第14話 腐敗した国
文字数 3,862文字
クル・ヌ・ギアは通り抜けることさえ、避けられている。
汚染された土地。
そういった先入観だけでなく、無法地帯という現状も相まって徹底されていた。
今では、ここを訪れるのは軍関係者のみ。それも食料などの生活必需品の運搬と『ゴミ処理』にやって来るくらいだ。
ちなみに、ハフ・グロウスに、クル・ヌ・ギアと呼ばれる地域は二ヶ所あった。共に汚染されているとはいえ、遊ばせておくには勿体ない広さを有している。
しかし、イメージの悪さから誰も住み着こうとしなかった。
特別保護地域として、生活の全てを保障しているにもかかわらず、集まってくるのは訳ありの者たち。
それは一般の認識からすればロクでもない奴らだったので、治安が劣悪を極めるのは当然の帰結だった。
法律よりも独自のルールが優先され、治外法権と呼んでも差し支えのない地域。
それでも、彼らは決して『外』へと向かおうとはしなかった。
だからこそ、国からも黙認されていた。
誰もが知っているのに、目を逸らす。血なまぐさい殺し合いをしていても、自分たちの生活には関係ないと、見て見ぬ振りをする。
「でないな……」
カズマは携帯をしまう。
すっかり後回しにされていた電話――士官学校時代の友人と連絡を取ろうとしたのだが、繋がらなかった。
不審に思いながらも、カズマは彼が住んでいるはずの住居へ向かう。生活を保障されている地区だけあり、ホテルのような宿泊施設はここにはない。
早くも、夜の帳は下りていた。
トリックファイターが逃げ去ったあと、リューズが野次馬たちを相手にした所為である。
頑なにアルルやカズマの力を借りようとせず、一人で数十人を相手にしていたので、時間がかかってしまったのだ。
土地柄か、ハフ・グロウスの人間は白兵戦に慣れていた。
無法地帯で長く暮らしてきたスキンヘッドの中年に至っては、スコップを武器にリューズと互角に切り結ぶ程だった。
逆に、リューズは近接武器との戦いに慣れていなかったのか、意外にも苦戦を強いられていた。
それなのに、終始ご機嫌の様子。犬の尻尾のように髪の毛を揺らし、一撃当てるたびに歓喜の声を上げる――おそらくは、それが一番の原因。
始めこそ殺伐とした空気だったが、途中からは和気あいあいとしていた。
剣や槍や斧といった武器もどこからか現れ、誰一人として拳銃を使わなかった。応えるように、リューズの抜く剣にも、刃がなくなっていた。
結局、リューズが全員に一太刀を浴びせるまで狂宴は続き、夜になってしまった。
今日一番楽しんだであろうリューズは、車の中で眠っている。
「ついたの?」
隣からアルルの声。邪魔にならないよう、助手席に移っていた。
「あぁ、いるかどうかはわからんけどな」
軍の施設といっても、数名が暮らせる程度の一軒家。周囲に他の建物はなく、風の音以外はなにも聞こえてこない。
ここでの仕事は、クル・ヌ・ギア内の情勢報告。
もし、『外』へと向かう動きがあった時、万が一の為だけに存在していた。
早い話しが、体のいい左遷場所――閑職であった。
「まぁ、いなくても入るけど」
軍施設の合鍵は全て基地に揃っている。
どういう経緯を辿ろうとも、顔を出すつもりでいたカズマは拝借していた。
「リューズ、つい……って起きてたのか」
「車が止まったから」
眠そうな声でリューズは答えるも、動作から疲労は見受けられなかった。
「やっぱいないか……」
ベルを二度鳴らすも、反応はない。
「入るぞー」
一応宣言してから、カズマは鍵を差し込む。
扉を開けると、明るかった。靴が二足ほどある。一つは砂塵で汚れ、一つは埃に塗れていた。
「あ……」
リューズが漏らすも、カズマは別の音に気を取られていた。
「なんだ、風呂に入ってんのか」
シャワーの音。扉の隙間から、光も漏れている。
そこから導き出される答え――
「動くな」
緩んだ瞬間、脳天に金属質が押し付けられた。
「少しでも動くと撃つぞ」
カズマの心臓が跳ねる。ありえない位置からの声……。
「なーんてなっ! ちょんまげー」
生温かい感触に、カズマは悲鳴を上げて振り払う。
「おまえ! 今、なにしやがった!?」
「ナニって? そこの嬢ちゃんたちに聞いたらどうだ?」
知らないと訴えるようにリューズは首を振る。ご丁寧に、手でアルルを目隠しして。
「つーか、なんでテメーらがここにいんだ?」
トリックファイターことロイスは片膝を上げ、全裸で空中に座っていた。
「それはこっちの台詞だ! ここは軍の所有施設だぞ?」
「知ってんよ。つーか、服着てきていいか? さみーんだが」
「おまえが勝手に脱いだんだろ? 先に答えろ!」
「はぁ? 風呂に入ろうしたとこに、テメーらがやってきたんだろうが?」
「だから! なんでおまえがここでくつろいでやがる? ルカはどうした?」
一触即発の間を、リューズはアルルの頭を押さえつけながら通り過ぎる。
「ロイス。次、私の前に現れるときにソレ閉まってなければ斬り落とすから」
振り返らず、リューズは投げかけた。
視点を固定されている理由はわかっているのか、アルルは「まーだー?」と尋ねている。
リューズは勝手に扉を開け、奥へと消えていった。
廊下に残るのは男が二人。
カズマは無手でロイスは銃を握っている。ただし全裸で。
「おー、怖ぇ! 平然と人の股の下を通りやがってアレかよ……」
状況の有利性からか、ロイスは冗談のように体を震わせた。
「それとも、オレのってそんなに粗末なのかね?」
どうよと言わんばかりに晒すも、カズマは評価しない。
これだけ騒がしいのに、他の人物の気配が感じられなくて、
「おぃ……! ルカはどうした?」
詰問を繰り返す。
「ルカねぇ……テメー、あいつの同僚か?」
「友達だよ!」
その発言にロイスは口元の嘲笑を消し、
「殺したよ」
温度の感じられない声で突きつけた。
「てめー!」
「おせーよ」
カズマは銃を抜くも、構えた途端に手から零れ落ちる。
「よくそんなんで、軍人やってられんな? おぃ?」
火を噴いたばかりの銃口が喉に食い込み、カズマは苦痛の表情を浮かべる。
「っても、ゴミ処理とフィロソフィアの命令に従うだけだから、簡単か」
心底馬鹿にした言葉だが、カズマは歯を食いしばって耐える。
軍と街の距離からして、駆けつけた時には全てが終わっている。できることは、残された惨状の後始末のみ。
最初から、間に合わないようにされている。
人員は大きく削られ、空も陸も海も一纏めに縮小された。対応しきれないほどの広範囲を任されながらも、速度を殺された車しか移動手段はない。
船と飛行機に至っては、『ナニカ』を運ばされる為だけに存在しており、フィロソフィアの許可なしには動かすことも許されていなかった。
「反論なしか……まぁいい。服着てくっから、仏壇に線香でも立ててな」
リューズが開けたのとは別の扉を指差し、ロイスは口にした。
「……仏壇?」
「あん? この国の文化じゃねぇのか?」
互いに不可解な顔を見合わせ、
「あー」
ロイスが納得の意を匂わせた。
「さっきのは嘘だ。オレは無実だよ」
あっさりと先ほどの発言を撤回し、
「っ! ざけんな!」
カズマが沸点に達す。
「テメーが友人なんてほざくからだろ?」
負けじと、ロイスも荒げる。
「ルカは一人で逝った。誰か呼んで欲しい奴はいねぇのかって聞いたが、そんな奴は一人もいないってな」
表情はへらへらと緩ませながらも、ロイスの言葉には熱がこもっていた。
「もう半年も経ってんだぜ? 軍に報告入れてんのが、ルカからオレに変わってよ。それなのに、誰一人気づきやしねぇ。笑っちまうだろ?」
カズマはなにも言い返せなかった。
無防備な背中を、黙って見送るしかなかった。
部屋は仏壇を置くのに相応しい清潔さを保っていた。
供えられている花も生花で枯れていない。水も匂わず、常日頃から気にかけているのが窺える。
もっとも、遺品だろうが拳銃と弾丸が並べてあるのは不用心としか言いようがない。それも口径といい弾といい、ハフ・グロウスにはあってはならない威力のモノだから尚更だ。
ロウソクに火を灯し、カズマは線香をあげる。
――結局、こいつは最期まで謝らせてくれなかった。
手を合わせていると、着替えを終えたロイスがやってきた。
「ルカは……どうして死んだんだ?」
振り返らず、尋ねる。
「……説明すんのがめんどい」
響きからして、言いたくないようだとカズマは判断する。
「ただ、悪くない死に方だったらしいぜ。本人だけでなく、他の奴らもグリットリアの名に恥じないって言ってたかんな」
「そうか。誰かを護って死んだのか」
納得すると、ロイスは気に入らないと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「どうかしたか?」
「……別に」
下手な誤魔化しだと思うも、カズマは騙されてやった。
ロイスにはまだ、訊きたいことが山ほどあったから――
汚染された土地。
そういった先入観だけでなく、無法地帯という現状も相まって徹底されていた。
今では、ここを訪れるのは軍関係者のみ。それも食料などの生活必需品の運搬と『ゴミ処理』にやって来るくらいだ。
ちなみに、ハフ・グロウスに、クル・ヌ・ギアと呼ばれる地域は二ヶ所あった。共に汚染されているとはいえ、遊ばせておくには勿体ない広さを有している。
しかし、イメージの悪さから誰も住み着こうとしなかった。
特別保護地域として、生活の全てを保障しているにもかかわらず、集まってくるのは訳ありの者たち。
それは一般の認識からすればロクでもない奴らだったので、治安が劣悪を極めるのは当然の帰結だった。
法律よりも独自のルールが優先され、治外法権と呼んでも差し支えのない地域。
それでも、彼らは決して『外』へと向かおうとはしなかった。
だからこそ、国からも黙認されていた。
誰もが知っているのに、目を逸らす。血なまぐさい殺し合いをしていても、自分たちの生活には関係ないと、見て見ぬ振りをする。
「でないな……」
カズマは携帯をしまう。
すっかり後回しにされていた電話――士官学校時代の友人と連絡を取ろうとしたのだが、繋がらなかった。
不審に思いながらも、カズマは彼が住んでいるはずの住居へ向かう。生活を保障されている地区だけあり、ホテルのような宿泊施設はここにはない。
早くも、夜の帳は下りていた。
トリックファイターが逃げ去ったあと、リューズが野次馬たちを相手にした所為である。
頑なにアルルやカズマの力を借りようとせず、一人で数十人を相手にしていたので、時間がかかってしまったのだ。
土地柄か、ハフ・グロウスの人間は白兵戦に慣れていた。
無法地帯で長く暮らしてきたスキンヘッドの中年に至っては、スコップを武器にリューズと互角に切り結ぶ程だった。
逆に、リューズは近接武器との戦いに慣れていなかったのか、意外にも苦戦を強いられていた。
それなのに、終始ご機嫌の様子。犬の尻尾のように髪の毛を揺らし、一撃当てるたびに歓喜の声を上げる――おそらくは、それが一番の原因。
始めこそ殺伐とした空気だったが、途中からは和気あいあいとしていた。
剣や槍や斧といった武器もどこからか現れ、誰一人として拳銃を使わなかった。応えるように、リューズの抜く剣にも、刃がなくなっていた。
結局、リューズが全員に一太刀を浴びせるまで狂宴は続き、夜になってしまった。
今日一番楽しんだであろうリューズは、車の中で眠っている。
「ついたの?」
隣からアルルの声。邪魔にならないよう、助手席に移っていた。
「あぁ、いるかどうかはわからんけどな」
軍の施設といっても、数名が暮らせる程度の一軒家。周囲に他の建物はなく、風の音以外はなにも聞こえてこない。
ここでの仕事は、クル・ヌ・ギア内の情勢報告。
もし、『外』へと向かう動きがあった時、万が一の為だけに存在していた。
早い話しが、体のいい左遷場所――閑職であった。
「まぁ、いなくても入るけど」
軍施設の合鍵は全て基地に揃っている。
どういう経緯を辿ろうとも、顔を出すつもりでいたカズマは拝借していた。
「リューズ、つい……って起きてたのか」
「車が止まったから」
眠そうな声でリューズは答えるも、動作から疲労は見受けられなかった。
「やっぱいないか……」
ベルを二度鳴らすも、反応はない。
「入るぞー」
一応宣言してから、カズマは鍵を差し込む。
扉を開けると、明るかった。靴が二足ほどある。一つは砂塵で汚れ、一つは埃に塗れていた。
「あ……」
リューズが漏らすも、カズマは別の音に気を取られていた。
「なんだ、風呂に入ってんのか」
シャワーの音。扉の隙間から、光も漏れている。
そこから導き出される答え――
「動くな」
緩んだ瞬間、脳天に金属質が押し付けられた。
「少しでも動くと撃つぞ」
カズマの心臓が跳ねる。ありえない位置からの声……。
「なーんてなっ! ちょんまげー」
生温かい感触に、カズマは悲鳴を上げて振り払う。
「おまえ! 今、なにしやがった!?」
「ナニって? そこの嬢ちゃんたちに聞いたらどうだ?」
知らないと訴えるようにリューズは首を振る。ご丁寧に、手でアルルを目隠しして。
「つーか、なんでテメーらがここにいんだ?」
トリックファイターことロイスは片膝を上げ、全裸で空中に座っていた。
「それはこっちの台詞だ! ここは軍の所有施設だぞ?」
「知ってんよ。つーか、服着てきていいか? さみーんだが」
「おまえが勝手に脱いだんだろ? 先に答えろ!」
「はぁ? 風呂に入ろうしたとこに、テメーらがやってきたんだろうが?」
「だから! なんでおまえがここでくつろいでやがる? ルカはどうした?」
一触即発の間を、リューズはアルルの頭を押さえつけながら通り過ぎる。
「ロイス。次、私の前に現れるときにソレ閉まってなければ斬り落とすから」
振り返らず、リューズは投げかけた。
視点を固定されている理由はわかっているのか、アルルは「まーだー?」と尋ねている。
リューズは勝手に扉を開け、奥へと消えていった。
廊下に残るのは男が二人。
カズマは無手でロイスは銃を握っている。ただし全裸で。
「おー、怖ぇ! 平然と人の股の下を通りやがってアレかよ……」
状況の有利性からか、ロイスは冗談のように体を震わせた。
「それとも、オレのってそんなに粗末なのかね?」
どうよと言わんばかりに晒すも、カズマは評価しない。
これだけ騒がしいのに、他の人物の気配が感じられなくて、
「おぃ……! ルカはどうした?」
詰問を繰り返す。
「ルカねぇ……テメー、あいつの同僚か?」
「友達だよ!」
その発言にロイスは口元の嘲笑を消し、
「殺したよ」
温度の感じられない声で突きつけた。
「てめー!」
「おせーよ」
カズマは銃を抜くも、構えた途端に手から零れ落ちる。
「よくそんなんで、軍人やってられんな? おぃ?」
火を噴いたばかりの銃口が喉に食い込み、カズマは苦痛の表情を浮かべる。
「っても、ゴミ処理とフィロソフィアの命令に従うだけだから、簡単か」
心底馬鹿にした言葉だが、カズマは歯を食いしばって耐える。
軍と街の距離からして、駆けつけた時には全てが終わっている。できることは、残された惨状の後始末のみ。
最初から、間に合わないようにされている。
人員は大きく削られ、空も陸も海も一纏めに縮小された。対応しきれないほどの広範囲を任されながらも、速度を殺された車しか移動手段はない。
船と飛行機に至っては、『ナニカ』を運ばされる為だけに存在しており、フィロソフィアの許可なしには動かすことも許されていなかった。
「反論なしか……まぁいい。服着てくっから、仏壇に線香でも立ててな」
リューズが開けたのとは別の扉を指差し、ロイスは口にした。
「……仏壇?」
「あん? この国の文化じゃねぇのか?」
互いに不可解な顔を見合わせ、
「あー」
ロイスが納得の意を匂わせた。
「さっきのは嘘だ。オレは無実だよ」
あっさりと先ほどの発言を撤回し、
「っ! ざけんな!」
カズマが沸点に達す。
「テメーが友人なんてほざくからだろ?」
負けじと、ロイスも荒げる。
「ルカは一人で逝った。誰か呼んで欲しい奴はいねぇのかって聞いたが、そんな奴は一人もいないってな」
表情はへらへらと緩ませながらも、ロイスの言葉には熱がこもっていた。
「もう半年も経ってんだぜ? 軍に報告入れてんのが、ルカからオレに変わってよ。それなのに、誰一人気づきやしねぇ。笑っちまうだろ?」
カズマはなにも言い返せなかった。
無防備な背中を、黙って見送るしかなかった。
部屋は仏壇を置くのに相応しい清潔さを保っていた。
供えられている花も生花で枯れていない。水も匂わず、常日頃から気にかけているのが窺える。
もっとも、遺品だろうが拳銃と弾丸が並べてあるのは不用心としか言いようがない。それも口径といい弾といい、ハフ・グロウスにはあってはならない威力のモノだから尚更だ。
ロウソクに火を灯し、カズマは線香をあげる。
――結局、こいつは最期まで謝らせてくれなかった。
手を合わせていると、着替えを終えたロイスがやってきた。
「ルカは……どうして死んだんだ?」
振り返らず、尋ねる。
「……説明すんのがめんどい」
響きからして、言いたくないようだとカズマは判断する。
「ただ、悪くない死に方だったらしいぜ。本人だけでなく、他の奴らもグリットリアの名に恥じないって言ってたかんな」
「そうか。誰かを護って死んだのか」
納得すると、ロイスは気に入らないと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「どうかしたか?」
「……別に」
下手な誤魔化しだと思うも、カズマは騙されてやった。
ロイスにはまだ、訊きたいことが山ほどあったから――