第23話 魔術vs科学
文字数 2,703文字
「来るぜ」
ロイスは携帯をゴミのように放り投げ、意見を求める。
「中と外、どっちでヤりたい?」
「外」
早くも、リューズは窓から身を投げ出していた。
「クソガキはどっか隠れてろ。流れ弾で死ぬ可能性があるからな」
「うん」
アルルの返事を聞き、ロイスも戦場へと足を運ぶ。
「つーか、詐欺の極みだな、あの剣は……」
先陣を切ったリューズの戦いぶりに、ロイスは胸を撫で下ろすと同時に心配が過ぎる。
聖域だけでも、甚大な魔力が消耗されているはず。
それに加え〝あの剣〟はいくらなんでもヤバすぎる。
本気で生き急いでいるのか、二度三度とリューズは白光を振りしきっていた。
「……昨日、あのまま戦ってなくて助かったぜ」
聖域内は血に塗れていた。
もはや、血の海が彼女の聖域のように広がっている。
「開放 ――独りぼっちの楽園 」
その頭上までロイスは〝道〟を作り、立つ。フィロソフィアの驚きをかき消すように、二つの銃口が火を吹く。
狙いは彼らの持つ武器。中でも、銃タイプのスタンガンに絞り、撃ち壊していく。
「やっぱ、複雑な機械は脆いな」
流暢に装弾するロイスに向かって、雷撃が迸る。
銃口からワイヤーで繋がれた針が飛び出るも、
「バーカ、効くわけねぇだろ?」
届かなかった。
ロイスはぴったりとリューズの真上を陣取り、好き勝手に銃を撃ちまくる。
攻撃が効かないのではなく、届かなかった時点でロイスは気づいていた。
リューズの聖域は文字通り『場』に展開されている。
彼女自身はもちろんのこと、中に入った者全てを守る――というよりも、戦闘の邪魔をさせないようになっている。
彼女は戦いを楽しんでいるからこそ、敵だけでなく味方にも介入させない。
この聖域は彼女だけのものでなく、白兵戦に準じる全ての者に与えられていた。
――斬り落として下さい、と言っているようなものだった。
最初から腕を伸ばし、銃を構えている。その手は子供みたいに無防備で、簡単に地面へと落とせた。
瞬間、前後左右から影が襲いかかる。
今のリューズの構えは右手に剣、左手に鞘。相手が生身であればこの二つを振り回せばいいが、敵は強固な装備で固められている。
一撃で仕留めるのは不可能――なら、一撃で仕留められるようにすればいい。
リューズは鞘を消し、両手で剣を握る。
そして、肩に担ぎ――
「――万物を斬り裂く光の剣閃 !」
呪文に応じ、剣が形を変えた。
眩い光を放つ刃――稲妻が走るが如く、易々と影を両断して切り離す。
周囲が驚愕の声をあげるのを、リューズは鼻で笑う。
そもそも、この剣は魔力で象られている。
だとすれば、わざわざ鞘から抜く必要がないのは道理。これまで、リューズはあえて抜く真似をしていただけだ。
実際、直刀であれほどの速度を出せていたのは単にズルをしていただけである。刃は常に、鞘から抜いたあとに具現化されていた。
「なに、もうおしまい?」
血を浴びたまま、リューズは愛くるしい笑みを浮かべる。
現状、聖域内で生きている人間はいなかった。
ひと振りで、聖域にいた者は裂かれていた。
防刃服ごと、人体を音もなく切断する剣。
なんでも斬れる剣は、カズマの予想の範囲内であった。
彼女は剣の最強を証明したいと言っていた。
だったら、前提条件として斬れないモノがあってはならない。
それでも、カズマは寒気を覚える。
リューズの戦い方に感心するしかなかった。
あの構え――肩に乗せていたのは、この為だったのか。
ほんの一瞬だが、リューズの剣の長さは聖域内を網羅した。
最初は白光だと勘違いしたが、二回目で確信に至った。共に振りしきる前は、あの構えを取っていた。
肩に乗せ、横薙ぎの一閃――勢いに乗せ、くるりとその場で一回転。両断される位置が、徐々に落ちているところから見て間違いない。
――重力を味方につけないと、リューズはあの剣を振るえない。
デタラメな切れ味とは裏腹に、重さは長さに見合ったもののようだ。
その微妙な律儀さというか誠実さに、カズマはこんな時だというのに笑いを禁じ得なかった。
紙に書かれた人のように、裂かれていく。
いとも簡単に、上下に切り離される。
けど、これは現実。
地面を見れば、血の海に汚物が沈んでいる。汚物としか表現できないモノが、ぷくぷくと小さな泡を立てている。
二十メートルほど離れた車の中で、中将は呆然としていた。
目の前の光景が信じられなかった。
兵たちが、次々と死んでいく。
剣を振るう少女は決して狂っていない。間合いに入った人間しか相手にせず、背中を見せる敵までは斬りつけはしなかった。
しかし、中空に立っている男は違う。
安全圏から、ケラケラと嘲笑に乗せて引き金を引いている。その銃声から逃れるように、兵たちは少女の間合いへと足を踏み入れ、二度と帰らぬ人となる。
「おぃおぃおぃ! この程度か、えぇ?」
地面には同胞たちの亡骸が散らばっており、攻め入るのに躊躇いを覚えさせた。任務の為とはいえ、同胞の死体を踏み散らかしたくはない。
「ちっ……うっさいわよ、ロイス!」
ただ、少女の息は明らかに上がっていた。
吐き気をもよおす血の匂いは、この場所にまで届いている。
犠牲は増えるが、このまま数で押せば勝機は見えてくるかもしれない。少女の体力は刻一刻と尽きていく。血なまぐさいあの場所では、満足な呼吸すら難しいだろう。
どれほど恐ろしくても、所詮は少女。肉体においては脆く、弱い。
一撃でも当てれば……落とせる。
――これよりは、ハフ・グロウスの軍に任せる。だがその前に、その力を見せてくれないか?
カズマに拒否権などなかった。
とはいえ、性格的に反抗せずにはいられず、余計な一言を添えてしまう。
――わかりました。見せてあげましょう……グリットリアの力を、ね。
中将は支配国の使命感からか、銃に手を伸ばした。
それでも、カズマは憮然としていた。伊達に左遷されていた訳ではないと、妙な自信を持って悪びれもしない。
結局、引き金に指がかかる事態には陥らなかった。
カズマの発言がもたらす意味を理解してか、中将は満足げに頷いた。
ロイスは携帯をゴミのように放り投げ、意見を求める。
「中と外、どっちでヤりたい?」
「外」
早くも、リューズは窓から身を投げ出していた。
「クソガキはどっか隠れてろ。流れ弾で死ぬ可能性があるからな」
「うん」
アルルの返事を聞き、ロイスも戦場へと足を運ぶ。
「つーか、詐欺の極みだな、あの剣は……」
先陣を切ったリューズの戦いぶりに、ロイスは胸を撫で下ろすと同時に心配が過ぎる。
聖域だけでも、甚大な魔力が消耗されているはず。
それに加え〝あの剣〟はいくらなんでもヤバすぎる。
本気で生き急いでいるのか、二度三度とリューズは白光を振りしきっていた。
「……昨日、あのまま戦ってなくて助かったぜ」
聖域内は血に塗れていた。
もはや、血の海が彼女の聖域のように広がっている。
「
その頭上までロイスは〝道〟を作り、立つ。フィロソフィアの驚きをかき消すように、二つの銃口が火を吹く。
狙いは彼らの持つ武器。中でも、銃タイプのスタンガンに絞り、撃ち壊していく。
「やっぱ、複雑な機械は脆いな」
流暢に装弾するロイスに向かって、雷撃が迸る。
銃口からワイヤーで繋がれた針が飛び出るも、
「バーカ、効くわけねぇだろ?」
届かなかった。
ロイスはぴったりとリューズの真上を陣取り、好き勝手に銃を撃ちまくる。
攻撃が効かないのではなく、届かなかった時点でロイスは気づいていた。
リューズの聖域は文字通り『場』に展開されている。
彼女自身はもちろんのこと、中に入った者全てを守る――というよりも、戦闘の邪魔をさせないようになっている。
彼女は戦いを楽しんでいるからこそ、敵だけでなく味方にも介入させない。
この聖域は彼女だけのものでなく、白兵戦に準じる全ての者に与えられていた。
――斬り落として下さい、と言っているようなものだった。
最初から腕を伸ばし、銃を構えている。その手は子供みたいに無防備で、簡単に地面へと落とせた。
瞬間、前後左右から影が襲いかかる。
今のリューズの構えは右手に剣、左手に鞘。相手が生身であればこの二つを振り回せばいいが、敵は強固な装備で固められている。
一撃で仕留めるのは不可能――なら、一撃で仕留められるようにすればいい。
リューズは鞘を消し、両手で剣を握る。
そして、肩に担ぎ――
「――
呪文に応じ、剣が形を変えた。
眩い光を放つ刃――稲妻が走るが如く、易々と影を両断して切り離す。
周囲が驚愕の声をあげるのを、リューズは鼻で笑う。
そもそも、この剣は魔力で象られている。
だとすれば、わざわざ鞘から抜く必要がないのは道理。これまで、リューズはあえて抜く真似をしていただけだ。
実際、直刀であれほどの速度を出せていたのは単にズルをしていただけである。刃は常に、鞘から抜いたあとに具現化されていた。
「なに、もうおしまい?」
血を浴びたまま、リューズは愛くるしい笑みを浮かべる。
現状、聖域内で生きている人間はいなかった。
ひと振りで、聖域にいた者は裂かれていた。
防刃服ごと、人体を音もなく切断する剣。
なんでも斬れる剣は、カズマの予想の範囲内であった。
彼女は剣の最強を証明したいと言っていた。
だったら、前提条件として斬れないモノがあってはならない。
それでも、カズマは寒気を覚える。
リューズの戦い方に感心するしかなかった。
あの構え――肩に乗せていたのは、この為だったのか。
ほんの一瞬だが、リューズの剣の長さは聖域内を網羅した。
最初は白光だと勘違いしたが、二回目で確信に至った。共に振りしきる前は、あの構えを取っていた。
肩に乗せ、横薙ぎの一閃――勢いに乗せ、くるりとその場で一回転。両断される位置が、徐々に落ちているところから見て間違いない。
――重力を味方につけないと、リューズはあの剣を振るえない。
デタラメな切れ味とは裏腹に、重さは長さに見合ったもののようだ。
その微妙な律儀さというか誠実さに、カズマはこんな時だというのに笑いを禁じ得なかった。
紙に書かれた人のように、裂かれていく。
いとも簡単に、上下に切り離される。
けど、これは現実。
地面を見れば、血の海に汚物が沈んでいる。汚物としか表現できないモノが、ぷくぷくと小さな泡を立てている。
二十メートルほど離れた車の中で、中将は呆然としていた。
目の前の光景が信じられなかった。
兵たちが、次々と死んでいく。
剣を振るう少女は決して狂っていない。間合いに入った人間しか相手にせず、背中を見せる敵までは斬りつけはしなかった。
しかし、中空に立っている男は違う。
安全圏から、ケラケラと嘲笑に乗せて引き金を引いている。その銃声から逃れるように、兵たちは少女の間合いへと足を踏み入れ、二度と帰らぬ人となる。
「おぃおぃおぃ! この程度か、えぇ?」
地面には同胞たちの亡骸が散らばっており、攻め入るのに躊躇いを覚えさせた。任務の為とはいえ、同胞の死体を踏み散らかしたくはない。
「ちっ……うっさいわよ、ロイス!」
ただ、少女の息は明らかに上がっていた。
吐き気をもよおす血の匂いは、この場所にまで届いている。
犠牲は増えるが、このまま数で押せば勝機は見えてくるかもしれない。少女の体力は刻一刻と尽きていく。血なまぐさいあの場所では、満足な呼吸すら難しいだろう。
どれほど恐ろしくても、所詮は少女。肉体においては脆く、弱い。
一撃でも当てれば……落とせる。
――これよりは、ハフ・グロウスの軍に任せる。だがその前に、その力を見せてくれないか?
カズマに拒否権などなかった。
とはいえ、性格的に反抗せずにはいられず、余計な一言を添えてしまう。
――わかりました。見せてあげましょう……グリットリアの力を、ね。
中将は支配国の使命感からか、銃に手を伸ばした。
それでも、カズマは憮然としていた。伊達に左遷されていた訳ではないと、妙な自信を持って悪びれもしない。
結局、引き金に指がかかる事態には陥らなかった。
カズマの発言がもたらす意味を理解してか、中将は満足げに頷いた。