第15話 独りぼっちの楽園
文字数 2,417文字
ロイスがマゲイアから逃げ出したのは、十四歳の時だった。
曰く、つまらない感情からリミットに手を出した。
〝願い〟の性質上、暮らしていくには問題なかったが、周囲に知られてしまえば城に突き出されてしまう。
当時のロイスには、戦いの技術どころか知識すらなかったので、どんな手段を用いても魔術を相手に立ち向かえるとは思えなかったので、すぐさま逃げる道を選んだ。
幸い、ロイスの独りぼっちの楽園 は『移動』にこそ特化していなかったものの、『生活』には秀でていた。
自分にだけ見え、感じ、触れられる空間――文字通り楽園の形成。
快適な環境はもちろんのこと、任意の場所に様々な『オブジェ』の設置を可能とする。それは楽園の名の元に、なんでも有り(機械は除く)。
ただ、あくまで自分にしか影響を与えられないので攻撃には使えなかった。戦闘では痛みや疲労などの感覚を誤魔化したり、足場にするのが関の山。
しかし、衣食住には事欠かず、食事 すらも魔力で賄い、海の上でさえ快眠を約束される。
問題があるとすれば、傍から見ればシュールとしか言いようがないことだろうか。
現に、ロイスは幽霊と勘違いされていた。
本人は部屋の中のベッドで寝ているつもりでも、他の人には海面に浮いているようにしか見えないのだ。
雨の日も然り。屋根や傘を設置しても防げはしない。
本人に濡れていないと、錯覚させるだけである。
そういった毎日を海上で繰り返している内に噂になり、ついには周囲の目に止まってロイスは引き上げられた。水死体と間違われて――最終的には遭難者として、ハフ・グロウスに保護された。
「そのあとはまぁ、記憶喪失のふりをしてのらりくらりだな。オレはあまりに知らなすぎたから、疑われることもなかったぜ」
ロイスは飄々と語った。
生きていくのに必要な知識を得ると、未練もなく逃げ出した。繰り返し――居着き、逃げ、居付き、逃げ……この土地に落ち着いた。
「ここでの常識からは外れないよう気をつけてはいたんだがな、やっぱいざって時になると、魔術を使っちまう。大抵のヤツらは『トリック』だと思ってくれたんだが……」
ルカの前任――軍人には気づかれた。体術の域を超えている、と。
「ぶっちゃけると、オレは口封じの為にそいつを殺そうとしたんだ」
今でも訳がわからない、とロイスは笑う。
哀愁の篭った声音で、
「けど、できなかった」
リビングに四人は集まっていた。
テーブルを挟んで、ロイスと向かい合うカズマとアルル。リューズは身の上話になど興味が沸かないと、席を外していた。
かくいうアルルも真面目には聞いていない。
その証拠に、ロイスの話に相槌の一つも打たなかった。ずっと、説明書とにらめっこしている。カズマですら読んだこともないような拳銃についての書物と。
どうやら、リューズとトリックファイターの戦いを見て、アルルは拳銃に興味を持ってしまったらしい。とはいえ、撃たせるのは危険だし、色々と問題もあるのでマニュアルのみ。
渋るかと思ったが、意外にもアルルは熱中していた。
下手な鈍器よりも強そうな分厚い冊子を読みふけっている。
「当時のオレは、銃 に頼りきっていたからな」
ソファに深く腰掛け、ロイスは拳銃を握った。
浮き足立つカズマを更に動揺させるよう不敵に微笑み、銃口を向ける。
金属音に引かれてか、アルルも顔を上げた。
「いや、違うか。勘違いしていたんだ。この状況で、勝ったと思い込んでいた」
ロイスは引き金に指をかけると、口元を釣り上げた。
そこでカズマは察する。
求められている動きを――銃声、激しい金属音にアルルは耳を押さえて俯いた。
「ご明察。さすが、軍人てとこか?」
ロイスの声にアルルはゆっくりと顔をあげ、驚いたようにカズマと銃口を見比べる。
「やかましい! 状況を考えやがれ」
嫌味にしか聞こえなかったのか、カズマは不貞腐れたように息を零す。
「それに言っておくが、今のができるのはグリットリアの軍人だけだぞ」
射撃の基本動作を一切無視した動き。構えるどころか、引金に指さえかけない。まるで居合のように抜き放ち、銃身で弾丸を殴り飛ばす。
これは、単純な構造の回転式拳銃 ――中でも、最も造りが堅牢な、固定式 だからこそかなう芸当であった。
他のリボルバー、及び自動式拳銃 では防げはしても、高確率で動作不良を引き起こしてしまう。複雑な構造は必然的に部品――破損箇所が多くなるので、きちんとしたメンテナンス及び、適切な扱いが求められるのだ。
いうまでもなく、銃本体は殴ったり、銃弾を受けることを想定されて造られてはいない。
「知ってんよ。っつか、そのオッサンに散々聞かされた」
殺そうとしたのに、許されたどころか救われた。
きちんとした住居を、知識を、戦い方を教えてくれた。
「あとはまぁ、お察しよ」
その人は定年で、ルカに仕事と一緒に自分まで任せて辞めた。
この土地にいたということは、少なくとも有能ではなかったのだろう。
「んで、ルカたちにはオレがマゲイアの出身だって話してたからな。知る限り、魔術のこともな。そしたら二人揃って、マゲイアには特殊部隊が存在するはずだって言ってたからよ」
リューズをそう判断した。
今日、遭遇したのは偶然ではなく待ち伏せ。ネットの画像からアルルに気付き、ロイスは情報を集めていたらしい。
「で、テメーらはナンでここにいるんだ?」
「わたしは……」
ロイスの質問に、アルルは最初から説明した。
自分の扱いから、リューズやカズマとの出会いまで――
曰く、つまらない感情からリミットに手を出した。
〝願い〟の性質上、暮らしていくには問題なかったが、周囲に知られてしまえば城に突き出されてしまう。
当時のロイスには、戦いの技術どころか知識すらなかったので、どんな手段を用いても魔術を相手に立ち向かえるとは思えなかったので、すぐさま逃げる道を選んだ。
幸い、ロイスの
自分にだけ見え、感じ、触れられる空間――文字通り楽園の形成。
快適な環境はもちろんのこと、任意の場所に様々な『オブジェ』の設置を可能とする。それは楽園の名の元に、なんでも有り(機械は除く)。
ただ、あくまで自分にしか影響を与えられないので攻撃には使えなかった。戦闘では痛みや疲労などの感覚を誤魔化したり、足場にするのが関の山。
しかし、衣食住には事欠かず、
問題があるとすれば、傍から見ればシュールとしか言いようがないことだろうか。
現に、ロイスは幽霊と勘違いされていた。
本人は部屋の中のベッドで寝ているつもりでも、他の人には海面に浮いているようにしか見えないのだ。
雨の日も然り。屋根や傘を設置しても防げはしない。
本人に濡れていないと、錯覚させるだけである。
そういった毎日を海上で繰り返している内に噂になり、ついには周囲の目に止まってロイスは引き上げられた。水死体と間違われて――最終的には遭難者として、ハフ・グロウスに保護された。
「そのあとはまぁ、記憶喪失のふりをしてのらりくらりだな。オレはあまりに知らなすぎたから、疑われることもなかったぜ」
ロイスは飄々と語った。
生きていくのに必要な知識を得ると、未練もなく逃げ出した。繰り返し――居着き、逃げ、居付き、逃げ……この土地に落ち着いた。
「ここでの常識からは外れないよう気をつけてはいたんだがな、やっぱいざって時になると、魔術を使っちまう。大抵のヤツらは『トリック』だと思ってくれたんだが……」
ルカの前任――軍人には気づかれた。体術の域を超えている、と。
「ぶっちゃけると、オレは口封じの為にそいつを殺そうとしたんだ」
今でも訳がわからない、とロイスは笑う。
哀愁の篭った声音で、
「けど、できなかった」
リビングに四人は集まっていた。
テーブルを挟んで、ロイスと向かい合うカズマとアルル。リューズは身の上話になど興味が沸かないと、席を外していた。
かくいうアルルも真面目には聞いていない。
その証拠に、ロイスの話に相槌の一つも打たなかった。ずっと、説明書とにらめっこしている。カズマですら読んだこともないような拳銃についての書物と。
どうやら、リューズとトリックファイターの戦いを見て、アルルは拳銃に興味を持ってしまったらしい。とはいえ、撃たせるのは危険だし、色々と問題もあるのでマニュアルのみ。
渋るかと思ったが、意外にもアルルは熱中していた。
下手な鈍器よりも強そうな分厚い冊子を読みふけっている。
「当時のオレは、
ソファに深く腰掛け、ロイスは拳銃を握った。
浮き足立つカズマを更に動揺させるよう不敵に微笑み、銃口を向ける。
金属音に引かれてか、アルルも顔を上げた。
「いや、違うか。勘違いしていたんだ。この状況で、勝ったと思い込んでいた」
ロイスは引き金に指をかけると、口元を釣り上げた。
そこでカズマは察する。
求められている動きを――銃声、激しい金属音にアルルは耳を押さえて俯いた。
「ご明察。さすが、軍人てとこか?」
ロイスの声にアルルはゆっくりと顔をあげ、驚いたようにカズマと銃口を見比べる。
「やかましい! 状況を考えやがれ」
嫌味にしか聞こえなかったのか、カズマは不貞腐れたように息を零す。
「それに言っておくが、今のができるのはグリットリアの軍人だけだぞ」
射撃の基本動作を一切無視した動き。構えるどころか、引金に指さえかけない。まるで居合のように抜き放ち、銃身で弾丸を殴り飛ばす。
これは、単純な構造の
他のリボルバー、及び
いうまでもなく、銃本体は殴ったり、銃弾を受けることを想定されて造られてはいない。
「知ってんよ。っつか、そのオッサンに散々聞かされた」
殺そうとしたのに、許されたどころか救われた。
きちんとした住居を、知識を、戦い方を教えてくれた。
「あとはまぁ、お察しよ」
その人は定年で、ルカに仕事と一緒に自分まで任せて辞めた。
この土地にいたということは、少なくとも有能ではなかったのだろう。
「んで、ルカたちにはオレがマゲイアの出身だって話してたからな。知る限り、魔術のこともな。そしたら二人揃って、マゲイアには特殊部隊が存在するはずだって言ってたからよ」
リューズをそう判断した。
今日、遭遇したのは偶然ではなく待ち伏せ。ネットの画像からアルルに気付き、ロイスは情報を集めていたらしい。
「で、テメーらはナンでここにいるんだ?」
「わたしは……」
ロイスの質問に、アルルは最初から説明した。
自分の扱いから、リューズやカズマとの出会いまで――