第39話 狂気を冷ます氷雪大地獄
文字数 2,502文字
作戦実行のサポート――ハフ・グロウスの兵たちが形成する包囲網は壊滅していた。
規則正しく並んでいた車の隊列は見る影もない。
雪に流され、埋もれ、銀世界を構成する一つに過ぎなくなっていた。
『ここで起きたことは、全て愚者 のせいということで……』
冷たい声が響く。
彼女の周辺には、凍死体が幾つか散らばっていた。
『もちろん、私たちが死んだとしても、それは変わりません』
挑むように、イツラコリウキは鳴らした。
『えぇ、マゲイアとフィロソフィアの関係には、なんの影響もございません』
通話が終わり、男の声が響く。
「約束だ。吹雪を止めてくれ」
白髪にシワを刻んだ老人だが、声には張りがあった。
「そちらも、守ってくださいよ」
イツラコリウキは氷雪大世界 を閉じ、視界の氷雪は消滅した。気温はまだ戻っていないが、凍死は免れるであろう。
「良かったですわね。部下思いの隊長さんがいてくれて」
膝を抱え、白い息を吐き続けている軍人たちに目をやり、イツラコリウキは冷笑を浮かべた。
「ここは間もなく戦場になります。死にたくなければ、立ち去りなさい。フィロソフィアは、この土地ごと殺す気のようですから」
王から指示を仰ぎ、イツラコリウキはフィロソフィアと連絡を取っていた。
結果、マゲイアにフィロソフィアと事を構える気はなかった。
どこまで関与しているのかも確かめることなく、彼らの行いを不問とした。
ここで起こったことは、全てフールのせい。
恨みっこなしの、局地的な争いで片付けることに決まった。
「これなら、怒りに燃え蹲る者 や大地に座る牙 のほうが適任でしたね」
イツラコリウキは嘆息する。
戦闘機を相手取るには、力不足であると自覚していた。かく乱や機能的に封じることはできても、破壊にまでは至らない。
殺すのは得意でも、壊すのは苦手なのだ。
ただ、フィロソフィアはフールの生け捕りを狙っている。
となれば、ロケットなどの広範囲無差別殺人兵器はまず使ってこないだろう。
「盾としての利用価値は大きいですね」
彼らを近くに置いておけば、もっと多くの兵器を封じられる。
「まだ殺すべきではありませんね。アイオにも伝えておかないと……」
イツラコリウキがそろそろ戻ろうかと先を見据えると、憶えのある姿が近づいてきた。
乾いた大地を掘り進めている中年とアルルに一言告げ、リューズとロイスはイツラコリウキの元へと向かった。
道中、逃げてきた兵からの情報で居所はすぐに掴めた。
「あら、まだ生きていたんですか」
リューズの目が釣り上がる。苛立ちを隠そうともせずに靴を鳴らす。距離にして十メートル。
二人の女が向かい合い、共に嘲笑を刻んだ。
「そんな棒きれをまだ持って――」
「――アイオロスは死んだ」
先制したイツラコリウキをぶった切るように、リューズは口にした。
「あんたの弟は殺した」
イツラコリウキの目が見開かれる。
「ロイスが銃で撃ち、私が剣で刺した」
否定する間も与えずにリューズは叩き込む。
「死体は魔力と共に私が奪った」
はっきりとありのままを告げ、イツラコリウキが絶叫する。
「嘘……だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁぁぁぁアイオが……アイオが……死んだ?」
取り乱す様を見て、リューズは鼻で笑う。
「アイオが……アイオが……ははははは! 死んだ? 死んだ……殺した? おまえが……殺した?」
「そう、私が殺した」
完全に狂っているイツラコリウキとは対照的に、リューズは落ちついて見えた。
ただ、それは外見だけで心の内は違う。
イツラコリウキに負けないくらいにリューズも苛立っていた。
彼女にとってハーミットは待ち人であった。
剣の最強を示すのにこれほど適した相手はいない。その存在は漠然とした目的しか持っていなかったリューズに、確かな形を与えてくれたのだ。
それなのに、イツラコリウキの眼中に自分はなかった。
簡単にあしらわれた。興味がないと言わんばかりに放置された。
それだけならまだ許せたが〝願い〟を否定された。
いや、否定させられた。
リューズにとって、剣は当たって切れれば良かった。
それ以外の機能は求めていなかった。
自分の手で握り、振るい、斬る。
――それだけで良かったのに……!
「開放 ――氷雪大地獄 」
イツラコリウキは呪文を唱えた。
黄泉の住民が光を、生者を羨むような危うい響きで自分の〝願い〟を口にした。
気温が一気に氷点下を突破するも、リューズにはなんの影響も及ぼさない。
イツラコリウキが気づいているのかは不明だが、ロイスが上空から支援していた。
「――最終氷期 」
見える範囲全てが氷に閉ざされる。
それも分厚い。氷の山や頂き――まさしく、氷河が展開された。
「――氷震 」
激しい揺れで氷河にヒビが入り、
「――氷河大決壊 」
圧倒的な水量が激流となり、全てを呑み込む。
雪崩の比ではない。
明確な指向性を持った流氷が、四方八方からリューズに襲いかかる。
そして聖域にぶつかり、水は飛泉の如く天高く飛沫を上げ――
「――永久凍土 」
凍りついた。
迸る飛沫の一滴まで、逃すことなく瞬間凍結。
幾星霜の時を生き抜いてきたかのような、氷の巨塔にリューズを封じ込めた。
「はぁ……はぁ……これでいい。私もすぐ……アイオのとこへ……」
イツラコリウキはふらついた足取りで氷の巨塔へと近づき、その表面をなぞる。手で、額で、頬で、愛おしいようにキスをする。
その表情からは先程の狂気は感じられず、どこか吹っ切れたように穏やかだった。
規則正しく並んでいた車の隊列は見る影もない。
雪に流され、埋もれ、銀世界を構成する一つに過ぎなくなっていた。
『ここで起きたことは、全て
冷たい声が響く。
彼女の周辺には、凍死体が幾つか散らばっていた。
『もちろん、私たちが死んだとしても、それは変わりません』
挑むように、イツラコリウキは鳴らした。
『えぇ、マゲイアとフィロソフィアの関係には、なんの影響もございません』
通話が終わり、男の声が響く。
「約束だ。吹雪を止めてくれ」
白髪にシワを刻んだ老人だが、声には張りがあった。
「そちらも、守ってくださいよ」
イツラコリウキは
「良かったですわね。部下思いの隊長さんがいてくれて」
膝を抱え、白い息を吐き続けている軍人たちに目をやり、イツラコリウキは冷笑を浮かべた。
「ここは間もなく戦場になります。死にたくなければ、立ち去りなさい。フィロソフィアは、この土地ごと殺す気のようですから」
王から指示を仰ぎ、イツラコリウキはフィロソフィアと連絡を取っていた。
結果、マゲイアにフィロソフィアと事を構える気はなかった。
どこまで関与しているのかも確かめることなく、彼らの行いを不問とした。
ここで起こったことは、全てフールのせい。
恨みっこなしの、局地的な争いで片付けることに決まった。
「これなら、
イツラコリウキは嘆息する。
戦闘機を相手取るには、力不足であると自覚していた。かく乱や機能的に封じることはできても、破壊にまでは至らない。
殺すのは得意でも、壊すのは苦手なのだ。
ただ、フィロソフィアはフールの生け捕りを狙っている。
となれば、ロケットなどの広範囲無差別殺人兵器はまず使ってこないだろう。
「盾としての利用価値は大きいですね」
彼らを近くに置いておけば、もっと多くの兵器を封じられる。
「まだ殺すべきではありませんね。アイオにも伝えておかないと……」
イツラコリウキがそろそろ戻ろうかと先を見据えると、憶えのある姿が近づいてきた。
乾いた大地を掘り進めている中年とアルルに一言告げ、リューズとロイスはイツラコリウキの元へと向かった。
道中、逃げてきた兵からの情報で居所はすぐに掴めた。
「あら、まだ生きていたんですか」
リューズの目が釣り上がる。苛立ちを隠そうともせずに靴を鳴らす。距離にして十メートル。
二人の女が向かい合い、共に嘲笑を刻んだ。
「そんな棒きれをまだ持って――」
「――アイオロスは死んだ」
先制したイツラコリウキをぶった切るように、リューズは口にした。
「あんたの弟は殺した」
イツラコリウキの目が見開かれる。
「ロイスが銃で撃ち、私が剣で刺した」
否定する間も与えずにリューズは叩き込む。
「死体は魔力と共に私が奪った」
はっきりとありのままを告げ、イツラコリウキが絶叫する。
「嘘……だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁぁぁぁアイオが……アイオが……死んだ?」
取り乱す様を見て、リューズは鼻で笑う。
「アイオが……アイオが……ははははは! 死んだ? 死んだ……殺した? おまえが……殺した?」
「そう、私が殺した」
完全に狂っているイツラコリウキとは対照的に、リューズは落ちついて見えた。
ただ、それは外見だけで心の内は違う。
イツラコリウキに負けないくらいにリューズも苛立っていた。
彼女にとってハーミットは待ち人であった。
剣の最強を示すのにこれほど適した相手はいない。その存在は漠然とした目的しか持っていなかったリューズに、確かな形を与えてくれたのだ。
それなのに、イツラコリウキの眼中に自分はなかった。
簡単にあしらわれた。興味がないと言わんばかりに放置された。
それだけならまだ許せたが〝願い〟を否定された。
いや、否定させられた。
リューズにとって、剣は当たって切れれば良かった。
それ以外の機能は求めていなかった。
自分の手で握り、振るい、斬る。
――それだけで良かったのに……!
「
イツラコリウキは呪文を唱えた。
黄泉の住民が光を、生者を羨むような危うい響きで自分の〝願い〟を口にした。
気温が一気に氷点下を突破するも、リューズにはなんの影響も及ぼさない。
イツラコリウキが気づいているのかは不明だが、ロイスが上空から支援していた。
「――
見える範囲全てが氷に閉ざされる。
それも分厚い。氷の山や頂き――まさしく、氷河が展開された。
「――
激しい揺れで氷河にヒビが入り、
「――
圧倒的な水量が激流となり、全てを呑み込む。
雪崩の比ではない。
明確な指向性を持った流氷が、四方八方からリューズに襲いかかる。
そして聖域にぶつかり、水は飛泉の如く天高く飛沫を上げ――
「――
凍りついた。
迸る飛沫の一滴まで、逃すことなく瞬間凍結。
幾星霜の時を生き抜いてきたかのような、氷の巨塔にリューズを封じ込めた。
「はぁ……はぁ……これでいい。私もすぐ……アイオのとこへ……」
イツラコリウキはふらついた足取りで氷の巨塔へと近づき、その表面をなぞる。手で、額で、頬で、愛おしいようにキスをする。
その表情からは先程の狂気は感じられず、どこか吹っ切れたように穏やかだった。