第31話 二人だけの楽園
文字数 2,785文字
現在進行形で落下するロイスは、地面への衝突前に柔らかい『オブジェ』を展開させた。
「ありゃ無理だ……」
生み出したマットに身を沈め、弱音を吐く。
「つーか、どうでもいいか。マゲイアなんざ、オレには関係ねぇ……」
一抜けた、とロイスは雪道を歩く。
空は目立ち過ぎるので、地道に足を進める。と、先ほどまではなかったはずの巨大物が目に入った。
「こりゃ死ぬな、リューズのやつ」
コレをどうにかしたいなら、彼女は流儀に反する剣を創り上げなければならない。邪道と嫌っていたような――まず、無理であろう。
「あいつ、融通が効かねぇもんな……」
アルルは氷の檻の中、中年をはじめとしたグリットリアの連中は雪の下、カズマだけは自由だったようだが、なんの力にも成りやしない。
「あー、やっぱオレたちって愚者 だったんだな」
今までは思ってもいなかった。
マゲイアが勝手にほざいているだけだと、リミットに手を出させない為だけに言っているのだと思っていたのに……。
「ははっ……。今更か……」
ロイスは自嘲する。
自分の〝願い〟の愚かさに。
下らない理由を思い出して、泣きたくなる。
――独りぼっちが嫌だった。
けど、それを認めるのが悔しくて……一人でも平気だと振舞うようになった。
――ただの意地だ。
子供のつまらない意地が、取り返しのつかない事態を招いてしまった。
気づけば嘘が本当に――一人でも、平気な世界を創り上げてしまった。
独りでも、楽しく快適に。
なんの辛いこともない楽園だったはずなのに――
恩人ができてしまった。
仲間と呼べるような奴が現れた。
一人じゃない楽しさを知ってしまった。
それなのに、見捨ててしまった。
本当なら、助けられた。
ルカは死なずに済んだ。初めて友達と呼べる相手だったのに……。
――でも、知らなかったんだ。
あいつが大丈夫って言ったから、任せろって言ったから任せただけで逃げた訳じゃない。
ルカは寿命を削る魔術を嫌っていた。
だから、ロイスにも使わせようとしなかった。
けど、当時のロイスは魔術なしでは話にならないほど弱かった。
そのくせ、敵を作ってばかりいたから痛いしっぺ返しを受ける羽目となってしまった。
思い返してみると、あれはフィロソフィアの人間だったのかもしれない。
いくらロイスの言動が悪かったとはいえ、あれは仕返しの度を越していた。それに、あそこまで統率の取れる人間がクル・ヌ・ギアにいたというのも不自然だ。
きっと、ルカは気付いていたのだろう。魔術の――魔力を持つ者の危険性を。
そんなことにも気づかずに、ロイスは浮かれていた。
浮かれて、魔術を使ってばかりいた。だって、『プレイルーム』さえあれば、拙いロイスの技術でも他を圧倒できたから。
それが楽しくて楽しくて仕方がなかったから、友人の忠告に耳を貸さなかった。
その結果、大切な友人を失うという罰が当たってしまったのだ。
今ならわかる。
死ぬ間際まで、ルカが魔術を使うなと口うるさかった訳――オレを護ろうとしていたんだ。
ルカは……オレの身代わりになった。
自身の身体能力と技術を駆使して、疑念を抱いていた者たちを煙に巻いてくれた。
ここに魔術を扱う者はいない、と。おまえたちが魔術と勘違いしたのは、これだと。ただの体術に過ぎないと誤魔化してくれたんだ。
――そう、ルカは助けることができた。
自分が気をつけてさえいれば、自分が強ければ。ここは俺に任せて先に行けという言葉が死亡フラグと知っていれば、ルカは死なないで済んだ。
だから、死ぬ気でグリットリアの戦い方を身に付けた。教えてくれる人はもういなかったから、中年たちに喧嘩を売りまくって自力で覚えてみせた。
……なのに、このザマだ。
魔術を使っても、自分が逃げることしかできやしない。強くなったと思ったのに、とんだ勘違いだったようだ。
結局、誰も護れやしない。
そうやって分際を弁えていたのに、ロイスは死にかけたカズマを発見してしまった。
「クソがっ! 死にたきゃ、オレの目の届かないとこで死にやがれ……」
奇しくも、彼のリミットで助けられるのはカズマだけだった。
リューズやアルル、中年は無理。一人だけ。なのに、その一人のところに、ロイスは辿り着いてしまった。
他の誰も見えやしないのに……これはいったい、なんの嫌がらせなのだろうかとロイスは笑う。
「しゃぁねぇか。こいつにゃぁ、侘びねぇといけないこともあるしな」
リューズとの戦いを邪魔したことを理由に上げ、ロイスは声をかける。
「生きてっか?」
カズマは虚ろな目で応じた。
「ったく、弱いくせして無茶するからだ。逃げたって、誰も文句言わねぇのによ」
「……るさい。他人なんて関係……ねぇよ」
口はまだ動くようで、ロイスは安心する。
「なぁ、カズマ。テメーはオレを信じられるか?」
「……はぁ?」
「もしも、だ。オレがテメーを助けてやるって言ったら……信じるか?」
ロイスは傷つきたくなくて、予防線を張る。
「……なに、言ってんだ? 頭おかしいんじゃないのか……おまえ?」
案の定、カズマは怪訝な顔をした。
それがロイスに躊躇いを生ませるも、
「信じるに決まってんだろ?」
勘違いだった。
「おまえは……ルカの最期を看取ってくれたんだ。こっちのことなんてなんにも知らなかっただろうに……あんなにもきちんと……してくれてたんだ」
「……アイツは……死ぬ間際にもテメーの名前を出さなかったんだぜ?」
「……関係、ねぇよ。俺は友達だったって思ってるし、感謝もしている。それで、十分だ。俺だっていま、死にそうだけど……別にあいつに会いたいとは思わないしな」
不服が顔に出ていたのか、カズマは続けた。
「それに、会ったところで……俺は謝ることしかできなかったと思う。祖父さんの身内じゃなけりゃ、あそこ〈クル・ヌ・ギア〉にいたのは俺だったかもしれないってな。たぶん、あいつはそれが嫌だったんだろう」
死にかけているくせして、カズマは労わるように口元歪ませた。
へらへらと、安全圏ではしゃいでみせているような自分なんかに。
目的もなにもない、ちっぽけな愚か者に温かい言葉をくれた。
「そうか、なら……〝一緒に遊ぼうぜ〟」
だから、ロイスもずっと言えなかった言葉を――ずっと言いたかった言葉を紡ぐ。
差し出した手に、冷たいカズマの手が重なり、
「オープン――二人だけの楽園 」
「ありゃ無理だ……」
生み出したマットに身を沈め、弱音を吐く。
「つーか、どうでもいいか。マゲイアなんざ、オレには関係ねぇ……」
一抜けた、とロイスは雪道を歩く。
空は目立ち過ぎるので、地道に足を進める。と、先ほどまではなかったはずの巨大物が目に入った。
「こりゃ死ぬな、リューズのやつ」
コレをどうにかしたいなら、彼女は流儀に反する剣を創り上げなければならない。邪道と嫌っていたような――まず、無理であろう。
「あいつ、融通が効かねぇもんな……」
アルルは氷の檻の中、中年をはじめとしたグリットリアの連中は雪の下、カズマだけは自由だったようだが、なんの力にも成りやしない。
「あー、やっぱオレたちって
今までは思ってもいなかった。
マゲイアが勝手にほざいているだけだと、リミットに手を出させない為だけに言っているのだと思っていたのに……。
「ははっ……。今更か……」
ロイスは自嘲する。
自分の〝願い〟の愚かさに。
下らない理由を思い出して、泣きたくなる。
――独りぼっちが嫌だった。
けど、それを認めるのが悔しくて……一人でも平気だと振舞うようになった。
――ただの意地だ。
子供のつまらない意地が、取り返しのつかない事態を招いてしまった。
気づけば嘘が本当に――一人でも、平気な世界を創り上げてしまった。
独りでも、楽しく快適に。
なんの辛いこともない楽園だったはずなのに――
恩人ができてしまった。
仲間と呼べるような奴が現れた。
一人じゃない楽しさを知ってしまった。
それなのに、見捨ててしまった。
本当なら、助けられた。
ルカは死なずに済んだ。初めて友達と呼べる相手だったのに……。
――でも、知らなかったんだ。
あいつが大丈夫って言ったから、任せろって言ったから任せただけで逃げた訳じゃない。
ルカは寿命を削る魔術を嫌っていた。
だから、ロイスにも使わせようとしなかった。
けど、当時のロイスは魔術なしでは話にならないほど弱かった。
そのくせ、敵を作ってばかりいたから痛いしっぺ返しを受ける羽目となってしまった。
思い返してみると、あれはフィロソフィアの人間だったのかもしれない。
いくらロイスの言動が悪かったとはいえ、あれは仕返しの度を越していた。それに、あそこまで統率の取れる人間がクル・ヌ・ギアにいたというのも不自然だ。
きっと、ルカは気付いていたのだろう。魔術の――魔力を持つ者の危険性を。
そんなことにも気づかずに、ロイスは浮かれていた。
浮かれて、魔術を使ってばかりいた。だって、『プレイルーム』さえあれば、拙いロイスの技術でも他を圧倒できたから。
それが楽しくて楽しくて仕方がなかったから、友人の忠告に耳を貸さなかった。
その結果、大切な友人を失うという罰が当たってしまったのだ。
今ならわかる。
死ぬ間際まで、ルカが魔術を使うなと口うるさかった訳――オレを護ろうとしていたんだ。
ルカは……オレの身代わりになった。
自身の身体能力と技術を駆使して、疑念を抱いていた者たちを煙に巻いてくれた。
ここに魔術を扱う者はいない、と。おまえたちが魔術と勘違いしたのは、これだと。ただの体術に過ぎないと誤魔化してくれたんだ。
――そう、ルカは助けることができた。
自分が気をつけてさえいれば、自分が強ければ。ここは俺に任せて先に行けという言葉が死亡フラグと知っていれば、ルカは死なないで済んだ。
だから、死ぬ気でグリットリアの戦い方を身に付けた。教えてくれる人はもういなかったから、中年たちに喧嘩を売りまくって自力で覚えてみせた。
……なのに、このザマだ。
魔術を使っても、自分が逃げることしかできやしない。強くなったと思ったのに、とんだ勘違いだったようだ。
結局、誰も護れやしない。
そうやって分際を弁えていたのに、ロイスは死にかけたカズマを発見してしまった。
「クソがっ! 死にたきゃ、オレの目の届かないとこで死にやがれ……」
奇しくも、彼のリミットで助けられるのはカズマだけだった。
リューズやアルル、中年は無理。一人だけ。なのに、その一人のところに、ロイスは辿り着いてしまった。
他の誰も見えやしないのに……これはいったい、なんの嫌がらせなのだろうかとロイスは笑う。
「しゃぁねぇか。こいつにゃぁ、侘びねぇといけないこともあるしな」
リューズとの戦いを邪魔したことを理由に上げ、ロイスは声をかける。
「生きてっか?」
カズマは虚ろな目で応じた。
「ったく、弱いくせして無茶するからだ。逃げたって、誰も文句言わねぇのによ」
「……るさい。他人なんて関係……ねぇよ」
口はまだ動くようで、ロイスは安心する。
「なぁ、カズマ。テメーはオレを信じられるか?」
「……はぁ?」
「もしも、だ。オレがテメーを助けてやるって言ったら……信じるか?」
ロイスは傷つきたくなくて、予防線を張る。
「……なに、言ってんだ? 頭おかしいんじゃないのか……おまえ?」
案の定、カズマは怪訝な顔をした。
それがロイスに躊躇いを生ませるも、
「信じるに決まってんだろ?」
勘違いだった。
「おまえは……ルカの最期を看取ってくれたんだ。こっちのことなんてなんにも知らなかっただろうに……あんなにもきちんと……してくれてたんだ」
「……アイツは……死ぬ間際にもテメーの名前を出さなかったんだぜ?」
「……関係、ねぇよ。俺は友達だったって思ってるし、感謝もしている。それで、十分だ。俺だっていま、死にそうだけど……別にあいつに会いたいとは思わないしな」
不服が顔に出ていたのか、カズマは続けた。
「それに、会ったところで……俺は謝ることしかできなかったと思う。祖父さんの身内じゃなけりゃ、あそこ〈クル・ヌ・ギア〉にいたのは俺だったかもしれないってな。たぶん、あいつはそれが嫌だったんだろう」
死にかけているくせして、カズマは労わるように口元歪ませた。
へらへらと、安全圏ではしゃいでみせているような自分なんかに。
目的もなにもない、ちっぽけな愚か者に温かい言葉をくれた。
「そうか、なら……〝一緒に遊ぼうぜ〟」
だから、ロイスもずっと言えなかった言葉を――ずっと言いたかった言葉を紡ぐ。
差し出した手に、冷たいカズマの手が重なり、
「オープン――