第33話 自由だからこそ、弱くとも戦う
文字数 3,030文字
そこには変わらぬ光景――いや、氷の檻が堅牢さを増していた。
割れそうなのは、イツラコリウキが囁いている一箇所のみ。
「あら? まだ生きていたんですか」
気をつけていたつもりだが、気づかれた。
まだ、三十メートルは離れている。
「お生憎さま、寒さには強いんでね」
イツラコリウキに動く素振りはない。
そもそも、動く必要がないのだから当然だ。
「すぅーはぁ……」
カズマは息を大きく吸い、吐き出す。心を落ち着かせる。寒さは感じない。快適そのもの。故に、異物を捉えた。
「あら? 避けられました」
雪の軋む音がした。カズマは触覚だけでなく、聴覚も研ぎ澄ませる。
「――氷雪刃 」
雪の刃が前方の地面から飛び出すも、握った銃でぶち壊す。
撃てなくとも、拳になる。
グリットリアにおいて、拳銃は接近戦で最も頼りになる武器だった。威力、携帯性、秘匿性、汎用性と他の追随を許さない。
だからこそ、長い歴史を持つあらゆる武器から、その座を奪い得た。
主力〈槍〉、遠距離〈弓〉、補助〈剣〉。
近代的な武器でありながら、全てにとって代わった。
「暇つぶしにはなりそうですね」
イツラコリウキの周辺に、無数の氷の槍がそびえ立つ。
「アイオが戻って来るまでの間なら、遊んでさしあげますわ」
退屈凌ぎなら都合がいいと、カズマは身構える。
「――氷柱 」
飛んでくる氷の槍。
少なくとも、鉄の硬度には劣るのか銃で受ければ勝手に崩れてくれる。
「――ペニテント」
雪の刃も同じく脆い。
「あら、随分と軽快に動くのですね」
〝道〟は雪の下――パッと見はわからないように偽装して貰っているのだが、効果は今一つのようだ。
「なにか、薬でも打ってきたのかしら?」
嬉しい誤算。勝手に勘違いしてくれた。
「ちょいとキツイ奴を一発、な」
これに乗っからない手はないと、カズマはおどけてみせる。
「となれば、仕方ないですわね」
やっと十メートル。
現実的な距離まで詰められた。
「――氷食尖峰 」
瞬間、カズマは浮遊感に襲われる。
足元から巨大な氷の頂きが出現し、空高く打ち上げられていた。
「――氷山 」
その更に上方に氷塊が形成され、重力に身を任せる。
自然落下中のカズマに回避手段はない――と思いきや、足が着いた。空中に。目に収めるまでもなく蹴り、カズマは離脱する。
だが、その動きはさすがに非常識過ぎた。
疑念を抱いた様子で、イツラコリウキが周囲へと目を向け始める。
「させるか!」
カズマは手にしていた二つの銃を投擲し、懐から新しく取り出す。拳銃を防いだのは雪の壁――突破可能だと、突っ切る。
ロイスは滑り台のような〝道〟を作ってくれていた。
「――ホワイトアウト」
この状況で不可避の攻撃ということは……完全にバレた。
視界が白く染まるも、カズマは雪の壁を蹴り破る。が、手ごたえはなかった。
吹き荒れる吹雪のせいで、耳も肌もなんの役にも立たない。ロイスに当たったら洒落にならないので、乱射する訳にもいかない。
「――アイスアバランチ」
カズマと違い、敵は無差別攻撃が可能。容赦なく、氷の飛礫が高速で襲いかかる。楽園のおかげで呼吸に不便はなく、痛みも寒さもない。
なのに、体は動かなかった。
「――ホルン」
強制的に掘り起こされ、カズマは空に舞う。
「――氷瀑 」
落下地点には氷の槍。いや、角と言うべき厚さと大きさが待っていた。氷とはいえ、この勢いで落ちれば、人間の体など容易く貫かれるだろう。
カズマは二丁の拳銃を合わせ、体の力を抜く。
腕を伸ばし、重心を背中に持っていって同時に発砲――反動に身を任せて離脱。
ロイスは埋もれてしまったのか、空に〝道〟はなかった。
自然落下。銃の反動程度では、軌道を僅かにずらすことしか叶わなかったのに、地面にはなにも待ち構えていなかった。
むしろ、柔らかな雪が衝撃を緩和してくれる。
けど、カズマの身体は動かなかった。痛みも寒さも感じないのに、いうことをきいてくれない。
「ごほっ……!?」
咳き込んだつもりが、口から血が吐き出される。窒息しないよう体を横にして、真っ白な雪を赤く染め上げる。
「あなたのほうが、よっぽど騎士らしい」
イツラコリウキは雪丘を一瞥し、カズマの元へと足を進めた。
「ただ惜しむらくは、あなたは弱い。私に勝つどころか、傷一つ負わせることも叶わない」
「……勝つ為に……戦ってるわけじゃ……ない。俺は、護る為に戦ってんだ」
「そうですか。では、あなたに敬意を評して、アルル様は助けて差し上げましょう」
それで諦めろと聞こえて、カズマは立つ。
拳銃は握ったまま……けど、右腕は上がらない。疑いようもなく、折れていた。
「他の……奴らは?」
「フールは殺します。彼女はとても、ハーミットにはなれそうもない。放っておけばいずれはフィロソフィアの手に落ち、産む機械にされるのがオチです」
イツラコリウキは冷然と紡ぎ、周囲に目をやる。
「もう一人は……圧死しましたか。まぁ、アイオが殺そうとしたところから、彼もハーミットの器ではなかったのでしょう」
勝手な評価を下すイツラコリウキに、カズマは苛立ってくる。
自分は認められているようだが、全然気持ちよくない。
それどころか、不快だった。
――俺は甘えていた。
歯向かっているつもりで、分水嶺には絶対に踏み入れなかった。その数歩手前で、自分は違うんだって悦に入っていただけだ。
けど、リューズやロイスは違う。
自分なんかと違って、自ら道を切り開いてきた。
自分をここまで連れて来てくれた。
――運命の分岐点。
間違いなく、ここは境目だ。
生か死か、一生を決める。
「…………っ!」
二人を捨てて、未来を生きる――あぁ、俺は生きたい。待っている家族がいる。面倒なことに、妹に帰ると約束しているんだ。
けど――
「じゃぁ……いい。あんたなんかに……助けてもらおうなんて……思わない」
絶対に忘れられなくなる。
見捨てた自分を許せずに、一生悔やみ続ける。
そんな未来はご免だった。
「護りたい者は自分で守る」
父が残してくれた、ただ一つの道標。
――憶えている。
護ってやれって教わった。
――ずっと、誰かを護ってやりたかった!
なにも気にしないで、思うがままに助けたかった。見て見ぬふりなんてしたくなかった。
それなのに、流された。
中途半端な反抗をすることで、忘れていないって自分に言い訳を繰り返して逃げていた。嘲笑や責任から――でも、自分からは逃げる訳にはいかない!
――今の俺は自由だ。だからこそ、護る。
その為に、今まで我慢してきた。
大人になれば、学校を卒業すれば、軍人になれば、偉くなれば――護れるって思っていたんだ!
「俺が、グリットリアの名を汚す訳にはいかないんだ」
引金に指がかけられる。
左腕一本。持ち上げ、銃口がイツラコリウキを捉える
割れそうなのは、イツラコリウキが囁いている一箇所のみ。
「あら? まだ生きていたんですか」
気をつけていたつもりだが、気づかれた。
まだ、三十メートルは離れている。
「お生憎さま、寒さには強いんでね」
イツラコリウキに動く素振りはない。
そもそも、動く必要がないのだから当然だ。
「すぅーはぁ……」
カズマは息を大きく吸い、吐き出す。心を落ち着かせる。寒さは感じない。快適そのもの。故に、異物を捉えた。
「あら? 避けられました」
雪の軋む音がした。カズマは触覚だけでなく、聴覚も研ぎ澄ませる。
「――
雪の刃が前方の地面から飛び出すも、握った銃でぶち壊す。
撃てなくとも、拳になる。
グリットリアにおいて、拳銃は接近戦で最も頼りになる武器だった。威力、携帯性、秘匿性、汎用性と他の追随を許さない。
だからこそ、長い歴史を持つあらゆる武器から、その座を奪い得た。
主力〈槍〉、遠距離〈弓〉、補助〈剣〉。
近代的な武器でありながら、全てにとって代わった。
「暇つぶしにはなりそうですね」
イツラコリウキの周辺に、無数の氷の槍がそびえ立つ。
「アイオが戻って来るまでの間なら、遊んでさしあげますわ」
退屈凌ぎなら都合がいいと、カズマは身構える。
「――
飛んでくる氷の槍。
少なくとも、鉄の硬度には劣るのか銃で受ければ勝手に崩れてくれる。
「――ペニテント」
雪の刃も同じく脆い。
「あら、随分と軽快に動くのですね」
〝道〟は雪の下――パッと見はわからないように偽装して貰っているのだが、効果は今一つのようだ。
「なにか、薬でも打ってきたのかしら?」
嬉しい誤算。勝手に勘違いしてくれた。
「ちょいとキツイ奴を一発、な」
これに乗っからない手はないと、カズマはおどけてみせる。
「となれば、仕方ないですわね」
やっと十メートル。
現実的な距離まで詰められた。
「――
瞬間、カズマは浮遊感に襲われる。
足元から巨大な氷の頂きが出現し、空高く打ち上げられていた。
「――
その更に上方に氷塊が形成され、重力に身を任せる。
自然落下中のカズマに回避手段はない――と思いきや、足が着いた。空中に。目に収めるまでもなく蹴り、カズマは離脱する。
だが、その動きはさすがに非常識過ぎた。
疑念を抱いた様子で、イツラコリウキが周囲へと目を向け始める。
「させるか!」
カズマは手にしていた二つの銃を投擲し、懐から新しく取り出す。拳銃を防いだのは雪の壁――突破可能だと、突っ切る。
ロイスは滑り台のような〝道〟を作ってくれていた。
「――ホワイトアウト」
この状況で不可避の攻撃ということは……完全にバレた。
視界が白く染まるも、カズマは雪の壁を蹴り破る。が、手ごたえはなかった。
吹き荒れる吹雪のせいで、耳も肌もなんの役にも立たない。ロイスに当たったら洒落にならないので、乱射する訳にもいかない。
「――アイスアバランチ」
カズマと違い、敵は無差別攻撃が可能。容赦なく、氷の飛礫が高速で襲いかかる。楽園のおかげで呼吸に不便はなく、痛みも寒さもない。
なのに、体は動かなかった。
「――ホルン」
強制的に掘り起こされ、カズマは空に舞う。
「――
落下地点には氷の槍。いや、角と言うべき厚さと大きさが待っていた。氷とはいえ、この勢いで落ちれば、人間の体など容易く貫かれるだろう。
カズマは二丁の拳銃を合わせ、体の力を抜く。
腕を伸ばし、重心を背中に持っていって同時に発砲――反動に身を任せて離脱。
ロイスは埋もれてしまったのか、空に〝道〟はなかった。
自然落下。銃の反動程度では、軌道を僅かにずらすことしか叶わなかったのに、地面にはなにも待ち構えていなかった。
むしろ、柔らかな雪が衝撃を緩和してくれる。
けど、カズマの身体は動かなかった。痛みも寒さも感じないのに、いうことをきいてくれない。
「ごほっ……!?」
咳き込んだつもりが、口から血が吐き出される。窒息しないよう体を横にして、真っ白な雪を赤く染め上げる。
「あなたのほうが、よっぽど騎士らしい」
イツラコリウキは雪丘を一瞥し、カズマの元へと足を進めた。
「ただ惜しむらくは、あなたは弱い。私に勝つどころか、傷一つ負わせることも叶わない」
「……勝つ為に……戦ってるわけじゃ……ない。俺は、護る為に戦ってんだ」
「そうですか。では、あなたに敬意を評して、アルル様は助けて差し上げましょう」
それで諦めろと聞こえて、カズマは立つ。
拳銃は握ったまま……けど、右腕は上がらない。疑いようもなく、折れていた。
「他の……奴らは?」
「フールは殺します。彼女はとても、ハーミットにはなれそうもない。放っておけばいずれはフィロソフィアの手に落ち、産む機械にされるのがオチです」
イツラコリウキは冷然と紡ぎ、周囲に目をやる。
「もう一人は……圧死しましたか。まぁ、アイオが殺そうとしたところから、彼もハーミットの器ではなかったのでしょう」
勝手な評価を下すイツラコリウキに、カズマは苛立ってくる。
自分は認められているようだが、全然気持ちよくない。
それどころか、不快だった。
――俺は甘えていた。
歯向かっているつもりで、分水嶺には絶対に踏み入れなかった。その数歩手前で、自分は違うんだって悦に入っていただけだ。
けど、リューズやロイスは違う。
自分なんかと違って、自ら道を切り開いてきた。
自分をここまで連れて来てくれた。
――運命の分岐点。
間違いなく、ここは境目だ。
生か死か、一生を決める。
「…………っ!」
二人を捨てて、未来を生きる――あぁ、俺は生きたい。待っている家族がいる。面倒なことに、妹に帰ると約束しているんだ。
けど――
「じゃぁ……いい。あんたなんかに……助けてもらおうなんて……思わない」
絶対に忘れられなくなる。
見捨てた自分を許せずに、一生悔やみ続ける。
そんな未来はご免だった。
「護りたい者は自分で守る」
父が残してくれた、ただ一つの道標。
――憶えている。
護ってやれって教わった。
――ずっと、誰かを護ってやりたかった!
なにも気にしないで、思うがままに助けたかった。見て見ぬふりなんてしたくなかった。
それなのに、流された。
中途半端な反抗をすることで、忘れていないって自分に言い訳を繰り返して逃げていた。嘲笑や責任から――でも、自分からは逃げる訳にはいかない!
――今の俺は自由だ。だからこそ、護る。
その為に、今まで我慢してきた。
大人になれば、学校を卒業すれば、軍人になれば、偉くなれば――護れるって思っていたんだ!
「俺が、グリットリアの名を汚す訳にはいかないんだ」
引金に指がかけられる。
左腕一本。持ち上げ、銃口がイツラコリウキを捉える