第35話 神様《アルル》の横暴
文字数 3,278文字
――終わった。
凍える車内でアルルは諦めていた。
自身と窓と外。
この三つをはっきりと認識できなければ、彼女の〝願い〟は届かない。
ほんの僅かな油断で黒一色、車内は闇に包まれてしまった。
全てが同化した状況下では、アルルは無力な子供でしかない。窓を叩いても、手を痛めるだけ。
触れた窓は今まで感じた覚えのない冷たさを持って、少女を拒絶する。
「ひっ! ……つめ、たい? これが……冷たい?」
言葉にした途端、寒気が迸った。
四肢の感覚から鈍くなり、徐々に体も動かなくなっていく。寒さに震えるのは、もしかしたら初めてかもしれない。
――これは辛い。
マゲイアの住民はこういったものから身を守る為に魔術を使っているのだと思うと、なにかが刺さった。
自分がフールだと認めてしまいそうになる。
イツラコリウキの言葉なんかよりも重く、のし掛かってくる。
――生きる為の魔術。
それに比べて、自分はどうだろうか?
子供ながらにアルルは理解していた。
それでも、感情だけで認めようとしなかった。
それを認めてしまったら後悔してしまうから――
悔やんでしまえば、やり直したくなる。
でも、そんなのは無理だ。
もし、無駄にしたくないといいうのならハーミットになるしかない。
そうすれば、きっと役立つ。無駄ではなくなるだろう。
――この名を捨て、国の為に生きる。
それで帳消し。愚かな自分をなかったことにしてくれる。
国が、王が、父が許してくれる。
「……暗い……寒い……辛い……」
最初から、こういう場所に閉じ込めてくれれば良かったのにとアルルは思う。
快適な部屋だったから、自分は間違えてしまったのだ。
そう思うと、父への不満が顔を出す。
勝手に決めて判断して、全てに対して横暴じゃん! と。
リミットだって、きちんと説明すればわかってくれるかもしれない。
自分たちだけ、科学の恩恵を授かってズルい。
みんなにも分けてやるべきだと、なんでもいいから攻撃する。
あの人に許されたいと思わないように――
そんなアルルに援軍――イツラコリウキの声が止み、戦いの音。
重たい雪の歩み、微かな銃声――カズマだ!
アルルは窓にかじりつく。
音の通りから、自分が見るべき窓を見極める。
リューズ以外なら、絶対に自分の力を借りに動くとアルルは確信していた。
だから、瞳を閉じる。
その時に備えて、信じて待ち続ける。
果たして、福音の如き銃声――氷が砕けた。
「クソガキ! カズマを助けろ!」
ロイスの声に導かれて、目を開ける。
カズマは凍っていた。
体の至るところを氷の槍に貫かれ。
「開始 ――カナリアの悪戯 !」
状態を確かめるまでもなく、アルルは呪文を唱える。
――カズマを助けて!
そう願った瞬間――体を虚脱感が襲った。
今までにない感覚。命がごっそりと持っていかれるような、進行形で削られている錯覚。
――うそっ!? ……なんで?
疑問を追求する暇はない。視界の端では、ロイスも凍り始めている。
そして、イツラコリウキと目が合った。
その意地悪な笑い方で、アルルは悟る。
「……コーメンス――」
――許せない! いや、許さない!
激高したアルルは、決して踏み出してはならない領域へと手を伸ばす。
「――神様の横暴 !」
手足は動かない。なにも感じないが、目に見えて凍っている。
見上げる空が綺麗で、ロイスは仰向けになったままでいた。
アルルの呪文は聞き届けた。
そして今、銃声が鳴り響いている。
それだけで十分だった。
わざわざ、無理して動く必要はないとのんびりしていたのだが……気が変わる。
「……なんだよ、こりゃ?」
――銃声が止まない!?
それどころか、間隔がほとんどなくなっていく。まるで、重機関銃のように弾を吐き出し続けている。
いくらなんでも不自然だと、ロイスは『オブジェ』で体を起こさせる。
そこで、ロイスは地獄に立っているカズマを見た。
カズマが動き出すと、イツラコリウキはアルルの視界――窓越しからは見えなくなった。
それでも、一瞬の瞬きすら堪えてアルルは踏み留まっていた。
戦いの経験はなくとも、同じ轍を踏むほど愚かではない。自身の世界を遮るモノは、氷雪現象に限らず許すつもりはなかった。
しかし、アルルの〝願い〟が届くのは窓の向こうだけで、イツラコリウキまでには及ばなかった。
いくら神に等しいとはいえ、彼女の世界はあまりに小さくて狭い。
――その世界にいるのはカズマだけだった。
本物の神様らしく、アルルはカズマ〈人間〉を使う。
彼に、イツラコリウキを殺せる銃〈武器〉を与える。
必要な知識は備わっていた。
アルルは、昨夜読んだ本の内容を脳内で高速暗唱する。
弾薬の構造――先端からブレット〈弾頭〉、ケース〈薬莢〉、プライマー〈雷管〉。威力はケースの中にあるパウダー〈発射薬〉の量に左右される。
発砲の原理――激針が雷管を発火させ、パウダーに点火。燃え出たガスがケースを膨張させ、物凄い力でブレットを押し出し、銃口から発射させる。
つまり、必要なのは〝弾〟と〝圧力〟。
拳銃における〝鉛〟と〝火薬の燃焼ガス〟に相当するモノを用意してやれば、発砲は可能。
引き金を引く、激針が弾薬の底を叩く――この一連の動作に介入さえしなければ、システムに問題は起きないはず。
想定外のエネルギーを受ける、銃身のみ強化。ブレットもケースもプライマーもパウダーも全て魔力で代替――〝弾〟も〝圧力〟も魔力で賄う。
――発砲。
エネルギーはそのままに、ブレットの大きさを変えていく。口径が一致すれば、それだけで威力が上がる。
適切なサイズが発覚次第、加える圧力を上げていく。
連射、連射……幸い、発砲による衝撃――撃手を考慮する必要はなかった。
イツラコリウキは戦慄していた。
「――ホワイトアウト!」
風雪が横殴り、煙を上げるもお構いなし。
カズマは引き金を引き続ける。両手で、目にも止まらぬ指さばきで〝弾〟を撃ちまくる。
「――アイスバーグ」
巨大な氷塊を盾にするも、見る見る内に亀裂が入り、砕け散る。
「――ホルン」
イツラコリウキ自らの足元に氷の頂きを展開し、高みへと避難。
「ちっ……」
イツラコリウキはカズマを――否、その後ろにいるであろう、アルルを睨む。
カズマは車の窓の前に陣取っていた。
「――アイスアバランチ」
重力を味方につけた氷雪の波が降りしきる。
車どころか、辺り一帯を埋める勢いでカズマに迫るも――蒸発した。
「やはり、無駄ですか」
カズマは文字通り燃えていた。
その姿は、さながら怒りに燃え蹲る者 。
炎すらむさぼり尽くす凛冽の世界を、ことごとく溶かしていく。
「ヤメろ! クソガキ!」
乱暴な静止がかかるも、炎は衰えを知らない。
仲間の言葉すら届かないとなると、イツラコリウキが取る手段は一つしかなかった。
「また、あとで来るとします」
撤退。このまま続けても、死ぬか相打ちにしかならない。
こと消耗戦になれば、王族で若いアルルのほうが断然有利である。
彼女に退く気がない以上、自分が退くしかない。
アルルのリミットは、予想以上に進化していた。
限定的ではあるが、彼女はニーズヘッグと死の女主人 になってみせた。
ここで消耗させるのは勿体ない。
共倒れなど、もっての他であった。
凍える車内でアルルは諦めていた。
自身と窓と外。
この三つをはっきりと認識できなければ、彼女の〝願い〟は届かない。
ほんの僅かな油断で黒一色、車内は闇に包まれてしまった。
全てが同化した状況下では、アルルは無力な子供でしかない。窓を叩いても、手を痛めるだけ。
触れた窓は今まで感じた覚えのない冷たさを持って、少女を拒絶する。
「ひっ! ……つめ、たい? これが……冷たい?」
言葉にした途端、寒気が迸った。
四肢の感覚から鈍くなり、徐々に体も動かなくなっていく。寒さに震えるのは、もしかしたら初めてかもしれない。
――これは辛い。
マゲイアの住民はこういったものから身を守る為に魔術を使っているのだと思うと、なにかが刺さった。
自分がフールだと認めてしまいそうになる。
イツラコリウキの言葉なんかよりも重く、のし掛かってくる。
――生きる為の魔術。
それに比べて、自分はどうだろうか?
子供ながらにアルルは理解していた。
それでも、感情だけで認めようとしなかった。
それを認めてしまったら後悔してしまうから――
悔やんでしまえば、やり直したくなる。
でも、そんなのは無理だ。
もし、無駄にしたくないといいうのならハーミットになるしかない。
そうすれば、きっと役立つ。無駄ではなくなるだろう。
――この名を捨て、国の為に生きる。
それで帳消し。愚かな自分をなかったことにしてくれる。
国が、王が、父が許してくれる。
「……暗い……寒い……辛い……」
最初から、こういう場所に閉じ込めてくれれば良かったのにとアルルは思う。
快適な部屋だったから、自分は間違えてしまったのだ。
そう思うと、父への不満が顔を出す。
勝手に決めて判断して、全てに対して横暴じゃん! と。
リミットだって、きちんと説明すればわかってくれるかもしれない。
自分たちだけ、科学の恩恵を授かってズルい。
みんなにも分けてやるべきだと、なんでもいいから攻撃する。
あの人に許されたいと思わないように――
そんなアルルに援軍――イツラコリウキの声が止み、戦いの音。
重たい雪の歩み、微かな銃声――カズマだ!
アルルは窓にかじりつく。
音の通りから、自分が見るべき窓を見極める。
リューズ以外なら、絶対に自分の力を借りに動くとアルルは確信していた。
だから、瞳を閉じる。
その時に備えて、信じて待ち続ける。
果たして、福音の如き銃声――氷が砕けた。
「クソガキ! カズマを助けろ!」
ロイスの声に導かれて、目を開ける。
カズマは凍っていた。
体の至るところを氷の槍に貫かれ。
「
状態を確かめるまでもなく、アルルは呪文を唱える。
――カズマを助けて!
そう願った瞬間――体を虚脱感が襲った。
今までにない感覚。命がごっそりと持っていかれるような、進行形で削られている錯覚。
――うそっ!? ……なんで?
疑問を追求する暇はない。視界の端では、ロイスも凍り始めている。
そして、イツラコリウキと目が合った。
その意地悪な笑い方で、アルルは悟る。
「……コーメンス――」
――許せない! いや、許さない!
激高したアルルは、決して踏み出してはならない領域へと手を伸ばす。
「――
手足は動かない。なにも感じないが、目に見えて凍っている。
見上げる空が綺麗で、ロイスは仰向けになったままでいた。
アルルの呪文は聞き届けた。
そして今、銃声が鳴り響いている。
それだけで十分だった。
わざわざ、無理して動く必要はないとのんびりしていたのだが……気が変わる。
「……なんだよ、こりゃ?」
――銃声が止まない!?
それどころか、間隔がほとんどなくなっていく。まるで、重機関銃のように弾を吐き出し続けている。
いくらなんでも不自然だと、ロイスは『オブジェ』で体を起こさせる。
そこで、ロイスは地獄に立っているカズマを見た。
カズマが動き出すと、イツラコリウキはアルルの視界――窓越しからは見えなくなった。
それでも、一瞬の瞬きすら堪えてアルルは踏み留まっていた。
戦いの経験はなくとも、同じ轍を踏むほど愚かではない。自身の世界を遮るモノは、氷雪現象に限らず許すつもりはなかった。
しかし、アルルの〝願い〟が届くのは窓の向こうだけで、イツラコリウキまでには及ばなかった。
いくら神に等しいとはいえ、彼女の世界はあまりに小さくて狭い。
――その世界にいるのはカズマだけだった。
本物の神様らしく、アルルはカズマ〈人間〉を使う。
彼に、イツラコリウキを殺せる銃〈武器〉を与える。
必要な知識は備わっていた。
アルルは、昨夜読んだ本の内容を脳内で高速暗唱する。
弾薬の構造――先端からブレット〈弾頭〉、ケース〈薬莢〉、プライマー〈雷管〉。威力はケースの中にあるパウダー〈発射薬〉の量に左右される。
発砲の原理――激針が雷管を発火させ、パウダーに点火。燃え出たガスがケースを膨張させ、物凄い力でブレットを押し出し、銃口から発射させる。
つまり、必要なのは〝弾〟と〝圧力〟。
拳銃における〝鉛〟と〝火薬の燃焼ガス〟に相当するモノを用意してやれば、発砲は可能。
引き金を引く、激針が弾薬の底を叩く――この一連の動作に介入さえしなければ、システムに問題は起きないはず。
想定外のエネルギーを受ける、銃身のみ強化。ブレットもケースもプライマーもパウダーも全て魔力で代替――〝弾〟も〝圧力〟も魔力で賄う。
――発砲。
エネルギーはそのままに、ブレットの大きさを変えていく。口径が一致すれば、それだけで威力が上がる。
適切なサイズが発覚次第、加える圧力を上げていく。
連射、連射……幸い、発砲による衝撃――撃手を考慮する必要はなかった。
イツラコリウキは戦慄していた。
「――ホワイトアウト!」
風雪が横殴り、煙を上げるもお構いなし。
カズマは引き金を引き続ける。両手で、目にも止まらぬ指さばきで〝弾〟を撃ちまくる。
「――アイスバーグ」
巨大な氷塊を盾にするも、見る見る内に亀裂が入り、砕け散る。
「――ホルン」
イツラコリウキ自らの足元に氷の頂きを展開し、高みへと避難。
「ちっ……」
イツラコリウキはカズマを――否、その後ろにいるであろう、アルルを睨む。
カズマは車の窓の前に陣取っていた。
「――アイスアバランチ」
重力を味方につけた氷雪の波が降りしきる。
車どころか、辺り一帯を埋める勢いでカズマに迫るも――蒸発した。
「やはり、無駄ですか」
カズマは文字通り燃えていた。
その姿は、さながら
炎すらむさぼり尽くす凛冽の世界を、ことごとく溶かしていく。
「ヤメろ! クソガキ!」
乱暴な静止がかかるも、炎は衰えを知らない。
仲間の言葉すら届かないとなると、イツラコリウキが取る手段は一つしかなかった。
「また、あとで来るとします」
撤退。このまま続けても、死ぬか相打ちにしかならない。
こと消耗戦になれば、王族で若いアルルのほうが断然有利である。
彼女に退く気がない以上、自分が退くしかない。
アルルのリミットは、予想以上に進化していた。
限定的ではあるが、彼女はニーズヘッグと
ここで消耗させるのは勿体ない。
共倒れなど、もっての他であった。