第16話 望まれた役割
文字数 2,108文字
「で、これからどうする気だ?」
アルルが喋り終えると、ロイスは真剣な顔つきで投げかけた。
「聞いた限りじゃ、テメーも命の保証はねぇだろ。つーか下手すると、存在価値すら危ういんじゃね?」
その指摘に、二人の表情が変わる。
カズマは不可解に、アルルは核心を衝かれたように顔を歪ませる。
「どういうことだ?」
自分だけが理解していないと察したのか、カズマは口にした。
「こいつはリミットに手を出す以前から軟禁されてたんだぜ? しかも、快適な部屋にだ」
ロイスが答えたので、カズマは視線を正面に向けた。
「暴れたい盛りのガキがそんな場所に閉じ込められてりゃ、願うことは一つだけだろ?」
「……逃げ出したい?」
「まぁ、普通はそうだろうな。少なくとも、〝ソレ〟を求められていたのは違いねぇだろ」
閉じられた部屋。
通常の思考であれば、そこから出たいと願うはず。
「女でガキとなれば、大人を倒すなんて発想はまずねぇ。窓があったってこたぁ、空を飛ぶか、空間を渡るか、姿を消すか……なんにせよ、バレないようにこっそりとって考えるのが自然だろ」
求められていたのは『移動』、もしくは『隠密』に特化したリミット。
それなのに、アルルが手にしたのはどちらでもなかった。
アルルは、そこまで欲深くなかった。
窓から見える世界だけで満足してしまった。
あまりにちっぽけな願い。
当時のアルルは、王女という身分から部屋に閉じ込められていると思い込んでおり、それなら仕方ないと幼いながらに受け入れていた。
でも、それは違った。
アルルはただ、国にとって都合の良いリミットの為に自由を奪われていただけだ。ハーミットにさせる為だけに、閉じ込められていたに過ぎない。
それを知った時、アルルは酷く傷ついた。
失望の宿った瞳で自分をみる父親。児戯と一蹴される自分のリミット。初めの内は、天気しか変えられなかった。嵐の規模までいけば使えないこともないと遠まわしに言われ、軟禁生活は続いた。
けど、アルルは決してその期待には応えようとしなかった。
「まぁ、その辺りはどうだっていいか。とりあえず、今大事なのはこれからどうするかだ」
フィロソフィアが動いている内は、まだ大丈夫。
しかし、マゲイアが動き出せばアルルとて命の保証はない。素直に保護されれば助かるだろうが、抵抗すれば殺される。
冷静に頭は働くのに口から漏れたのは、
「嫌……」
ただのワガママだった。
「あそこに戻るのだけは、絶対に嫌だっ!」
アルルは吐き捨てる。
「言ってくれれば……きちんとやったのに! ちゃんと役に立てたのに! なんにも言わないで勝手に決めて、勝手に期待して、勝手に失望して……!」
堰を切ったかのように始まり……最後は涙で滲んでいた。
「なにも、言ってくれなかった……っ」
感情の波に面食らったようにカズマはおろおろしだし、ロイスは黙って姿を消した。
あとは任せたと言わんばかりに手を振るロイスを恨めしげに見送り、カズマは小さく息を吐く。
言っていることは理解できないが、気持ちはわからなくはなかった。
勝手に決められるのは面白くない。子供だからといって、どうせわからないだろうと、なんの説明もされないのはムカつく。
それで期待外れだとがっかりされたら、相手によっては酷く刺さる。
堪えるように泣いているのか、アルルの嗚咽は痛々しく響いた。
ここは素直に泣かせるべきか、それとも落ち着きを取り戻すのを待つべきか……カズマは頭を悩ませるも、答えは出なかった。
結果的に後者を選ぶ羽目になり、居心地の悪さに苛まれる。
「カズマは……どうするの?」
傍にいるだけのカズマに、アルルは問いかける。
「わたしは帰らないよ。ぜったいに帰らない。だから、一緒にいると危ないよ……死んじゃうかもしれない」
覚悟を確かめるように、アルルの瞳は真っ直ぐ見つめていた。
「カズマには帰る場所があるんでしょ? 待っている家族がいるんだよね?」
頷き、カズマは妹を思い浮かべる。顔はよく思い出せない。
けど、声は耳に残っている。
――絶対に帰ると約束した。
だったら退くべきだって、頭ではわかっている。リューズにもロイスにも、場合によってはアルルにも負けるていたらくなのだ。
このままアルルと一緒にいれば、彼女の意思を尊重しようとするならば、自分は敵対しなければならなくなる。
戦いどころか、戦争に特化したリミットの持ち主と。
「わたしもリューズも、これ以上カズマに望むことなんてない」
出会いはともかくとして、カズマがここにいるのは自分の意志。それも、明確な危険を知らなかった時に望んだからだ。
「だから、わたしたちに付き合う必要なんてないんだよ?」
アルルは逃げてもいいと、恨みも怒りもしないと、カズマにとって都合の良い言葉を沢山くれた。
それでも、カズマは答えを出せずにいた。
アルルが喋り終えると、ロイスは真剣な顔つきで投げかけた。
「聞いた限りじゃ、テメーも命の保証はねぇだろ。つーか下手すると、存在価値すら危ういんじゃね?」
その指摘に、二人の表情が変わる。
カズマは不可解に、アルルは核心を衝かれたように顔を歪ませる。
「どういうことだ?」
自分だけが理解していないと察したのか、カズマは口にした。
「こいつはリミットに手を出す以前から軟禁されてたんだぜ? しかも、快適な部屋にだ」
ロイスが答えたので、カズマは視線を正面に向けた。
「暴れたい盛りのガキがそんな場所に閉じ込められてりゃ、願うことは一つだけだろ?」
「……逃げ出したい?」
「まぁ、普通はそうだろうな。少なくとも、〝ソレ〟を求められていたのは違いねぇだろ」
閉じられた部屋。
通常の思考であれば、そこから出たいと願うはず。
「女でガキとなれば、大人を倒すなんて発想はまずねぇ。窓があったってこたぁ、空を飛ぶか、空間を渡るか、姿を消すか……なんにせよ、バレないようにこっそりとって考えるのが自然だろ」
求められていたのは『移動』、もしくは『隠密』に特化したリミット。
それなのに、アルルが手にしたのはどちらでもなかった。
アルルは、そこまで欲深くなかった。
窓から見える世界だけで満足してしまった。
あまりにちっぽけな願い。
当時のアルルは、王女という身分から部屋に閉じ込められていると思い込んでおり、それなら仕方ないと幼いながらに受け入れていた。
でも、それは違った。
アルルはただ、国にとって都合の良いリミットの為に自由を奪われていただけだ。ハーミットにさせる為だけに、閉じ込められていたに過ぎない。
それを知った時、アルルは酷く傷ついた。
失望の宿った瞳で自分をみる父親。児戯と一蹴される自分のリミット。初めの内は、天気しか変えられなかった。嵐の規模までいけば使えないこともないと遠まわしに言われ、軟禁生活は続いた。
けど、アルルは決してその期待には応えようとしなかった。
「まぁ、その辺りはどうだっていいか。とりあえず、今大事なのはこれからどうするかだ」
フィロソフィアが動いている内は、まだ大丈夫。
しかし、マゲイアが動き出せばアルルとて命の保証はない。素直に保護されれば助かるだろうが、抵抗すれば殺される。
冷静に頭は働くのに口から漏れたのは、
「嫌……」
ただのワガママだった。
「あそこに戻るのだけは、絶対に嫌だっ!」
アルルは吐き捨てる。
「言ってくれれば……きちんとやったのに! ちゃんと役に立てたのに! なんにも言わないで勝手に決めて、勝手に期待して、勝手に失望して……!」
堰を切ったかのように始まり……最後は涙で滲んでいた。
「なにも、言ってくれなかった……っ」
感情の波に面食らったようにカズマはおろおろしだし、ロイスは黙って姿を消した。
あとは任せたと言わんばかりに手を振るロイスを恨めしげに見送り、カズマは小さく息を吐く。
言っていることは理解できないが、気持ちはわからなくはなかった。
勝手に決められるのは面白くない。子供だからといって、どうせわからないだろうと、なんの説明もされないのはムカつく。
それで期待外れだとがっかりされたら、相手によっては酷く刺さる。
堪えるように泣いているのか、アルルの嗚咽は痛々しく響いた。
ここは素直に泣かせるべきか、それとも落ち着きを取り戻すのを待つべきか……カズマは頭を悩ませるも、答えは出なかった。
結果的に後者を選ぶ羽目になり、居心地の悪さに苛まれる。
「カズマは……どうするの?」
傍にいるだけのカズマに、アルルは問いかける。
「わたしは帰らないよ。ぜったいに帰らない。だから、一緒にいると危ないよ……死んじゃうかもしれない」
覚悟を確かめるように、アルルの瞳は真っ直ぐ見つめていた。
「カズマには帰る場所があるんでしょ? 待っている家族がいるんだよね?」
頷き、カズマは妹を思い浮かべる。顔はよく思い出せない。
けど、声は耳に残っている。
――絶対に帰ると約束した。
だったら退くべきだって、頭ではわかっている。リューズにもロイスにも、場合によってはアルルにも負けるていたらくなのだ。
このままアルルと一緒にいれば、彼女の意思を尊重しようとするならば、自分は敵対しなければならなくなる。
戦いどころか、戦争に特化したリミットの持ち主と。
「わたしもリューズも、これ以上カズマに望むことなんてない」
出会いはともかくとして、カズマがここにいるのは自分の意志。それも、明確な危険を知らなかった時に望んだからだ。
「だから、わたしたちに付き合う必要なんてないんだよ?」
アルルは逃げてもいいと、恨みも怒りもしないと、カズマにとって都合の良い言葉を沢山くれた。
それでも、カズマは答えを出せずにいた。