第32話 奮起、戦う男の意地
文字数 3,305文字
霞む意識の中、カズマは差し出された手を取った。
「オープン――プレイルーム」
ロイスの言葉。
瞬間、意識が覚醒する。
寒さを感じない。むしろ、快適な環境にカズマは包まれた。
「ここ……は?」
目に映るのは公園。子供が遊ぶような稚拙な遊具があちこちに散らばっている。
ただ、どれも古い。明らかに過去の風景。機械はおろか、からくりさえ知らない人間が作ったように見える。
「いくらでも変えられるんだけどな。何故か、最初はこれになっちまう」
ロイスが指を鳴らすと、瞬く間に景色が変わった。
遊具はすべて消え、殺風景な広場もなくなる。
「とりあえず、ここでなら寒さで死ぬことはねぇ」
カズマたちは家の中にいた。
窓の外は吹雪いているも、部屋の中は快適そのもの。
「すごいな、これは」
カズマは右手を握る。
血は流れているのに、痛みを感じない。
「別に治った訳じゃねぇかんな。無茶すると、二度と使えなくなるぞ」
ロイスは虚空から包帯を取り出し、放った。
カズマは本物と変わらない感触に感心しながら、応急処置をする。
「全て、ただの錯覚だ」
念を押すように、ロイスは説明する。
この家も現実的に風雪を防いでいる訳ではない。風も寒さも感じないのは、感覚を狂わせているだけに過ぎないと。
「解いた瞬間、元通りになる。最悪、その場でショック死ってな」
だからこそ、防御には使えない。
そんな真似をしたら、解いたあとが恐ろしい。怪我が治るまでプレイルームを展開し続けることも可能だが、そうなると大幅に魔力を削ってしまう。
それにプレイルームは治りを早めるだけであって、治癒とはほど遠かった。瀕死の状態に陥れば、その命を引き延ばすことしかできやしない。
そして、いずれは楽園の名の元に痛みも苦しみもない終わり〈死〉へと誘う。
「事実、ルカはそうなった。つまり、こいつじゃ他の奴らは救えねぇ」
物理的効果を発する『オブジェ』は楽園の住民――二人にしか干渉できない。
生活においては家から家具までなんでもこざれだが、戦闘では足場にしかならない代物。
「で、どうすんよ? はっきり言って、勝ち目はねぇぞ?」
防御や移動能力は増したかもしれないが、攻撃力はほぼ変わりなし。安定して本気を保てるようになっただけである。
「銃はまず当たらねぇ。それなのに、こっちはまず避けられねぇ」
感覚は殺せても、ダメージは健在。それになにも感じないからと無茶をすれば、体が壊れてしまう。
「アルル……可能なら、リューズの力も欲しいな」
特定の条件下ではあるが、最強の矛と盾。
このどちらかを手にしないと話にならない、とカズマは判断する。
「やっぱ、ヤル気なんだな……」
ロイスは、今までにない弱気な口調で漏らした。
「逃げるって選択肢はねぇのか? テメーにとって、こいつは命を賭けることじゃねぇだろ?」
戦いを前提に進めているカズマに、ロイスが問い詰める。
「テメーが助ける義務は一つもない。別に、どちらかに惚れてる訳でもないだろ?」
頷き一つでカズマは答える。
「人助けに理由がいらないのはわかる。偽善だろうが本気だろうが、その行為自体が気持ちのいいことだしな。けど、そいつは自分の命をチップにするほどか?」
問われ、カズマは考える。
リューズと戦った時とは違い、背中に銃口を突きつけられている訳ではない。
逃げようと思えば生きられるし、きっと誰も責めはしない。
――自由に選べる。
それなのに……いや、だからこそ自分は護る選択をするのだろう。
「別に、命をかけているつもりはないさ」
少なくとも、死んでも助けてやるという気概は持っていない。
「ただ、助けられるのなら助けたい。そう思うのは、普通じゃないのか?」
カズマは死ぬ可能性を考えていない訳ではないが、前提にはなかった。
相手は一人。それも銃が当たれば殺せるんだ。
なら、不可能なことでは決してない。
カズマからすれば、一人で何百人を相手にするほうが非現実的であった。
「しかも、自分より年下の女の子だ。男だったら、助けるしかないだろ」
「……そんなもんか?」
「おまえも大人になればわかるさ。年下ってだけで、守らなきゃって思える。格好つけたくなる」
カズマは妹の顔を思い浮かべる。
自分なんかよりも強いけど、ピンチに陥っていたら絶対に手を伸ばす。
「やっぱ納得できねーな。これだからグリットリアの連中は……」
グチグチと零しているものの、ロイスに逃げる気配はなかった。
「で、どうする?」
ロイスは任せると言わんばかりに、指示を仰いできた。
「先にアルルを助けるぞ。イツラコリウキをどうにかしたとしても、そのあとにはアイオロスかフィロソフィアが来るからな」
カズマの説明に、ロイスが悔しがる。
「あー、そうか! 迂闊だった……!」
「なにがだ?」
「グリットリアを介入させたことだ。ちっ、オッサンどもに名乗らせるんじゃなかった」
そこまで言われて、カズマも気づく。
「そうか内乱か!」
グリットリアと名乗る者が暴れれば、それは内乱となる。そして、それを収める名目ならばフィロソフィアは堂々と兵を送ることが可能となる。
その理由であれば、他国の説得も容易いはず。
「さっさと片付けねぇとマズイな……」
カズマも同意する。
当たれば倒せるだけあって、ハーミットのほうがマシだった。
きっと、アイオロスは負ける。フィロソフィアの戦闘機は台風すら突っ切るので、風では墜とせない。
「一発でも当てれば、氷くらい割れるだろう」
「テメーの銃ならいけるだろうが、オレの銃じゃ怪しいな。しかも、一つ無くしちまった」
「だったら貸してやる」
「いいのかよ?」
「銃ならおまえのほうが上だ」
カズマは〝お守り〟から、〝マグナム弾〟を取り出し、詰めていく。
「うへぇ~、面倒くさそうだなそいつは……」
ロイスが扱っていた拳銃は中折れ式のリボルバー。銃身を折り、シリンダーを露出させてのリロード。
それに比べると、シリンダーが固定されているソリッドフレームは面倒くさいことこの上なかった。
なんせ、銃後部のローディングゲートと呼ばれる箇所から一発ずつ出し入れしないといけないからだ。
「無駄撃ちはするなよ。一応、〝形見〟だからな」
お守りは軽くなった。物理的な重量がなくなっただけでない。
父親と国の誇りを、一時的とはいえ手放す――いや、預けるのだ。
「重たいこと言うなよな」
ロイスは嫌そうな渋面を浮かべ受け取ると、自分の銃を取り出した。
「交換だ」
それで気が楽になるのならと、カズマは受け取る。
「それじゃ俺が引き付けるから、あとは任せた」
カズマは自分のほうが体術は上だと嗜めるも、
「リミットがあるぶん、陽動はオレのが適している」
ロイスは聞かなかった。
「いや、そんなことすれば不可避の攻撃をされるだけだ」
囮に必要なのは相手の虚を衝くことではなく、予想通りに動くこと。
それでいて、期待を僅かに裏切る。
「もし、イツラコリウキを撃てるならそっちを優先しても構わない」
アルルに人を殺す強い覚悟があるとは思えない。
魔術同士は消耗戦――魔力を惜しまなかったほうが勝つ。
しかし、アルルがいればリューズは簡単に掘り起こせる。
そして、リューズの『斬る』覚悟は半端ない。
「OK。ここは年長者に従おう」
――思ってもいないことを……。
カズマは笑い、武運を祈る。
もし感づかれた場合、ロイスの危険度はカズマの比ではなくなる。
だから、なんとしてでも引きつけなければならない。
凍結した銃を二つ握り、カズマはイツラコリウキに再度、挑む。
「オープン――プレイルーム」
ロイスの言葉。
瞬間、意識が覚醒する。
寒さを感じない。むしろ、快適な環境にカズマは包まれた。
「ここ……は?」
目に映るのは公園。子供が遊ぶような稚拙な遊具があちこちに散らばっている。
ただ、どれも古い。明らかに過去の風景。機械はおろか、からくりさえ知らない人間が作ったように見える。
「いくらでも変えられるんだけどな。何故か、最初はこれになっちまう」
ロイスが指を鳴らすと、瞬く間に景色が変わった。
遊具はすべて消え、殺風景な広場もなくなる。
「とりあえず、ここでなら寒さで死ぬことはねぇ」
カズマたちは家の中にいた。
窓の外は吹雪いているも、部屋の中は快適そのもの。
「すごいな、これは」
カズマは右手を握る。
血は流れているのに、痛みを感じない。
「別に治った訳じゃねぇかんな。無茶すると、二度と使えなくなるぞ」
ロイスは虚空から包帯を取り出し、放った。
カズマは本物と変わらない感触に感心しながら、応急処置をする。
「全て、ただの錯覚だ」
念を押すように、ロイスは説明する。
この家も現実的に風雪を防いでいる訳ではない。風も寒さも感じないのは、感覚を狂わせているだけに過ぎないと。
「解いた瞬間、元通りになる。最悪、その場でショック死ってな」
だからこそ、防御には使えない。
そんな真似をしたら、解いたあとが恐ろしい。怪我が治るまでプレイルームを展開し続けることも可能だが、そうなると大幅に魔力を削ってしまう。
それにプレイルームは治りを早めるだけであって、治癒とはほど遠かった。瀕死の状態に陥れば、その命を引き延ばすことしかできやしない。
そして、いずれは楽園の名の元に痛みも苦しみもない終わり〈死〉へと誘う。
「事実、ルカはそうなった。つまり、こいつじゃ他の奴らは救えねぇ」
物理的効果を発する『オブジェ』は楽園の住民――二人にしか干渉できない。
生活においては家から家具までなんでもこざれだが、戦闘では足場にしかならない代物。
「で、どうすんよ? はっきり言って、勝ち目はねぇぞ?」
防御や移動能力は増したかもしれないが、攻撃力はほぼ変わりなし。安定して本気を保てるようになっただけである。
「銃はまず当たらねぇ。それなのに、こっちはまず避けられねぇ」
感覚は殺せても、ダメージは健在。それになにも感じないからと無茶をすれば、体が壊れてしまう。
「アルル……可能なら、リューズの力も欲しいな」
特定の条件下ではあるが、最強の矛と盾。
このどちらかを手にしないと話にならない、とカズマは判断する。
「やっぱ、ヤル気なんだな……」
ロイスは、今までにない弱気な口調で漏らした。
「逃げるって選択肢はねぇのか? テメーにとって、こいつは命を賭けることじゃねぇだろ?」
戦いを前提に進めているカズマに、ロイスが問い詰める。
「テメーが助ける義務は一つもない。別に、どちらかに惚れてる訳でもないだろ?」
頷き一つでカズマは答える。
「人助けに理由がいらないのはわかる。偽善だろうが本気だろうが、その行為自体が気持ちのいいことだしな。けど、そいつは自分の命をチップにするほどか?」
問われ、カズマは考える。
リューズと戦った時とは違い、背中に銃口を突きつけられている訳ではない。
逃げようと思えば生きられるし、きっと誰も責めはしない。
――自由に選べる。
それなのに……いや、だからこそ自分は護る選択をするのだろう。
「別に、命をかけているつもりはないさ」
少なくとも、死んでも助けてやるという気概は持っていない。
「ただ、助けられるのなら助けたい。そう思うのは、普通じゃないのか?」
カズマは死ぬ可能性を考えていない訳ではないが、前提にはなかった。
相手は一人。それも銃が当たれば殺せるんだ。
なら、不可能なことでは決してない。
カズマからすれば、一人で何百人を相手にするほうが非現実的であった。
「しかも、自分より年下の女の子だ。男だったら、助けるしかないだろ」
「……そんなもんか?」
「おまえも大人になればわかるさ。年下ってだけで、守らなきゃって思える。格好つけたくなる」
カズマは妹の顔を思い浮かべる。
自分なんかよりも強いけど、ピンチに陥っていたら絶対に手を伸ばす。
「やっぱ納得できねーな。これだからグリットリアの連中は……」
グチグチと零しているものの、ロイスに逃げる気配はなかった。
「で、どうする?」
ロイスは任せると言わんばかりに、指示を仰いできた。
「先にアルルを助けるぞ。イツラコリウキをどうにかしたとしても、そのあとにはアイオロスかフィロソフィアが来るからな」
カズマの説明に、ロイスが悔しがる。
「あー、そうか! 迂闊だった……!」
「なにがだ?」
「グリットリアを介入させたことだ。ちっ、オッサンどもに名乗らせるんじゃなかった」
そこまで言われて、カズマも気づく。
「そうか内乱か!」
グリットリアと名乗る者が暴れれば、それは内乱となる。そして、それを収める名目ならばフィロソフィアは堂々と兵を送ることが可能となる。
その理由であれば、他国の説得も容易いはず。
「さっさと片付けねぇとマズイな……」
カズマも同意する。
当たれば倒せるだけあって、ハーミットのほうがマシだった。
きっと、アイオロスは負ける。フィロソフィアの戦闘機は台風すら突っ切るので、風では墜とせない。
「一発でも当てれば、氷くらい割れるだろう」
「テメーの銃ならいけるだろうが、オレの銃じゃ怪しいな。しかも、一つ無くしちまった」
「だったら貸してやる」
「いいのかよ?」
「銃ならおまえのほうが上だ」
カズマは〝お守り〟から、〝マグナム弾〟を取り出し、詰めていく。
「うへぇ~、面倒くさそうだなそいつは……」
ロイスが扱っていた拳銃は中折れ式のリボルバー。銃身を折り、シリンダーを露出させてのリロード。
それに比べると、シリンダーが固定されているソリッドフレームは面倒くさいことこの上なかった。
なんせ、銃後部のローディングゲートと呼ばれる箇所から一発ずつ出し入れしないといけないからだ。
「無駄撃ちはするなよ。一応、〝形見〟だからな」
お守りは軽くなった。物理的な重量がなくなっただけでない。
父親と国の誇りを、一時的とはいえ手放す――いや、預けるのだ。
「重たいこと言うなよな」
ロイスは嫌そうな渋面を浮かべ受け取ると、自分の銃を取り出した。
「交換だ」
それで気が楽になるのならと、カズマは受け取る。
「それじゃ俺が引き付けるから、あとは任せた」
カズマは自分のほうが体術は上だと嗜めるも、
「リミットがあるぶん、陽動はオレのが適している」
ロイスは聞かなかった。
「いや、そんなことすれば不可避の攻撃をされるだけだ」
囮に必要なのは相手の虚を衝くことではなく、予想通りに動くこと。
それでいて、期待を僅かに裏切る。
「もし、イツラコリウキを撃てるならそっちを優先しても構わない」
アルルに人を殺す強い覚悟があるとは思えない。
魔術同士は消耗戦――魔力を惜しまなかったほうが勝つ。
しかし、アルルがいればリューズは簡単に掘り起こせる。
そして、リューズの『斬る』覚悟は半端ない。
「OK。ここは年長者に従おう」
――思ってもいないことを……。
カズマは笑い、武運を祈る。
もし感づかれた場合、ロイスの危険度はカズマの比ではなくなる。
だから、なんとしてでも引きつけなければならない。
凍結した銃を二つ握り、カズマはイツラコリウキに再度、挑む。