、リューズの心は折れてしまった。年相応の少女のように、暗闇の中で涙を零す。
「ねぇ、なんで? 嘘でしょ? ねぇ……お願いだからっ! こんな、こんなっ……! 私はこんな風に死にたくなんか……っ!」
「――アバランチ」
流動性のある氷雪はリューズを呑み込むだけでは飽き足らず、他の者たちにも襲いかかった。
ロイスは咄嗟に空へと逃げ及ぶも、中年は成す術もなく埋められる。
「おかしいな。人は生身では飛べないはず」
「そういうテメーだって、飛んでんじゃねぇかよ?」
ロイスは発砲するも、少年は瞬きすらしなかった。
銃の威力を知っていたのか、防御に絶対の自信を持っているのか……どちらにしろ、火力不足だ。
ハフ・グロウスの軍に支給されている銃は弱装弾――火薬量が一般的な実包よりも遥かに少ない。
グリットリアの軍人が好んで使うマグナム弾はおろか、フィロソフィアの対人用――人体を貫く程度で、壁などに当たると粉々になる――フランジブル弾よりも、飛距離も貫通力も劣っている。
アイオロスに銃の知識。もしくは実戦経験があったとしたら、それは弱装弾よりも殺傷能力の高い銃に違いない。
だとすれば、通常の距離からの発砲では風の盾を破るのはかなわないだろう。
「もしかして、フール?」
「あぁ、そうだ。ったく、なんの為の銃なんだか……」
ロイスは軽く愚痴って、呪文を唱える。
「オープン――独りぼっちの楽園 」
空に、〝道〟ができる。
ロイスにしか踏むことを許されない〝道〟は、アイオロスまで続いていた。
「いくぜ、クソガキ!」
猪突猛進。遠距離戦となれば、ロイスに勝ち目はなかった。はっきりいって、風を避けるなんて現実的ではない。
アイオロスは弓を射るポーズを取り、
「――泣き叫べ 」
放った。
局地的な突風にロイスの体は吹き飛ばされるも、すぐさま後方に柔らかい壁を形成して踏みとどまる。
「うーん。きみのリミットは訳がわからないね」
「そういうテメーは丸わかりだぜ?」
再度、ロイスは銃を手に特攻を仕掛けるも、
「――かすめとれ 」
強く握っていたはずの銃が手から零れ落ちた。
微かに皮膚も切れているが、構わずロイスは馳せる。
「――打ち壊せ 」
本能的にやばいと察するも、遅い。
反射的に右手で受けてしまい、腕が動かなくなった。プレイルームのおかげで痛みは感じないが、間違いなく損傷している。
「――砂嵐 」
飛来する砂を前にして、ロイスは硬直する。
顔を防がなくてはならないが、自分の意思で右腕が上がらない。マリオネットのように無理やり動かすことは可能だが、あとのことを考えるとあまりよろしくないだろう。
となれば、選択肢は一つだけ。
ロイスは抵抗を止める。
砂嵐の到着と共に足場を形成している『オブジェ』を消し、重力に身を任せて墜落した。
カズマの叫び声で、リューズたちはもう一人の
「ちっ、挟まれたか」
ロイスは空を見上げ、戦闘機を無手で退けた少年を睨みつける。
音から、風を纏っているのが窺えた。
銃弾なんかものともしない強風。この距離では攻撃のしようがない。
「テメーがアイオロスで、向こうがイツラコリウキか」
少年はアルルと同じくらいに幼かった。
その外見に惑わされてか、中年の瞳には戦う意思が宿っていない。
「ロイス、そっちは任せた」
リューズはあっさりと、アイオロスに背を向けた。
「
聞こえるように呪文を唱え、イツラコリウキの意識を引きつける。
「あなたが、アルル様をたぶらかしたフールですか」
イツラコリウキは呟き、白い息が口元から漏れ出す。
「あんたが、ハーミットか」
凍った車の上に悠然と立つ女性は、明らかにリューズよりも年上だった。
幼さを微塵も残していない顔立ちと体つき。真っ白い肌に雪のようなローブを纏っている。
「見た限り、あなたの〝願い〟はその棒きれにあるようですね」
「棒きれかどうか、その体で試してやろうか!」
いつものようにリューズは加速しようとするも、凍った大地に足元をすくわれる。いつの間にか、辺り一帯が凍っていた。
「えぇ、すぐに教えて差し上げます」
「なら、逃げんな!」
イツラコリウキは流麗な滑りで、リューズから距離を取った。
「――ホワイトアウト」
聖域外からの攻撃にリューズは鼻で笑うも、足は止まっていた。
「悪いけど、その距離からじゃ効かないわよ?」
相手の位置が掴めないので、大声で告げる。
聖域内の視界は良好だが、外は雪の帳が下りていた。
「――
まるで、どしゃ降りの音。
不揃いな氷片が迫るも、リューズは冷静だった。自分の間合いに入ったものだけを相手にすればいいと、待ち構える。
「――アバランチ」
怒涛の雪が襲いかかる。
もう聖域の外がどうなっているか、リューズには判断つかなくなっていた。
「――
隙間なく、白に覆われる。
外から見れば荘厳で静かな雪世界だが、その中は暗い闇が広がっている。
一筋の光も、音も、熱も届かない深淵――リューズはやっと悟った。
「あのくそ女っ!」
イツラコリウキの目的に気づいて、叫ぶ。
「ざけんな! こらっ!」
閉じ込められた。
押し固められた雪は聖域の力とは関係なしに空洞を保っている。リューズが壁面に近づいても崩れない。反対の壁は四メートルよりも離れているのに。
「――エスカリボール!」
当たりさえすれば、なんでも斬れる剣。透き通った輝きを放つ刃は、聖域内であればどこにでも届く。
音もなく、雪の壁を四メートル切り裂き――隙間から雪が零れ落ちてくる。
「……え?」
斬っても、斬っても、斬っても……光は見えてこなかった。
「……嘘っ!」
リューズは混乱に陥る。
現在、寒さも呼吸も不便に感じないのは聖域の恩恵――魔力によるものである。
すなわち、この状況が続けばいずれ魔力が尽き……死に至る。
「――エスカリボール!」
剣を肩に担ぎ、一閃――裂かれた穴を塞ぐように、雪が落ちてくる。
「……嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!」
がむしゃらに剣を振るうも、結果は変わらない。
「なんで……嘘でしょ? こんな、こんな風に死ぬなんて……!」
リューズの口から、弱音が吐き出される。
思ってもいなかった。自分が戦い以外で死ぬなんて。こんな惨めに朽ち果てるなんて……。
一人きり。光も声も届かない。なにも見えない。
敵さえも――
「あぁぁぁぁっ!」
発作的に叫ぶも、状況は変わらない。ヒステリックに剣を振り回しても、雪の牢獄は一切の光を遮断したまま。
崩れても崩れても……。
「うそ……だ。嫌だっ! 嫌だっ! 嫌だぁぁぁっ!」
どうしようもない状況に、リューズの心は折れてしまった。年相応の少女のように、暗闇の中で涙を零す。
「ねぇ、なんで? 嘘でしょ? ねぇ……お願いだからっ! こんな、こんなっ……! 私はこんな風に死にたくなんか……っ!」
「――アバランチ」
流動性のある氷雪はリューズを呑み込むだけでは飽き足らず、他の者たちにも襲いかかった。
ロイスは咄嗟に空へと逃げ及ぶも、中年は成す術もなく埋められる。
「おかしいな。人は生身では飛べないはず」
「そういうテメーだって、飛んでんじゃねぇかよ?」
ロイスは発砲するも、少年は瞬きすらしなかった。
銃の威力を知っていたのか、防御に絶対の自信を持っているのか……どちらにしろ、火力不足だ。
ハフ・グロウスの軍に支給されている銃は弱装弾――火薬量が一般的な実包よりも遥かに少ない。
グリットリアの軍人が好んで使うマグナム弾はおろか、フィロソフィアの対人用――人体を貫く程度で、壁などに当たると粉々になる――フランジブル弾よりも、飛距離も貫通力も劣っている。
アイオロスに銃の知識。もしくは実戦経験があったとしたら、それは弱装弾よりも殺傷能力の高い銃に違いない。
だとすれば、通常の距離からの発砲では風の盾を破るのはかなわないだろう。
「もしかして、フール?」
「あぁ、そうだ。ったく、なんの為の銃なんだか……」
ロイスは軽く愚痴って、呪文を唱える。
「オープン――
空に、〝道〟ができる。
ロイスにしか踏むことを許されない〝道〟は、アイオロスまで続いていた。
「いくぜ、クソガキ!」
猪突猛進。遠距離戦となれば、ロイスに勝ち目はなかった。はっきりいって、風を避けるなんて現実的ではない。
アイオロスは弓を射るポーズを取り、
「――
放った。
局地的な突風にロイスの体は吹き飛ばされるも、すぐさま後方に柔らかい壁を形成して踏みとどまる。
「うーん。きみのリミットは訳がわからないね」
「そういうテメーは丸わかりだぜ?」
再度、ロイスは銃を手に特攻を仕掛けるも、
「――
強く握っていたはずの銃が手から零れ落ちた。
微かに皮膚も切れているが、構わずロイスは馳せる。
「――
本能的にやばいと察するも、遅い。
反射的に右手で受けてしまい、腕が動かなくなった。プレイルームのおかげで痛みは感じないが、間違いなく損傷している。
「――
飛来する砂を前にして、ロイスは硬直する。
顔を防がなくてはならないが、自分の意思で右腕が上がらない。マリオネットのように無理やり動かすことは可能だが、あとのことを考えるとあまりよろしくないだろう。
となれば、選択肢は一つだけ。
ロイスは抵抗を止める。
砂嵐の到着と共に足場を形成している『オブジェ』を消し、重力に身を任せて墜落した。