第41話 キリング・タイム《殺戮の時間》
文字数 2,273文字
おっかない女たちの決着を見届け、ロイスは地面に降り立った。
「終わったな」
しかし、その顔に達成感はない。
「えぇ、マゲイアのほうはこれでおしまいね」
応じたリューズも同様。
苦虫を噛み締めた顔で大きな息を吐く。
「……」
「……」
そのまま二人して黙り込み、大きく天を仰ぐ。
「で、どうすんよアレ?」
「寝ないで戦えば、なんとかなるんじゃない?」
空を見上げるまでもなく、影でわかる。
見るまでもなく、音でわかる。
巨大な軍用機とそれを護衛する無数の戦闘機。
「何百、いや何千、何万?」
「ロイスの力が役立ちそうね。全員と友達になれば、勝てるんじゃない?」
「無茶言うなよ……ってか、ンなの死んでもゴメンだ」
二人して軽口を叩いているのは余裕からではなく、現実逃避。周囲を見れば、同じようなやり取りが繰り広げられている。
激流に流され、氷に閉ざされても全員は死んでいなかった。
そんなハフ・グロウスの兵たちに、どよめきが走る。
怪訝に思い、目をやると原因は一目でわかった。
「ロイス、わたしも仲間にしてくれる?」
アルルと中年……とカズマ。
加工されているのか、その頭は死体とは思えないほど綺麗だった。
「体は埋めたのか?」
「うん」
付き添っていた中年に目をやると、頷かれた。
お別れはきちんと済ませたのだろう。
「ちょうど、芽が出てたから……そこに埋めたんだ」
「そうか」
イツラコリウキの氷雪の影響だろう。
魔力は万能エネルギー。上手く大地に作用したのかもしれない。
「あ……!」
アルルの足が止まった。
リューズとロイスが振り返ると、いつの間にか兵たちが統率していた。その指揮官の顔を、アルルは食い入るように眺めていた。
「ジジイ……」
「トドロキ隊長」
近づいてくる指揮官に、アルルと中年が反応を示す。
「誰だ?」
ロイスだけが理解できず尋ね、
「カズマのおじいさん」
他人事の様子なリューズが説明した。
二人は道を開け、アルルの後ろに控える。
そのアルルは指揮官に向かって行き、
「ごめんなさい」
トドロキが発する前に深々と頭を下げた。
「あなたのお孫さんは立派でしたよ」
フォローするように中年が褒め称える。
「そうか……」
しわがれた声は続かなかった。
なにか喋ろうとしているのはわかるが、言葉としては一向に出てこない。口だけが、忙しなく動いている。
「――グリットリアは独立する」
トドロキを待たずして、アルルは口にした。
「それがカズマの〝願い〟だったから。わたしが、叶えてみせる」
中年が準じるようにアルルの肩に手を置き、トドロキに向かって頷いた。
「ロイス、お願い」
求められている役はわかっている。
ロイスは手を差し出し、アルルは握った。
「オープン――愚者の楽園 」
巨大な窓が現れた。
ロイスとリューズとアルルにしか見えない大きな窓。前も、横も、後ろも、上も、窓で造られた家に三人はいた。
「コーメンス――」
アルルは見上げ、呪文を唱える。
アルルは後悔するしかなかった。
どう足掻いても、カズマの死は覆らない。
だから、自分を責め続ける。
――イツラコリウキの言う通りにすればよかった。
――閉じ込められた時点で死ねばよかった。
――マゲイアから逃げなければよかった。
――窓の外の世界だけでも自由にしたいだなんて、願わなければよかった。
原因を辿っていき、アルルはふと思った。
――もし、もう一つだけ『願い』を叶えられるのなら?
つまらない考えだ。
死者蘇生など誰もが一度は考えただろうに、その名を冠するハーミットはいないのだ。
――なら、カズマだったらなにを願っただろうか?
答えは、すぐに掴めた。
そして、それならばアルルでも叶えることができた。
フィロソフィアの内情は知っている。
財政に余裕はなく、他国からも半ば孤立。故に秘密を漏らす恐れは少ない。加え、機械仕掛けの神 を異常なほどに恐れている。
そう、今回の反旗は様々な条件が揃った結果に過ぎないのだ。
フィロソフィアがマゲイアに勝つには、奇襲攻撃で『ダモクレスの剣』を王城に叩き込むしかない。
けど、それは破滅への第一歩。
剣を手放せば、他国は恐れも容赦もしなくなる。
つまり、彼らにはマゲイアと事を構える覚悟はおろか選択肢すら存在しない。
――だから、わたしがデウス・エクス・マキナになればいい。
「――カナリアの悪戯 」
それはもう、退屈な時間を殺すようなものではなかった。
あまりに残酷で非道な行い。
ただ、ただ……殺す時間。
アルルは知っていた。
基本的に魔力と機械の融合は成り立たない。機械の構造が複雑になればなるほど、簡単に動作不良を引き起こす、と。
児戯にも等しい魔力の消耗でフィロソフィアの軍用機は堕ちていく。戦闘機も同じように、アルルの視界に入った瞬間に制御を失う。
そこに人が乗っていると、アルルは知っている。何百、何千、何万……沢山いるとわかっている。
それでも、心は動かなかった。
アルルはカズマの首を両手で抱えて、カズマにこの光景を見せるようにかざしていた。
「終わったな」
しかし、その顔に達成感はない。
「えぇ、マゲイアのほうはこれでおしまいね」
応じたリューズも同様。
苦虫を噛み締めた顔で大きな息を吐く。
「……」
「……」
そのまま二人して黙り込み、大きく天を仰ぐ。
「で、どうすんよアレ?」
「寝ないで戦えば、なんとかなるんじゃない?」
空を見上げるまでもなく、影でわかる。
見るまでもなく、音でわかる。
巨大な軍用機とそれを護衛する無数の戦闘機。
「何百、いや何千、何万?」
「ロイスの力が役立ちそうね。全員と友達になれば、勝てるんじゃない?」
「無茶言うなよ……ってか、ンなの死んでもゴメンだ」
二人して軽口を叩いているのは余裕からではなく、現実逃避。周囲を見れば、同じようなやり取りが繰り広げられている。
激流に流され、氷に閉ざされても全員は死んでいなかった。
そんなハフ・グロウスの兵たちに、どよめきが走る。
怪訝に思い、目をやると原因は一目でわかった。
「ロイス、わたしも仲間にしてくれる?」
アルルと中年……とカズマ。
加工されているのか、その頭は死体とは思えないほど綺麗だった。
「体は埋めたのか?」
「うん」
付き添っていた中年に目をやると、頷かれた。
お別れはきちんと済ませたのだろう。
「ちょうど、芽が出てたから……そこに埋めたんだ」
「そうか」
イツラコリウキの氷雪の影響だろう。
魔力は万能エネルギー。上手く大地に作用したのかもしれない。
「あ……!」
アルルの足が止まった。
リューズとロイスが振り返ると、いつの間にか兵たちが統率していた。その指揮官の顔を、アルルは食い入るように眺めていた。
「ジジイ……」
「トドロキ隊長」
近づいてくる指揮官に、アルルと中年が反応を示す。
「誰だ?」
ロイスだけが理解できず尋ね、
「カズマのおじいさん」
他人事の様子なリューズが説明した。
二人は道を開け、アルルの後ろに控える。
そのアルルは指揮官に向かって行き、
「ごめんなさい」
トドロキが発する前に深々と頭を下げた。
「あなたのお孫さんは立派でしたよ」
フォローするように中年が褒め称える。
「そうか……」
しわがれた声は続かなかった。
なにか喋ろうとしているのはわかるが、言葉としては一向に出てこない。口だけが、忙しなく動いている。
「――グリットリアは独立する」
トドロキを待たずして、アルルは口にした。
「それがカズマの〝願い〟だったから。わたしが、叶えてみせる」
中年が準じるようにアルルの肩に手を置き、トドロキに向かって頷いた。
「ロイス、お願い」
求められている役はわかっている。
ロイスは手を差し出し、アルルは握った。
「オープン――
巨大な窓が現れた。
ロイスとリューズとアルルにしか見えない大きな窓。前も、横も、後ろも、上も、窓で造られた家に三人はいた。
「コーメンス――」
アルルは見上げ、呪文を唱える。
アルルは後悔するしかなかった。
どう足掻いても、カズマの死は覆らない。
だから、自分を責め続ける。
――イツラコリウキの言う通りにすればよかった。
――閉じ込められた時点で死ねばよかった。
――マゲイアから逃げなければよかった。
――窓の外の世界だけでも自由にしたいだなんて、願わなければよかった。
原因を辿っていき、アルルはふと思った。
――もし、もう一つだけ『願い』を叶えられるのなら?
つまらない考えだ。
死者蘇生など誰もが一度は考えただろうに、その名を冠するハーミットはいないのだ。
――なら、カズマだったらなにを願っただろうか?
答えは、すぐに掴めた。
そして、それならばアルルでも叶えることができた。
フィロソフィアの内情は知っている。
財政に余裕はなく、他国からも半ば孤立。故に秘密を漏らす恐れは少ない。加え、
そう、今回の反旗は様々な条件が揃った結果に過ぎないのだ。
フィロソフィアがマゲイアに勝つには、奇襲攻撃で『ダモクレスの剣』を王城に叩き込むしかない。
けど、それは破滅への第一歩。
剣を手放せば、他国は恐れも容赦もしなくなる。
つまり、彼らにはマゲイアと事を構える覚悟はおろか選択肢すら存在しない。
――だから、わたしがデウス・エクス・マキナになればいい。
「――
それはもう、退屈な時間を殺すようなものではなかった。
あまりに残酷で非道な行い。
ただ、ただ……殺す時間。
アルルは知っていた。
基本的に魔力と機械の融合は成り立たない。機械の構造が複雑になればなるほど、簡単に動作不良を引き起こす、と。
児戯にも等しい魔力の消耗でフィロソフィアの軍用機は堕ちていく。戦闘機も同じように、アルルの視界に入った瞬間に制御を失う。
そこに人が乗っていると、アルルは知っている。何百、何千、何万……沢山いるとわかっている。
それでも、心は動かなかった。
アルルはカズマの首を両手で抱えて、カズマにこの光景を見せるようにかざしていた。