第18話 科学と魔術の融合
文字数 3,414文字
先の大戦は、科学国フィロソフィアと軍事国ミリタリスの共同発明が発端であった。
――たった一発。
それだけで終わる兵器を、両国は生み出した。
射程は世界中。移動式の母機から放たれる一撃は宇宙空間を経緯して、敵国へ襲いかかる。圧倒的な飛距離と音速を凌駕する速度から、迎撃はまず不可能。
その上、不安定な命中精度――狙った国を打ち損じることはないが、首都など、特定の市街地を狙い定めるには至らない――が幸をなし、軌道や落下点の予測も困難としていた。
そして、極めつけに毒だ。
運良く撃ち落とせたとしても、汚染されてしまう。土地を、食物を、人を、次々と伝染して殺し尽くす。
まさに史上最悪。効率よく国を滅ぼす、非人道的な兵器だった。
宣戦布告をし、撃つだけで済む。兵を送る必要などもない。なんの被害もなく、勝利を収められる。
むろん、幾つかの問題点もあった。
まずは経費。
開発費及び弾はもちろんのこと、撃てば必ず敵国に甚大な損害を与えてしまう。これは略奪を旨とした侵略戦争においては都合が悪かった。
土地が使い物にならなくなれば、取り分が減るどころか失費が増えてしまうのは道理。
昔と違って時代は植民地などの非人道的行為を否定する流れに入っており、戦争の勝者といえど好き勝手に振舞う真似は許されなかった。
それどころか、敗者の面倒を見ることが義務付けられていた。
そして皮肉にも、短時間で終わるぶん、戦死者の数は激減してしまったのだ。
それらを踏まえ、両国は宣戦布告と共に全面降伏を促す手段を取った。
さもなくば、撃つ。
わかり易い脅しであるものの、これにはこの『兵器』の恐ろしさを、敵国が知らなければ成り立ちはしない。
また、知っていたとしてもあえて降伏しなかった国もある。武力戦争では覇者であったフィロソフィアも、経済戦争では苦渋を舐めさせられていた。
見せしめに撃つべき国を、間違えた失態ともいえる。
全てを奪えると思い込み、魅力的な資源や技術を有している国ではなく、極小の国を狙ったのだ。
それが裏目に出た。負債を抱え込む羽目になってしまった。
前提として、開発費がかかり過ぎた。
更に共同開発だけあって、利益や負担の振り分けで揉め事が起こった。
それは争いへと発展し――ミリタリスとフィロソフィアは、世界を巻き込むほどの大戦を繰り広げる次第となった。
これには四大国――農業大国 、経済大国 、医療大国 、情報大国 も支援という形で参戦した。
世界に沢山の傷跡を残しながら、最終的にミリタリスは降った。
その過程で、フィロソフィアは国として大きくなり過ぎた。とてもじゃないが、自国の技術や資源だけではやっていけなくなってしまった。
とはいえ、取り込んだ国を切り捨てる訳にもいかない。
一つでも前例を許せば、それを盾に独立を主張する国が増えてしまうからだ。
だとすれば奪うしかないのだが、時代はもうその行為を許さなかった。
戦後、四大国は国際組織を作り始めた。
二度と先の過ちを繰り返してはならないと謳い、次々と条約を取り決めていったのだ。支援とはいえ、戦争に参加した責任があると。
当然、戦争を起こしたフィロソフィアが加盟しない訳にはいかなかった。
そういった事態が、遅すぎる宣戦布告へと繋がっていったのだ。
加盟国同士の争いが禁じられてしまい、気付けばマゲイア以外に戦争を仕掛けられる国はなくなっていた。
ようは、なし崩しだ。
藁にも縋る思いで、フィロソフィアは魔術に目を付けたに過ぎない。
それでもしっかりと諜報活動を行い、存在を確かめてはいた。
だからこそ、勘違いした。
魔術は生活の術であり、兵器にはなり得ないと。
財政的問題もあったとはいえ、甘く見ていたのは否めない。
だがあの時は、全戦力を投じたとしても勝てなかったであろう。
フィロソフィアは、魔術に対して無知であり過ぎた。
今ならば、言える。
魔術の恐ろしさはその隠密性――生身の人間が『兵器』を備えていること。飛行機すら持たない国が、本国に攻め入るなど誰も予想していなかった。
それも、なんの前触れもなく唐突に現れた。
理解が追いつく前に、ありとあらゆる機械が沈黙し、局地的な気象災害。地震、火事、雷、雪崩、洪水……それらが同時に発生したとあっては、混乱に陥るどころではない。
――誰もが世界の崩壊を想像した。
なにも知らなかったフィロソフィアが、マゲイアの要望を呑むのは致し方なかった。
いや、例え全てを知っていたとしても、結果は変わらなかっただろう。
対フィロソフィアに特化したハーミット――機械仕掛けの神 がいる限り、正攻法ではフィロソフィアに勝ち目はない。
ありとあらゆる機械を沈黙させるリミット――生者の福音 。
そんな相手から勝利を得ようと思うのなら、取れる手段は一つしかない。
しかし、それは確実にフィロソフィアを破滅へと招く選択でもあった。
故に、フィロソフィアはマゲイアに屈服する他ないのだ。
もとより、奪うに値する資源――魔力が人と切り離せない以上、フィロソフィアに戦争を仕掛ける意思はなかった。
マゲイアは魔力の研究に親身である。
ただ、惜しむべくは未だ実利がないこと。
機械は、魔力の介入により動作不良を引き起こす結果を残し、計画は頓挫したままであった。
――魔術と科学の融合。
考えられる要因は、魔力を供給する側が無知なのと魔力の解明が遅れていること。
精密かつ精巧な機械と、不確定要素の多い魔力では相性が悪すぎる。
厄介なことに、魔術の世界は恐ろしく主観的なもののようで、個人個人で手法が違っていた。
事実、同じ名を冠するハーミットですら指導者を持たず、己の直感のみで成長するというのだから驚きである。
どうやら、リミットを体得するには孤独が必要不可欠だと信じられているようだった。
そしてもし、信じる力だけで〝願い〟を支えているとすれば、本人が疑念を覚えていなかったことを指摘して疑わせるのは危険過ぎる。
その結果、魔力の研究には十年以上も費やしていながらも、成果は寿命との関係性と遺伝性の証明の二つだけ。
それでも、マゲイアが満足しているのがせめてもの救いであろう。
おかげで、研究には好意的でいてくれる。
ただ、場所は全てマゲイアの施設で行われる。
対象者も、王族関係者とハーミットのみ。これだけでは、データ数が圧倒的に足りないのだが、科学の存在を知られたくないマゲイアは決して他の人材を提供してくれない。
それでも、フィロソフィアは諦めきれなかった。
どうしても、マゲイアの子供を手に入れたかった。
こちらの願うリミットを創り上げて貰うには、追い詰める真似――誘拐や植民地の手段も取れない。
そんな折に、王城をうろつく不審者が現れた。
出没するタイミングから、狙いは国外への逃亡だとすぐに推測できた。
年端のいかない少女。期待を託すには不安を覚えるが、念の為。本国ではなく、ハフ・グロウスから、整備士を送らせるようにした。
ここは他の大国の注目も低く、情勢も比較的穏やか。それに遠慮のいらない、既に死んだ土地もある。
利益を生み出すどころか、損害だらけの無法地帯。最悪、もう一度死んで貰っても構わなかった。
果たして、半年と待たない内にその時はやって来た。
王女の誘拐という不都合もあったが、マゲイアの住民が国外へと逃亡してくれた。
報告を聞く限り、共にリミットの使い手。脅威ではあるものの、概要さえわかれば他の魔術を扱う者よりも拘束は容易い。
この機を逃す手はなかった。
魔力の遺伝性は証明されている。
劣化は免れないだろうが、受け継がれる。
貴重な母体――否、貴重な資源!
最悪、王女のみを返せばいい。
だが、もう一人は殺したことにして一生魔力を産ませ続ける。
――フィロソフィアの為に。
――たった一発。
それだけで終わる兵器を、両国は生み出した。
射程は世界中。移動式の母機から放たれる一撃は宇宙空間を経緯して、敵国へ襲いかかる。圧倒的な飛距離と音速を凌駕する速度から、迎撃はまず不可能。
その上、不安定な命中精度――狙った国を打ち損じることはないが、首都など、特定の市街地を狙い定めるには至らない――が幸をなし、軌道や落下点の予測も困難としていた。
そして、極めつけに毒だ。
運良く撃ち落とせたとしても、汚染されてしまう。土地を、食物を、人を、次々と伝染して殺し尽くす。
まさに史上最悪。効率よく国を滅ぼす、非人道的な兵器だった。
宣戦布告をし、撃つだけで済む。兵を送る必要などもない。なんの被害もなく、勝利を収められる。
むろん、幾つかの問題点もあった。
まずは経費。
開発費及び弾はもちろんのこと、撃てば必ず敵国に甚大な損害を与えてしまう。これは略奪を旨とした侵略戦争においては都合が悪かった。
土地が使い物にならなくなれば、取り分が減るどころか失費が増えてしまうのは道理。
昔と違って時代は植民地などの非人道的行為を否定する流れに入っており、戦争の勝者といえど好き勝手に振舞う真似は許されなかった。
それどころか、敗者の面倒を見ることが義務付けられていた。
そして皮肉にも、短時間で終わるぶん、戦死者の数は激減してしまったのだ。
それらを踏まえ、両国は宣戦布告と共に全面降伏を促す手段を取った。
さもなくば、撃つ。
わかり易い脅しであるものの、これにはこの『兵器』の恐ろしさを、敵国が知らなければ成り立ちはしない。
また、知っていたとしてもあえて降伏しなかった国もある。武力戦争では覇者であったフィロソフィアも、経済戦争では苦渋を舐めさせられていた。
見せしめに撃つべき国を、間違えた失態ともいえる。
全てを奪えると思い込み、魅力的な資源や技術を有している国ではなく、極小の国を狙ったのだ。
それが裏目に出た。負債を抱え込む羽目になってしまった。
前提として、開発費がかかり過ぎた。
更に共同開発だけあって、利益や負担の振り分けで揉め事が起こった。
それは争いへと発展し――ミリタリスとフィロソフィアは、世界を巻き込むほどの大戦を繰り広げる次第となった。
これには四大国――
世界に沢山の傷跡を残しながら、最終的にミリタリスは降った。
その過程で、フィロソフィアは国として大きくなり過ぎた。とてもじゃないが、自国の技術や資源だけではやっていけなくなってしまった。
とはいえ、取り込んだ国を切り捨てる訳にもいかない。
一つでも前例を許せば、それを盾に独立を主張する国が増えてしまうからだ。
だとすれば奪うしかないのだが、時代はもうその行為を許さなかった。
戦後、四大国は国際組織を作り始めた。
二度と先の過ちを繰り返してはならないと謳い、次々と条約を取り決めていったのだ。支援とはいえ、戦争に参加した責任があると。
当然、戦争を起こしたフィロソフィアが加盟しない訳にはいかなかった。
そういった事態が、遅すぎる宣戦布告へと繋がっていったのだ。
加盟国同士の争いが禁じられてしまい、気付けばマゲイア以外に戦争を仕掛けられる国はなくなっていた。
ようは、なし崩しだ。
藁にも縋る思いで、フィロソフィアは魔術に目を付けたに過ぎない。
それでもしっかりと諜報活動を行い、存在を確かめてはいた。
だからこそ、勘違いした。
魔術は生活の術であり、兵器にはなり得ないと。
財政的問題もあったとはいえ、甘く見ていたのは否めない。
だがあの時は、全戦力を投じたとしても勝てなかったであろう。
フィロソフィアは、魔術に対して無知であり過ぎた。
今ならば、言える。
魔術の恐ろしさはその隠密性――生身の人間が『兵器』を備えていること。飛行機すら持たない国が、本国に攻め入るなど誰も予想していなかった。
それも、なんの前触れもなく唐突に現れた。
理解が追いつく前に、ありとあらゆる機械が沈黙し、局地的な気象災害。地震、火事、雷、雪崩、洪水……それらが同時に発生したとあっては、混乱に陥るどころではない。
――誰もが世界の崩壊を想像した。
なにも知らなかったフィロソフィアが、マゲイアの要望を呑むのは致し方なかった。
いや、例え全てを知っていたとしても、結果は変わらなかっただろう。
対フィロソフィアに特化したハーミット――
ありとあらゆる機械を沈黙させるリミット――
そんな相手から勝利を得ようと思うのなら、取れる手段は一つしかない。
しかし、それは確実にフィロソフィアを破滅へと招く選択でもあった。
故に、フィロソフィアはマゲイアに屈服する他ないのだ。
もとより、奪うに値する資源――魔力が人と切り離せない以上、フィロソフィアに戦争を仕掛ける意思はなかった。
マゲイアは魔力の研究に親身である。
ただ、惜しむべくは未だ実利がないこと。
機械は、魔力の介入により動作不良を引き起こす結果を残し、計画は頓挫したままであった。
――魔術と科学の融合。
考えられる要因は、魔力を供給する側が無知なのと魔力の解明が遅れていること。
精密かつ精巧な機械と、不確定要素の多い魔力では相性が悪すぎる。
厄介なことに、魔術の世界は恐ろしく主観的なもののようで、個人個人で手法が違っていた。
事実、同じ名を冠するハーミットですら指導者を持たず、己の直感のみで成長するというのだから驚きである。
どうやら、リミットを体得するには孤独が必要不可欠だと信じられているようだった。
そしてもし、信じる力だけで〝願い〟を支えているとすれば、本人が疑念を覚えていなかったことを指摘して疑わせるのは危険過ぎる。
その結果、魔力の研究には十年以上も費やしていながらも、成果は寿命との関係性と遺伝性の証明の二つだけ。
それでも、マゲイアが満足しているのがせめてもの救いであろう。
おかげで、研究には好意的でいてくれる。
ただ、場所は全てマゲイアの施設で行われる。
対象者も、王族関係者とハーミットのみ。これだけでは、データ数が圧倒的に足りないのだが、科学の存在を知られたくないマゲイアは決して他の人材を提供してくれない。
それでも、フィロソフィアは諦めきれなかった。
どうしても、マゲイアの子供を手に入れたかった。
こちらの願うリミットを創り上げて貰うには、追い詰める真似――誘拐や植民地の手段も取れない。
そんな折に、王城をうろつく不審者が現れた。
出没するタイミングから、狙いは国外への逃亡だとすぐに推測できた。
年端のいかない少女。期待を託すには不安を覚えるが、念の為。本国ではなく、ハフ・グロウスから、整備士を送らせるようにした。
ここは他の大国の注目も低く、情勢も比較的穏やか。それに遠慮のいらない、既に死んだ土地もある。
利益を生み出すどころか、損害だらけの無法地帯。最悪、もう一度死んで貰っても構わなかった。
果たして、半年と待たない内にその時はやって来た。
王女の誘拐という不都合もあったが、マゲイアの住民が国外へと逃亡してくれた。
報告を聞く限り、共にリミットの使い手。脅威ではあるものの、概要さえわかれば他の魔術を扱う者よりも拘束は容易い。
この機を逃す手はなかった。
魔力の遺伝性は証明されている。
劣化は免れないだろうが、受け継がれる。
貴重な母体――否、貴重な資源!
最悪、王女のみを返せばいい。
だが、もう一人は殺したことにして一生魔力を産ませ続ける。
――フィロソフィアの為に。