第9話 不敗の力

文字数 1,471文字

 ホテルの一室でカズマは一息つく。
 
 ――やっと一人になれた。
 
 二人は現在、お風呂に入っていた。一緒なのは仲良しだからではなく、リューズが浴槽の使い方を知らなかったからだ。
 幸い、アルルが知っていたので、教える名目で入浴を共にしている。

 その間、カズマはパソコンにかじりつく。

 アルルの情報は出回っていなかった。
 外交の気配すらないマゲイアの王女の顔など、誰も知らないのだろう。例の画像に至っても、容姿を褒めるコメントしかされていない。
 
 案の定、この件は国際機密として処理されているようだ。
 
 となれば、アルルの奪還に動くのはフィロソフィア、もしくはマゲイアの特殊部隊。リミットの説明を聞いた限り、そういう人材がいて然るべきだとカズマは確信していた。
 交友により自国の安寧を図ったところをみると、マゲイアは世界情勢に無知ではなかったと考えるのが妥当である。
 少なくとも、フィロソフィアの影響力は知っていた。

 さすれば、それがどういった『力』によるものかも把握していたはず。
 ならば、それに特化したリミットを創ればいい。
 そうすればアルルの言っていた通り、マゲイアはどこと戦っても勝てる。

「カズマー、あがったよ」。
「……暑い」
 
 リューズは亡者のように奥へ向かい、ベッドにたどり着くと同時に力尽きたみたいにダイブした。

「あー……ほんと普通に出るんだ。暖かいお湯も、風も……」
 
 布団に顔を埋めたまま、リューズはなにか呟いていた。
 アルルは鏡を前にせっせと髪を編み始めていたので、カズマもお風呂を頂くとする。といっても、シャワーを浴びるだけで済ませた。
 タオルで髪を拭きながら戻ると、リューズは早くも眠っていた。

 布団を被っていなかったのでカズマは近寄るも、
「やめてあげて」
 アルルに止められた。

「たぶん、触ったら起きちゃう」
 
 幾本もの三つ編みを垂らしたアルルは幼い容姿に不釣り合いな、慈愛に満ちた表情を浮かべていた。

「長い間、満足に眠っていなかったと思うから、寝かせてあげて」
「……そうなのか?」
「フールだから。知られていたら追われていただろうし、家族に匿われていたとしても、不安だったと思う」
 
 数時間、それもフィロソフィアの施設にしかいなかったカズマには、マゲイアの暮らしは想像もつかなかった。

「それに、リューズのリミットは燃費が悪いと思うから。疲れてたんじゃないかな」
「おまえは大丈夫なのか?」
 
 ふと、アルルのリミットを思い返しカズマは心配する。

「わたしは貯金がたくさんあるから」
 
 アルルはにっこりと笑った。

「みんなと違って、使う必要がなかったからさ」
 
 表情とは裏腹の罪悪感を滲ませた声。
 見た目と噛み合わない響きに、カズマは返事を窮する。

「求められていた『役』に感づいていながら、わたしは逃げたんだ」
 
 最初から期待などしていなかったのか、アルルは返事も待たずに続けた。

「他にやりたいことなんてなかったくせして……ただの反抗心だけで、取り返しのつかないことをしちゃった」
「後悔してるのか? ……ここにいることを?」
 
 驚きの反応を示すも、アルルの顔に浮かんでいたのは別の感情だった。

「ううん。それじゃ、そろそろわたしも寝るね」
 
 ――失望。
 微かに憶えがある。確か四年前……妹が浮かべていた。
 
 カズマは過去と同じように、
「そうだな」
 その意味をわかろうとはしなかった。
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登場人物紹介

カズマ、22歳。

ハフ・グロウスの軍人だが、忠誠心に欠ける為、左遷される。

支配国からの独立を目論んではいるものの、具体的な計画性は皆無。

拳銃で接近戦をこなす、グリットリア式の変わった銃術を扱う。


リューズ、おそらく16歳。

マゲイアの住民。禁忌とされるリミット《限定魔術》に手を出したフール《愚者》。

長いこと追われる身であるものの、諦めず亡命計画を企てるほど強かで逞しい。

かつて、望んだ願いは『剣の最強の証明』

ゆえに彼女のリミット――白兵戦最強《ソードマスター》は剣を召喚し、遠距離からの攻撃を無力化する。

アルル、12歳。

マゲイアの第16王女でありながらも、リミットに手を出したフール。

もっとも、その立場から裁かれることはなく、軟禁に留まっている。

かつて、望んだ願いは『窓から見える風景だけでも自由にしたい』

ゆえに彼女のリミット――キリング・タイム《カナリアの悪戯》は窓越しの世界を自由に操る。

ロイス、おそらく16歳。トリックファイター《伝統破壊者》の通り名を持つ。

14歳の時に、マゲイアから亡命を果たしたフール。

その為、魔術師でありながらグリットリア式銃術も扱う。

かつて、望んだ願いは『一人でも平気な世界』

ゆえに彼のリミット――プレイルーム《独りぼっちの楽園》は自分にだけ見え、感じ、触れられる空間を具現化する。

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