第37話 王の盾を切り裂く女の剣

文字数 3,365文字

 ――オレのせいだ。
 
 カズマはおかげだと言ったが、違う。
 
 ――オレのせいで、カズマは死ぬまで頑張ってしまった。
 
 痛みや苦しみがあれば踏み止まったはず。たとえ心が臆さなくても、体にブレーキがかかったに違いない。
 
 ――死なせたくなかったから、手を伸ばしたはずのに!

「クソが……!」
 
 ロイスは膝をつく。
 カズマの亡骸を漁り、銃と弾を拝借する。
 
 そして、空砲を一発。空へと弔砲――手向けの銃声を響かせた。
 
 無茶な使われ方をしていたようだが、銃に違和感はない。
 未だ車の中にいるアルルを見ると、泣き崩れていた。
 今はなにを言っても無駄だろうと、ロイスは踵を返す。

「……なんだ、生きてたのか」
 
 雪丘に目をやると、中年に付き添われたリューズが出てきた。無事なようだが、遠目からでも覇気が感じられない。

「貴様も生きてたか、トリックファイター」
「ったりめーだろ。ってか、それで掘ったのかよ……」
 
 中年の手には、園芸用のスコップ。
 大きさ的に途方もない作業が想像でき、ロイスは呆れる。

「あぁ、今日一番の大作業だった」
 
 ロイスと中年が冗談を交わしあっていても、リューズは一言も喋らなかった。

「で、戦況は?」
 中年が端的に尋ねる。

「イツラコリウキは一時撤退。アイオロスはフィロソフィアの迎撃に向かった」
 内乱の下りから説明し、軽く中年を責めてからロイスは告げた。

「んで、カズマが死んだ」
「あの、小僧が……っ!」
 
 リューズの反応は希薄だった。

「そう……」
 
 怒りが沸くも、リューズの頬にくっきりと涙の痕が見受けられたのでロイスは堪えた。

「これからどうするんだ? トリックファイター」
 
 問われ、ロイスは考える。
 このままだとアイオロスは負け、フィロソフィアが来る。
 そうなると当然、イツラコリウキとフィロソフィアがぶつかる。
 
 が、この勝敗は読めない。
 
 フィロソフィアには殺したくない人間が三人もいる。戦闘機は広範囲を破壊するのは得意でも、個を狙い定めるのは不向き。
 そうなると地上戦だが、こちらは圧倒的にイツラコリウキが有利であろう。ハンドウェポンだけで、彼女の氷雪を攻略できるとは到底思えない。
 
 だとすれば、狙うは漁夫の利。
 両者を争わせ、弱った所を撃つ。
 情けないが、それしか生き残る道はない。

「――ってわけだが、どうだ?」
 
 ロイスは中年に投げかける。横目でリューズとアルルを盗み見て、溜息。
 この二人が戦意を喪失している状態では、勝機など掴めるはずがなかった。

「まぁ、それが賢い選択か」
 
 中年の言い草にロイスは噛み付く。

「不服そうだなオッサン」
「そういう貴様こそ、嫌そうな顔をしているぞ」
「別にオレは……」
 
 そう否定しようと瞬間――ロイスの顔が驚愕に染まった。

「マジ……かよ?」
 
 釣られるように中年も見上げ、絶句する。

「……アイオロス!」
 
 ロイスが叫ぶ。まだ影でしか捉えられないが、間違いない。
 ここは生き物が近寄らないクル・ヌ・ギア――

「あれ? 姉さんがいないや」
 
 アイオロスは地上へと降り立ち、零した。余裕なのか、ロイスたちの目の前で呑気によそ見をしている。

「おぃ……! フィロソフィアはどうした?」
 
 ロイスが銃口を向け問うも、アイオロスは涼しい顔。

「あれ? きみ、生きてたんだ」
「答えろ! フィロソフィアはどうした?」
 
 荒げるロイスに面倒くさそうな顔を浮かべ、

「そんなの、片付けたに決まってるじゃん」
 
 アイオロスはつまらなそうに答えた。





 台風を突っ切れるといっても、それは予測してこそ。
 フィロソフィアのレーダーであれば、ぶつかる遥か前に捉えられる。
 そして、基本的には避けて飛ぶ。
 つまり、その行為は決して楽ではなかった。
 それが予期せぬものとなればなおさら――

「――ガイアの怒り(テューポーン)

 解き放たれた風は突風――渦巻き、見る見る内に巨大なとぐろを象っていく。
 フィロソフィアにとってはありえない現象。統率されていた編隊が裏目に出る。ぶつかり合い、制御を失う。

「――焼き付け(バズズ)
 
 無慈悲に、アイオロスは鉄槌を下す。この頂きまで踏み入れた人間に対する制裁のように――風は業火を纏った。
 いくら優れたレーダーであっても、アイオロスの位置を知ることはかなわない。
 ここは生物が決して辿り着くことのない――許されない高み。戦闘機ならまだしも、小さな少年は見つけられない。
 自然には起こり得るはずのない火災旋風に巻き込まれ、やっとフィロソフィアはハーミットの存在に気づくも、遅い。

「――神魔両敵(ネコク・ヤオトル)
 
 酸素を奪う風。火が衰えを見せるも、

「――ルドラ」
 
 即座に酸素が届けられ、空は爆炎に包まれた。





「それで、姉さんは?」
「さぁな。また来るって言って消えたぜ」
 
 ロイスは正直に答えた。渋ったところで、なんのメリットもない。

「ふーん、なら待ってよう」
 
 アイオロスは、無邪気な笑みをロイスに向けた。

「ちょうど、後始末が残ってることだし」
 
 ロイスは銃を抜くも、遅かった。

「アドベント――」
 風が吹き荒れ、目も開けていられなくなる。
「――番えし風は王の盾(ヴァーユ・アルシェ)

「オッサンはクソガキを頼む!」
 
 ロイスはアルルの居所を指差し、中年は行動で応じた。

「リューズは手ぇかせ!」
 
 リューズは剣どころか、聖域すら張っていなかった。激しい風に、髪やジャケットの裾が乱れている。

「おぃ、リューズ!」
 
 促すも、反応はない。
 ロイスは焦り、その肩に手を置いて揺らす。

「だいじょぶかよ? おぃ!」
「……ねぇ、ロイス」
 
 リューズはやっと応じるも、返答は噛み合っていなかった。

「あいつの言う姉さんって……あのくそ女のこと?」
「くそ女って……イツラコリウキか?」
「そう……」
 
 リューズの口調は不気味であった。ずっとぶつぶつと呟いており、話しを聞いているのかどうかも危うい。

「あぁ、たぶんな」
「ふふふふ……そう、なんだ」
 
 不気味さが増した。
 リューズはゆっくりと顔を上げ、アイオロスを見据える。

「じゃぁ、あいつを殺せば――くそ女は怒るわけだ」
 
 その言葉がきっかけのように、アイオロスは風を放った。

「――ルドラ」
 
 空と違い、地上には無数の飛来物が散らばっている。
 突風は小石すらも『武器』に変え、ロイスたちに襲いかかり――

「――風を切る渓流の玉剣(アルキュオネ)!」

 リューズのひと振りで凪いだ。
 翡翠の残像。事細かな刃文が羽ばたくように見せた。鮮やかな水色の刀身、浮かび上がる波模様はまさしく風切羽。
 ロイスもアイオロスも、その一仭に目を奪われる。

「なにを、そんなに驚いてんのよ」
 
 リューズは身の丈程の剣を担ぎ上げる。刃は水平に、剣の腹を肩に乗せてアイオロスを射抜く。

「剣は最強なんだ。風だろうがなんだろうが……斬れないモノがあるわけないじゃないっ!」
 リューズは踏み込むも、

「――フラカン」
 アイオロスは空へと退避。

「――テスカトリポカ」
 
 黒い風が迫るも、リューズは気にも止めずに悔しがっていた。

「ちっ……くそっ!」
 
 どうやら調子を取り戻したらしい。

「四メートル……近いな」
 
 アイオロスは聖域の領域を口にし、ロイスは勝機を見出した。

「リューズ――」
 
 近づき、耳打ちする。
 リューズは怪訝な顔をするも、頷いた。

「んじゃ、〝一緒に遊ぼうぜ〟」
 
 ロイスの差し出した手を取ったリューズの顔が驚きに染まるも、すぐに引き締まった。肩に担いだ刃を垂直にし、空を見上げる。

「じゃぁ、あとは頼んだ」
 
 そう言い残して、ロイスは逃げた。
 アイオロスがその背中を一瞥するも、追いかけてはこなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

カズマ、22歳。

ハフ・グロウスの軍人だが、忠誠心に欠ける為、左遷される。

支配国からの独立を目論んではいるものの、具体的な計画性は皆無。

拳銃で接近戦をこなす、グリットリア式の変わった銃術を扱う。


リューズ、おそらく16歳。

マゲイアの住民。禁忌とされるリミット《限定魔術》に手を出したフール《愚者》。

長いこと追われる身であるものの、諦めず亡命計画を企てるほど強かで逞しい。

かつて、望んだ願いは『剣の最強の証明』

ゆえに彼女のリミット――白兵戦最強《ソードマスター》は剣を召喚し、遠距離からの攻撃を無力化する。

アルル、12歳。

マゲイアの第16王女でありながらも、リミットに手を出したフール。

もっとも、その立場から裁かれることはなく、軟禁に留まっている。

かつて、望んだ願いは『窓から見える風景だけでも自由にしたい』

ゆえに彼女のリミット――キリング・タイム《カナリアの悪戯》は窓越しの世界を自由に操る。

ロイス、おそらく16歳。トリックファイター《伝統破壊者》の通り名を持つ。

14歳の時に、マゲイアから亡命を果たしたフール。

その為、魔術師でありながらグリットリア式銃術も扱う。

かつて、望んだ願いは『一人でも平気な世界』

ゆえに彼のリミット――プレイルーム《独りぼっちの楽園》は自分にだけ見え、感じ、触れられる空間を具現化する。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み