第40話 決着、最強の所以
文字数 3,309文字
光も射さない氷の牢獄の中でも、リューズは平然としていた。
ロイスのプレイルームのおかげである。
どうやら、彼のリミットは目に見えなくとも関係ないようだ。
この快適な世界は、彼と彼が招いた住民に与えられる。
だけど、それだけ。
プレイルームでは、ロイスとリューズにしか影響を与えられない。
ここで生きていくことはできても、脱出することはできやしない。
「ここまでするか、あの女……」
日中、それなりに透明度を有した氷で深淵を生み出していることにリューズは呆れ果てる。
この分厚さは、剣でどうこうできるレベルではない。
悔しいが、それは認めなければならない。
――戦いの価値観が違う。
リューズには思いつきもしなかった。
剣の間合いの外からの脅威を防げば、自分は絶対に負けないと信じていた。
けど、結果はこれだ。
リューズに言わせれば、こんなのは決して戦いではないのだが、このままでは自分が死んでイツラコリウキが生き残る。
だとすれば、自分は負けたことになる。
認めたくないが、それが現実。
「ふざけやがって……っ!」
リューズは剣を握り、自分の〝願い〟を強く思い出す。
――剣の最強を証明したい!
その為に、剣の間合い の聖域を創り上げた。
この間合いなら、誰が相手でなにをしてこようとも対処できる自信があったから――
だけど、それだけじゃ足りないことに気付いた。
誰もが、自分の思い描いているような戦いに興じてくれるわけではないと、今更ながらに理解する。
遠距離からの攻撃が通じなければ、接近戦をするしかないという考えはリューズ〈子供〉の思い込みでしかなかった。
――根本的な〝願い〟から逸れない限り、リミットは幾らでも進化できる。
だから剣の最強を証明する為に、リューズは更なる手段を創り上げる。
風を切る剣に続いて、この氷を打ち砕く新たなる剣を――
イツラコリウキが安堵していたのは束の間だった。
崩れ落ちるように豹変する。
決して溶けるはずのない氷が割れることなく小さくなっていく。氷河の後退。その進行は早く、一分もかからずに融解した。
「――水を奪う乾いた塵剣 」
リューズの手に握られていたのは、死に神の鎌を彷彿させる漆黒の刃。母なる海、生命の源である水を吸い尽くす様は死に神 そのものとも言える。
「――ふざけるなっ!」
平然と姿を見せたリューズに向かって、イツラコリウキは荒げる。
「貴様はアイオを殺しただけでなく……あの子の〝願い〟までこんな風に否定したのかぁぁぁぁぁっ!」
無謀にもイツラコリウキは剣の間合いに足を踏み入れ、
「――氷食尖峰 」
接近戦の間合いから足元に氷の頂を出現させた。
当然、リューズだけでなく自分もろとも空高く打ち上げられ――リューズだけが空中を蹴って、更なる高みに着地した。
「馬鹿なっ!」
イツラコリウキは重力に従って自然落下する。
頭の中であり得ないと反芻して……ふと、思い出す。
カズマも空中を蹴って体勢を変えたこと。
そして、アイオロスと対峙していたあの男がリミットの使い手であることを。
「あいつかっ!」
わかったとしても、どうすることもできない。
何処にも見当たらないどころか、どんな〝願い〟であるかもイツラコリウキには見当がつかなかった。
ロイスのリミットは相手に干渉することができない反面、認識することもできやしない。
それは自分にだけ見え、感じ、触れられる空間――文字通り楽園の形成。
彼は今、リューズとイツラコリウキの遥か上空に立っていた。
肉眼ではとうてい捉えられない距離だが、ロイスは空間を弄ることでそれを可能にしていた。
「なにを遊んでいやがるんだ。リューズの奴……」
ロイスの役目はリューズを極寒から守るのと、安定した足場の形成だけ。
ふと、ここから駆けおりて銃を抜けばイツラコリウキを殺せるんじゃないかと魔がさすも、頭を振って堪える。
リューズの聖域なしに、イツラコリウキの氷雪を防げる道理がない。
それにカズマと違って、リューズの戦闘スタイルは自分と違い過ぎる。下手に近づいて邪魔になっては元も子もない。
だから、焦燥に駆られながらもロイスは離れて援護をしていた。
「くそっ! あんま時間はねーぞ、リューズ?」
「……馬鹿にしているの?」
イツラコリウキは血だらけになりながらも、まだ生きていた。
慣れない接近戦でも諦めず、抗い続けていた。
「さっきの剣で、氷ごと私を斬ればいいものを」
リューズの剣を氷の盾で防ぎ、イツラコリウキは抗議する。
「馬鹿か、あんたは」
対して、リューズは素っ気なく返す。
「あれは身を護る防御の剣」
それがリューズの妥協点だった。
「相手が私の戦いの流儀に反しない限り、抜く気はない」
迫る脅威に限定してのみ、遥か彼方まで殺しきる。
それ以外は同じ。
自分で振るい、当たらなければなんの意味も持たない――少女が愛した剣に過ぎない。
「……勝手極まりない。他人の〝願い〟を否定して、自分の〝願い〟を押し通すなんて……っ!?」
イツラコリウキは途中で思い至ったかのように停止し、笑い出した。
「はははっ! 貴様、そうかっ! 貴様はアイオ以外からも奪ってきたのだな? 生命を、魔力をっ!」
軽蔑を滲ませて、イツラコリウキは吐き捨てる。
「怪物が。そこまでして、なんの為に生きる? 他人の命まで食らって、そんな棒切れを握るだけなのか?」
リューズにとって、それは愚問であった。
「あぁ、そうだ。私は死ぬまで剣を握って、振って、斬るだけだ。ただ、自分の為だけに――」
振り返れば、後悔せずにいられないのはわかっている。
だから、リューズは絶対に振り返らない。
また、自分以外の誰かの為に剣を振るおうとも思わなかった。
人を殺すのは、自分の意思だけで間に合っている。
――そう、私は剣に恋をした。
誰にも理解できないかもしれないが、あの瞬間――王の剣が罪人の首を断ち切ったあの時、剣に心を奪われた。
あの気持ちは、今でも色褪せないで残っている。
「そういうあんたは、国の為に命を賭けたの?」
黒光りする刃を突きつけ、リューズは問いただす。
もはや、イツラコリウキに戦意がないのは明白だった。
「はっ、まさか。アイオが死んだ時点で国なんてどうだっていい。私はアイオが愛していたからこそ、国の為に生きようと思っただけ……」
イツラコリウキはハーミットの存在意義を否定した。
そこで初めて、リューズは笑みを見せた。
「アイオが死んだと聞いて……私はすぐに死にたかった。けど、その想いを必死で冷まして……せめて仇は取ろうと思ったんだけど……はは、無駄だったかぁ……」
イツラコリウキは、幼い少女のようにひとりごちた。 けど、顔は疲弊に満ちており、生気も感じられない。
きっと、放っておいても死ぬだろう。
リューズは黙って剣を構えた。
左手を鍔の下、右手を柄の上。刃を水平に肩へと運び、上半身を左へ捻る。
「あぁ……私にはもう魔力は残っていないけど……アイオと同じように貰ってくれる? アイオと同じ場所に……私を……お願い」
「あぁ、安心しろ。あんたの命は私が貰う」
一閃。落とされたギロチンのように躊躇いなく、リューズはイツラコリウキの首を絶った。薄皮一枚残す容赦もしないで、首と体を引き離した。
リューズは生き血をすする亡者のように返り血を浴びたまま、
「――死人を喰らう亡者の剣爪 」
赤い華に彩られた白い肌に刃を突き立てた。
剣は死肉を貪り、イツラコリウキの肉体は消失した。
ロイスのプレイルームのおかげである。
どうやら、彼のリミットは目に見えなくとも関係ないようだ。
この快適な世界は、彼と彼が招いた住民に与えられる。
だけど、それだけ。
プレイルームでは、ロイスとリューズにしか影響を与えられない。
ここで生きていくことはできても、脱出することはできやしない。
「ここまでするか、あの女……」
日中、それなりに透明度を有した氷で深淵を生み出していることにリューズは呆れ果てる。
この分厚さは、剣でどうこうできるレベルではない。
悔しいが、それは認めなければならない。
――戦いの価値観が違う。
リューズには思いつきもしなかった。
剣の間合いの外からの脅威を防げば、自分は絶対に負けないと信じていた。
けど、結果はこれだ。
リューズに言わせれば、こんなのは決して戦いではないのだが、このままでは自分が死んでイツラコリウキが生き残る。
だとすれば、自分は負けたことになる。
認めたくないが、それが現実。
「ふざけやがって……っ!」
リューズは剣を握り、自分の〝願い〟を強く思い出す。
――剣の最強を証明したい!
その為に、
この間合いなら、誰が相手でなにをしてこようとも対処できる自信があったから――
だけど、それだけじゃ足りないことに気付いた。
誰もが、自分の思い描いているような戦いに興じてくれるわけではないと、今更ながらに理解する。
遠距離からの攻撃が通じなければ、接近戦をするしかないという考えはリューズ〈子供〉の思い込みでしかなかった。
――根本的な〝願い〟から逸れない限り、リミットは幾らでも進化できる。
だから剣の最強を証明する為に、リューズは更なる手段を創り上げる。
風を切る剣に続いて、この氷を打ち砕く新たなる剣を――
イツラコリウキが安堵していたのは束の間だった。
崩れ落ちるように豹変する。
決して溶けるはずのない氷が割れることなく小さくなっていく。氷河の後退。その進行は早く、一分もかからずに融解した。
「――
リューズの手に握られていたのは、死に神の鎌を彷彿させる漆黒の刃。母なる海、生命の源である水を吸い尽くす様は
「――ふざけるなっ!」
平然と姿を見せたリューズに向かって、イツラコリウキは荒げる。
「貴様はアイオを殺しただけでなく……あの子の〝願い〟までこんな風に否定したのかぁぁぁぁぁっ!」
無謀にもイツラコリウキは剣の間合いに足を踏み入れ、
「――
接近戦の間合いから足元に氷の頂を出現させた。
当然、リューズだけでなく自分もろとも空高く打ち上げられ――リューズだけが空中を蹴って、更なる高みに着地した。
「馬鹿なっ!」
イツラコリウキは重力に従って自然落下する。
頭の中であり得ないと反芻して……ふと、思い出す。
カズマも空中を蹴って体勢を変えたこと。
そして、アイオロスと対峙していたあの男がリミットの使い手であることを。
「あいつかっ!」
わかったとしても、どうすることもできない。
何処にも見当たらないどころか、どんな〝願い〟であるかもイツラコリウキには見当がつかなかった。
ロイスのリミットは相手に干渉することができない反面、認識することもできやしない。
それは自分にだけ見え、感じ、触れられる空間――文字通り楽園の形成。
彼は今、リューズとイツラコリウキの遥か上空に立っていた。
肉眼ではとうてい捉えられない距離だが、ロイスは空間を弄ることでそれを可能にしていた。
「なにを遊んでいやがるんだ。リューズの奴……」
ロイスの役目はリューズを極寒から守るのと、安定した足場の形成だけ。
ふと、ここから駆けおりて銃を抜けばイツラコリウキを殺せるんじゃないかと魔がさすも、頭を振って堪える。
リューズの聖域なしに、イツラコリウキの氷雪を防げる道理がない。
それにカズマと違って、リューズの戦闘スタイルは自分と違い過ぎる。下手に近づいて邪魔になっては元も子もない。
だから、焦燥に駆られながらもロイスは離れて援護をしていた。
「くそっ! あんま時間はねーぞ、リューズ?」
「……馬鹿にしているの?」
イツラコリウキは血だらけになりながらも、まだ生きていた。
慣れない接近戦でも諦めず、抗い続けていた。
「さっきの剣で、氷ごと私を斬ればいいものを」
リューズの剣を氷の盾で防ぎ、イツラコリウキは抗議する。
「馬鹿か、あんたは」
対して、リューズは素っ気なく返す。
「あれは身を護る防御の剣」
それがリューズの妥協点だった。
「相手が私の戦いの流儀に反しない限り、抜く気はない」
迫る脅威に限定してのみ、遥か彼方まで殺しきる。
それ以外は同じ。
自分で振るい、当たらなければなんの意味も持たない――少女が愛した剣に過ぎない。
「……勝手極まりない。他人の〝願い〟を否定して、自分の〝願い〟を押し通すなんて……っ!?」
イツラコリウキは途中で思い至ったかのように停止し、笑い出した。
「はははっ! 貴様、そうかっ! 貴様はアイオ以外からも奪ってきたのだな? 生命を、魔力をっ!」
軽蔑を滲ませて、イツラコリウキは吐き捨てる。
「怪物が。そこまでして、なんの為に生きる? 他人の命まで食らって、そんな棒切れを握るだけなのか?」
リューズにとって、それは愚問であった。
「あぁ、そうだ。私は死ぬまで剣を握って、振って、斬るだけだ。ただ、自分の為だけに――」
振り返れば、後悔せずにいられないのはわかっている。
だから、リューズは絶対に振り返らない。
また、自分以外の誰かの為に剣を振るおうとも思わなかった。
人を殺すのは、自分の意思だけで間に合っている。
――そう、私は剣に恋をした。
誰にも理解できないかもしれないが、あの瞬間――王の剣が罪人の首を断ち切ったあの時、剣に心を奪われた。
あの気持ちは、今でも色褪せないで残っている。
「そういうあんたは、国の為に命を賭けたの?」
黒光りする刃を突きつけ、リューズは問いただす。
もはや、イツラコリウキに戦意がないのは明白だった。
「はっ、まさか。アイオが死んだ時点で国なんてどうだっていい。私はアイオが愛していたからこそ、国の為に生きようと思っただけ……」
イツラコリウキはハーミットの存在意義を否定した。
そこで初めて、リューズは笑みを見せた。
「アイオが死んだと聞いて……私はすぐに死にたかった。けど、その想いを必死で冷まして……せめて仇は取ろうと思ったんだけど……はは、無駄だったかぁ……」
イツラコリウキは、幼い少女のようにひとりごちた。 けど、顔は疲弊に満ちており、生気も感じられない。
きっと、放っておいても死ぬだろう。
リューズは黙って剣を構えた。
左手を鍔の下、右手を柄の上。刃を水平に肩へと運び、上半身を左へ捻る。
「あぁ……私にはもう魔力は残っていないけど……アイオと同じように貰ってくれる? アイオと同じ場所に……私を……お願い」
「あぁ、安心しろ。あんたの命は私が貰う」
一閃。落とされたギロチンのように躊躇いなく、リューズはイツラコリウキの首を絶った。薄皮一枚残す容赦もしないで、首と体を引き離した。
リューズは生き血をすする亡者のように返り血を浴びたまま、
「――
赤い華に彩られた白い肌に刃を突き立てた。
剣は死肉を貪り、イツラコリウキの肉体は消失した。