第13話 トリックファイター《伝統破壊者》

文字数 3,356文字

 車内では、二人の攻防に対する討論会が行われていた。

「なんで、あいつは吹っ飛ばなかったんだ?」
「たぶん、リミットかな? 魔術同士だと、魔力の多いほうが勝つから」
「それって、アルルよりもあいつのほうが凄いってことなのか?」
「うーん、わたしのはあくまで暇つぶしだから。さっきのだって、なにがなんでも吹っ飛ばしてやろうなんて思ってなかったもん」
「もし、そう思ったら?」
「消耗戦だね。〝願い〟の強さ――魔力を惜しまなかったほうが勝つよ」
 
 アルルの解説が終わると、火花が散った。
 瞬きの間に二人はぶつかり合い、離れた。

「あいつ……すごいな」
「そうなの?」
「あぁ、クィック・ドローは高等技術だ」
 
 しかも、撃った反動に乗って離脱。
 口で言うのは簡単だが、これは合わせようと思うくらいなら、普通に跳んだほうが早い。経験はもちろんのこと、勘とセンスがなければ叶わない芸当だ。

 ちなみに、カズマはできないが妹は得意だった。回避だけでなく、銃の反動を活かしての徒手空拳までやって見せていた。
 
 ただ、その動きは今は亡きグリットリアのモノ。
 圧倒的に使い手が減った昨今では、教えられる人物はそうはいない。
 
 加え、トリックファイターはマゲイアの住民――ド素人だ。武術の基本以前の問題であったはず。
 それが、あそこまで物にできている。
 使い手の心当たりは一人だが、さすがにあいつでは無理であろう。どう考えても、教えるのには向いていない……と、カズマは思い出す。

 ――すっかり、連絡するのを忘れてた。
 
 軍にいた時までは憶えていたのに、色々とあり過ぎた。
 今からでもしておくか――思った瞬間、つんざく銃声。動き出した戦局に、カズマはまた流される。

「ねぇ、両手で撃つのってそんなにすごいの?」
「……デタラメに撃つだけなら簡単だ。けど、あんな風に狙いを定めての早撃ちは、普通無理だ」
 
 これも妹がお手の物。
 カズマも死に物狂いで練習したものの、結局は実らなかった。

「不可解なことに、あーいうタイプは固定標的になるとヘタなんだよなぁ……」
「ねぇ、三本目って? どうやって持つの?」
「……死ぬほどくだらないから、聞かないほうがいい」
「えー。教えてよー」
 
 リューズはふざけているふりと称したが、アレがあの男の本質ではないかとカズマは疑う。

「あー、それよりもだ! リューズはなんで自分からは攻めないんだ?」
「んーっと、女の子だからじゃない?」
「……はぃ?」
「えーと、筋力と体力がないからじゃない? あの剣、普通に重そうだし」
 
 言われて気づく。
 リューズの戦い方は正攻法ではなかったと。基本的に迎撃。
 それも騙し討ちに限りなく近い。

「あ! リミット使うってよ」
「さっきの不自然な動きか……」
 
 男は声高に叫ぶも、なんの変化も見られない。

「なるほど……トリックファイターってのは、良く言ったもんだな」
 
 それなのに、男は空へと登り始めた(・・・・・・・・・・)





 空、と呼ぶほど高くはない〝上〟で、トリックファイターは流暢に装弾する。

「この位置からの四メートル。対応できっか?」
「やっぱり偶然じゃないか。あんた、その距離が正確にわかるみたいね」
「ネタは秘密だぜ?」
 
 笑いながら引き金を引くも、リューズは容易く剣で払う。

「ちっ……、やっぱ見せると駄目か」
 トリックファイターは銃をホルスターへとしまい、
「ったく、なんでこの距離で戦わなきゃなんねーんだか……」
 中空を走る。

 浮遊ではなく、文字通り蹴ってリューズを翻弄する。
 正面、側面、後ろと駆け巡りながら銃を抜き、交互、同時、時間差と変化を交えて撃ち尽くす。

「二十四発じゃ仕止めらんねぇか……」
 
 安全圏で再装填(リロード)
 ホルスターは腰と脇に二つずつ、トリックファイターは四丁の銃を所持していた。

「卑怯よ! 降りてきなさい!」
 
 リューズは吠える。
 跳べばぎりぎり届くが、蜂の巣が目に見えていた。
 理屈はわからないが、トリックファイターは空中を地面と同じように扱える。

「あん? 卑怯なのはどっちだよ。遠距離攻撃無効化なんてチートだぜ」
「私の攻撃も届かないんだからいいじゃない!」
「なんで近接武器(そっち)に合わせねーといけねぇんだよ!」
 
 再度、上から銃弾が襲いかかるも、リューズは全てを無効化した。迎い撃つ真似はしないで、トリックファイターが侵した分だけ距離を取る。

「そんなんじゃ、一生当たんないわよ?」
 
 地の利を得ながらも、トリックファイターは慎重であった。
 聖域を侵すのはコンマ数秒で、銃口以外の侵入は避けていた。
 よって、弾道は限定される。
 立っている以上、高くなればなるほど、真っ先に足が聖域へと踏み込んでしまうのは避けられない。

「うるせー!」
「安全圏で吠えるだけ?」
 
 リューズは挑発を繰り返す。例え〝上〟であろうとも、間合いに入れば、銃口ではなく手が来れば――斬り落としてやる!
 その瞬間を待ちわび、リューズは構えを変える。
 剣に見合った握り――左手を、鍔の下まで滑らせた。

「おぃおぃ、なんだそりゃ?」
 
 会話をする姿勢を取りながらも、トリックファイターは引き金を引く。ギリギリまで狙いを悟られないよう、クィック・ドロー。

「ちぃ……。やっぱ、反応はそっちのが上だよな」
 
 結果は変わらず。リューズは刃を縦にして、左肩に担ぐように構えていた。
 斜め上にいるトリックファイターに右半身を向け、見上げている。腰を僅かに落とし、上半身を捻って――迎撃の姿勢を取るリューズを、あざ笑うかのように銃弾が降り注ぐも届かない。

「ビビりすぎよ、あんた」
 
 先程と比べ、リューズの構えは明らかに機動力が低くなっていた。

「ンな誘いに乗るかよ!」
 
 言いつつも、少しずつ聖域を侵す距離が伸びている。
 銃口だけでなく、銃身まで侵入してきていた。
 
 ――あと少し。

 心待ちにしているリューズは、薄く唇に笑みを飾る。挑発を込めて。
 しかし案に相違して、待ち人はきょろきょろとよそ見をしだした。
 釣られるようリューズも横目で周囲を窺うと、いつの間にか人が集まっていた。

「ちっ……。時間かけすぎたか」
 
 単に撃ち過ぎである。
 あれだけ銃声が続けば、誰だって興味を抱く。

「くそっ……、悪いけど引き分けでどうだ?」
「なんでよ!」
「このまま続けてたら、持久戦だ。そうなれば、オレが有利なのは言うまでもねぇだろ?」
「ぜんぜっん! 弾切れであんたの負けじゃないの!」
「弾が切れたら普通に買いに行くか、そこいらにいる奴らからかっぱらうだけだ」
 
 リューズは言葉を詰まらせる。
 勝機があったことを、悟られたくはなかった。

「テメーが勝つにはどこかの建物に入るだが、オレは絶対に乗らない」
 
 リューズは卑怯者と罵り、舌まで出してみるもトリックファイターは受け流す。

「つーわけで引き分け。オレはテメーと違って、敵が多いんだよ」
 
 どうやら、第三者の介入を恐れているようだ。

「それじゃぁな、胸のでけー嬢ちゃん」
「リューズよ! あんたは?」
 
 トリックファイターは面食らったように硬直し、零すように笑った。

「ロイスだ」
「ロイスね! 憶えたから、絶対逃がさないわよ」
「おー怖ぇ、殺人狂かテメーは」
 おちゃらけるロイスに、

「違うわよ。……楽しかったから」
 リューズは首を横に振り、女の子らしく微笑んで見せた。

「初めて、面白いって思える戦いだったもん。銃のこと、少しは認めてあげてもいいかなって思ったくらいに」
 
 最後は照れたように弾ませて、リューズははにかむ。

「……なんで、上からなんだよ。バーカ」
 
 言葉こそ酷いが、優しい声音をロイスは奏でた。

「まぁ、いい。……また、遊ぼうぜ、リューズ」
 
 大勢の驚きと視線と疑問を一心に受けながら、ロイスは空を駆けていった。
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登場人物紹介

カズマ、22歳。

ハフ・グロウスの軍人だが、忠誠心に欠ける為、左遷される。

支配国からの独立を目論んではいるものの、具体的な計画性は皆無。

拳銃で接近戦をこなす、グリットリア式の変わった銃術を扱う。


リューズ、おそらく16歳。

マゲイアの住民。禁忌とされるリミット《限定魔術》に手を出したフール《愚者》。

長いこと追われる身であるものの、諦めず亡命計画を企てるほど強かで逞しい。

かつて、望んだ願いは『剣の最強の証明』

ゆえに彼女のリミット――白兵戦最強《ソードマスター》は剣を召喚し、遠距離からの攻撃を無力化する。

アルル、12歳。

マゲイアの第16王女でありながらも、リミットに手を出したフール。

もっとも、その立場から裁かれることはなく、軟禁に留まっている。

かつて、望んだ願いは『窓から見える風景だけでも自由にしたい』

ゆえに彼女のリミット――キリング・タイム《カナリアの悪戯》は窓越しの世界を自由に操る。

ロイス、おそらく16歳。トリックファイター《伝統破壊者》の通り名を持つ。

14歳の時に、マゲイアから亡命を果たしたフール。

その為、魔術師でありながらグリットリア式銃術も扱う。

かつて、望んだ願いは『一人でも平気な世界』

ゆえに彼のリミット――プレイルーム《独りぼっちの楽園》は自分にだけ見え、感じ、触れられる空間を具現化する。

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